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A.D.2163、始まりの鏃が、悪魔を貫いた。 A.D.2164、人知れず悪魔と戦った3人の英雄がいた。 A.D.2165、突き抜ける最強が、悪魔を撃ち砕いた。 A.D.2169、三度目の雷が、悪魔を焼いた。 それでも、悪魔は滅びなかった。 A.D.2170。そして、最後の踊り手たちは静かに舞台へと上がる。 この戦いに、幕を下ろすために――。 R-TYPE RPG オンラインセッション “最後の踊り手” 第1話:いきなり緊急事態 第2話:胎動する水瓶 第3話:緑色の地獄 第4話:天使がいた物語
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R-TYPE TACTICS II -Operation BITTER CHOCOLATE- R-TYPE TACTICS II -Operation BITTER CHOCOLATE-ID+ゲーム名ずっと俺のターン ずっと敵のターン 全資源999 ID+ゲーム名 _S NPJH-50119 _G R-TYPE TACTICS II -Operation BITTER CHOCOLATE- ずっと俺のターン _C0 1P Phase Only _L 0x004DEBC4 0x00000000 ずっと敵のターン _C0 2P Phase Only _L 0x004DEBC4 0x00000001 全資源999 _C0 All Resources 999 _L 0x105F7520 0x000003E7 _L 0x105F7524 0x000003E7 _L 0x105F7528 0x000003E7
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閃光と衝撃。 光子弾の奔流が眼前の壁面を掻き消すと同時、スラスター出力を最大へと叩き込む。 砲撃後の僅かな粉塵は晴れずとも、各種センサーがその向こうに位置する構造物の消滅を告げていた。 光子弾単発のサイズは親指程度、掃射時間は僅か1秒足らずだが、1度の砲撃によって放たれる総弾数は20万を優に超える。 波動粒子に対する抵抗性を獲得したバイド汚染体でもない限り、雪崩を打って迫り来る光子弾の壁を前にして存在を保つ事など不可能だ。 行く手を遮る物が何ひとつ存在しない事を確信し、壁面に穿たれた巨大な穴に向かって加速。 そして突入と同時、リフレクト・モードへと移行した光学兵器の閃光が空間を埋め尽くす。 機体周囲の全方位から爆発と生命反応の消失に際しての各種エネルギーが無数に検出され、それらの情報がインターフェースを通じて意識内へと流れ込んだ。 更にシステムをサーチ・LRG・モードへと移行、誘導性を有するレーザーを5秒間に亘って掃射。 逃走を図ったか、遠ざかり始めた反応源を殲滅する。 直後、システムを再度リフレクト・モードへ移行、反射制御ナノマシンの増殖・供給を停止した上で掃射開始。 選択式対物反射機能を失ったレーザーの嵐は、既に破壊されつくした周囲の構造物を更に微塵と化し、漂う粉塵すらも巻き込んで全てを消滅させた。 後に残るは半径600mにも及ぶ、巨大な球状の空間のみ。 数ある空間制圧型光学兵器の中でも群を抜く高性能にして、前線の部隊からは「凶悪」とすら評される、R-9Leoシリーズのマルチプル・レーザー・システム。 地球文明圏が有する全光学技術を、文字通り全て注ぎ込んで開発された光学兵器運用特化型フォースは、同一プロジェクトに於いて開発された「サイ・ビット」との連携によって破壊的な制圧力を発揮する。 大型装甲目標すら数秒の連続照射によって破壊可能な極高出力レーザー、更に高密度レーザー弾体をフォース及びサイ・ビットより放つクロス・モード。 ナノマシンによる超高速演算とレーザー触媒機能により、照射後のレーザー自体が選択的に対物反射機能を発動させるリフレクト・モード。 同じくナノマシン制御により、偏向誘導性を持たせたレーザーを掃射するサーチ・LRG・モード。 専用ビットであるサイ・ビットは基本的にフォースと同一のレーザーかサブ・レーザーを照射する為、その通常掃射は瞬間火力こそ特化型波動砲には劣るものの、総合火力では標準型波動砲のそれを凌駕すらしている。 更にサイ・ビット本体もまた攻撃能力を有し、波動粒子の充填後には近接防衛火器としての機能を発現。 その強大な打撃力は迎撃のみならず、機体を中心とした2000m以内の敵性体に対する積極的攻撃能力すら有している。 友軍以外の全てに襲い掛かり、波動粒子を纏っての突撃を以って喰らい尽くすのだ。 その攻撃行動は充填された波動粒子が尽きるまで停止する事はなく、単一の敵性体排除後には次々に目標をシフトしながら特殊戦闘機動を継続する。 フォース及びビットシステムの攻撃性特化と引き換えに波動砲の出力こそ低下したものの、その驚異的な空間制圧力は他のR戦闘機、及びあらゆる機動兵器の追随を許さない。 スペックだけに注目するならば、正に究極にして理想のR戦闘機。 しかしシリーズ初代となるLEOの実戦配備後、前線から上がったのは痛烈な批判の声だった。 構想段階からして余りにも攻撃に傾倒し過ぎたシステムは、Leoシリーズと他機種の同一戦域への同時投入をほぼ不可能にしてしまったのだ。 その最大の要因となったのは、リフレクト・モードの無差別性にあった。 Leoシリーズ最大規模の攻撃手段であるこのレーザーは敵性体のみならず、時に友軍機すら巻き込んでの過剰破壊を引き起こす。 IFFによるナノマシンを通じての反射角制御機能はあるのだが、友軍機による想定外の機動を始めとした各種現象の全てを反射・着弾までに演算処理するとなると、その総情報量はナノマシン群の処理能力を僅かに超えていた。 更にR戦闘機が度々投入される半閉鎖空間に於ける戦闘では、レーザーの空間密度が飛躍的に増加する為、必然的にナノマシンの負担は増加、友軍機への誤射が相次ぐ事態となる。 無論、被害以上の戦果は得られたのだが、運用する艦隊側としてはパイロットに単独行動を強いる結果となってしまったのだ。 以降のLeoシリーズは単機による殲滅作戦にのみ用いられる事となったが、それを受けた開発陣が自身等の技術を処理速度の向上へと振り分ける事は終ぞなかった。 如何なる理由か、彼等は機体運用に於ける汎用性向上には僅かな関心も示さず、新たに開発されたナノマシンの有り余るキャパシティを只管にレーザー出力の増大へと注ぎ込んだ。 結果、Leoシリーズの実態は当初の機体構想から大きく外れ、単独運用を基本とした戦術級殲滅兵器へと変貌を遂げる。 こうして実戦配備へと至った後継機「R-9Leo2」は、LEO以上に扱い難い機体となってしまった。 問題となっていたリフレクト・モードの総合火力が更に増大してしまった為、僚機の随伴はおろか施設奪回目的での運用すら不可能となってしまったのだ。 だが、ある程度の運用期間を経て、例外的に僚機を随伴させるケースも現れ始めた。 半閉鎖空間戦闘に於ける戦闘経験を豊富に有し、尚且つ限定条件下に於いて威力を発揮する波動砲を有した機体を補助に付ける事で、物量と耐久性を恃みに襲い来るバイド体を容易に殲滅する事が可能となる為だ。 今作戦に於いても、LEOⅡを運用する彼に対し僚機が与えられている。 「R-9DV2 NORTHERN LIGHTS」、コールサイン「ウラガーン」。 圧倒的密度を誇る光子弾幕により、群体型汚染体に対する大規模制圧射を行う機体。 操縦するのは4度に亘る大規模施設への突入・制圧の実績を持つ、第17異層次元航行艦隊に於いても古参に当たるパイロットだ。 R-9DV2が有する重装甲・大出力を活かしての一撃離脱を得意とする彼は、艦隊でも数少ないフォースの装備を必須としない人物でもある。 高機動にて敵性体群を攪乱・誘導した後に光子弾幕を叩き込み、再度攪乱へと移行しつつ充填を開始するその戦法は、対バイド戦線に於ける掃討戦を熟知したもの。 本作戦に於いてもその技能を遺憾なく発揮し、全方位より迫り来る汚染体群、及び侵食組織体を見事な戦闘機動で誘導した上で、光子弾の掃射により殲滅していた。 無論、管理局員に対しても同様である。 その上でこちらの攻撃時には安全圏まで脱し、収束と同時に攻撃を再開する機体運用は見事なものだ。 汚染拡大によりバイド係数検出機能を除く長距離センサーの殆どが沈黙し、同じく長距離通信すら断たれた現状ですらなお、ウラガーンとの相互支援行動は僅かな綻びも見せてはいない。 『反応消失、進路クリア』 『了解。HLRTへのアクセスハッチを確認、突入する』 物資輸送用大型リニアレール路線へと続く巨大なハッチが、レーザーにより抉り取られた空間の端、破壊され途切れた輸送路の奥から覗いている。 波動砲の充填を開始すると同時に機首を旋回させ、低集束砲撃によりハッチを破壊すると間髪入れずに機体をその先の空間へと滑り込ませた。 暗闇の中へと直線に連なって浮かび上がるは、光を失った無数のリニアレール路線警告灯。 至近距離に大型バイド体の反応は存在しないものの、彼は警戒を解く事なくレーザーをサーチ・LRGへと切り替える。 『バイド係数、最大値検出源まで約5700m。道中に障害物及び敵影は確認できない』 『了解、本機は後方に着く。エグゾゼ、前進せよ』 サーチ・LRGを2秒照射、サイ・ビットへと波動粒子を充填しつつ加速。 レーザーは屈折する事なく直進、暗闇の奥で爆発が起こる。 待ち伏せはない。 ザイオング慣性制御システム及びスラスターを低出力駆動、5700mの距離を一瞬にして移動した後に右旋回、目前の壁面へとビットを撃ち込んだ。 波動粒子を纏った2基のビットは一瞬にして壁面を打ち砕き、それでも足りぬとばかりにその奥へと飛び込み構造物を抉ってゆく。 破壊音と震動が機体を揺らす中、機体側面へと滑り込んだウラガーンが充填済みの波動砲を解き放った。 閃光と共に放たれた光子弾幕は、通常砲撃時よりも弾体散布界を絞られている。 サイ・ビットにより穿たれた壁面の穴、その更に奥へと突き立った20万の弾体は射線上の全てを呑み込み破壊し、数瞬後には円錐状に拡がる巨大な通路を形成していた。 崩落と粉塵が視界を覆い尽くしているものの、近距離センサー群が健常である以上、進攻には何ら問題はない。 『エグゾゼ、前進する』 そう告げるや否や、彼はリフレクトへと切り替えたレーザーを掃射しつつ加速する。 ナノマシン制御により機体へと直撃する軌道を除いて対物反射を繰り返すレーザー群は、一瞬にして空間を覆い尽くした。 反射毎に分裂を繰り返すメイン・レーザー、分裂機能こそ持たないものの同等の出力によって照射されるサブ・レーザー。 双方を照射するフォース、サブ・レーザーのみを高速連射するサイ・ビットによって、レーザー弾幕の密度は減衰を上回る速度で上昇してゆく。 数瞬後には愛機であるLEOⅡ「エグゾゼ」を除く空間の全てが青い閃光により埋め尽くされ、対物反射機能の枷より解き放たれる瞬間を待ち受けていた。 そして遂に、インターフェース越しに最後の障壁が浮かび上がる。 目標である高バイド係数検出源へと続く即席の侵攻路、その最後の障害となる構造物。 崩壊した階層の山が、数百mもの絶壁となってレーザーを反射している。 即座に彼は、前方の壁面に対する対物反射機能を解除。 万を超えるレーザー弾体の壁が一斉に牙を剥き、分厚い構造物の壁を瞬時に食い破る。 だが破壊はそれだけに留まらず、構造物の向こうに拡がる空間へと拡大した。 レーザー群は構造物を細分化して尚、集束を保ったまま空間そのものを粉砕したのだ。 光の暴風としか形容できない破壊が過ぎ去った後、センサー上へと出現したのは巨大なバイド生命体、そして無数の局員より発せられる生体反応だった。 前方ではレーザー群に呑み込まれたのか、数隻の次元航行艦の残骸と思しき破片が散乱し炎上している。 局員は空間全域へと散開しているが、レーザー群の通過痕である400m前後の範囲には不自然な空隙が生じていた。 周囲に存在する局員の位置から推察するに、幸運にも数十名の魔導師を巻き込んだらしい。 非戦闘員を含めれば、次元航行艦の残骸から推測して500名は下らないだろう。 レーザーに呑まれる事のなかった局員達は暫し呆然としていたが、程なくして状況を理解したのか、一様にデバイスを構え攻撃態勢を取った。 レーザーをリフレクトよりクロスへ移行、射軸を右側面80度に傾けた状態で照射を開始し、瞬時に左側面80度まで水平稼働。 同時に機体を左側面へと旋回させ照射範囲を更に高範囲へと拡大、レーザーの直撃と余波で以って周囲に滞空する魔導師を薙ぎ払う。 更にサイ・ビットより連続して放たれる高密度レーザー弾体が着弾と同時に高熱を撒き散らす力場を形成し、着弾地点を中心とする15m以内の構造物を真球状に抉り抜く。 直後、進行方向に対し機体右側面を向けたウラガーンが後方を突き抜け、移動を止めぬまま砲撃。 前方に存在する局員、そして次元航行艦の全てに対し光子弾幕を叩き付ける。 クロス・モードによる掃射からウラガーンの砲撃、一連の行動が収束するまで3秒足らず。 その間に、後方に位置する者を除く魔導師の大半と次元航行艦3隻がレーザーに、それを掻い潜った局員と11隻の次元航行艦が光子弾幕によって存在を消し去られていた。 抉られた構造物が凄絶な破壊痕を曝し、次元航行艦の残骸は炎を吹き上げ続けている。 危うく弾幕を凌いだ艦も其処彼処を穿たれ、少なくとも4隻が明らかな航行不能、2隻が機関部付近から炎を上げていた。 局員の姿に関しては、次元航行艦の陰より現れた無傷の20名ほど以外には確認できない。 負傷者の姿及び死体が確認できないのは、完全に消滅してしまった為だろう。 『前方、上層から下層へ貫通する崩落跡を確認。検出源と思われる』 局員生存者から魔導弾が撃ち掛けられるが、彼の注意は既に其処にはなかった。 狙うは唯1つ、上層より現れ下層へと落下していったであろう、大型バイド汚染体。 その正体は程なくして判明した。 『解析終了。「BFL-128『GOMANDER Ver.17.1』」幼生体及び「BFL-126『IN THROUGH Ver.32.9』」6体を確認、管理局部隊が交戦中』 『確認した。これより対A級バイド掃討戦へと移行する』 魔導弾を無視して前方へと加速、レーザーを切り替えサーチ・LRGを照射、同時に波動粒子の充填を開始。 絶え間なく放たれるレーザー群は、崩落地点の上で次々に屈折し垂直に下層へと降り注ぐ。 インターフェースを通じて伝わる、確かな空間の揺らぎと衝撃。 目標はその規模から幼生段階であると判別でき、未だ外皮が硬質化し切らぬ現状ならば構造的弱点を狙う必要はないと思われた。 寄生体との直接戦闘は避け、同一箇所への集中砲火のみで事足りる。 更に好都合な事に崩落跡を通じて強襲を掛ければ、直上からの攻撃は狙わずとも敵性体の構造的弱点へと直撃する筈だ。 崩落地点直上へと至るや、機首を直下へと旋回。 70m下方、粉塵と血煙の間から覗く砕けた水晶体へとクロス・レーザーを撃ち込み、更にサイ・ビットを射出する。 赤い軌跡を空間へと刻みつつ、レーザーは砕けた水晶体の中央を射抜き汚染体の体内へと突き立った。 汚染体の各所から爆発と見紛わんばかりの勢いで血液と肉片が吹き出し、更にサイ・ビットが体内へと突入した数瞬後、側面部位が内側より粉砕されて跡形もなく吹き飛ぶ。 直前まで醜悪な肉塊が存在していた空間を突き抜け機首を起こすと同時、敵性体に押し潰される様にしてツァンジェンが大破している事実が判明した。 パイロットのシグナルが消滅している事を確認すると、彼はそれ以上の注意は不要と判じ並列思考の大部分を目前の敵性体へと集中させる。 展開する無数の局員と、20隻以上の次元航行艦。 局員は一様に驚愕の面持ちでこちらを見つめ、一部は既にデバイスを構えて攻撃態勢を取っている。 周囲の状況から推測するにツァンジェンと汚染体の攻撃により、局員は既にかなりの被害を受けているらしい。 しかし次の瞬間、横殴りに襲い掛かった魔導弾幕により、局員の姿が掻き消える。 既に汚染体からの攻撃を予期していた彼は、フォースを盾に危なげなく弾幕を凌ぐと即座にサーチ・LRGの掃射を開始した。 レーザー群は魔導弾幕を正面から切り裂き直進、屈折して2体の汚染体、その長大な胴部へと殺到する。 球状の肉塊が次々に消し飛び、遂には汚染体の頭部までもが吹き飛ばされ消失。 重力制御による浮力を失った400mもの長躯が床面へと叩き付けられ、衝撃により血液が撒き散らされ豪雨の如く一帯へと降り注ぐ。 残存汚染体、計4体。 背後で光子弾幕の壁が垂直に叩き付けられ、A級バイド汚染体の残骸が更に細分化された。 降り注ぐ光子弾幕が、床面ごと敵生体を粉砕した事をインターフェース越しに認識しつつ、彼はウラガーンの合流を待つ。 全方位を映し出す電子処理された視界の中に浮かび上がる、障壁を展開し魔導弾幕を凌いでいた局員の姿。 彼等は残る汚染体とこちらとを同時に相手取るという状況に混乱しているのか、攻撃態勢を取る者の姿はあれど集団的な反撃行動へと移行する素振りはない。 とはいえ、上層階でこちらが取った敵対行動に関する報告が届けば、すぐにでも攻撃が開始されるだろう。 ウラガーンによる光子弾幕とレーザーの掃射を以って、汚染体もろとも速やかに殲滅する事が望ましい。 その時、背後で青い光が瞬いた。 彼はその光をウラガーンのスラスターが放つものであると判断し、IFFと視界に映る機影の双方を以ってその正しさを確認する。 ウラガーンは左側面後方の位置で停止、波動砲の充填を開始する。 局員も状況を理解したのだろう、ほぼ全員がデバイスの切っ先をこちらへと突き付けた。 そして彼もまたウラガーンの砲撃を待ち、リフレクト・モードによる殲滅を実行せんとする。 『本機は魔導師の殲滅に当たる。ウラガーン、艦艇を狙え』 誘導型・高速直射型を織り交ぜた魔導弾幕、そして砲撃と拘束用魔力鎖。 襲い来るそれらを躱し、撃ち砕き、或いはフォースに喰らわせる。 機体直下に発生した魔方陣より間欠泉の如く噴き上がる緑と褐色の魔力鎖を前方への急加速によって回避し、2発のミサイルを展開する局員の中央へと撃ち込んだ。 吹き飛び四散する魔導師の肉体を認識しつつ、彼は僚機へと指示を飛ばす。 『砲撃だ、ウラガーン』 応答はない。 更に局員より放たれた金色の砲撃魔法を水平方向への移動によって躱すが、右側面へと回り込む様に放たれた誘導弾と左側面からの汚染体による魔導弾幕が、左右より挟み込む様にして迫り来る。 彼は後方へ退く事はせず逆に前方へと加速、一瞬にして局員の頭上へと機体を滑り込ませ機首を反転し、追い縋る誘導弾群をクロス・レーザーの掃射で薙ぎ払う。 そして一向に砲撃実行の様子を見せぬ僚機を訝しみ、そちらへと意識を集中した矢先の事だった。 IFF消失、被ロック警告。 視界の一角で、金色の閃光が爆発した。 左側面スラスター最大出力、瞬間的に右側面方向へと200m移動。 光子弾幕が機体を掠め、衝撃と共に警告表示が視界を埋め尽くす。 ザイオング慣性制御システム損傷、機能回復措置完了まで約600秒。 光速巡航及び高次戦術機動、不能。 キャノピー内慣性消去機構、停止。 回避行動とほぼ同時、彼は些かも躊躇う事なくクロス・レーザーを照射した。 目標は濃緑色の機体、僚機であるウラガーン。 一瞬で10mほど上昇しレーザーを回避、レールガンを連射し弾幕を張る。 通常と比して緩慢な動きで辛くもそれを躱し、サイ・ビットへの波動粒子充填を開始。 何故こちらが攻撃を受けるのか、等と思考する事はなかった。 突然のIFF消失、僚機に対する無警告での攻撃。 考え得る理由は1つしかない。 汚染されたのだ。 だが、それよりも優先して対処すべき問題がある。 ザイオング慣性制御システムの停止。 背後に管理局部隊が展開しているこの状況下、慣性制御が不可能であるという事実は致命的だった。 慣性制御を用いた高機動は勿論の事、キャノピー内部へと掛かるGの消去すら不可能となってしまったのだ。 機体各所のスラスターを用いれば、正常時と同等ではないにせよ高機動を実行する事は可能である。 しかし発生するGを打ち消す事ができなければ、パイロットの身体は僅かに20m移動しただけでピューレの様に弾けてしまうだろう。 強化措置を施され、耐Gスーツとキャノピーに満たされた耐Gゲルによって護られた身体は理論上15Gまで耐える事が可能だが、それでも通常の様な瞬間的加速は不可能だ。 この状況下で汚染体と局員の双方を相手取る事は、無謀以外の何物でもない。 此処は局員に対する攻撃を控え、システムの回復を待つべきだろう。 こちらがウラガーンへの攻撃に集中すれば、自然と局員は汚染体への対処を優先させる筈だ。 無論、こちらから注意を外す事はないだろうが、システムが回復すれば問題はない。 高機動さえ可能となれば、抵抗すら許さずに殲滅できるだろう。 そして、彼は視界に映り込むウラガーンへと意識を集中した。 一見すると、その機体に異常は見当たらない。 しかし、センサー群は明らかな異常を伝えている。 バイド係数異常増大、パイロット生体シグナル消失。 どうやらA級バイド汚染体の残骸より侵食を受けたらしく、拡大表示されたエンジンユニット近辺から異常なまでの高バイド係数が検出されている。 だが、どうにも理解できない。 高度な対汚染防御が施されているR戦闘機が何故、僅か数秒の内に中枢まで侵食されたのか。 撃墜するのではなく機能を保ったまま汚染するとなれば少なくとも数十時間、侵食特化バイド体であっても数分は掛かる。 一体、何がこの短時間汚染を可能としたのか。 疑問が解消されるまでに、それ程の時間は掛からなかった。 ウラガーンの後方、既に生命活動を停止していた筈の肉塊。 一部は伸長し、ウラガーンの機体後部へと直結している。 増殖を繰り返し見る間に膨れ上がるその中に、濃紺青の光を放つ無数の結晶体を確認したのだ。 照合の結果、視界へと現れる見慣れない表示。 『High energy focusing material detected. LOST-LOGIA「JEWEL-SEED」』 瞬間、周囲の空間に満ちる魔力素の検出値が数十倍にまで膨れ上がった。 魔力素の集束によって形成された無数の力場が、触手の様に空間を侵してゆく。 本来ならば不可視であるそれらは、各種センサー群を介する事によって可視化され彼の視界へと映り込んでいた。 後方の局員達も、見えはせずともリンカーコアを通じて異常を感じ取ったのだろう。 ウラガーンへと視線を固定したまま、不可視の圧力に押される様にして後退してゆく。 そして遂に、ウラガーンの装甲の一部が内部より弾け飛んだ。 大きく抉れた機体からは黒々とした肉腫が泡の様に噴き出し、宛ら癌細胞の如く機体を覆い尽くしてゆく。 しかしその中にあっても、ウラガーンは波動砲の充填を開始していた。 汚染体はウラガーンの全兵装を制御下へと置いているのだ。 幾度目かの金色の奔流が、彼の視界を埋め尽くす。 幸いにして光子弾幕は別方向の艦艇を狙ったものだったが、しかし彼は気付いていた。 後方の局員達、その一部が不審な動きを見せている事に。 波動粒子を纏ったサイ・ビットが肉塊へと撃ち込まれ、血肉に混じり青い結晶体の欠片が降り注ぐ中、金色の髪を揺らす魔導師が欠片の1つを手にしている事に。 だが最早、彼の手の内に選択権はなかった。 彼が取り得る行動は、汚染された僚機との戦闘のみ。 意識内へと響く警告音だけが、状況の支配権が失われた事実を無機質に告げていた。 * * 「・・・複製だって?」 呆けた様なアルフの声を耳にしながら、フェイトは無言で自らの手の内にある青い結晶体を見つめていた。 もう、10年以上も前になる。 母の望みを叶える、ただ只管にそれだけを望み、違法活動を繰り返した。 管理局との敵対、管理外世界の少女との闘いがあった。 母に捨てられ、新たな家族と掛け替えのない親友を得た。 全ては21の宝玉、計り知れない力を秘めたロストロギアを巡って起きた事だった。 『そうだ。あれはオリジナルのジュエルシードじゃない。良く見れば分かる筈だよ』 ロストロギア「ジュエルシード」。 願いを叶える宝石。 次元干渉型エネルギー結晶体であり、極めて不安定な性質を持つ人造鉱物。 外部からの魔力干渉によって容易く暴走し、特定条件下に於いては周囲に存在する生命体との融合を果たし物理干渉力を増幅させる事すらある。 単体で次元震を引き起こす程の膨大な魔力を秘めながら、歪な形でしか願いを叶えられなかった奇蹟の石。 「・・・確かにナンバリングは無いけど・・・でも、どう見たってジュエルシードじゃないか」 『知っての通りジュエルシードの総数は21だ。現存しているものは12個、そのうち本局にあるものに至っては8つ。ところが検出された反応数は40を超えている』 乗り越えた筈の過去が今、悪夢となってフェイトの眼前へと具現化していた。 光学兵器と波動砲の波状攻撃を浴びながらも、損壊を上回る速度で増殖を繰り返す肉塊。 金色の弾幕を放つ濃緑色の機体は、既に半ばまで肉塊に呑まれている。 電磁投射砲を連射している所を見ると、どうやら機能中枢を奪われたらしい。 肉塊によって半ば固定されている為、波動砲の射界がほぼ固定されている事は幸運だった。 射軸が壁面寄りに傾いている為、次元航行艦への被害は最小限に抑えられている。 だが徐々にではあるが、肉塊は機首をこちらへと向ける様に、表層部での不自然な脈動を繰り返していた。 『反応は今この瞬間も増え続けている。ジュエルシード自体が増殖と分裂を繰り返しているんだ』 「まるでジュエルシードが生きているみたいな言い方だね」 『生きているんだよ。ジュエルシードは取り込まれたんじゃない、それ自体がバイド化したんだ』 残るR戦闘機からの攻撃を受ける度に、肉片と共に周囲へと飛び散る青い結晶体。 自身が、管理局が、歴史上の幾多の文明が争い、全てを掛けて手に入れようと試みた21の宝石は、そんな人間達の苦悩と葛藤を嘲笑うかの様にその数を増し続ける。 肉腫の隙間より覗く結晶が青く瞬く度に、肉塊はその体積を爆発的に増大させるのだ。 既に汚染体の体積はR戦闘機による攻撃を受ける前と比して、3倍以上にまで膨れ上がっている。 「何の冗談だい・・・!」 『冗談なんかじゃない。ジュエルシードは自己の生命と生存欲求を獲得している。だからこそ肉の鎧が剥ぎ取られないように再生を促し、また自己の存在を残す為に分裂を続けているんだ』 「ロストロギアが子孫を残そうとしてるってのか。そんな馬鹿な」 閃光。 聴覚が麻痺し、光弾の奔流が100mほど離れた空間を薙ぎ払う。 衝撃が全身を襲うが、フェイトは片膝を突いたまま微動だにせず、弾幕の通過した痕跡へと視線を向ける事すらしなかった。 ただ一言、無感動に呟いただけ。 「使えるの?」 衝撃を避ける為か身を伏せていたアルフと局員、双方が自身へと視線を投げ掛けた事を感じ取りながらも、フェイトがそちらへと振り返る事はない。 手の内にある紺青の結晶体から視線を外し、肉塊へと取り込まれつつあるR戦闘機を見据える。 R戦闘機は肉塊によってほぼ固定されてしまった為か、電磁投射砲を連射してはいるが照準調整ができないらしい。 先程の砲撃もあらぬ方向へと放たれ、壁面を破壊して施設内部へと消えていった。 掃射型波動砲の威力は脅威だが、あれでは牽制程度にしか使い様はあるまい。 「ユーノ、このジュエルシードは使えるの?」 再度の問い掛け。 アルフや周囲の局員は言葉を発しない。 数秒の後、僅かに戸惑いを滲ませた声がウィンドウ越しに返される。 『反応を見る限りは、オリジナルとコピーとの間に違いはない。でも実際には汚染の可能性が・・・』 「もう1分は接触状態を保っているけど、何も異常はない」 幾度目かの壮絶な破壊音の後、足下へと転がった結晶体の欠片を更に1つ拾い上げると、フェイトは立ち上がった。 2つのジュエルシードを手に、汚染体への攻撃を続けるR戦闘機の機影を睨み据える。 バルディッシュをライオットブレードへ移行、全方位へと念話を発信。 『ハラオウン執務官より全局員へ。飛散したジュエルシードを可能な限り回収、一個所に集めて。但し肉体への接触は厳禁、魔法を使用して回収する事』 「フェイト!?」 アルフが、信じられない言葉を聞いたとばかりに叫ぶ。 しかしフェイトは、自身ですら驚く程の冷静さを保ったまま指示を出し続けた。 『持ち主が死亡したストレージデバイスと「AC-47β」も一緒に回収して。次元航行艦は順次出港を・・・』 『フェイト、馬鹿な真似は止すんだ!』 ユーノの叫びと共に、背後からフェイトの手首が掴まれる。 振り向けば手首を握ったアルフが、怯えを含んだ表情で自身の主を見つめていた。 恐らくはフェイトの意図を理解したのだろう、低い声色で問い詰めるアルフ。 「まさかそれ、使うつもりじゃないだろうね」 「他に方法は無いよ、アルフ」 「馬鹿言うんじゃないよ! それはもうアタシ達が知ってるジュエルシードじゃない、バイドそのものなんだよ!? そうやって持ってるだけでも、いつ汚染されるか分かったものじゃないんだ!」 「魔力の殆どはあの汚染体に供給されている筈。対汚染防御を施されている筈のR戦闘機を数秒で取り込んだんだから間違いない。これが機能している以上、こっちを汚染する事はできない」 言いつつ、フェイトはバルディッシュを掲げてみせる。 そのカートリッジシステムに直結した、明らかに後付けと判る歪なユニット。 「AC-47β」魔力増幅機構。 飛行資質を有さない魔導師にさえ翼を与え、バイドを含めあらゆる汚染に対する防御機能を強化する異界の技術。 「でも!」 「母さんの時に比べれば、ささやかな願い事だよ」 「そんな問題じゃ・・・!」 アルフの言葉が終るより早く、光学兵器の閃光が視界を覆う。 濃紺青の機体より放たれた無数のレーザー弾体が壁となり、巨大な肉塊を覆い尽くしたのだ。 衝撃音により聴覚が麻痺するが、その報告は念話を用いる事で問題なくフェイトの意識へと伝わった。 『ハラオウン執務官、ジュエルシードの欠片を確保した。30個はあるが、これでいいのか?』 『ストレージデバイス、14基を回収しました。全て「AC-47β」を装着しています』 周囲へと視線を走らせ、200mほど離れた地点に集積されたジュエルシードとデバイス、それらの傍らへと待機する局員達の姿を視界へと捉える。 体調にも魔力にも異常はない。 短時間の魔法行使程度ならば問題はない筈だ。 「ユーノ、クアットロ。魔力炉を暴走させられる? 数は多ければ多いほど良い」 『何を・・・』 『勿論できます。それで、何をさせるつもりなのかしら』 思わぬ言葉に問い返したのであろうユーノの言葉を遮ったクアットロが、答えを返すと同時にフェイトへと問い掛ける。 フェイトは結界の外、無数の光が瞬く隔離空間へと視線をやると、気負いもなく言い放った。 「転送を。全ての次元航行艦を管理局艦隊の許へ。本局内部に存在する、汚染を逃れた全ての生存者をその艦内へ」 「無茶よ!」 叫んだのは周囲に居た局員の1人。 彼女は興奮を抑えようともせず、フェイトへと食って掛かる。 「外ではアルカンシェルが乱発されているんですよ!? これだけ空間歪曲が発生している中で転送なんか行ったらどうなるか、貴女だって良く知っているでしょうに!」 「普通ならね。でも、これがある」 そう言葉を返しつつ、フェイトは自らの手の内にあるジュエルシードへと視線を落とした。 紺青の結晶体は、ただ冷たい光を放ち続けている。 「これ1つでも次元震を誘発できる。30個もあれば空間歪曲を突破できるだけの出力は十分に確保できる筈」 『君が言っていたんだぞ、そのジュエルシードは汚染体に魔力を供給し続けていると! たとえ全てのジュエルシードを同時に使用しても、それで十分な出力が得られるとは限らない!』 「ただ使っただけなら、そうかもしれない。でも」 床を蹴り飛翔、集積されたジュエルシードの許へと飛ぶフェイト。 同じ地点へと集められたストレージデバイスの1つを手に取るや、そのコアへとジュエルシードを収納する。 そして、言い放った。 「これを暴走させれば、魔力なんて幾らでも供給できるでしょ?」 ユーノは答えない。 否、余りに予想外の言葉に、返す言葉すら思い付かないのかもしれない。 フェイトは彼の返答を待たず、別の人物へと念話を飛ばす。 『どう思います、スカリエッティ』 『悪くはない。これまでに解析されたジュエルシードの特性から見ても、理論上では問題なく機能する筈だ』 突然の問い掛けに、肯定的な意見を返すスカリエッティ。 その声には常より纏う嘲りの色など微塵もなく、只管に無感動な冷たさだけがあった。 無理もない。 つい先程、彼の娘の1人であるセッテが目前で凄惨な最期を迎え、さらにトーレの死までもが知らされたのだ。 オットーとディードの死を知った時も、彼は全ての感情を取り落としたかの様な表情を見せていた。 押し隠してはいるが、恐らく彼の内面には溢れんばかりの憤りと、地球軍とバイドに対する憎悪が渦巻いているのだろう。 『だが失敗すれば本局も、先程出港した艦艇も唯では済まない。たとえ成功したとしても、本局は跡形もなく消し飛ぶだろう』 『成功すれば皆が助かる。試す価値はあります』 更に2つのジュエルシードを、ストレージデバイスへと収納するフェイト。 彼女の視界の端に、デバイスの1つを手に取る人物の姿が映り込む。 その武装局員はフェイトに倣い、デバイスへとジュエルシードを収納すると汚染体へと向き直った。 彼に続く様に、周囲の局員が次々にデバイスへと手を伸ばし、同じくジュエルシードを収納すると自らのデバイスを構える。 無言のままにその様子を見つめるフェイトへと、直後に複数の声が掛けられた。 「貴女1人では無理ですよ、執務官」 「時間がない。一斉に掛かるぞ、ハラオウン」 「蛇野郎の方は任せて下さい。執務官、デカブツを頼みます」 遥か前方、蛇状汚染体からの攻撃を遮っていたユーノの結界が、魔導弾幕の掃射が途絶えると同時に解除される。 直後、彼等は弾かれる様に前進を開始した。 床面擦れ擦れを飛翔魔法により滑空する者もあれば、魔力供給によって強化した筋力で以って駆け抜ける者もある。 後方からは砲撃が汚染体へと撃ち込まれ、魔導弾掃射ユニットとなっている肉塊を次々に破壊し迎撃を阻止せんとする。 その様子を横目に、フェイトもまた行動を開始した。 右手はライオットブレードを逆手に構え、左手にはストレージデバイスを携える。 汚染体の一部、肉塊より突出したR戦闘機のキャノピー先端を見据え意識を集中。 そして光学兵器の掃射が止んだ一瞬の間隙を突いてソニックムーブを発動、一気にキャノピー周辺を目指す。 しかし加速直後、肉塊の一部から霧が噴き出した。 「こ、のッ!」 フェイトは瞬間的に軌道を逸らし、霧の弾体を掠める様にして再度ソニックムーブを発動する。 結果として直撃は免れたものの、左の手首から先に痺れる様な痛みが奔った。 溶け落ちた訳ではないが、恐らく皮膚は跡形もないだろう。 しかし彼女は自身の負傷箇所を一顧だにせず、続けて襲い来る霧の弾体を機動力に物を言わせて回避し続ける。 『テスタロッサ、伏せろ!』 突然の警告に従い身を伏せると、巨大な炎の壁が頭上を突き抜けた。 シグナムだ。 相次いで放たれる炎は霧を掻き消し、フェイトの進路を切り開く。 次いで宙を翔けるは、魔力によって構成された猟犬の群れ。 それらは次々に汚染体へと牙を突き立て、魔力の過剰供給による爆発を起こし肉塊を抉りゆく。 すると今度は、汚染体の一部が触手の様に伸長し、数十mもの頭上まで鎌首を擡げた。 『そのまま進みな、フェイト!』 アルフからの念話。 触手は粘液と血液を周囲へと振り撒きつつ、大気を割いて垂直にフェイト目掛け振り下ろされる。 だが、彼女は進路を変えない。 振り下ろされる触手の軌道上には、僅か数瞬の間に数百本もの緑と褐色の魔力鎖が張り巡らされていた。 迫り来る巨大な触手は数十本もの魔力鎖を打ち砕き、しかし俄に動きを止める。 粉砕した数、その5倍以上もの物量の魔力鎖によって完全に拘束され、空中に静止したのだ。 『行け!』 急かされるまでもなく、フェイトは爆発的な加速を掛けていた。 張り巡らされたバインドの隙間を擦り抜け、汚染体へと肉薄する。 すると眼前の肉壁が裂け、無数の穴が穿たれた膜らしき部位が露わとなった。 酸の噴射口だ。 この至近距離では、どう足掻いても躱す事はできない。 だが、フェイトは噴射口の存在を気にも留めなかった。 緑光の魔導弾が、その中央へと突き立つ瞬間を目にした為だ。 銃弾は微かな光と共に弾け、直後に膜上の全ての穴から鮮血が噴き出す。 フェイトはその中央を蹴り、弾力を利用して上へと跳躍。 幾度目かのソニックムーブと共にブリッツアクションを発動し、右腕のみで以ってライオットブレードを肉塊へと突き立てる。 その位置は当初の狙い通り、僅かに露出するR戦闘機のキャノピー、その至近距離だった。 「バルディッシュ!」 『Riot Zamber』 フェイトの叫びと共にライオットブレードの細身の刀身が、ライオットザンバー・カラミティの巨大な刀身へと変貌する。 ほぼ全ての刀身が呑み込まれたその状態から更に捻りを加え、フェイトは汚染体の損傷個所を更に広く深く抉り始めた。 有機繊維が千切れる際の耳障りな音と感触、そして全身へと噴き付ける鮮血を無視し抉り続けること数秒。 唐突にフェイトは、有りっ丈の力でカラミティを引き抜いた。 反動でしなやかな身体が反り返り、弓の如き曲線を描く。 右手のカラミティを手放し、左手に持つストレージデバイスの柄を両手で固定。 「ッああぁぁぁぁッッ!」 そして絶叫と共に全身のばねを爆ぜさせ、垂直に構えたデバイスの矛先を振り下ろした。 カラミティによって刻まれた傷の中央へと突き立ったストレージデバイスは、肉壁を容易く割りつつ鮮血と共に内部へと呑み込まれてゆく。 程なくして1m50cm程のストレージデバイスは完全に肉塊へと呑まれ、フェイトの視界よりその全容が消えた。 「やった・・・!」 デバイスが完全に肉塊内部へと沈み込んだ瞬間、フェイトは全身を返り血に染めたまま我知らず歓喜の声を漏らす。 デバイス内のジュエルシードには、既に転送プログラムへの魔力供給を実行せよとの「願い」が込められていた。 後は、バイド体との接触により「AC-47β」内部の魔力蓄積率が臨界値を突破、暴走する瞬間を待てば良い。 暴走により齎される膨大な魔力は、デバイスを通じてジュエルシードへと流れ込む。 現在のジュエルシードは汚染体への魔力供給により、こちらの「願い」を叶えるには魔力量が圧倒的に不足している為、複数の「AC-47β」を暴走させる事で不足分を補うのだ。 そしてフェイトは今、デバイスと汚染体との接触状態を生み出す事に成功した。 後は暴走の瞬間を待ち、ユーノとクアットロが本局の機能を介して転送魔法を発動させるだけだ。 『退がれ、フェイト!』 ユーノからの警告。 咄嗟に重力に身を任せ、背後より迂回する様に襲い掛かる触手を回避。 途中、肉壁に突き立っていたカラミティの柄に手を掛けると、全身を縦方向へと回転させて刀身を振り抜く。 肉塊を切り裂き、そのままカラミティを回収。 ライオットブレードへと変貌させ、アルフ達の許へと急ぐべくソニックブームを発動せんとする。 だが、フェイトの心中を占めていた作戦成功による達成感は、局員からの警告によって打ち砕かれた。 『何か射出されたぞ!』 咄嗟に背後へと振り返ったフェイトの顔へと、細かな血飛沫が降り掛かる。 何事かと頭上を見上げた彼女の視界に、奇妙な血塗れの鉄塊が映り込んだ。 円柱状、長さ2m程の鉄塊。 余程の勢いで射出されたのか、明らかに推力発生機構を有していないにも拘らず天井面にまで達し、其処に衝突して弾かれると自由落下を開始する。 その正体が何であるかは、すぐに推測が付いた。 「爆発物・・・!?」 『退避を!』 警告とほぼ同時、緑光の魔導弾が鉄塊を撃ち抜く。 瞬間、閃光と共に鉄塊が爆ぜた。 やはり爆発物だったかと納得したのも束の間の事、これまでとは全く性質の異なる衝撃がフェイトを襲う。 巨大な構造物が崩落する際にも似た、しかしそれよりも遥かに重々しく暴力的な振動。 機関銃の如く連続する細かな振動が、雪崩を打って全身を打ち据える。 そして一瞬の後、振動が一際激しくなったその時。 フェイトの身体は大きく後方へと弾き飛ばされていた。 「・・・ッ!」 フェイトは見た。 爆発物の炸裂点から扇状に拡がり迫る、閃光の瀑布を。 無数の小規模爆発が連なり、1つの巨大な奔流となって流れ落ちる様を。 「今のは・・・!」 『ナパームだ! 執務官、戻って下さい! 其処は炸裂範囲内です!』 念話が飛び交う間にも、肉塊は次々に爆発物のポッドを射出する。 R戦闘機への搭載は明らかに不可能であると分かる総数のそれらは、バイドの有する模倣能力による産物か。 立ち込めるオゾン臭からして、内部に充填されている物は可燃性物質などではあるまい。 あのナパームもまた、何かしらのエネルギー集束技術を応用した爆弾なのだ。 『撃ち落とせ!』 体勢を立て直すや否や、フェイトはバインドを張り巡らせるアルフ目掛け必死に加速した。 ヴァイスを始めとする数少ない狙撃特化型の魔導師がポッドの迎撃を開始してはいるが、射出数が余りに多い為に対応し切れない。 迎撃されたポッドは緑掛かった光を放つ爆発の奔流を生み出すが、その流れは床面へと接触すると地形に沿って平行移動を開始するのだ。 即ち、炸裂点が空中ではなく床面ならば、爆発は一息に生存者達を呑み込んでしまう事となる。 これ以上の非戦闘員殺害を許す訳にもいかない為、ヴァイス等の狙撃は次元航行艦の方向へと向かうポッドに集中。 結果として蛇状汚染体への攻撃を成功させた魔導師達は、迎撃の手を擦り抜けたポッドの洗礼を受けてしまう事となった。 「逃げて!」 思わず零れた悲痛な叫びすらも、膨大なエネルギー輻射に伴う轟音によって掻き消される。 フェイトを信頼し、自らの生命の危険をも顧みずに蛇状汚染体へと挑み、見事使命を果たした勇敢なる局員達。 十数名の彼等は、仲間達の待つ安全圏まで後200mと迫り、しかし辿り着く事なく光の瀑布に呑まれた。 連続する爆発が彼等の姿を掻き消し、その存在の痕跡すらも残さず拭い去る。 周囲から幾つもの絶叫が上がる中、噛み締められたフェイトの唇からは少々とは言い難い量の血が流れていた。 そして、叫ぶ。 「ユーノ、まだなの!?」 『まだだ! もう少し、もう少しで・・・!』 『もう1機が逃げるぞ!』 背後に視線をやると、濃紺青の機体が側面を曝し逃亡する様が視界に入った。 先程の攻撃で何かしらの異常が発生したのか、常ならば瞬時に雷光の如き速度へと至る機動性を見せる事もなく、緩慢な加速で外部空間を目指す。 恐らくは「AC-47β」より発せられるバイド係数の増大を検出した為であろうが、管理局側が自滅するならば長居は不要と判断したのかもしれない。 いずれにせよ、脅威の一端が去った事に違いはなかった。 『魔力蓄積率、臨界値突破! 全てほぼ同時に暴走する!』 『全艦艇、エアロック封鎖完了しました!』 『艦外の者は5人から10人の集団を作れ! できるだけ密集しろ!』 「フェイト、こっちだ!」 無数の慌しい念話に混じり届いた、アルフの声。 彼女の許へと飛び込んだフェイトは、そのまま両の腕に強く抱き止められる。 「アルフ!」 「伏せなフェイト! 大丈夫だ、みんな此処に居る!」 アルフの言葉通り、其処にはフェイトの家族が集まっていた。 未だ意識の戻らぬリンディ、クライドのポッド。 フェイトはアルフに抱かれたままリンディの身体に腕を回し、3人でクライドのポッドに寄り添った。 『10秒前・・・』 ユーノからの通信に、フェイトを抱くアルフの腕が微かに強張る。 失敗すればどうなるか。 ユーノの腕は確かだが、ジュエルシードがこちらの意図通りに機能するとは限らない。 真空中に放り出される可能性もあれば、同じ領域に転送された次元航行艦の艦体と同化してしまう可能性もある。 最悪の場合、何処とも知れぬ空間へと転送されるか、転送自体すら起こらずに消滅してしまう事すらも考えられるのだ。 だが、今は信じるしかない。 ユーノの並外れた情報処理能力にクアットロのサポートが加われば、全ての次元航行艦と生存者の転送先座標を精確に設定できるだろう。 だが結局のところ、成否を決めるのは人間ではない。 全てはジュエルシード次第なのだ。 『5秒前!』 『多過ぎる、防ぎ切れない!』 突如として響いた衝撃音に、頭上を見上げる。 視線の先では20以上ものナパーム・ポッドが天井面へと反射し、艦艇群を目掛け自由落下を開始していた。 フェイトは瞬時に、自身等には打つ手が無い事を理解する。 数が多過ぎる事もあるが、それ以上にこの距離では今から迎撃に成功したとしても、拡散する爆発が艦外の生存者達を呑み込む事は明らかだった。 彼女にできる事は目を閉じ、リンディの身体を確りと抱き締める事だけ。 そして爆発を示す眩い閃光が、閉じられた瞼を貫いて視界を埋め尽くす。 『転送!』 爆音すらも消え去った、生と死の境界に満ちる静寂の中。 ユーノの声が、脳裏へと響いた様な気がした。 * * 自身の肩を揺さ振る何者かの存在により、リンディの意識は闇から浮上した。 徹夜明けの様に重々しい瞼を上げ、視界へと飛び込んだ光の刺激に耐え切れず再び目を閉じる。 そのまま暫く目を押さえていたリンディだったが、肩を叩かれた事により無理やり瞼を見開いた。 僅かながら光に慣れ始めた視界の中、浮かび上がった人影は赤銅色の髪を揺らしている。 すぐさまその正体に思い至り、その名を声にして呼ぶリンディ。 ところが、幾ら声を出しても自らの声が聴こえない。 そればかりか、何事か語り掛けるアルフの声すらも聴き取れないのだ。 混乱し掛けるリンディだが、アルフはその様子に何事か思い至ったらしい。 両手をリンディの両耳に宛がい、御世辞にも使い慣れているとは思えないたどたどしさでフィジカルヒールを発動する。 頭部を両側面から包む優しい温もりに暫し身を任せていたリンディだったが、やがて聴覚が完全に回復した事を感じ取った。 「ありがとう、アルフ」 「済まないねぇ。リンディの鼓膜も破けてるだろうって事、失念してたよ。さっきまでフェイトに付きっきりだったからさ」 フェイト。 義娘の名を聞いた瞬間、リンディは自らの内に湧き上がった衝動に身を任せアルフの肩を掴んだ。 そして驚きに目を見開く彼女に、矢継ぎ早に質問を浴びせ掛ける。 「アルフ! フェイトは、フェイトはどうなったの!? 崩落は・・・!」 「ちょっと、落ち着きなってリンディ!」 慌てるアルフに詰め寄ろうと、リンディは大きく身を乗り出した。 だが次の瞬間、彼女の身体は重心を崩し右へと倒れ込む。 右足に違和感。 何が起きたか分からずそのまま床面へと叩き付けられそうになった彼女を、咄嗟に伸ばされたアルフの腕が抱き止めた。 そしてアルフに支えられたまま自身の右足へと視線を落とした彼女は、其処にあるべきものが無いという事実に気付く。 「え・・・」 「リンディ・・・」 右脚の足首から先が無い。 その事実を理解した瞬間、僅かな時間ながらリンディの思考は停止した。 自身の肉体の一部が欠損しているのだから、無理もない事だろう。 しかし彼女は聡明であり、同時に並外れた意志の強さを併せ持っていた。 何より彼女の母親としての慈愛は、自身の負傷を気に掛ける思考を大きく上回っている。 「アルフ、フェイトは何処に? あの娘は無事なの?」 先程の取り乱し様とは打って変わり、落ち着いた口調で問い掛けるリンディ。 アルフは面食らった様な表情をしていたが、やがてゆっくりと口を開く。 「フェイトは大丈夫さ。本局から脱出する時にちょっと無茶してね、今はぐっすり寝てるよ」 そう言って彼女が指差した先に、フェイトの姿があった。 床の上で毛布に包まり、何処か重圧から開放された様な安らかな表情で眠り続ける義娘。 左手に幾重にも包帯が巻かれてはいるが、それ以外に目立った負傷の痕跡は見受けられない。 その姿を確認するや否や、リンディは全身の力が抜けてゆくのを感じた。 深く、深く息を吐き、常ならぬ弱々しい声を漏らす。 「良かった・・・本当に・・・良かった・・・!」 アルフへと凭れ掛り、肩を震わせるリンディ。 優しく肩を叩くアルフから、更に言葉が掛けられる。 「勿論クライドも無事だよ、今はラボで分析を受けてる」 奇跡の様なその言葉に、リンディは小さく声を漏らしながら歓喜の涙を流した。 今度は無言のまま、アルフの手が彼女の背を撫ぜ続ける。 2分ほどそうしていただろうか。 顔を上げたリンディは漸く、周囲に存在する人影が数百人にも及ぶ事実に気付いた。 其処彼処で生存を祝う、或いは死者を悼む悲痛な声が上がっている。 場所はかなりの広さを持ったホールで、壁際には観葉植物が生い茂り、数件のカフェ・レストラン等が壁面に埋め込まれる様にして店を構えていた。 反対側には設置型空間ウィンドウの出現箇所である事を示す警告表示が、10m前後の間隔で連続して壁面へと貼り付けられている。 今はオフラインだが、本来ならば外部のパノラマ映像が映し出されるのだろう。 「此処は・・・」 「第6支局さ。脱出した艦艇とヴィクトワールからの連絡で、生存者の救助に来たんだ」 「救助に?」 「正確には汚染とR戦闘機を警戒して接近しあぐねていた所に、アタシ達が転移してきたんだけどね」 思わぬ言葉に、リンディはアルフの顔を覗き込んだ。 アルフは無理もないと云わんばかりに肩を竦め、リンディの背後を指す。 「その2人のおかげだよ」 振り返ると其処には、車椅子に座する人物とそれを押す人影があった。 右腕以外の四肢が無い金髪の男性と、亜麻色の長髪を揺らす女性。 ユーノ、そしてクアットロだ。 「ユーノ君・・・」 「リンディさん、御無事で何よりです」 ユーノはリンディの傍らへ車椅子を停めさせると、何処か疲れた様に息を吐いた。 そして手にしていたファイルをリンディへと差し出し、幾分事務的な声で報告を始める。 「ジュエルシード・コピー計31個、及び「AC-47β」14基の同時暴走を利用した強制転送により約46000名が脱出に成功。当該宙域には現在、膨大な魔力とバイド係数として検出される未知のエネルギーによる巨大な力場が形成されています」 「46000・・・あの状況を考えれば奇跡かしらね」 「上層部の被害も深刻と言わざるを得ません。キール元帥は中央区での戦闘指揮中に地球軍が使用した化学兵器により死亡。フィルス相談役はAブロックで民間人の避難誘導に当たっておられましたが、例の可変機による襲撃を受けAブロックの総員もろとも消息不明。 クローベル議長は転送による脱出に成功しましたが、既に胸部と腹部に背面まで貫通する致命傷を負っておられました。転移直前に汚染スフィア群からの砲撃を浴びたとの目撃情報あり。その後、手術室への搬送の途中で・・・」 「亡くなられたのね・・・」 「ええ」 場に沈黙が満ちる。 周囲では相変わらず喧騒が渦巻いているが、リンディ達4名は奇妙な静寂の中にあった。 それを破ったのは、新たに姿を現した2名の声。 「御三方とも、最後まで局員としての責務を果たしての殉職です。悔いは無かったと信じましょう」 「生存者の殆どは、武装局員による抵抗が時間稼ぎとなって避難に成功した者です。彼等の死は決して無駄ではありません」 ゆっくりと歩み寄る桃色の髪の女性と、その肩に乗った人形の様な小さな人影。 手を引かれ杖を突きつつ歩く、両目を包帯に覆われた緑髪の男性。 シグナムとアギト、そしてヴェロッサだ。 「お久し振りです、ハラオウン統括官」 「シグナム・・・ええ、本当に久し振りね。意識のある貴女と会うのは」 「お恥ずかしい限りです。私もアギトも、敵の脅威の程を見誤っていた。あの時に撃ち果たしていれば、この様な事態には・・・」 俯き、震える程に拳を握り締めるシグナム。 アギトも同様に、ロードの肩の上で黙り込んだまま俯いている。 彼女等にしてみれば、自らが撃ち漏らした敵によって本局内の人間が殺戮されてゆく様は、憤怒と屈辱と悔恨とに塗れた光景以外の何物でもなかったに違いない。 実際のところ、彼女達があのR戦闘機の撃墜に成功していたからといって本局が惨劇を回避できたとは思えないが、リンディは後悔に打ち震える彼女達へと掛ける言葉を見付ける事ができなかった。 その言葉を齎したのは彼女ではなく、これまで一言も発する事なく佇んでいた人物。 「思い上がりも甚だしい。たった1機墜としたところで、地球軍が襲撃を諦めるとでも? 逆に投入される機体が3機から6機に増えただけでしょうねぇ」 「・・・テメェ」 クアットロだ。 その挑発的な物言いに、アギトが気色ばむ。 「アギト、止せ」 「だってよ・・・!」 「そうなればバイドを含めた三つ巴という状況を考慮しても、こんな風にそれなりの長時間に亘って本局が持ち堪えられたか怪しいものだわ。状況がより悪化する事はあっても、その逆は決して起こらなかったと思いますけど」 「お前ぇ!」 見下す様な言葉に、遂にアギトが激昂した。 その小さな両手に炎を宿し、そちらを見ようともしないクアットロの横顔へと突き付ける様に腕を突き出す。 だが、シグナムの手が彼女の正面へと翳され、射出直前の火球の射線を遮った。 「其処までだ、アギト」 「何でだよ! コイツが・・・」 「要するに気にするなって言ってるのさ、クアットロは。随分と回りくどい言い方だけれどね」 そのユーノの言葉に、アギトの抗議の言葉が止む。 彼女は奇妙な物を見る様な目でクアットロを見やるが、当の人物はもはや興味がないとばかりに全く別の方向を見ていた。 だがリンディからは、ユーノの言葉と同時に色付いた耳が丸見えである。 恐らく内心では余計なフォローをしたユーノに、有りっ丈の罵詈雑言を浴びせ掛けている事だろう。 思わぬ人物の思わぬ一面を垣間見た事で、リンディの顔に微かな笑みが浮かぶ。 陰鬱な空気が和らぎ周囲の喧噪も徐々に落ち着き始めた頃、壁面全体に外部空間の映像が表示された。 「おい、見ろ!」 その声にリンディは、反射的に映像のほぼ中央を見やる。 巨大な空間ウィンドウには、隔離空間内部の映像が鮮明に映し出されていた。 無数の世界が隣り合う様にして密集する異様な光景の中、戦闘による無数の閃光が其処彼処で瞬いている。 その中でも、一際強力な閃光を放つ箇所があった。 惑星群とは反対の方向を映し出した映像、遥か彼方に光る恒星を背に浮かぶ人工天体。 更にその手前に映り込んだ巨大な光球、不気味な闇色の波動を放ち鼓動する異形の臓腑。 「あれが、本局です」 「え・・・」 「あの光球の中心が、本局艦艇の最終位置です」 ユーノの説明に誰もが言葉を失い、沈黙のままに光球を見つめる。 映像の手前、即ち周囲には無数の管理局艦艇が漂い、光球から遠ざかる為に移動を続けている様だ。 恐らくは本局の直衛に就いていた管理局艦隊だろう。 良く見ればこの第6支局以外にも複数、支局艦艇の艦影が空間内に浮かび上がっている。 「・・・あの力場は、何時まで持続するのかしら」 「不明です。魔力のみでの計算ならば、消滅まで80時間といった処です。しかし極めて高いバイド係数が検出されている事もあり・・・」 リンディの疑問にユーノが答え始めた、その数秒後。 映像の其処彼処に映るXV級の内1隻が、唐突に爆発した。 喧騒が一瞬の内に静まり返り、赤い光がウィンドウの一端を照らし出す。 「何が・・・」 直後、空間に1条の赤い線が刻まれた。 その線は周囲に無数の光弾を纏い、一瞬にして2隻のXV級を頭上より薙ぎ払う。 数瞬の間を置き、2隻のブリッジ近辺が閃光と共に弾け飛んだ。 その光景にリンディは、何が起きているのかを理解する。 「追撃・・・!」 「あの機体だ! あの青い奴が追ってきた!」 誰かが叫んだその言葉とほぼ同時、更に1隻のXV級と2隻の小型艦艇が無数のレーザー弾体によって撃ち抜かれていた。 艦首から艦尾まで徹底的にレーザーを撃ち込まれた3隻は艦全体から火を噴き、XV級は半ばより折れる様にして爆発、小型艦は小爆発を繰り返しながら崩壊してゆく。 既に空間は無数の魔導弾によって埋め尽くされているが、それらが敵機を捉える様子はまるで無い。 此処にきて漸く状況を理解したのか、生存者の一部から悲鳴が上がり始めた。 しかし大多数はもはや逃げ場がない事を理解しているのか、騒ぎもせずに呆然と映像を眺めている。 リンディもまた静謐を保っていたが、それは諦観によるものではない。 彼女は嘗て提督として培った経験を基に、冷静に戦況を評価しようと試みていた。 そして、気付く。 「・・・浅異層次元潜航?」 「恐らくは。攻撃時に潜航状態を解除し、目標を撃沈後に再度潜航しているみたいですね」 いずれの管理局艦艇も、まるで狙いが定まらぬ様に魔導弾を乱射していた。 それこそ誤射の危険性すら無視し、只管に弾幕を張り続ける。 それは即ち、敵機を捕捉できていないという事実に他ならない。 其処から導かれる、考え得る中で最も可能性が高く、且つ最悪の予想。 浅異層次元潜航機能を使用しての一撃離脱。 「不味いですね。異層次元に潜られると、こちらは全く手出しができない」 「出現する瞬間を狙えば・・・」 「不可能よ。あれだけ小型で常識外れの機動性を持つ移動体を狙い打つ機能なんて、管理局の艦艇には備わっていない」 言葉を交わす間にも、2つの光球が光の尾を引きつつXV級へと襲い掛かった。 その艦は必死に弾幕を張るが、光球は被弾を意に介さぬ様に艦体を蹂躙してゆく。 外殻を裂いた光球が、内部へと侵入を果たした数瞬後。 ブリッジと推進部を内部より引き裂き、光球は外部へと帰還を果たした。 崩壊する艦体を掠める様に飛来する影と合流した光球は、空間へと溶け込む様に姿を消す。 「・・・やはりね」 間違いない。 敵機は浅異層次元潜航を使用している。 こうなれば、管理局側に打つ手はない。 数隻ずつ徐々に撃沈されるか、或いはこちらへと向かっているであろう地球軍の増援に纏めて消し飛ばされるか。 「ついてないなぁ」 溜息と共に零されたユーノの言葉こそが、リンディの内心を代弁していた。 本当に、ついてない。 詳細までは知らないにせよ、フェイトが命を掛けユーノが持てる能力を振り絞った結果、多くの生存者が脱出に成功したのだという事は分かる。 しかし脱出に成功しても、直後に抵抗すら儘ならぬ脅威に直面するとは何たる不運。 否、不運ですらないのだろう。 局員の脱出を許した時点で、その収容先ごと抹消する心積もりであった事は間違いない。 敵機がこの場へと現れた事は、不運などではなく必然なのだ。 「・・・義母さん?」 「フェイト・・・」 背後より掛けられた義娘の声に、リンディは振り返る。 其処には毛布を羽織り、心細げな表情を浮かべたフェイトが佇んでいた。 リンディは義娘を近くへと寄らせ、その身体を優しく抱き締める。 フェイトは暫くされるが儘にしていたが、やがて自らも腕を伸べると義母の手に自身のそれを重ねた。 ウィンドウ上では更に4隻が火を噴き、閃光と共に爆散するか緩やかに崩壊を始めている。 周囲は再び静まり返り、リンディは静寂の中で唇を噛み締めた。 自身ができる事は何もない。 義娘やその友人は自身を救ってくれたというのに、今この状況に於いて自身が彼女達を救えないという事実は、リンディの心を容赦なく責め立てた。 迫る最悪の終焉を前に、偽りの安心を娘に与える事しかできない。 「ごめんね、フェイト」 「・・・何か言った? 義母さん」 既に疲労が限界に達しているのか、フェイトは意識を保つ事も辛いらしい。 少しでも安心させようと、リンディは彼女の髪を撫ぜる。 返り血だろうか、不自然に指へと絡み付く髪を解しながら、閉じられてゆくフェイトの瞳を見つめていたリンディ。 しかし彼女は、ふと顔を上げて本局の存在していた宙域、禍々しい光を放つ光球を見やる。 それは長い時を過ごした場所が有する、掛け替えのない記憶を脳裏へと刻み付けようとの、無意識下の行動だったのかもしれない。 だが、その視界へと映り込んだ光景は決して感傷を齎すものではなく、それどころか現実としての脅威と驚愕を叩き付けるものだった。 「・・・え?」 本局を呑み込んだ光球。 それが、消えていた。 あれだけ眩い光を放っていた魔力と未知のエネルギーによる球体が、跡形もなく霧散していたのだ。 代わりにその宙域へと現れていたのは、本局のそれに酷似した巨大な影。 「嘘・・・」 「おい、残ってる・・・本局が残ってるぞ!」 誰もが食い入る様に映像へと見入る中、影は周囲に纏う闇色の光を徐々にではあるが振り払い始めていた。 角度の問題か、巨大な十字架の様にも見えるその影は、恐らくは破損した対宙迎撃用魔導砲身展開機構の残骸であろう、環状構造物の残骸を纏っているらしい。 中心部からは無数の針状構造物が伸び、その先端付近には円を描く様に幾つかの残骸が付着している。 奇跡的に残った、本局艦艇の残骸。 未だ残る力場の影響か鮮明な映像を捉える事はできないが、少なくともリンディはそう判断した。 その考えが間違っている可能性になど思い至りもしなかったし、もし至ったとしてもすぐさま否定しただろう。 「見ろよ! あの暴走にも持ち堪えて・・・」 「待って、何か変よ・・・」 本局以外には有り得ない。 あれだけの巨大建造物、見紛う事なき形状。 あれが本局でなければ何だというのか。 「リンディ・・・あの棘、動いてないかい?」 「・・・いえ、私には」 「待って・・・動いてる、動いてるわ」 アルフの疑問に、クアットロが答えた。 常人より遥かに優れた彼女の眼は、その異常を鮮明に捉えたのだろう。 彼女は徐に影を指し、微かに震える声で一言。 「あれ・・・鼓動して・・・!」 まやかしが、拭い去られた。 力場の残滓が完全に消失し、揺らぎの下に隠れていた影の全貌が露わとなる。 偏光の殻が取り払われた後には、異形としか言い様のない存在が出現していた。 死骸にして生命。 無機物にして有機的。 それは最早、リンディ達の知る本局という巨大構造物でも、その残骸でもなかった。 周囲の環状構造物は跡形もなく、中心から全方位へと棘皮動物にも似た鋭い棘状構造物が無数に延びており、それら全てが生命体の如く不気味に揺らめいている。 同じく中心部から前後4対、計8基のバーニアらしき長大なユニットが延び、その先端には複数の歪なノズルが備えられていた。 嘗ては其々の方向へと延びていた巨大な6つのブロックは内2つが消失し、その抉れた箇所からは巨大な青いレンズ状の結晶体が覗いている。 「嘘だろ・・・」 「アルフ?」 「嘘だよ・・・あれ、あれは・・・」 何事かに狼狽するアルフ。 見れば彼女だけでなく、ユーノまでもが凍り付いた様に異形を見つめていた。 アルフが、叫ぶ。 「あれ、全部・・・ジュエルシードじゃないか!」 瞬間、異形が弾けた。 少なくともリンディには、そうとしか認識できなかった。 一瞬、全ての棘状構造物が振動したかの様に見受けられた直後、何らかのエネルギーの壁が異形を中心として爆発したのだ。 可視化する程の高密度エネルギーは、瞬時にリンディ達が搭乗する第6支局にも到達。 轟音と共に襲い掛かった凄まじい衝撃に、リンディの身体は腕の中のフェイトごと1m近くも跳ね上げられた。 無数の悲鳴。 そして彼女は背中から床面へと打ち付けられ、鈍い音と共にその口からは呻きが漏れる。 咳き込むリンディの腕の中、完全に意識が覚醒したらしきフェイトは、明らかに動揺した面持ちで周囲を見回していた。 警報。 警告灯が点滅し、周囲からは呻きと助けを求める声、鋭く指示を飛ばす声が入り乱れて響く。 リンディもどうにか身を起こし、直前の現象についての疑問を口にした。 「今のは・・・?」 「あの本局だったものが使用した、極広域戦略兵器でしょう・・・ごめん、手を貸して・・・撃沈というよりは艦艇内部の人間を狙った、間接的な攻撃手段かも」 クアットロに助け起こされながらも、淀みなく答えるユーノ。 彼の言う通り、警報こそ鳴り響いているものの艦体に重大な損傷は皆無の様だ。 しかしクルーを狙ったにしても、この程度の衝撃で死に至る者は多くはあるまい。 「見ろ、見ろ!」 突如、生存者の1人が叫び、ウィンドウを指した。 周囲の人間、リンディまでもその叫びにつられて映像を見る。 そして、絶句した。 「な・・・」 漂う残骸と拡がりゆく炎の波。 ウィンドウ上へと大写しになっていたのは、完全に破壊された濃紺青の機体。 十数秒前まで艦隊を執拗に攻撃していた、あのR戦闘機だった。 「あっちにも・・・!」 それだけではない。 良く見ればその機体以外にも、更に2機の機体が破壊され空間を漂っている。 いずれも巨大な力によって粉砕されたかの様な惨状だが、特徴的な形状のキャノピーとノズルの残骸から辛うじてR戦闘機であると判断できた。 恐らくは増援として艦隊への攻撃に加わろうとした、その矢先に撃墜されたのだろう。 だが、現れた残骸はR戦闘機のものだけに留まらなかった。 「嘘・・・」 「あれは・・・地球軍の艦だ!」 その残骸は、嘗て第97管理外世界へと赴いた3隻のXV級を攻撃した、恐らくは駆逐艦か巡航艦クラスの艦艇のもの。 やはり浅異層次元潜航により姿を隠していたらしいが、何らかの要因により破壊されたのだろう。 艦体は見るも無残に中央から割れ、更に弾薬が暴発したのか、凄まじい光を発して破片すら残さずに消滅する。 「浅異層次元潜航・・・」 その呟きを、リンディは聞き逃さなかった。 声が発せられた方向を見れば、傍らへとウィンドウを展開したユーノが何らかの操作を行っている。 すると大型ウィンドウ上に映し出される映像が、目まぐるしく変わり始めた。 次から次へと移り変わる映像上へと浮かび上がるのは、いずれも破壊されたR戦闘機と地球軍艦艇ばかり。 画面右下には対象との距離が表示されているが、その桁も数千から数百万と様々だ。 此処に来てリンディは、到る所で地球軍戦力が撃破されている事実を理解する。 しかし同時に、損傷を受けた様子など全くないR戦闘機と地球軍艦艇の数も多い。 そして、ユーノが発した言葉の意味に気付く。 「潜航中の地球軍に対する攻撃・・・?」 その思考へと至った瞬間、全ての疑問が解決した。 何故、複数の地球軍戦力が撃破されているのか。 何故、バイドは本局を襲ったのか。 何故、ジュエルシードを核として本局を変貌させたのか。 「まさか・・・!」 浅異層次元潜航を封じる為の存在を生み出す、その媒体として本局を選び。 極広域空間干渉を実行する為のエネルギー源、その供給源としてジュエルシードを複製し。 短時間での侵食拡大の為に必要な膨大なエネルギーの解放、その引き金として局員によるジュエルシードの暴走を誘導する。 フェイト達が人工天体脱出に際して使用する次元航行艦を発見した、その瞬間からバイドの計画は実行段階に移行していた。 管理局の必死の抵抗も、そして地球軍による本局での無法さえも。 多くの血を流し汚染体の排除と脱出に成功した事実にも拘らず、バイドによる計画の域を脱する事はできなかったのだ。 考え過ぎだろうか。 果たしてバイドに、これ程までに高度な人間集団の行動予測、そしてそれを利用した戦略の立案ができるものだろうか。 否、こうして悩む事、それ自体が間違っている。 既にバイドはそれを成し遂げ、最大の成果を上げているのだから。 恐らく浅異層次元潜航中の地球軍戦力は残らず撃破され、彼等は切り札の1つを失った。 常軌を逸した打撃力と神出鬼没の機動力・隠密性を併せ持つ事こそが、地球軍が最大の脅威たる理由である。 しかし今、彼等は浅異層次元潜航という隠密の盾を奪われ、絶対的少数にも拘らず地球軍が最大勢力として戦場に君臨している要因、その一端を切り崩された事となる。 この事態から予測できる変化、それは。 「均衡が・・・崩れる・・・!」 嘗ては本局であった異形、その周囲に無数の影が現れる。 それらは初め、小さな点に過ぎなかった。 しかし数秒後、それらの点は爆発的に膨れ上がり、無数の巨大な肉塊へと成長する。 赤黒い醜悪な肉塊は異形をほぼ完全に覆い尽くし、その僅かな隙間からはジュエルシードによって形成されたコアが放つ青い光が覗いていた。 肉塊に覆われた異形の周囲に、可視化した無数の揺らぎが発生する。 揺らぎは異形を中心として拡散を続け、ウィンドウに映る範囲全体へと拡大した。 画面に映る殆どが揺らぎ始め、全く遠近感が掴めない状態となる。 そしてある瞬間、揺らぎの中に影が浮かび上がった。 無数に発生した揺らぎの中、影は次々に浮かび上がりその数を増してゆく。 揺らぎが影によって掻き消えた後、其処にあったのは空間を埋め尽くす程の艦艇の影。 管理世界、バイド、地球軍。 所属を問わず密集した、無数の艦艇。 先程までとは比較にならない、それこそ映像上の全てを埋め尽くす数の汚染艦隊の全貌だった。 「まさか・・・この為に本局を?」 「正面から押し潰す気なんだ。浅異層次元潜航が使用できない以上、地球軍は圧倒的不利に・・・」 「ねえ、あれ!」 ウィンドウを埋め尽くす艦艇群の中、周囲の艦艇とは明らかに異なる巨大構造物の姿があった。 リンディの目は、自然とその構造物へと引き寄せられる。 巨大な2つの環状構造物を繋げた形のそれは、出現直後から微かに光を放ち始めたのだ。 ユーノがウィンドウを操作し、その構造物を拡大表示する。 「スペースコロニー?」 「いえ・・・これは・・・」 拡大表示されたそれは、見るからに奇妙な構造物だった。 直径は約8km、全長はその倍以上はあるだろう。 どうやら環状であるのは前部構造物のみであり、後部構造物には底部が存在するらしい。 周囲には円柱型のユニットが2つ付随し、前部と後部の構造物間にはそれなりの距離が開いている。 少し離れた地点に配置されている十数基のユニットはソーラーパネルだろうか。 前部と後部は其々が逆方向へと回転しており、光は後部構造物の底部中央へと集束している様だ。 その光が何を意味するのか、思い至るものは1つしかなかった。 「砲撃だ!」 光が炸裂し、衝撃が意識を掻き消す。 吹き飛ばされたのか、叩き付けられたのか、引き裂かれたのか。 意識が回復するまでの数秒の間、リンディは我が身に何が起こったのかまるで理解できなかった。 ただ朦朧とする意識の中、避難を呼び掛けるアナウンスに紛れる様にして、複数の聞き逃せない言葉が響いた事だけは覚えている。 決して忘れ得ぬ、無限の狂気による蹂躙の始まりを告げた言葉だけは。 『第61管理世界、崩壊! 敵砲撃、射線上の惑星を複数貫通! 第52観測指定世界、第12管理世界、第38管理世界、いずれも崩壊が進行中!』 『汚染艦隊、進攻開始! 陽電子砲の充填開始を確認!』 『地球軍、第97管理外世界周辺宙域へ向け撤退を開始・・・』 戦況が、傾く。 * * 白い清潔な天井、窓とシェードの間から差し込む麗らかな陽光。 意識を取り戻したギンガが最初に目にしたものは、自身の置かれた状況を暫し忘れさせるものだった。 数秒ほど呆けた様に天井を眺め、次いで跳ねる様に上半身を起こす。 自らの半身を覆う清潔なシーツに程良い硬さのベッド、纏っているのは医療機関の患者服。 額へと生じた違和感に手をやると、指先が張り付けられたシールタイプのものに触れた。 ストラーダによって切り裂かれた傷を、何者かが手当てしたというのか。 他にも擦り剥いたらしき身体の各所に、適切な医療措置が施されている。 室内を見渡すが、どうやら此処は個室らしい。 閉じられたドアの向こうからは、微かな喧騒が聴こえてくる。 ベッドから身を乗り出し窓のシェードを上げると、白い雲が浮かぶ青空と眼下の緑が視界へと飛び込んできた。 自然に零れる、現状への疑問。 「此処は・・・?」 ドアの開く音。 咄嗟に振り返り拳を構えるも、その左腕にリボルバーナックルは無かった。 しかし、扉を潜り入室してきた人物の姿を捉えるや否や、ギンガの意識は完全にその人物へと釘付けになる。 その人物、彼女は記憶の中のそれよりも随分と伸びた桃色の髪を揺らし、柔らかく微笑んだ。 「良かった、意識が戻ったんですね」 思考を支配した驚きに、言葉を紡ぐ事もできないギンガ。 その目前で、彼女は手にしていた薬品の箱を近くの台上へと置くと耳元へと手をやり、既に装着していたインカムを通じて何処かへと報告を行う。 随分と慣れた動作だった。 「614、患者が覚醒しました。危険はありません」 その光景を呆然と見つめるギンガの目前で、彼女は耳元から手を離すと改めてギンガへと向き直った。 そして、再会の言葉を紡ぐ。 「お久し振りです、ギンガさん」 時空管理局辺境自然保護隊、第61管理世界スプールス駐在班所属。 キャロ・ル・ルシエ二等陸士の姿が、其処にあった。
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『I-12より管制室! エリア全域の重力が地表と水平に偏向! 一体どうなっているんです!?』 『こちらC-02、Gエリア全域との連絡が途絶えた! 信じられん・・・街が、街が落ちていってるんだ! 何もかも「上に」落ちて行く!』 『こちら、F-17・・・誰か・・・重力が・・・14G・・・呼吸が・・・もう・・・』 錯綜する無数の全包囲通信はいずれも、コロニーが想像もつかない異常に襲われている事を知らしめていた。 G-08エリアへと向かった調査部隊が管制室との交信を絶った事から、周辺エリアでの活動に当たっている複数の部隊へと調査要請が出された、その僅か2分後。 コロニー全域へと危険性異常物体検出警報が発令され、Gエリア周辺域の異常を知らせる報告が隣接する全てのエリアより飛び込み始めたのだ。 それらの内容は支離滅裂で要領を得なかったものの、総じて俄には信じ難いものばかりである。 人が空中へ落ちてゆくとの報告に始まり、ビル群が垂直に潰れ始めた、車両が地表と水平に飛んでくる、遥か頭上からビルや車両が落下してくる等々。 中には、飛行中のヘリに上空から数十人の生身の人間が降り注ぎ、十数人がローターへと巻き込まれた上、ヘリそのものも突如として上下を反転して背面飛行を開始し、挙句の果てに制御を失い垂直に地表へと墜落したとの報告もあった。 異常の規模は瞬く間に膨れ上がり、今やコロニー全域の半分近くに当たる74のエリアで何らかの被害が発生している。 それらの情報を統合的に分析して判明したのは、G-08エリアを中心として重力異常が発生し、その影響範囲が急速に他のエリアへと拡大している事実だった。 「管制室、D-18の避難状況は!? あとどれくらい残ってるんスか!?」 『不明です! 情報が錯綜しており、人員の正確な位置把握は不可能! D-06から17エリア、偏向重力増大! 直ちにCエリアへ退避して下さい!』 「言われなくても分かってるッス!」 管制室からの退避勧告に、ウェンディは苛立ちを隠そうともせずに声を張り上げる。 偏向重力発生直後から、彼女はパニックに陥った非戦闘員の避難誘導を行う姉妹達と分かれ、上空から取り残された者が居ないか捜索に当たっていた。 既に100人以上を発見し管制室へと連絡したが、それらの生存者全てが回収された訳ではない。 唯でさえ偏向重力下で身動きの取れない被災者が多い上に、魔導師を除けば各勢力の戦闘要員でさえ独自の飛行は不可能なのだ。 自在に宙を舞う事のできる魔導師と、ヘリや強襲艇が無ければ浮かび上がる事さえできない非魔導師。 その一点に於ける両者間の大き過ぎる差が、この異常事態下で浮き彫りとなっている。 「分かってるんスよ、そんな事・・・!」 呟き、ライディングボードの推力を最大にまで引き上げると、彼女は建ち並ぶビル群の屋上を横目にしつつ、地表と「平行」に上昇を開始した。 落下せぬようボードの縁を握り締め、徐々に上昇角を釣り上げてゆく。 ボードに「乗って」いる以上、垂直上昇は不可能ではないにせよ、余り実行したくはない機動だった。 大きく螺旋軌道を描きながら、ウェンディは高度を上げてゆく。 ウェンディ自身に飛行能力は無く、空中機動に関してはその全てをライディングボードに頼っていると云っても過言ではない。 姉妹や陸戦魔導師にも飛行能力を有していない者は多いが、彼等は固有装備またはデバイスに「AC-47β」を装着する事によって最低限の飛行能力を得ていた。 無論の事ながらウェンディも例外ではなく、ライディングボードには「AC-47β」が組み込まれている。 しかし、ボードはその運用構想上ウェンディから完全に独立しており、ギンガやスバルのデバイス、或いはノーヴェのガンナックル・ジェットエッジの様に身体へと装着している訳ではない。 ボードから引き剥がされでもすれば、後は重力に任せて落下する他ないのだ。 チンクやセインの様に自身へと同期させる方法もあったのだが、ウェンディはボードの強化が為されなければ意味が無いと、この提案を断っていた。 今となっては、悔やむより他ない判断だったが。 何もかもが異常だった。 突如として水平に落下を始める人間、破片を撒き散らしながら道路を転がってゆく車両群。 ビルの壁面を覆い尽くす光透過性硬化樹脂の窓、その内側には数十人の人々が張り付き、身動きも取れずに救助を待っていた。 強大な力を秘めた魔導・質量兵器が為す術もなく道路を滑り落ち、相次ぐ建造物との衝突に姿勢を崩し更に遠方へと落下、爆発。 空間制圧に用いられる特殊反応弾頭が暴発し、その爆発へと巻き込まれたビル群は基部を破壊され、上部はそのまま地表と平行に落下を始める。 落下するビルが他のビルを巻き込み、それらのビルがまた崩壊し更に多くのビル群を巻き込んで落下。 轟音と共に続くドミノ倒しの様な崩壊の連鎖に紛れ、其処彼処で無数の爆発が発生する。 しかもそれらの爆炎は地表に沿って上昇する為、辛うじて街灯や建造物外壁にしがみ付いている生存者達を片端から呑み込んでいた。 通信ウィンドウからは絶えず無数の悲鳴が上がり続け、しかし徐々に静まり返ってゆく。 それも一時の事で、重力偏向域が拡大するにつれ、新たな悲鳴と救援要請が飛び込んでくるのだ。 『畜生、何なんだよこれ! 何が起こってるってんだ!?』 「アタシに訊くな! こっちが教えて欲しい位ッス!」 通信越しのノーヴェの悪態に、こちらも怒声混じりの大声を返す。 実際、異常の原因など重力制御システムのトラブルしか考え付かなかった。 だが管制室によれば各エリアのシステムは正常に機能しており、トラブルなど一切に亘って発生していないとの事だ。 ならば別の要因があるのだろうが、それが何であるのかがまるで解らない。 異常の規模だけは秒を追う毎に拡大しているというのに、それが何によって齎されているのかが全く不明なのだ。 『其処の魔導師、乗れ!』 上昇を続けるウェンディの耳へと、新たに通信越しの声が飛び込む。 周囲を見回すと、1機の強襲艇が接近してくるではないか。 戦闘機人であるウェンディを魔導師と呼んだ事から管理局員でない事は分かっていたが、成程ランツクネヒトの人員だった様だ。 やはり地表に対し平行に上昇する機動を取りつつ、強襲艇は速度をウェンディのそれに合わせる。 そのハッチが開き、機内の人影が彼女を招く様に腕を振った。 ウェンディは即座に強襲艇へと接近し、ボードごとハッチ内部へと滑り込む。 閉じられるハッチ。 「助かったッス!」 『この偏向重力の中で良く無事だったな。本機はこのままBエリアに向かう。向こうはまだ正常な重力を保っているからな』 「他の生存者は?」 『トラムの全路線にAエリアまでの緊急循環を実行させている。整備工場の車両に至るまで、全てオンラインだ。トラムのパワーなら、偏向重力下でも問題なくAエリアまで到達できる』 「・・・車両内の人間は?」 『それ以上の打てる手は無い。無事である事を祈るしかないとさ』 マスク越しに語られる言葉に、ウェンディはノーヴェ達がトラムを利用すると言っていた事を思い出した。 偏向重力に逆らわずステーションへと至る事のできる経路を確保、スバルを中心として誘導は順調に進んでいるとの報告があったのだ。 本当にトラムで偏向重力影響域を脱出できるのかと危ぶんでいたウェンディだったが、この分なら問題は無さそうだと安堵する。 だが、それも長くは続かなかった。 機体を襲う衝撃、展開されるウィンドウ。 『C-09から12エリア、偏向重力の発生を確認!』 偏向重力影響域拡大、Cエリア到達。 体勢を崩していたウェンディの背に、冷たい感覚が奔った。 姉妹は、ギンガ達は何処に居るのか。 そう問い掛けようとする自身を必死に抑える彼女の耳に、続いて奇妙な報告が飛び込む。 『D-09から12エリア、重力逆転・・・E-09から12、重力逆転から偏向状態へと移行』 知らず、ウェンディは目前のランツクネヒト隊員と顔を見合わせていた。 マスク越しではあるが、彼もまた彼女と同様の疑問を抱いているであろう事は明らかだ。 そして、その疑問を裏付ける様に新たな報告が齎される。 『第2メイントラムチューブ内より高バイド係数検出。検出源、D-10エリア通過』 やはりか、とウェンディは確信を深めた。 G-08エリアを中心とする重力異常は、距離が増大するにつれ性質が変化している。 E・G・Hエリアでは重力が逆転し、Fエリアでは重力作用方向こそ正常なものの10Gを超える異常重力が掛かっていた。 これら4つのエリアでは、偏向重力が地表に対し垂直方向へと作用している。 だがD・Iエリアでは、偏向重力は地表に対し平行に作用していた。 即ち、隣接するE・Hエリアへと吸い寄せる様に、水平方向へと。 ところが、第2メイントラムチューブ内の「何か」がDエリアへと侵入すると、重力逆転状態にあったEエリアは重力偏向状態へと移行し、まるで入れ替わるかの様に偏向状態にあったDエリアは逆転状態へと移行した。 同時に、隣接するCエリアでは偏向重力が発生している。 これらの事象が意味する事とは何か。 『解析終了・・・偏向重力発生源、特定。メイントラムチューブ内移動体、バイド係数検出源。目標、第71管理世界・メイフィールド近衛軍所属、機動型魔導兵器アンヴィル』 そう、重力異常域は移動している。 汚染されたのであろう機動兵器を中心として展開され、その移動に合わせて影響域も拡大しているのだ。 だが重力逆転状態から偏向状態への移行が観測された事で、その影響範囲には限りが在る事が判明した。 恐らく、半径3km圏内は垂直方向への重力異常域。 そして3kmから9km圏は、水平方向への重力異常域だ。 尤も、それはこのコロニー内に於いて観測された異常に過ぎない。 その気になれば如何なる方向にでも、自在に重力偏向制御を実行できると考えた方が妥当だろう。 現状では偏向重力によって吸い寄せ、其処から上空へと放り出すか、過大重力によって押し潰すかの戦術を採っているのだ。 『ペレグリン隊、及び「アクラブ」がC-12エリアへと急行中。慣性制御機構搭載機は援護に向かえ』 『魔導師隊は各機体と連携、C-12エリアへの援護に向かって下さい!』 管制室より発せられる、ランツクネヒト及び管理局オペレーターからの指示。 ウェンディは手にしたライディングボードの縁を握り直すと再度、目前の隊員へと視線を投げ掛ける。 どうやら彼の方でも問いたい事が在るらしく、微かな光を放つゴーグルは既に彼女へと向けられていた。 迷う事なく、ウェンディは問いを発する。 「この強襲艇は慣性制御を?」 『勿論だ。機体外部にフィールドを展開する事もできる』 「偏向重力の中でも?」 『問題ない。アンタ、長距離砲撃はできるか?』 「勿論ッス」 ボードを掲げ、先端部の砲口を見せ付けるウェンディ。 隊員は納得したらしく、頭上のカーゴボックスへ手を伸ばすと、其処から装甲に覆われたレンズの無いゴーグルの様な物を取り出した。 次いで、彼は自身のバックパックからケースを取り出し、その中から薄く緑掛かった色のスポーツサングラスを取り出す。 ゴーグルを傍らに置き、サングラスを手に小さなウィンドウを開くと5秒ほど何らかの操作を実行。 そして操作が終了しウィンドウが閉じられると、彼はサングラスをウェンディの目前へと差し出し、こう告げた。 『私物だが、コイツが機体の機動予測を教えてくれる。砲撃戦では役に立つ筈だ』 その言葉にウェンディは、数秒ほど差し出されたサングラスを見つめると、やがて徐にそれを受け取る。 フレームのサイズは有機的に自動調節されるらしく、テンプルを展開して耳に掛けると全体が程良く固定された。 そして表示される各種情報。 現在の偏向重力作用方向、機体の姿勢、ウェンディ自身の照準機能に合わせた周囲環境簡易表示。 今は「Stand-by」との表示が浮かんでいるが、恐らくはこの機体の機動予測を表示するのであろうウィンドウも在る。 見るからに重々しいゴーグルの扱いに慣れていないであろうウェンディを気遣ったのか、どうやら本来はあのゴーグルに備わっている機能の一部を、限定的ながらも私物のサングラスに移し替えたらしい。 暫し周囲を見回した後、ウェンディは三度隊員へと向き直ると言葉を紡ぐ。 「その、有難うッス。これ・・・」 『上部ハッチから出て砲撃してくれ。慣性制御が在る以上、落ちる事はないだろうが警戒だけはしておく事。こちらも30mm電磁投射砲とMPM・・・多目的ミサイルで援護するが、本命はR戦闘機と各勢力の機動兵器、それと砲撃魔導師だ』 最後まで言葉を紡がせずに、彼は立ち上がりつつ作戦上の補足点を述べる。 そして、そのまま壁際へと歩み寄りハッチを開くと、ウェンディにそうした様に腕を振って招く仕草をした。 直後、床面から火花を散らしつつ機内へと滑り込んでくる影。 その正体へと思い至るや否や、ウェンディは頓狂な声を上げる。 「ノーヴェ・・・チンク姉!?」 「無事だったか、ウェンディ」 ジェットエッジによって滑り込んできたノーヴェ、その背から飛び降りるチンク。 2人の無事に安堵の息を零し、ウェンディは彼女等の傍へと駆け寄る。 見たところ、ノーヴェに疲労の色が濃い。 この偏向重力の中、此処までチンクを背負ってエアライナーで滑走してきたのだろう。 簡易飛行が可能となっているとはいえ、テンプレート上から落下せぬよう走り続ける事は酷く神経を磨り減らすに違いない。 「ノーヴェ、しっかり・・・大丈夫ッスか?」 「何とか・・・」 「他の連中は? もう安全圏まで脱したんスか」 「セインは引き続き非戦闘員の誘導に当たっている。ギンガとスバルは別の機体と合流している筈だ。それに・・・」 其処まで続けると何故かチンクは、僅かに次の言葉を紡ぐ事を躊躇うかの様な素振りを見せた。 微かにランツクネヒト隊員の方を見やり、再度ウェンディへと視線を戻す。 そして、意を決した様に声を絞り出した。 「・・・エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエも向かってきている。私達はR戦闘機による攻撃に引き続き、敵を挟み撃ちにするぞ」 「正気ッスか? ルシエはともかく、モンディアルは近接型ッスよ」 「私とノーヴェ、ギンガとスバルも近接型だ。敵の装甲に対魔力以外の特殊防壁が無い事は既に判明している。私かスバルのIS、若しくはモンディアルのデバイスによる攻撃で撃破する事も可能だろう」 そんな言葉を交わしていると、背後から肩を叩かれるウェンディ。 振り返れば、隊員が握り拳から親指を立て、天井面を指し示していた。 同時に機内の照明が、通常灯から赤い非常灯へと切り替わる。 『そろそろだ、3人とも上部ハッチへ行け。アンタと俺達は、そっちの2人の接近を援護する』 「おい、本当に大丈夫なんだろうな。ハッチから出た瞬間に落っこちるなんて冗談じゃないぜ」 『機体上部は下方垂直に1Gのフィールドが展開されている。機体がどんな姿勢になったとしても落ちる事はない筈だ』 「偏向重力は? 何Gまで耐えられるんだ」 『心配しなくても20Gでも30Gでも耐えられる。単一方向ならな』 隊員の言葉が終わるや否や、機内に警告音が響く。 続いて聴覚へと飛び込んできたのは、恐らくはパイロットのものであろう音声。 戦闘が開始された事を告げる、淡々とした言葉。 『アクラブ、接敵』 衝撃が機体を揺るがす。 ライディングボードを抱え直し上部ハッチへと向かう中で、ウェンディはサングラス越しに先を行く姉妹達を見つめつつ、初めてR戦闘機群の健闘を願った。 この2人が積極的攻勢に移行せねばならない、そんな状況が訪れない事を。 『目標がメイントラムチューブを出た。C-12エリア、アンヴィルを視認』 現状では、その願いも叶いそうにないが。 * * 噴火と見紛わんばかりの爆発。 それと共に無数のビル群が基部より弾け飛び、膨大な質量の残骸が偏向重力に捉われ上方へと落下してゆく。 数十mから数百mにも達するコンクリートの建造物が次々に崩壊しつつ、宛ら豪雨の如く宙空へと落下してゆく様は、見る者に薄ら寒い感覚を齎すものだ。 少なくとも、強襲艇の機体上部よりその光景を間近で目にしているスバルにとっては、悪夢という単語以上に適切な表現を導き出す事ができなかった。 嘗ては千数百万もの人々が暮らしていた都市が、眼前で積木の様に崩れて宙へと巻き上げられているのだ。 宙空には小惑星帯にも似た瓦礫の雲が形成され、不気味に蠢くそれらの中からは地鳴りの様な音が轟き続けている。 そんな常軌を逸した惨状に意識を囚われるスバルに、傍らから鋭い叱責の念話が飛んだ。 『スバル、目標に集中して!』 なのはだ。 彼女もまたレイジングハートを構えたまま、噴き上がる瓦礫の中心を見据えている。 管制室からの報告によれば眼前の現象は、汚染された第71管理世界の機動兵器、アンヴィルによって引き起こされているという。 俄には信じ難い事だが、その機動兵器は先程の迎撃戦の最中にバイドにより汚染され、バイド係数の変動を巧妙に偽装したままコロニー内部へと格納されたらしい。 停電を機に正体を現した汚染体は、G-08エリアを格納区として使用していたメイフィールド近衛軍のみならず、停電調査の為に派遣された部隊と地上の非戦闘員をも巻き込み、この重力異常を引き起こしたという訳だ。 そして、通信の途絶した調査部隊の構成人員名簿には、スバルやギンガ、なのはも良く知る人物が名を連ねていた。 無事でいて欲しい、そう願う心とは裏腹に、理性は冷徹に現実を突き付けてくる。 恐らくはもう、彼女は生きてはいないと。 『アクラブ、攻撃する』 意図せぬ内に拳を握りしめていたスバルの意識に、念話へと変換されたR戦闘機からの通信が飛び込む。 地球軍及びランツクネヒトはインターフェースを通じての超高速通信を用いているのだが、無論の事ながらそれを魔導師が扱う事はできない。 かといって音声による通信では、常に轟音が満ちる戦域でまともな情報の交換が行える訳もない。 其処で考案された相互通信手段が、インターフェースによる通信を念話と同期させる事だった。 意外にも然程に労する事もなく構築に成功したこのシステムにより、魔導師と地球軍、ランツクネヒト間に於ける通信利便性は飛躍的に向上。 結果、こうしてR戦闘機からの通信も、オペレーターを介する事なく受信する事が可能となったのだ。 『魔導師隊、攻撃に備えよ』 パイロットからの警告が放たれた直後、噴き上がる瓦礫の中心で青い閃光が爆発する。 一帯の空間を埋め尽くす数百万トンもの瓦礫が一瞬にして消し飛び、青い光の残滓が無数の球体となって宙空へと拡散。 空間の歪みとして可視化する程の衝撃波と轟音がスバル達の強襲艇を激しく揺るがした後には、全ての瓦礫が消え去った奇妙な空白の空間だけが在った。 その中央に浮かぶは、炎と煙を噴き出し続ける巨大な濃群青の異形。 アンヴィルだ。 そして次の瞬間、一帯に拡散していた波動粒子の光球が、波動砲の砲撃によって損傷したアンヴィルへと一斉に襲い掛かる。 加速開始直後こそスバルの眼で弾体の軌跡を追う事も出来たが、一瞬後の更なる加速で全ての弾体が完全に視界から消え去った。 想像を絶する瞬間加速を行った数百もの弾体は、その全てが寸分の狂いも無くアンヴィルの装甲へと殺到したらしい。 濃群青の装甲が無数の小爆発と共に弾け飛び、その内部より大量の赤い液体が宙へと噴き出す。 直後、アンヴィルの砲撃により地表に開いた直径1kmを優に超える巨大な穴、其処から砲弾の如く飛び出す白い機影。 「R-9A4 WAVE MASTER」 コールサイン「アクラブ」。 最初期型の波動砲、スタンダードタイプと呼称されるそれを基に数多の新型波動砲が開発される中、純粋に出力の増大のみを念頭に置かれ開発されたという機体。 現在このコロニーに存在する、あらゆる魔導・質量兵器のそれを遥かに上回る貫通力を有する「スタンダードⅢ」波動砲を搭載し、同じくスタンダードタイプのフォース、そのレーザー変換効率上昇型を運用するこの機体は、最初期型R-9Aの直系最終型とも云える存在らしい。 他機種の様に個性的とも云える武装を有する訳ではないが、純粋に貫通性能を強化されたその波動砲は驚異的な破壊を齎す。 更にスタンダードⅢの特徴としては、着弾後に拡散する余剰エネルギーに集束・誘導性を持たせ、再度目標へと着弾させる機能が挙げられるだろう。 砲撃そのものの威力も驚異的だが、この弾体がまた凄まじい。 コロニー防衛に就いているR戦闘機各機の戦闘記録映像は繰り返し見たが、それらの中でもアクラブの戦闘記録は群を抜いて壮絶なものだった。 全ての性能が高水準で安定している為か、常に状況を選ばず出撃してきたらしきアクラブは、合流後に発生した迎撃戦に於いて単機で31隻もの汚染艦艇を撃沈している。 コロニー防衛艦隊にはアクラブ以上に対艦隊戦に適した機体も存在し、実際にそれ以上の戦果を上げてもいた。 だが、それは他機種及びアイギスの支援を受けている上での戦果だ。 一切の支援を受けず単機で31隻の艦艇を撃沈したアクラブは、パイロットの技能も然る事ながら、機体そのものが有する能力も異常であるとしか云い様がない。 そして、そのアクラブによる砲撃が今、1つの区画を巻き添えにアンヴィルの装甲を喰い破った。 だが、しかし。 『・・・まだ動いています! 目標健在!』 装甲の穴を埋め尽くすかの様に湧き出る、金属光沢を併せ持った赤錆色の肉塊。 それらの隙間を埋める様に、無数の小さな触手が先を争う様に表層部へと伸長を始める。 大量の血液と肉片が飛び散る中、奇妙な燐光を纏った触手先端の爪状部位がもがく様に宙を掻いていた。 その余りに醜悪な光景に、スバルは込み上げる吐き気を覚える。 管制室、ランツクネヒトオペレーターより通信。 『解析終了。目標、高次寄生体「トリプルシクス」。高度重力制御による戦域重力環境操作を用いた撹乱戦術を用いる。警戒せよ』 「BFL-666 HIGHER-ORDER PARASITISM LIFE『TRIPLE SIX』」 ウィンドウに表示された名称に、スバルは思わず眉を顰めた。 No.666とは、偶然にしては随分と意地の悪い事だ。 スバルの知る限り、666という数字には1つとして良い意味が無い。 悪魔、悪霊、災厄、戦争。 多くの世界でこの数字は不吉の象徴とされており、それはミッドチルダも例外ではない。 第97管理外世界に於いても同様であるか否かはスバルの知るところではないが、たとえそうでなくとも良い心象である筈がなかった。 『こちらアクラブ、敵主砲に捕捉された。このまま引き付ける』 『魔導師隊、攻撃せよ』 そして遂に、魔導師への攻撃指令が発せられる。 アンヴィルの主砲はアクラブを捕捉しており、残る武装は機体四方を固める魔導砲のみ。 しかも、それら魔導砲の可動範囲はごく狭い事が判明していた。 射界にさえ入らなければ、大した脅威ではない。 『こちら高町、撃ちます!』 『ウェンディ、砲撃する!』 なのは、ウェンディのそれと共に複数の念話が意識へと飛び込み、次いで桜色の閃光がスバルの視界を満たす。 身体を揺るがす衝撃、リンカーコアを圧迫する程の高密度魔力。 ディバインバスター・エクステンション。 行く手を塞ぐ瓦礫の全てを撃ち抜き、アンヴィルの装甲へと突き立つ閃光。 同時に複数の砲撃が目標を直撃、装甲下より湧き出していた触手を根こそぎ吹き飛ばした。 攻撃は更に続く。 『FOX3』 足下の強襲艇、その下部で赤い光が炸裂。 直後に白煙を引きつつ、6基の飛翔体が目標へと突進を開始する。 多目的ミサイル、射出。 更に、全身を揺さ振る小刻みな振動と共に、青い光が連続して機首の下方で瞬く。 30mm電磁投射砲による掃射だ。 強襲艇は掃射を続行しつつ、急加速を掛ける。 ギンガから念話。 『スバル、用意は良い!?』 『勿論!』 答えつつ、右手を強く握り締める。 戦闘機人としての機能を覚醒させ、自身のISである振動粉砕を軽く発動させるスバル。 その時、各強襲艇より放たれた数十基のミサイルがアンヴィルへと着弾し、凄まじい爆発が宙空を埋め尽くした。 30mm電磁投射砲の掃射が止み、機体は螺旋軌道を描く様にして目標の最終視認位置へと向かう。 敵性体が未だ活動していたとしても、波動砲に引き続きこれだけの砲撃とミサイル、電磁投射砲の掃射を浴びたのだ。 装甲は殆ど残ってはいないであろう事を考えれば、彼女自身の振動拳かエリオのメッサー・アングリフで仕留める事ができるだろう。 縦しんば装甲が残っていたとしても、チンクのランブルデトネイターで爆破すればかなりの損傷を与えられる筈だ。 3方からの同時奇襲、如何に重力を操ったとしても、それら全てを回避する方法は無い。 『行け!』 パイロットからの通信と共に機首が下がり、急激に下方へと軌道を変更する。 その瞬間に合わせ、スバルはギンガと共に機体を蹴って飛び出した。 途端、背後へと引き摺られるかの様な強い偏向重力が全身を襲う。 ギア・エクセリオンの状態であるマッハキャリバーを重力作用方向へと向けウイングロードを展開、同様の措置を取ったギンガと並ぶ様にして宙を滑走し始めた。 『重力がこっちに作用してる!』 『チンク、ノーヴェ! そっちはどう!?』 『問題ない、行くぞ!』 スバル達の突進を妨げる偏向重力は、しかし目標を挟んで反対方向から奇襲を掛けるノーヴェ達には格好の加速環境となっている様だ。 未だ消えぬ爆炎の中では、魔力光が連続して瞬いている。 恐らくはアンヴィル主砲の砲撃だろう。 どうやらアクラブは、見事に敵の照準を引き付けているらしい。 『取り付いた!』 『こちらチンク、これより残存装甲の爆破に移る!』 途端、偏向重力作用方向が逆転する。 どうやら装甲に取り付いたノーヴェ等に目標が気付き、偏向重力で以って引き剥がそうと試みているらしい。 だがそれは、今度はスバル等に最適の加速環境を与える事となった。 『ギン姉、今だよ!』 『分かってる!』 ウイングロードを頭上へと90度まで湾曲させ、火花を散らしつつその上を駆ける。 「AC-47β」によって増幅された魔力で以って展開されたウイングロードの先端は、既に目標表層部へと突き立っている筈だ。 振動粉砕の出力を上げ、接触の瞬間に備える。 直後、爆炎を切り裂き現れる、濃紺青の鉄塊。 「はぁぁあああッ!」 ギンガが先行、裂帛の気合いと共にリボルバーナックルを振り下ろす。 本来ならば魔導師の攻撃程度では傷も付かぬ筈の装甲は、度重なる攻撃の損傷から衝撃に耐える事も出来ずに粉砕され、5m程に亘る巨大な穴を穿たれた。 破壊された装甲内部より覗く、醜悪な肉塊。 そして、咄嗟に飛び退くギンガを追う様にして、血飛沫と共に無数の触手が肉塊より出現する。 『この化け物!』 念話と共に殺到する、複数の砲撃。 消し飛ぶ触手、宙へと飛び散る抉れた肉塊の破片。 その光景を視界へと収めつつスバルは更に加速、雄叫びと共に振り被った右腕を振り抜く。 「っりゃああああぁぁぁぁッ!」 衝撃、轟音。 リボルバーナックルが肉塊へと打ち込まれ、螺旋運動を付加された振動エネルギーが寄生体666の全体を侵す。 ほぼ同時、振動拳とは別の巨大な衝撃が、666の巨大な体躯を震わせた。 『爆破したぞ、やれ!』 チンク、ランブルデトネイター起爆。 直後に振動エネルギーが、肉塊の各所を内部から食い破る。 鈍い破裂音と共に、これまでを上回る勢いで噴き上がる血液と肉片。 破裂は1箇所に留まらず、666の其処彼処で肉塊が弾け飛ぶ。 仕留めたか、と安堵するスバルだったが、直後に飛び込んできた念話に意識が凍り付いた。 『スバル、逃げて!』 反射的に視線を上げれば、砲塔に穿たれた魔導砲の砲口が、破壊された装甲の残骸上に立つスバルを捉えているではないか。 寄生体はどうやら、アンヴィルのシステムをも完全に支配下に置いているらしい。 有機部位を破壊したとしても、666はアンヴィルとしての活動まで停止する訳ではないのだ。 そんな事を思考しつつ、スバルは装甲上にウイングロードを展開、基部の陰を目指し滑走を開始する。 頭上から押さえ付けるかの様に作用する強大な偏向重力により、戦闘機人の膂力を以ってしてもそれ程の速力は出ない。 砲撃されてしまえばそれまでだが、その危惧が現実のものとはならない事をスバルは理解していた。 偏向重力により加速しつつ、直上より落下してくる金色の閃光。 『ライトニング01、接敵』 視界が白一色に染まり、衝撃が全身を打ち据える。 バリアジャケットによる防護をも突き抜けてくる鋭い破裂音に聴覚が麻痺し、一瞬ながら周囲の状況が完全に不明となった。 直後に光の残滓が消え去った視界には、砲塔であった物の残骸の上に立つエリオと、血飛沫と共に装甲より引き抜かれるストラーダ、そのカートリッジシステムに装着された「AC-47β」より噴き出す圧縮魔力の光が映り込む。 次いで、全身を襲う浮遊感。 『666の活動停止を確認。偏向重力消失、無重力状態へと移行』 足下、装甲の残骸を蹴り666より離れる。 念の為に慣れない飛翔魔法を発動し、中空に身体を固定。 傍らに寄ってきたギンガ、チンクやノーヴェと共に機能を停止したアンヴィル、666の死骸を眺める。 拉げた砲塔と僅かに残った基部、機体の其処彼処から覗く肉腫と触手。 無重力状態の中、大量の血液を噴き出すそれから離れる人影。 エリオだ。 『・・・アイツ、あんな所から』 ノーヴェの独り言の様な念話に、スバルは頭上を見上げる。 視線の先には、接近してくる強襲艇の影。 次いでノーヴェへと視線を向けると、彼女は軽く首を振りつつ呟く。 『あの強襲艇、4kmは離れていたぞ。其処から5秒足らずで突っ込んできたんだ』 『最後の1kmで姿が掻き消えやがった。再加速したんだろうが、もうアタシの眼じゃ追えない』 チンク、そしてノーヴェの言葉に、スバルは強襲艇へと乗り込むエリオの姿を改めて視界へと捉える。 先の迎撃戦に於ける攻撃もそうだったが、現在のエリオの戦い方には嘗ての面影が殆ど見受けられない。 複雑で緻密な技巧の一切を切り捨てたかの如く、只管に大出力を活かした突進を以って敵性体を貫くその様は、騎士というよりは発射されたミサイルと表現する方が相応しく感じられる。 魔導師が音速を突破する事、それ自体は不自然な事ではない。 数こそ少ないものの、フェイトを始めとして実行可能な魔導師は実際に存在するのだ、 だがノーヴェの言葉が正しければ突進時のエリオは、少なくとも秒速1000m以上もの速度に達していた事になる。 幾らストラーダに複数箇所の違法改造が施されているとはいえ、明らかに異常な速度。 物理的な意味での異常ではなく、近接戦闘を主とする騎士がその速度に達する事、それ自体が異常なのだ。 通常、それ程の速度が必要となる敵性体が相手ともなれば、近接戦闘特化型であるベルカ式を用いる魔導師の出る幕はほぼ無いと言って良い。 それこそなのはの様な砲撃魔導師が出張るか、そもそも通常の敵性体がその速度に達する例がごく稀である事を鑑みれば、次元航行艦を始めとする魔導兵器の土壇場である。 戦域が限定空間でもない限り、フェイトですら近接戦闘を挑もうとは考えもしないだろう。 その速度が求められる要因が敵性体の防御の厚さであるならば猶更で、そういった目標は貫通力に優れた集束砲撃魔法によって撃破する事が常だった。 だがエリオは、常軌を逸した速度に物を言わせて、敵性体の防御を貫く戦法を取っている。 まともではない。 あれだけの速度での突進を受ければ、たとえ非殺傷設定であっても衝撃だけで対象を即死させる事が可能だろう。 しかも、問題はそれだけではない。 目標精密空間座標特定、対風圧障壁展開、接触時衝撃緩和、軌道保持。 魔力噴射と魔力刃の展開のみならず、これだけの事を同時にこなさねばならないのだ。 スバルが知るエリオの力量でそれら全てを実行するとなれば、それこそ2度か3度の使用で意識が飛びかねない。 眼前で実行されたそれなど、たった1度の突進で「AC-47β」のエネルギー蓄積率が臨界を迎えていた。 それは即ち、当たりさえすれば如何なる敵であろうと一撃で屠れる程の威力を秘める反面、それが失敗した際には続く攻撃手段が存在しない事を意味しているのだ。 命中すれば敵が死に、外れれば自身が死ぬ。 エリオが行っている攻撃は、そういうものだ。 否、たとえ命中したとして、彼の身体が無事である筈がない。 バリアジャケットと衝撃緩和魔法によって護られているとはいえ、超音速に達しながら生身で敵性体表層へと「着弾」しているのだ。 全身の筋肉は至る箇所で断裂し、骨格は崩壊寸前にまで傷め付けられている事だろう。 だが、それでも彼は顔色一つ変えずに、いとも平然と次の行動へと移っている。 考えたくはない可能性だが、戦闘機人と同じく肉体の機械的強化を実行したのか、或いはナノマシンによる高速復元を用いているのか。 『666沈黙。C-12エリア周辺域の偏向重力は完全に消失しました。しかしGエリア周辺域は依然・・・』 管制室からの報告に、スバルは自身の思考を打ち切る。 エリオの事は気になるが、今はそれどころではない。 このエリアの重力異常を引き起こしていた敵性体は排除したものの、依然としてG-08エリアを中心とする重力偏向域は健在なのだ。 そして報告によれば、アンヴィルはまだ8機が健在の筈である。 残る重力偏向域の発生源は、間違いなくこの内の数機だろう。 コロニー自体と生存者の被害は既に甚大だが、この666という敵性体が打倒し得る存在である事は確かめる事ができた。 後は、1機残らず叩き潰すだけだ。 スバルは周囲に念話を飛ばす。 『このまま行こう。魔導師と強襲艇も集まってきているし、次はペレグリン隊も加わる。纏めて片付けるよ』 『ヤタガラスもこちらへ向かっているそうだ。街が火の海になる前に始末を・・・』 『警告! FからHエリア全域、偏向重力増大! 最大検出重力値43G、基部構造物の変形を確認!』 膨大な質量の金属塊が捻じ切られるかの様な、巨獣の咆哮にも似た異質な轟音。 咄嗟にGエリア方面へと視線を投げ掛ける。 視界へと映り込むは、渦を巻く灰色の壁。 『・・・嘘でしょ?』 それは、コンクリートの渦だった。 地表部から引き剥がされたありとあらゆる構造物が、複数方向からの偏向重力の干渉によって圧縮され、渦状に回転しているのだ。 恐らくは数億トンにも達するであろう瓦礫の集合体が、スバル等をその中心へと誘うかの様に蠢く光景は、見る者に形容し難い恐怖感を齎すものだった。 呆然とした様を隠す事もなく、ノーヴェが呟く。 『あれ・・・全部、ビルか?』 『多分・・・!』 瞬間、瓦礫の渦の中心に閃光。 スバルを含め、4人全員が咄嗟に散開する。 直後に空間を突き抜ける魔力砲弾、6発。 弾体通過に伴う衝撃波に煽られ、スバルの意図よりも更に長距離へと飛ばされる。 何とか体勢を立て直し瓦礫の渦へと視線を向けると、更に十数回に亘って閃光が瞬いた。 『回避だ!』 その警告と同時、各機が回避機動へと移行。 アクラブ及び到着したペレグリン隊のR戦闘機群は危なげも無く砲弾を躱し、第1陣の強襲艇群も何とか全機が回避に成功する。 だが、増援の強襲艇群は違った。 恐らくは自動操縦であろう機体も含め魔導師隊を乗せた数十機のそれらは、5機毎に編隊を組みつつ戦域へと接近していたのだ。 更に、無重力下で周囲に浮遊する巨大な瓦礫を避ける為に、其々の編隊はごく近距離に展開していた。 その為に満足な回避機動を取る事もできず、10機前後の機体が砲弾の直撃を受けてしまう。 直後、白い閃光がスバルの視界を覆い尽くし、先程とは比較にならぬ程に強烈な衝撃が全身を襲った。 「うあああぁぁッ!?」 全身を打ち据える衝撃と意識を揺さ振る轟音に、思わず悲鳴を上げるスバル。 Sランク砲撃魔法に相当する集束魔力を30cm前後にまで凝縮しているという魔力砲弾は、強襲艇の装甲を容易く撃ち抜き、更にその内部で凝縮魔力を解放し巨大な魔力爆発を引き起こしたのだ。 吹き飛ばされる身体を何とか制御し、漸く強襲艇群の方向を見やった時には、既に20機程が撃墜されていた。 拡がりゆく炎の帯を見つめながら、スバルは我知らず拳を握り締める。 管制室より通信。 『魔導師隊および強襲艇は退避して下さい! 残る敵性体はR戦闘機が引き受けます!』 スバルの眼前、下方より強襲艇の機体が浮かび上がる。 その開放されたハッチから身を乗り出すギンガの姿を捉え、彼女は迷う事なくハッチ内部へと滑り込んだ。 ハッチ閉鎖。 「スバル、無事!? 良かった、随分と遠くまで吹き飛ばされたみたいだったから」 「このまま退避するの?」 ギンガの言葉が終わるのを待たず、スバルは問いを発した。 見れば、機内にはチンクとノーヴェ、ウェンディとランツクネヒト隊員の姿もある。 チンク等は一様に何処か強張った表情を浮かべ、続くギンガの言葉を待っている様に見えた。 「砲撃魔導師ならともかく、近接戦闘型の私達にできる事はもう無い。このままAエリアまで戻って非戦闘員の誘導に当たりましょう」 「誘導って・・・何処へ逃げるんスか? そう遠くない内にコロニー全体がスクラップになっちまうッスよ?」 「それは・・・」 ウェンディの発言に、ギンガの言葉が途切れる。 そう、このまま案全域へと脱したとして、666の移動と共に重力偏向域が拡大する事は火を見るより明らかだ。 R戦闘機群が短時間で666を排除する可能性はあれど、たとえ楽観的なその推測が現実のものとなったとしても、その後にこのコロニーが正常な機能を維持している確率は限りなく低い。 一体、非戦闘員を何処へ運ぶというのか。 答えたのは、ランツクネヒト隊員だった。 『非戦闘員はベストラへ移送する』 「ベストラへ?」 『一応は軍事施設だからな。少々窮屈だが、このコロニーよりは遥かに強固だ。自律推進機能もある事だし、どんな状況にも対応できる』 「輸送艦の準備は・・・」 『もう暫く掛かる。準備が整うまでに何とか誘導を・・・』 突き上げる様な衝撃。 隊員の言葉は言い切られる事なく途切れ、全員が天井面へと叩き付けられる。 スバルは咄嗟に腕で頭部を庇ったが、それでも凄まじい衝撃が全身へと奔った。 僅かに呻き、しかしその声はすぐに小さな悲鳴へと変わる。 天井面へ叩きつけられた際と同等の勢いで、今度は床面へと叩き落とされたのだ。 全身を強かに打ち付け、それでも何とか身を起こせば、同様に呻きつつも意識を保っている他の4人の姿が在った。 ノーヴェが肩を押さえつつ、叫ぶ。 「何だよ、今の!」 「偏向重力か? もう此処まで!」 『違う。一瞬だが、慣性制御システムが停止したらしい。コックピット、何があった』 立ち上がろうとするギンガに手を貸し、スバルは軽く腕を振る。 異常は無い。 安堵に息を吐くが、傍らから発せられた声に不穏なものを感じ取り、振り返る。 『ダレン、応答しろ。どうした?』 コックピットへと呼び掛ける隊員。 恐らくはインターフェースによる通信も併用しているのだろうが、どうにもパイロットからの応答が無いらしい。 数度に亘って呼び掛けを行った後、彼は壁際に備えられたラックから自動小銃を取り外し、弾倉を点検しつつ言葉を発する。 『コックピットを確認してくる。何かあったのかもしれない』 「パイロットのバイタルは?」 『周囲のバイタルが残らず消えている。システム自体が沈黙した、だけなら良いんだが』 言いつつ、安全装置を解除する隊員。 ふとスバルは、自身の内に沸き起こる言い知れない不安に突き動かされる様にして、意識せず言葉を発していた。 「私も行く」 『様子を見に行くだけだ、すぐに終わる』 「バイド相手に油断なんか論外でしょう」 コックピットへと足を進める彼の後に続くスバル。 チンクも同行するつもりらしい。 隊員を先頭に1つ目のドアを潜り、コックピットへと続くドアの前に立つ。 だが、ドアは開かない。 「壊れているのか」 チンクの問いに答えず、隊員はウィンドウを展開して何らかの操作を施す。 数秒ほどで終了したらしく、彼はウィンドウを閉じると自動小銃を構えた。 手を翳し、スバル等に壁際へ位置する様に指示を出す。 『開放する』 そして金属音と共に、分厚いブラストドアが開放された。 先頭の隊員に続き、スバルはコックピット内部へと突入しようとして。 『来るな!』 唐突に発せられた警告を聴き留めながらも間に合わず、彼女はコックピット内部へと滑り込む。 視線の先、呆然と立ち尽くす隊員の姿。 その、向こうには。 「ッ・・・!」 「スバル、何が・・・!」 散乱するコンクリートの破片、圧縮された空間。 左舷側を押し潰されたコックピット、壁面に密着している床面。 その僅かな隙間から突き出す、装甲服に覆われた人間の右腕があった。 「う・・・!」 『退がってろ!』 コックピット内を染める夥しい量の血液。 噎せ返る様な鉄の臭いに思わず声を漏らすスバルを余所に、隊員は残された右舷側の座席に着くとコンソールに指を走らせる。 操縦の大部分はインターフェースを通じて行うのだろう、座席横の操縦桿を握る様子はない。 吐き気を堪えながらチンクと共にその様子を見守るスバルだったが、すぐに焦燥を滲ませる声が上がった。 『クソ、瓦礫が・・・』 「どうした?」 『瓦礫が向かってくる! これは砲撃だ!』 隊員の言葉と同時、スバル等の前にウィンドウが展開される。 其処に映る光景に、彼女は息を呑んだ。 灰色の渦の中心域から、何かが飛来してくる。 明らかに人工物と判る、その直線的な外観を持つ物体とは。 『ビルだ! ビルが飛んでくる!』 直後、一切の前触れなく襲い掛かった衝撃に、スバルは為す術なく壁面へと叩き付けられる。 次いで天井面へ、床面へ、再度壁面へ。 周囲の構造物だけでなくチンクとも衝突を繰り返し、更に座席に着く隊員とも接触して彼を弾き飛ばす。 自身のものか、それともチンクのものかも判然としない悲鳴が響く中、最後に床面へと叩き付けられたところで漸く衝撃が収まった。 「っ・・・う・・・」 悲鳴を上げる全身に力を入れ、よろめきつつも身体を起こすスバル。 額からは血が流れていたが、それを拭う余裕すら無い。 周囲を見渡すと、チンクは意識を失ったのか微動だにせずに倒れ伏し、ランツクネヒト隊員は頭部を振りつつぎこちない動きで立ち上がろうとしていた。 微かに咳き込み口内の血を吐き出すと、スバルは幾分掠れた声で隊員へと問い掛ける。 「今のは・・・?」 『済まない、瓦礫を回避できなかったんだ。この機体はB-19エリアに墜落した』 スバルの問いに答えつつ、彼は展開したウィンドウ上に忙しなく指を走らせ始めた。 どうやら機体の状態を確認している様だが、瞬く間に赤い点滅に埋め尽くされてゆくウィンドウが損傷の激しさを如実に物語っている。 彼は10秒ほど操作を続け、ウィンドウを閉じると小さく悪態を吐いた。 『クソ、エンジンも慣性制御も死んでいる。コイツはもう駄目だ』 「じゃあ・・・」 『脱出しよう。彼女を起こしてくれ』 少々ふらつきながら、彼はコックピットを出る。 スバルはチンクに深刻な傷が無い事を確かめるとその肩を揺すり、彼女の意識を呼び覚ました。 覚醒した直後は僅かに混乱していたチンクだったが、機体を捨てる事を告げられるとすぐに行動を開始する。 「周囲の状況は?」 「取り敢えず出てみないと分からない。墜落って言うんだから、地面は在ると思うけど」 「怪しいものだな」 兵員輸送室へ入ると、格納室へと続くドアの前でノーヴェが2人を待っていた。 彼女は頭部より出血するスバルと腕を押さえるチンクを目にするや、焦燥を隠そうともせずに声を上げる。 「その怪我・・・」 「姉は大丈夫だ。スバルも大した傷ではない」 「そういう事」 そうしてノーヴェを促すと、彼女はギンガとウェンディは後部ハッチの開放に当たっていると告げた。 どうにも瓦礫が邪魔をしているらしく、戦闘機人の膂力で以って無理矢理にハッチを抉じ開けようとしているらしい。 だが、格納室へと入ったスバル等の視界へと飛び込んできた光景は、歩兵携行型ミサイルの弾頭を分解するランツクネヒト隊員の姿だった。 何をしているのかと、スバルは傍らのギンガに問い掛ける。 「ギン姉、何してるの?」 「・・・ハッチは開きそうにないわ。機体の上にビルが丸ごと1つ圧し掛かっているみたいなの」 「生き埋めって事か」 「幸い、すぐ下に空洞が在るみたいでね。床を爆破して脱出するしかなさそうよ」 『終わったぞ、退がってくれ』 隊員の言葉にそちらを見やると、彼はスプレー缶の様な物から床面へと吹き付けたゲル状物質の中央に、分解した弾頭の内部機器を張り付けているところだった。 彼は小さなチップの様な物を張り付けた機器の中から抜き出し、それをヘルメットの後部に挿入する。 そして、誘導に従い全員が兵員輸送室へと退避すると、彼は伏せるように指示し、呟いた。 『起爆する』 轟音。 機体が震え、一時的に聴覚が麻痺する。 肩を叩かれ身を起こすと、隊員は格納室へのドアを開けようと苦心していた。 どうやら爆発でドアが歪んでしまったらしく、装甲服による筋力増強が在るとはいえ、彼の独力では開放にまで至らない様だ。 すぐにスバルとノーヴェが手を貸し、3人掛かりでドアを抉じ開ける。 火花が散り、小さな炎が其処彼処に揺らめく中をどうにか進んで行くと、床面に大穴の開いた格納室へと辿り着いた。 ウェンディが穴の中を覗き込む。 「見えた、トラムの路線ッス・・・下はショッピングモールか何かだったんスかね。随分奥までブチ抜いちまったみたいッスよ」 「深さは?」 「40mってとこスかね・・・ああ、周りは所々が崩落してるから、身体を引っ掛けながら降りるのはなしッスよ」 その言葉に隊員の方を見やると、彼は小さく肩を落として溜息を吐いた様に見えた。 周囲からの視線が煩わしいのか、ヘルメットに手をやり、暫し無言。 やがて手を離すと、何処か装った様に無感動な声色で言葉を発する。 『済まないが、誰か下まで降ろしてくれ』 小さく噴き出す音。 ウェンディが口元に手をやり、顔を背けていた。 ノーヴェはにやつき、チンクは肩を竦める。 ギンガは何処か同情の滲む視線を隊員へと向けていた。 その4人の反応が気に入らなかったのか、彼は首を回して特に反応を示さなかったスバルへとゴーグルを向ける。 数瞬ほど呆けていたスバルだが、やがて小さく笑みを浮かべると、にこやかに言い放った。 ちょっとした嫌がらせ、色々と蓄積した鬱憤を晴らす為の、ささやかな報復だ。 「お姫様抱っこで良いです?」 * * 「ナカジマ一等陸士の搭乗機が撃墜されました」 その報告を受けた時、よくも動揺を表に現わさなかったものだと、ティアナは自身を褒めてやりたかった。 彼女の視線の先、遥か30km前方では数億トンもの瓦礫が渦を巻き、周囲のあらゆる構造物を破壊し尽くしている。 それだけではなく、数分前からは瓦礫による「砲撃」が開始されていた。 偏向重力をカタパルトとして打ち出される、数百万トンもの「砲弾」。 しかもそれらは1つや2つという数ではなく、数十もの未だ造形を保つビル群が散弾の如く放たれるのだ。 更にその「弾速」たるや、明らかに魔導師が回避できる速度ではない。 現にランツクネヒトの強襲艇ですら、飛来する瓦礫を躱し切れずに衝突、次々に撃墜されている。 如何に強固な装甲とエネルギー障壁を有するとはいえ、数百万トンの質量による衝突を受けて無事でいられる筈もない。 直撃を受けてなお、半数の機体が瓦礫を貫き飛行を続けている時点で異常ではあるのだが、それでも連続して襲い来る純粋質量攻撃に耐え切れはしないのだ。 いずれは墜落し、膨大な質量によって押し潰される。 そして何より、敵の攻撃は瓦礫による砲撃だけではない。 搭載する戦術級魔導砲による砲撃も、瓦礫の投射と同時に実行されているのだ。 今のところ、魔導師の出る余地は無い。 スバルやチンク、エリオ等の攻撃によって汚染されたアンヴィルの1機を撃破したとの事だが、あの瓦礫の渦の中心には更に8機の同型敵性体が存在している。 だが、近接戦闘特化型魔導師は言うまでもなく、現状では砲撃魔導師ですらできる事は無い。 あの瓦礫の渦を躱しつつ目標に有効打を与えるともなれば、攻撃はR戦闘機に任せる他ないのだ。 ティアナとて、それは理解していた。 敵は強大な魔導兵器であり、元々からして魔導師が相手取るべき存在ではない。 そんなものを撃破できたスバル達が、異常と云えば異常なのだ。 後はR戦闘機群に任せ、目標撃破の報告を待てば良い。 解ってはいる、解ってはいるのだが。 「戦況は?」 「膠着状態・・・いえ、徐々に押し込まれてきています。アクラブが波動砲の出力制限解除を要請しましたが、管制室はこれを却下。同様にペレグリン隊からの要請も既に却下されています」 「敵どころかコロニーそのものが保たない、か」 これである。 魔導師隊の退避を促し前面に出たは良いが、予想に反しR戦闘機群はこれといった有効打を与えられずにいるのだ。 Iエリア方面からはヤタガラスとシュトラオス隊の4機が攻撃を仕掛けているが、そちらからもこれといって有効な打撃を与えたという報告は無い。 瓦礫の砲撃による被害は既にこのAエリアにも達しており、被害は秒を追う毎に拡大してゆく。 つい先程も、ティアナ達の布陣するビルから数kmほど離れた地点にビルが落下し、周囲の数棟を巻き込んで一帯が崩壊したばかり。 全力での砲撃が禁じられた今、R戦闘機群は敵性体の砲撃を躱しつつ、Aエリア及びIエリア方面へと飛散する瓦礫を迎撃する事で手一杯だ。 役立たずめ。 遥か前方で炸裂する青い閃光を眺めつつ、ティアナは内心で悪態を吐く。 瓦礫の完全な迎撃には及ばず、かといって過剰な破壊力の為に波動砲の最大出力による殲滅は実行できない。 ミサイルやフォースを介しての光学・実弾兵器による攻撃も、膨大な質量の防壁に阻まれて敵性体にまで到らない。 全くの役立たずである。 「駄目ね、これは」 「管制室はコロニーの放棄を決定。総員、誘導に従い直ちに最寄りの港湾施設へ集合せよとの事です」 微動だにせず渦の中心を見つめ、ティアナは思考する。 重力偏向域内に生存者が在ると仮定しても、その数は2桁が良いところだろう。 40Gもの重力に曝されて、生命活動を保っていられる人間など存在しない。 精々が重力偏向域の端部に浮かぶビルの残骸、その内部で身動きが取れなくなっている生存者程度のものだ。 救出活動など無意味、1秒でも早くコロニーを脱出する他ない。 だが、その前に。 「輸送艦、出港準備完了。搭乗を開始しました」 「生存者の数と搭乗完了までの時間は」 「確認された生存者数は現在のところ35038名、搭乗完了まで1200秒程度。しかし各艦は収容限界に達すると共に順次出港を予定」 「半数が出港したところでセキュリティを破壊、管制室に向かうわ。足の確保は?」 「既に小型輸送艇を確保しています。勿論、第97管理外世界の物ではありません」 轟音と震動。 またもビルが降り注ぐ。 非戦闘員は混乱の極みにあるだろうが、優秀な誘導システムと各勢力の懸命な努力によって、大多数は滞りなく避難を進めていた。 魔導師は非戦闘員と共に退避し、ランツクネヒトと地球軍はR戦闘機群を除き非戦闘員の輸送に追われている。 その他の勢力が有する戦力も既にコロニー外壁へと移動し、輸送艇による回収を待っている状態だ。 状況は完全に、ティアナの意図した通りに進行している。 敵性体がもう少し派手に暴れてくれれば、計画は盤石なものとなるのだが、高望みする訳にもいかない。 何より敵性体には、R戦闘機群との戦闘をできる限り長引かせて貰わねばならないのだ。 被害が過剰に拡大すれば、間違いなく彼等は最大出力での砲撃に打って出るだろう。 そうなればティアナの計画は泡と消え、彼女達自身もコロニーと共に消滅する事となる。 それでは意味が無い。 何としても情報を入手し、それを外部へと伝えなければならないのだ。 「異層次元生命体、ね・・・」 高次侵略性異層次元生命体。 ランツクネヒトより提示されたバイドに関する情報、その中に記されていた名称である。 異層次元の狭間より22世紀の第97管理外世界へと出現し、破壊と暴虐の限りを尽くした悪しき存在。 文明を蝕み生態系を侵す、完全にして最悪の生命体。 質量を持つ粒子によって構成されながら同時に波動としての性質を備え、実体の有無に関らずあらゆる存在に伝搬し、侵蝕する。 情報の内容そのものは、クラナガンにて捕虜となったR戦闘機パイロット達から得られたものと大差は無い。 だがティアナを含め、少なからぬ者が其処に不審を覚えた。 バイドに関する詳細な解析結果が提示されていない事は未だしも、出現に至るまでの経緯に対する推測すら記載されていなかったのだ。 幾度か独自に情報収集を試みたが、目ぼしい結果は得られなかった。 情報が隠蔽されている。 その可能性に辿り着くまで、然程に時間は掛からなかった。 地球軍も、そしてランツクネヒトも。 バイドに関する何らかの重要情報を、徹底的に隔離し隠蔽しているのだ。 「ランスター陸士、第1陣が出港しました」 「了解・・・行きましょう」 背後からの呼び掛けに答え、ティアナは屋上を後にするべく瓦礫の渦に背を向ける。 作戦が成功すれば、バイドに関する真実が明らかになるだろう。 その内容がどうであれ、地球軍に対し何らかの形での切り札にはなり得る筈だ。 そう、管理局にとって、敵はバイドだけではない。 現状に於いては一時的な協力関係を結んではいるが、いずれ決定的な敵対関係へと移行する事は明らかなのだ。 ならば、その時に少しでも敵より優位に立つ為に、得られる情報は全て集めておくに越した事はない。 この非常事態下だ。 システム中枢が持ち去られたとして、コロニーそのものが消失してしまえば、それを知り得る者は居ない。 エレベーターは使用せず、屋上から直接に道路へと降下する。 瓦礫の落下は続いているが、最早それも関係の無い事だ。 トラムステーションへと向かい、システムを掌握した車両へと乗り込む。 全員が搭乗した後、彼女は宣言した。 「A-00エリア、管制区へ」 ドアが閉じ、トラムが発車する。 今やティアナの行動を阻む者は、何処にも存在しない。 冷徹な思考に突き動かされる彼女の行動を知る者は、車両内の十数名だけだった。 * * 着々と進む爆破準備。 はやてはヴィータとザフィーラを引き連れ、コロニー外壁に佇んでその作業を見つめていた。 シャマルからの連絡は無く、またそれが望むべくもないものである事は既に理解している。 彼女はG-08エリアへと停電の調査に向かい、其処で発生した偏向重力に巻き込まれて消息を絶ったのだ。 G-08エリアのみならず、F・G・Hエリア全域については、既に避難した者を除き生存者は皆無であるとの見解が、つい先程に管制室より齎された。 これらのエリアは既に40Gを超える偏向重力に曝されており、人間が生存できる環境ではないというのだ。 犠牲者の遺体はウィンドウ越しにはやても目にしたが、その余りの凄惨さに、直視できたのは僅か数秒の事だった。 強大な重力によって拉げ、ほぼ平面となった赤い肉塊。 赤い血肉の其処彼処から突き出す白、骨格のなれの果て。 シャマルもこうなって死んだのか。 そう叫び出したくなる自身を抑え、はやては無言のままに立ち尽くす。 たとえ些細な事であっても余計な言葉を吐けば、それはそのまま周囲の全てに対する憎悪の言葉に変貌するのではないかという、恐怖にも似た確信が在ったのだ。 それは傍らのヴィータも同じらしく、彼女は先程から俯いたまま無言を貫いている。 ザフィーラは良く解らない。 普段から彼は、自身の感情を押し殺すところが在る。 守護獣としての姿を取る彼は付かず離れずの位置で警戒態勢を取ったまま、一切の感情が読み取れない瞳で以って、爆破準備に奔走する無数の人影や頭上を旋回する輸送艇群を見やっていた。 「はやてちゃん」 背後からの声。 振り返り、白いバリアジャケットが視界へと入ると、はやては掠れた声でその人物の名を呼んだ。 「・・・なのはちゃん」 名を呼ばれると、なのはははやての隣へと歩み寄る。 そのまま、先程まではやてが見つめていた爆破準備の様子を見やる事、数秒。 呟く様にして、彼女は言葉を紡ぐ。 「シャマルさんの事・・・さっき、聞いたよ」 はやては言葉を返さない。 そんな余裕は無かった。 意味の無い言葉を吐き出しそうになる口を無理やりに引き結び、視線をなのはの方へと投じる。 そして生じる、微かな違和感。 「なのはちゃん・・・スバル達と一緒に行動してたんじゃ・・・」 そう、なのははスバルとノーヴェの心を気遣い、共に行動を続けていた筈だ。 偏向重力の発生後に別れた可能性はあるが、それでもこの場にどちらの姿も無い事は、何かおかしいと感じさせるものだった。 訝しむはやての耳に飛び込む、なのはの声。 「撃墜されたよ」 瞬間、はやては自身の呼吸が止まった事を感じ取る。 自分は随分と間の抜けた顔をしているのだろう、そんな事を考えもした。 自身の傍ら、なのはとは反対の方向からの声が鼓膜を震わせる。 「なに・・・なに言ってんだよ、なのは・・・撃墜ってどういう事だよ」 ヴィータだ。 彼女は声の震えを隠そうともせずに、なのはへと問いを投げ掛ける。 対するなのはは、何処か虚無感すら感じさせる静かな声色で、ヴィータからの問いに答えた。 「搭乗していた強襲艇に、ビルが直撃して・・・そのまま、Bエリアに墜落したみたい」 「連絡は、何か連絡は無かったのかよ?」 返されたのは、沈黙。 耳に届いた小さな音にヴィータの方を見やれば、彼女はグラーフアイゼンの柄に額を押し付ける様にして、外殻へと両の膝を突いていた。 小さく何事かを呟いてはいるが、その内容までは聞き取れない。 そしてはやてもまた、なのはへと掛けるべき言葉を見付ける事ができなかった。 沈黙を破ったのは、第三者からの通信。 『起爆準備完了。総員退避せよ』 途端、展開されるウィンドウと鳴り響く警報。 「WARNING」の表示が赤く点滅し、直ちにこの場を離れろとの指示が飛ぶ。 はやては呆としたまま、ウィンドウ上で赤と黒に点滅する文字を眺めていた。 「主はやて、退避を」 ザフィーラの声。 何時の間にか人の姿をとった彼が、はやての背後に佇んでいた。 ぎこちなく頷き、この場から退避すべくはやて達は宙へと浮かび上がる。 『上手くいくと思う?』 飛びながら、念話でなのはが問うた。 その質問がこの作戦の成否を指しているのだとはやては気付いたが、即座に返す言葉を見付けられずに沈黙する。 頭上を追い抜く、数機の機動兵器。 ランツクネヒトが立案したこの作戦は、要するに敵性体の足止めを目的としたものだ。 現在コロニー内では、中心軸へと向かって渦状に偏向重力が作用している。 渦によって集められた数億トンの瓦礫は666を護る盾であり、同時に敵に対して投射する砲弾としても利用されていた。 8体の666はその渦の各所に位置し、侵蝕されたアンヴィルが有する戦術級魔導砲によって渦の外部に対し無差別砲撃を実行しているのだ。 666単体により発生する重力偏向域は、発生源である本体を中心として3km以内が垂直方向に、9km以内が水平方向へと作用している。 これらを突破して敵性体を撃破するには、波動砲による最大出力での砲撃が必要となるだろう。 だが、此処で問題が生じた。 波動砲の全力砲撃に、コロニー自体が耐えられないというのだ。 未だ非戦闘員の脱出が完了していない以上、砲撃を実行する事はできない。 かといってこのままでは、瓦礫の渦を引き連れたまま666がAエリアへと侵入してしまう。 重力偏向域がAエリアへと達する事だけは、何としても避けねばならない。 其処で立案されたのが、この作戦だった。 コロニー構造体の一部を爆破解体し、分離した部位を偏向重力に乗せてそのまま666を押し潰す。 数億トンどころではない、数十億トンもの特殊合金の塊が、40Gもの重力によってコロニー中心へと引き寄せられるのだ。 この作戦によって666を撃破できる可能性は低い。 敵性体は間違いなく偏向重力の作用方向を変えるであろうし、そうでなくとも侵食されたアンヴィルはかなりの機動性を有しているのだ。 だがそれでも、迫り来る構造体を避ける為に隙は生じる。 666が渦の外へと脱するか、或いはこちらを排除すべく外殻に現れるか。 前者であれば目標はR戦闘機群によって撃破され、後者であれば魔導師が中心となり出現直後の目標を叩く。 慣性制御が可能な機体の周囲に位置すれば666の偏向重力を無力化できる為、魔導師も積極的に攻勢へと加わる事ができるのだ。 縦しんば666が渦を脱せず、更に外殻へ姿を現す事もなかったとして、非戦闘員脱出の為の時間は稼げる。 脱出さえ済んでしまえば、それこそ何も憂える事は無い。 R戦闘機群による最大出力での砲撃、或いは遠方からのアイギスによる一斉攻撃で以って、コロニーごと全てを消し去るまでだ。 『爆破まで90秒』 6kmほど離れたところで強襲艇の1機に身を寄せ、はやて達は砲撃の準備に入る。 はやてはラグナロクを、なのははスターライトブレイカー・ブラスター3を。 ヴィータとザフィーラは砲撃に加わりはしないが、警戒の為に其々シュワルベフリーゲンと鋼の軛の発動態勢に入る。 『60秒前』 「ねえ、本当に当てにされてると思う?」 「・・・ランツクネヒトの事か?」 唐突ななのはの問いに、はやては頭上へと視線をやった。 肉眼で捉える事はできないが、漆黒の闇の中には数百機ものアイギス、そして1機のR戦闘機が潜んでいる筈だ。 重厚な外観に濃蒼色の装甲、機首に備えられた1対の前翼。 「R-9AD3 KING S MIND」 コールサイン「ゴエモン」。 波動砲に用いられている波動粒子集束技術を応用し、質量を有する「デコイ」を複数同時構築する機能を備えた機体。 デコイは攪乱だけでなく、敵性体に対する実効的な打撃力を発揮するという。 艦隊戦などに於いては単機で戦艦にも匹敵する打撃力を発揮するというが、それがどういった形でのものかははやての知るところではない。 現時点で判明している事実は、少なくともこの機体をコロニー内部で運用する事は不可能である、といった程度の事だ。 ランツクネヒトが魔導師の戦力を高く評価している事は間違いない。 だが同時に、決してこちらを信頼している訳ではあるまい。 これがエリオやキャロ達の様に、早くから協力関係にあった者達ならば話は別かもしれないが、少なくとも後から合流した攻撃隊の面々は間違いなく警戒されている。 そして今、彼等は666の撃破に魔導師の戦力を充ててはいるが、同時にアイギスとゴエモンという安全策を用意していた。 アイギスの有する長距離光学兵器、R戦闘機のミサイル程度ならば援護に用いるかもしれないが、しかし同時にアイギスは戦術核を、R戦闘機は波動砲を有しているのだ。 最悪の場合それらを用いて、コロニーもろとも666を殲滅するつもりなのだろう。 『30秒前』 「保険は在るみたいやし、それなりには期待しとるんやと思う」 「それなりには、ね・・・」 『10秒前。8、7、6・・・』 爆破の瞬間が迫る。 コロニー構造体は3方面で爆破され、偏向重力の渦を覆う様にして内部へと引き込まれてゆく筈だ。 落下部位外縁部を爆破した後、構造体をアイギスの光学兵器が撃ち抜く手筈になっている。 後は、敵が出現するその時を待てば良い。 『3、2、1、爆破』 前方、閃光の壁が出現する。 直後に轟音、衝撃。 更に、宙空より無数の光条が連続して爆破跡へと突き立つ。 アイギスの光学兵器は継続照射型ではなく、レーザーを機銃の様に高速連射するタイプらしい。 レーザーの火線が複数、爆破跡をなぞる様に周回する。 そして掃射が止んだ直後、宙空に浮かぶはやて達の身体を揺さ振る程の衝撃が、地震の際のそれにも似た金属的な轟音と共に周囲を襲った。 はやて達の眼前で、高範囲に亘って外殻が内部へと沈んで行く。 コロニー構造体、落下開始。 『総員、攻撃態勢!』 念話が奔り、はやてはシュベルトクロイツを持つ手に力を込めた。 今は余計な事を考えている暇は無い。 此処で666の殲滅に失敗すれば、未だコロニー内部に残る非戦闘員の脱出は絶望的だ。 偏向重力によって押し潰されるか、はたまた波動砲と戦術核によって消滅するか。 いずれにしても、碌な結末にはなるまい。 『目標、急速接近!』 そして遂に、周囲に漂う粉塵を突き破る様にして、濃紺青の装甲が現れる。 再度、宙空より降り注ぐ光学兵器。 加えて強襲艇からのミサイルと電磁投射砲弾、各種機動兵器からの質量・魔導兵器による攻撃、更に高速直射弾が襲い掛かる。 はやては弾け飛ぶ濃紺青の装甲とその内部より覗く醜悪な肉塊、そして自身の側面で膨れ上がる桜色の魔力光を視界に捉えつつ、不思議に醒めた感覚と共にシュベルトクロイツを振り下ろした。 * * その奇妙な反応に、彼は並列思考の一端をそちらへと傾けた。 コロニー外殻での戦闘が開始されてから、約80秒。 既に1機の666が撃破されており、今のところ彼が攻勢に加わらねばならないという状況には至っていない。 このまま事が順調に推移するか否かは不明だが、少なくとも各爆破地点に40基ものアイギスが配置されている以上、如何に666とはいえ撃破に手古摺る事はあるまいとの考えが在った。 そんな折に、第3空洞内部の哨戒に当たっていたアイギスの1基から、奇妙な反応が報告されてきたのだ。 同様の報告は防衛艦隊も受けている筈であり、事実、艦隊旗艦であるL級次元航行艦「カルディナ」からは、直ちに反応源の調査に向かえとの指令が新たに5基のアイギスへと下されていた。 反応源の位置はシャフトタワー近辺、即ち脱出艦隊が辿った経路上である。 バイドか、と思考したのは一瞬の事。 しかし即座に、有り得ない事だと他の並列思考がそれを否定する。 シャフトタワー内部に配置されたアイギス群からは、これといった異常を伝える報告は入っていない。 即ち、シャフトタワー近辺に敵は存在しないか、或いはアイギスそのものが汚染されていると考えられる。 だが後者では有り得ない。 アイギス群は互いに、常時モニタリングを実行している。 1基でも異常が発覚すれば、すぐさま他のアイギスが対抗措置を取るのだ。 その内容は対バイド戦に適応すべくかなり過激なもので、ソフトウェアに異常が発覚すれば即座にそれを適性体としてマークする程である。 だが今、そういった類の反応は無い。 アイギス群が汚染されている可能性は、限りなく低いのだ。 では、この反応は何なのか。 解析の結果、どうやら何らかの艦艇が高速で接近しているらしい。 アイギスは敵性艦艇ではないと判別しているが、しかし同時に友軍艦艇であるとも認識していない。 否、正確には友軍に属するどの艦艇であるかという報告がないのだ。 もしこれが脱出艦隊に属する艦艇であれば、作戦は失敗したか、或いは予想以上に早く外部と接触できたという事になる。 よって迅速に真相を確認せねばならない。 『ゴエモンよりカルディナ、外殻での戦闘は順調に推移している。不明艦艇の確認に向かうべきか』 『カルディナよりゴエモン、その必要は無い。既に第107観測指定世界の艦艇が確認に向かっている。アイギスと合流の後、外部より目標艦艇を調査する』 『了解、666に対する警戒を継続する』 インターフェースによる通信を終え、彼は並列思考の幾つかを広域レーダーの反応へと集中させる。 宙間に存在する数百もの青い表示は、全て友軍のものだ。 その殆どがアイギスだが、防衛艦隊や各勢力の機動兵器のものも存在している。 そして接近する不明艦艇もまた、青いマークとして表示されていた。 これが赤くなるか、それとも艦名が表示されるのか、等と思考した瞬間。 複数の表示が、赤く染まった。 刹那、ザイオング慣性制御システムの出力を最大限にまで引き上げ、同時にスラスター出力を最大に叩き込む。 機体を拘束する一切の現象を振り切り、機体はフォースとビットを引き連れ、一瞬にして秒速250kmを突破。 デコイ・システム及び波動砲ユニット、波動粒子供給経路接続完了。 波動砲、充填開始。 何が起きたのか。 数十もの友軍表示が、一瞬にして敵性を示す赤い表示へと切り換わった。 周囲のアイギスと情報を交換すれば、どうやら友軍がバイドにより汚染されたらしい。 既にアイギス群は攻撃態勢を取っており、何時でも攻撃を開始できる状態だ。 敵性体の位置を確認し、瞬時に機体の前後を入れ替える。 そのまま減速せずにこれまでの経路を逆に辿り、彼は汚染体を確認すべく各種センサー出力を引き上げた。 だが、どうにもおかしい。 センサーを通じて得られる情報は、何処にも汚染体など存在しないという事実を示していた。 汚染体の座標に感度を集中してみても同様で、其処には友軍機動兵器、或いは友軍艦艇が存在しているだけだ。 通信を試みると、特に異状は無いとの応答が返ってくる。 何度確認しても、結果は同じ。 一体、これはどういう事か。 システムアナライザを起動、全システムをチェック。 結果は異状なし。 複数のアイギスとのサブリンクを実行、インターフェースを通じ状況を確認する。 音声ではない、純粋な情報のやり取り。 だがインターフェースを通じての処理により、提示された情報の大部分は別として、簡易な応答は言語として認識する事ができる。 『ゴエモンよりアイギス、汚染体の詳細を提示せよ』 『目標機能中枢、異常発生。IFFの消失及びバイド係数の上昇を確認。これらを汚染体としてマーク』 『それは独自の解析結果か』 『友軍艦艇とのダイレクトリンクにより情報を取得。汚染は尚も拡大中』 友軍艦艇からの情報提供に基づく、汚染体の識別。 そんな事はある筈がない。 防衛艦隊はベストラを通じてアイギスとリンクしており、艦艇からの直接リンクは不可能なのだ。 それが可能であるのは、ランツクネヒトによる改修を施された脱出艦隊旗艦ウォンロンのみである。 『ダイレクトリンク中の艦艇名は』 他に考え得るとすれば、可能性は1つしかない。 だがそれは、決して望ましいものではないのだ。 それができる存在とは、1つしか存在し得ない。 『木星軌道防衛艦隊・第2遊撃部隊所属、ヨトゥンヘイム級異層次元航行戦艦「アロス・コン・レチェ」』 地球軍艦艇。 それしか有り得ないのだ。 『ゴエモンより全軍へ、緊急!』 全方位通信。 インターフェースを用い、更に肉声で以って全軍へと呼び掛ける。 応答を待っている暇は無い。 混乱した各勢力の声を無視し、半ば叫ぶ様に続ける。 『国連宇宙軍所属、ヨトゥンヘイム級次元航行艦アロス・コン・レチェ出現、防衛網へ接近中! 目標艦は汚染されている! 繰り返す、目標は汚染されている!』 被ロック警告。 咄嗟に機体を下へと滑らせると、無数の光条が空間を貫く。 同時に、波動砲の充填率が臨界に達した。 デコイ展開、総数6機。 波動粒子によって形成されたデコイは、外観から各種反応に至るまで、彼の搭乗機であるR-9AD3と寸分も違わない。 フォースとビットでさえ、全く同様に再現されていた。 そして本体である彼の機体を含め、その全ての機首には波動粒子の集束を示す青い光が纏わり付いている。 『目標艦からの欺瞞情報により、アイギスの制御を掌握された! 現在アイギス群は、防衛艦隊戦力を汚染体と判断している! 繰り返す、アイギスの制御を奪取された!』 直後、彼は機体をほぼ反転させ、シャフトタワーの方角へと機首を向けた。 そして、砲撃。 青い閃光が光学的視界を埋め尽くし、無数の爆発が彼方までを埋め尽くす。 アイギス、30基前後を撃破。 遥か前方、何かに着弾した波動粒子が爆発する。 距離、約7200km。 『防衛艦隊は直ちにアイギスの排除を開始せよ! 最優先防衛目標はベストラ及び輸送艦群! ミサイルだけは何があっても通すな!』 複数の着弾箇所より業火を噴き減速しつつ、しかし決して停止する事なく接近してくる艦艇。 全長3700mにも達するそれは、先程の砲撃で慣性制御システムが停止したのか、後部メインエンジンの推力のみで以って航行しているらしい。 その黒々とした艦体上部、センサー類の集中する艦橋周辺に配置された6基の砲塔、計12門の砲口がこちらを捉える。 極高出力長距離光学兵器及び荷電粒子砲を搭載した、半自動選択式多機能砲塔。 更に艦体前部に位置する宙間巡航弾のハッチが開放され、無数の被ロック警告がインターフェースを通じて意識へと鳴り響く。 波動砲、再充填開始。 フォース・コントロールシステム、対空レーザー選択。 再びザイオング慣性制御システムの出力を引き上げ、アロス・コン・レチェの下方へと潜り込むべく機動を開始する。 だが、周囲の空間を埋め尽くすアイギスより掃射される光学兵器の火線が、それを許さない。 目標移動速度、秒速59km。 再度加速中。 『ゴエモンよりアクラブ、直ちに応援を要請する! シュトラオス隊、直ちにアイギスの排除に当たれ! コロニーが攻撃対象になるのも時間の問題だ!』 『アクラブより全軍!』 あらゆる方位より放たれる光学兵器を回避しつつ、何とかアロス・コン・レチェへの攻撃を試みる彼の意識に、アクラブからの通信が飛び込む。 形成したデコイをアイギスに衝突させ、連続して8基を撃破。 更に多目的ミサイルを発射し、その爆発に5基を巻き込む。 急激に機首を引き上げズーム上昇。 波動砲充填率、臨界。 再度、砲撃を実行しようとして。 『Aエリア外殻、戦術核の起爆を確認! 繰り返す! コロニーに戦術核が着弾した!』 至近距離のアイギス群より、18基のミサイルが発射される。 戦術核弾頭搭載宙間迎撃用ミサイル。 明らかに回避不能であると分かるそれらが、高速で機体へと迫り来る様をインターフェース越しに意識へと捉えつつ、彼は無感動にトリガーを引く。 直後、青と白の閃光が彼の視界を塗り潰した。
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約15分。 衝突警報の発令、そしてコロニー全体を強烈な衝撃が襲ってから、これまでに経過した時間だ。 警報音が鳴り響き、赤と黄色の回転灯の光に埋め尽くされた、ベストラ内部セクター間連絡通路。 其処を、居住区シェルターより脱したなのはを含む数名の魔導師達は、自身等が発揮し得る最高速度で以って翔けていた。 大型車両での通行を想定して建造されているのであろう通路は、魔導師が飛翔魔法によって高速飛行するに当たり最適な空間である。 構造物が崩落している地点は多々在れど、それらもなのは程の技量を有する空戦魔導師の前には、全く障害たり得なかった。 しかし、物理的障害は存在しないも同然であるとはいえ、彼女達の飛行経路は平穏という表現から程遠い状況である。 『一尉、これは・・・』 『考えるのは後だよ。飛行に集中して』 戸惑う様に発せられた念話に、なのはは鋭く応答した。 彼女の視界には、崩落した構造物の残骸と共に散乱する無数の肉片と、床面から天井面までを赤黒く染め上げる大量の血痕が映り込んでいる。 そして、壁面に穿たれた無数の弾痕、明らかに砲撃魔法によるものと判別できる大規模な破壊痕。 何らかの恐ろしい力学的干渉により無惨にも引き裂かれた、人体であったものの成れの果て。 それら全ての周囲に散乱する、ランツクネヒト装甲服と多種多様な衣服の一部、質量兵器とデバイスの破片。 『しかし、一尉。明らかにこれは、ランツクネヒトと魔導師による交戦の跡です。これまでに確認した痕跡から判断できるだけでも、間違いなく数百人は死んでいる』 『我々が察知し得ぬ内に、ランツクネヒトと被災者の間で大規模な衝突が在った事は間違いない。此処に来るまでランツクネヒトは疎か、魔導師の1人とさえ遭遇しなかった事も異常だ。一体、戦闘要員は何処へ消えたんだ?』 前方から後方へと過ぎる、破損した大量の臓器と骨格が積み重なって形成された、肉塊の小山。 通路上に数多の血流を生み出すそれを明確に視認してしまったなのはは、腹部より込み上げる嘔気を必死に堪える。 周囲の魔力残滓と構造物の損壊状況から推測するに、恐らくは非殺傷設定を解除した近代ベルカ式による攻撃を受けた人間達の成れの果てだろう。 これまでに幾度となく向き合い、時に敵対し、時に教え導き、時に良き戦友であった者達が有する戦闘技術。 敵対すればこの上なく恐ろしく、味方であればこの上なく頼もしい、近代ベルカ式という近接戦闘主体魔法体系。 気高く義に満ちたその技術が、非殺傷設定という制約を解いた、唯それだけの事で目を背けたくなる程に凄惨な殺戮を生み出したというのか。 或いは、あの肉塊は魔導師によって生み出されたものではなく、逆にランツクネヒトが運用する質量兵器群によって殺戮された魔導師達のものなのだろうか。 『きっと、外殻に出ている。衝突警報が出たって事は、要因は外に在るんだもの』 『其処に誰かが居たとして、それは本当に味方なのか? 次元世界の連中ならば未だしも、敵対を選択したランツクネヒトだったら?』 余計な思考を振り払おうとするかの様に発した念話は、更なる疑問によって上塗りされる。 果たして、外殻には誰かが居るのか。 何物かが存在したとして、それはこちらにとって味方か、或いは敵対する者か。 なのはとて最悪の事態、それに遭遇する可能性を考えなかった訳ではない。 外殻に展開する勢力がランツクネヒトであり、彼等がこちらに対し明確に敵対を選択しているとすれば、魔導師達は忽ち質量兵器による弾幕に曝される事となる。 際限が無いと錯覚する程に魔導資質が強化され続けている現状でさえ、ランツクネヒトが有する携行型質量兵器群、そして何よりR戦闘機群は、未だ魔導師にとって絶対的な脅威そのものなのだ。 散弾と榴弾の暴風に呑み込まれる事も、波動砲の砲撃によって跡形も無く消し飛ばされる事も、どちらも御免であった。 しかし現段階では、外殻の様子を知る術が無い。 如何なる理由か、こちらからの指示に対し、システムが全く応答しないのだ。 システムが沈黙した訳でない事は、鳴り響く警告音と明滅する回転灯群の光が証明している。 汚染の可能性も考えはしたが、それを確かめる術すら無かった。 そして如何なる理由か、居住区シェルター内部からの指示ならば、システムは正常に応答するのだ。 この事実が意味するものとは、何か。 『何で、私達はあそこに居たんやろうな』 『・・・はやてちゃん?』 はやてからの念話。 呟く様に放たれたそれに、なのはは問い掛ける様に彼女の名を呼ぶ。 B-1A2によるコロニー襲撃時、はやては自身の左前腕部と共にザフィーラを失った。 その直前にはシャマルまでもが死亡しており、彼女の精神が危うい処まで追い詰められている事は、誰の目にも明らかだったのだ。 だからこそ、なのはは彼女にシェルターへ残るよう言い聞かせた。 この場に残る被災者達を護って欲しいと頼む事で、負傷者であるはやてを可能な限り前線から遠ざけようとしたのだ。 だが、そんななのはの願いは、当のはやてによって拒絶された。 広域殲滅型魔法の行使に特化した自身が、戦線に加わらないという訳にはいかない。 バイド、又は地球軍を相手取るならば、手数は少しでも多い方が良い。 そう主張し、はやてはなのは達と共にシェルターを発った。 リインと融合し、夜天の書を胴部に固定した上で、残された右腕にシュベルトクロイツを携えたその姿。 そんな鬼気迫るはやての様相に、なのはは圧倒されていた。 幽鬼の様な無感動さで戦場へと赴かんとする彼女は、思わず目を背けたくなる程の鬼気と、今にも崩れ落ちそうな危うさに満ちている。 『ヴィータは、シェルターに居らんかった。キャロも、エリオも、セインも』 続いて放たれる念話。 唯、事実のみを続けるその内容に、なのはは疑問を覚えた。 一体、はやては何を謂わんとしているのか。 『魔導師にせよ兵士にせよ、あのシェルター内に居った戦闘要員の数は100名足らずやった。そして、そのほぼ全員に共通する点が在る』 『共通の・・・?』 『皆、ランツクネヒトとの協調体制に肯定的やった』 瞬間、後方のはやてを見やるなのは。 前方認識はレイジングハートに一任している為、障害物へと激突する心配は無い。 彼女の視界の中央には、シュベルトクロイツを携えて宙を翔けるはやての姿。 虚ろな紺碧の双眸がなのはを、或いはその先に存在するであろう何かを、射抜く様に見詰めていた。 なのはの身体を奔る、冷たい感覚。 はやては、続ける。 『この場に居るのは、ランツクネヒトと・・・延いては、第97管理外世界との敵対を選択する事に、否定的な見解を示していた人間ばかりや』 数瞬ばかり、なのはは思考へと沈んだ。 そうして、はやての言葉が正しいものであると気付く。 確かに、この場に存在する面々は協調体制を重視し、被災者達の間に蔓延していた第97管理外世界に対する強硬論について、否定的な立場を取っていた者達だ。 結論に至るまでの経緯は各々に異なってはいるであろうが、第97管理外世界との戦端を開く事が事態の解決に結び付くものではない、との思想は全員に共通している。 だが、それだけでは理解できない点も在った。 『アンタ等はどうなんだ。少なくとも、第97管理外世界に対する強硬論に反対している様には思えなかったが』 1名の魔導師が、なのはが抱いていた疑念そのものを念話として放つ。 はやての推察が正しいのならば、何故なのはと彼女までもが、あのシェルターに「隔離」されていたのか。 当たっていて欲しくはない推測が、なのはの思考を占めてゆく。 だが、はやては無情にその答えを述べた。 『私達が、第97管理外世界の・・・地球の出身者だからやろ』 知らず、唇を噛み締めるなのは。 聞きたくはない言葉、認めたくはない推測。 だが、はやての言葉は続く。 『このベストラで「誰か」が「何か」をしようと企んだ時、私達はソイツ等の目に邪魔な存在として映ったんや。ランツクネヒトと地球軍を肯定的に見ている人間、地球を故郷とする人間・・・だから、あのシェルターに私達を隔離した』 『邪魔っていうのは、どういう意味での事だ。護る為に手間が掛かるという事か、それとも潜在的な脅威となるって事か』 言うな、聞きたくない。 そんな声ならぬ声が、念話として紡ぎ出される事はない。 なのはの意思の外、交わされる念話が無機質に、淡々と事実を浮き彫りにしてゆく。 『前者なら「誰か」はランツクネヒトね。なら、後者は・・・』 『シェルターに居た連中を除く被災者達か。じゃあ「何か」ってのは何なんだ?』 前方、新たな肉塊の集合体。 その周囲に大量の薬莢が散乱している事を確認し、なのはは叫び出しそうになる自身を必死に抑える。 自身達が知り得ぬ間に、このベストラで発生した「何か」。 なのはは既に事態についての推測、その内容に対する確信を得ていた。 だからこそ、自身の後方にて交わされる念話を、何としても遮りたかったのだ。 『この死体の山を見れば解るやろ? 結論を出したんや・・・私達の、知り得ないところで』 轟音が、振動となって肌へと響く。 レイジングハートを強く握り締め、通路の先を睨むなのは。 振動は更に大きくなり、防音結界を突破した騒音が微かに鼓膜を震わせる。 『結局、連中は私達と・・・』 その瞬間、なのはの前方約100m。 構造物の全てが崩落し、床面下へと呑み込まれた。 顔面を襲う、強烈な風圧。 『止まって!』 咄嗟の制止。 危うく崩落地点へと突入する、その寸前で一同の前進が止まった。 唐突に眼前へと現出した惨状に、なのはは唖然と周囲を見回す。 「何が起こったの・・・?」 「おい、あまり近付くな」 崩落跡は、惨憺たる有様だった。 連絡通路に沿う形で数十m、更に両側面方向へと100m以上もの範囲が完全に崩壊していたのだ。 デバイスを用いての走査により破壊の規模は判明したものの、粉塵が周囲を覆い尽くしており、視覚的に崩落箇所の全貌を捉える事ができない。 そして数十秒ほどが経過して、漸く破壊痕を詳細に観察する事が可能となった。 「上は・・・何も見えないな。真っ暗だ」 「何処まで続いているの?」 ベストラは居住型に見受けられる様な、円筒形型の構造を有するコロニーではない。 17層もの層状構造物が重なる様にして構築され、更にそれらの間隙を埋める様にして無数の各種構造物が配されている。 外観的には、巨大な箱型構造物という形容が最も相応しいだろう。 第1層上部より第17層下部まで15.8km、最小規模である第4層の面積が291.6平方km、最大規模である第12層の面積が543.4平方km。 表層部の至る箇所に無尽蔵とも思える数の防衛兵装を配し、各種センサーを始めとする機能構造体が無数に突出した、一見するとデブリの集合体にも見える軍事コロニー。 なのは達の現在位置は、第4層のほぼ中央だ。 第1層上部から現在位置までは、3km前後もの距離が在る筈である。 「外殻から此処まで貫通してる・・・なんて事は、ないよね・・・?」 「だとしたら、その原因なんて考えたくもありませんね」 「おい、あれ!」 何かを見付けたのか、1名の魔導師が声を上げた。 見れば、彼は足下に拡がる空間、崩落した構造物が積み重なる其処を覗き込んでいる。 なのはは彼が指し示す先、其処彼処から白い煙が立ち上り続ける地点の中心へと視線を移した。 そして、それを視界へと捉える。 「・・・戦闘機?」 「R戦闘機か」 「いや、違う・・・見た事も無いタイプだ。バイドの新型かも」 「待て、待ってくれ・・・目標、魔力を発しているぞ。何だ、これは?」 崩落跡の最下部に横たわる、白に近い灰色の装甲。 損壊した表層の其処彼処から内部機構を露にし、大量の火花を散らす金属塊。 無惨に折れ飛んだ三角翼が、数十mほど離れた地点で業火を噴き上げている。 形状からして、明らかに戦闘機類に属する機動兵器であると判るも、しかし何処か確信する事を妨げる半有機的な外観。 そして何より異常な点、その戦闘機から膨大な量の魔力が検出されているという事実。 「例の、クラナガンの機体と同類か?」 「何とも言えませんが・・・何だ? 振動して・・・」 更に、異常な点。 灰色の機体が、微かに霞んで見える。 見間違いかとも思われたが、そうでない事はすぐに解った。 落下した構造物の破片が機体に触れるや否や粉砕され、一瞬にして細かな粒子となって消失したのだ。 機体表層部、超高周波振動。 良く見れば、機体下部の構造物も徐々に粉砕が進んでいるのか、機体は少しずつ瓦礫の中へと埋没してゆくではないか。 その光景を目にしたなのはの脳裏に、在り得る筈のない可能性が浮かぶ。 「・・・振動破砕?」 「あれを知っているのか?」 先天的固有技能「振動破砕」。 即ち、なのはにとって嘗ての教え子であるスバル、彼女が有するISである。 四肢末端部から接触対象へと振動波を送り込み、対象内部にて発生する共鳴現象によって目標を破壊するという、実質的に防御不可能とも云える格闘戦特化型ISだ。 それによって為される破壊の様相と、眼下の不明機によって構造物が粉砕される様相。 双方が、余りにも似通っていた。 片や戦闘機人とはいえ魔導師、片や所属不明の戦闘機。 共通点など在ろう筈もないというのに、何故こんな事が思い浮かぶのだろうか。 「ランツクネヒトと地球軍の連中が、スバル達の解析結果を流用して作り上げた機体、とは考えられんかな」 「まさか。こんな短期間の内に?」 「在り得ない事とは思わんけどな。連中の事なら、何をやっても不思議とは思わへんよ。寧ろ・・・」 「足下、退がれ!」 突然の警告。 反射的に後方へ飛ぶと同時、数瞬前まで立っていた床面が、呑み込まれる様にして階下へと消えてゆく。 なのはは驚愕に目を見開きつつ、20mほど後方の地点へと降り立った。 そして、新たな崩落地点を見据える。 奇妙な感覚だった。 崩落の前兆となる振動どころか、崩落の瞬間でさえも衝撃を感じなかったのだ。 宛ら流砂の如き静かさで、床面は下方へと呑み込まれていった。 通常の破壊ならば、断じてあの様には崩れまい。 一体、何が起こったのか。 その疑問に答えたのは、警告を発した者とは別の魔導師だった。 「あの崩落際・・・何なんだ?」 その言葉に、なのはは気付く。 崩落地点周囲の破壊された構造物、その断面が飴細工の様に溶け落ちているのだ。 状況からして高熱による融解かと思われたが、しかしこれといって熱は感じられない。 ならば何故、構造物が溶解しているのか。 其処彼処から白煙の立ち上る崩落跡を見つめつつ、一同は焦燥を含んだ言葉を交わし始める。 「どういう事だ、未知の攻撃か? これも、あの不明機がやったのか」 「あの煙は炎じゃありませんね。もしかすると、酸かも」 「酸か。酸で溶ける様な材質なのか、此処の構造物は?」 「知りませんよ。波動粒子か何かが関係しているのでは?」 なのはは周囲で交わされる言葉を意識の片隅へと捉えつつ、白煙を上げ続ける崩落跡を見据えていた。 何をどうすれば、この様に奇怪な様相の破壊を齎す事ができるというのか。 粉砕とも、消滅とも異なる、溶解という余りにも異常な破壊。 魔導師がこの様な破壊を起こすとは考え難く、よって地球軍かランツクネヒト、或いはバイドが関わる攻撃の結果であろう。 そんな事を思考しつつ、彼女は視線を天井面へと投じる。 其処で漸くなのはは、天井面へと拡がりつつある染みの存在に気付いた。 5mほど前方、不気味に泡立ち始める構造物。 新たな崩落か、と身構える彼女の眼前、天井面が4m程の範囲に亘って溶け落ちる。 そして、その異形は姿を現した。 「え・・・」 衝撃。 穿たれた穴から零れる様に落下したそれは、前方の床面へと叩き付けられた。 溶解した構造物の成れの果てに塗れ、生々しい音と共に構造物から跳ね返る異形。 床面で弾んだ後に静止した落下物を視界へと捉えたなのはは、その余りにおぞましく醜悪な全貌に言葉を失う。 それは、巨大な胎児にも似た存在だった。 母親の胎内、人間としての姿を形作る途上のそれ。 しかし、そうでない事はすぐに解った。 先ず、その異形には四肢が存在しない。 両腕部が存在する筈である箇所からは、抉れた表層部の下より電子機器の集合体らしき金属部位が覗いているのみ。 両脚部も同じく存在せず、下部からは蛇腹状の尾らしき器官が延びていた。 胎児ですらない、発生初期の胚としか形容できぬ異形。 だが、その存在は更に、胚としても在り得ぬ奇形を有していた。 前後へと不自然に伸長した2mは在ろうかという頭部、その至る箇所へと埋め込まれた金属機器。 胚には在る筈のない口腔、無数に並んだ鋭く歪で不揃いな歯。 前側頭部に穿たれた巨大な眼窩、本来は其処に存在していたであろう眼球が消失し、今は黒々とした闇だけが満ちている。 そして何より、眼窩より40cmほど離れた位置に穿たれた貫通痕、20cm程も在るそれが実に6箇所。 止め処なく噴き出し続ける赤黒い血液、脳漿らしき液体に圧され流れ出る肉片。 異形は、既に絶命していた。 異形の死骸、その余りに凄惨な様相。 なのはは、無意識の内に後退っていた。 彼女が怯んだ要因は、何も視覚的なものばかりではない。 死骸より漂う鼻を突く刺激臭、酢酸臭と死臭を混ぜ合わせたかの様なそれ。 眼窩の奥に泡立つ漆黒の液体、強酸に蝕まれた傷口の様な口腔。 それら全てが生理的嫌悪感を煽り、物理的とすら思える不可視の圧力となってなのはを遠ざける。 しかし直後、それらの嫌悪感はより現実的な脅威となり、なのは達へと襲い掛かった。 「う・・・!?」 知らず、声が漏れる。 死骸が、痙攣を始めていた。 否、痙攣などという生易しいものではない。 宛ら何かに突き動かされているかの様に、四肢の無い胴部を中心として繰り返し床面から跳ねているのだ。 反射的にレイジングハートを構えるなのはの背後で、他の面々が同じく各々のデバイスを構えた事が分かった。 総員が警戒する中、異変は更に進行する。 「ぐ、うっ!?」 「今度は何だ・・・?」 死骸の胸部から、大量の血液が噴き出したのだ。 分厚い肉質を内側から「何か」が突き上げ、腐肉の塊にも似た表層部が裂け始めていた。 死骸の胸部が不自然に膨らむ度に、何かが千切れる異音が周囲へと響く。 そんな事が数度に亘って続いた後、卵が割れる様な音、そして噴き上がる大量の血飛沫と共に、死骸の胸部を喰い破ったそれが遂に姿を現した。 鮮血と肉片を纏い、死骸の内より現れた、それは。 「ッ・・・! 退がってッ!」 死骸のそれをも凌駕する異形、もうひとつの「頭部」だった。 「ひ・・・!」 「あの化け物、寄生されていたのか!?」 「警戒を・・・ッが!?」 直後、死骸より現れた頭部が、鼓膜を破らんばかりの絶叫を上げる。 それは猛獣の咆哮にも似て、しかし同時に女性の金切り声にも似たものだった。 断末魔の悲鳴、或いは赤子の産声とも取れるそれは、頭蓋の内を反響しているかの様になのはの意識を蝕んでゆく。 防音結界など、何ら用を果たしていない。 一瞬でも気を緩めれば即座に意識を奪い兼ねない絶叫が、崩落跡を中心とする一帯を完全に支配していた。 掌で耳部を押さえ、必死に耐えるなのは。 そんな彼女の視界に、こちらへと向けられた異形の頭部が映り込む。 瞬間、全身の血が凍ったかの様な錯覚。 胸部より現れた寄生体の口腔、並んだ歪な歯牙の間から、赤黒い泡が溢れ出している。 吐血しているのか、との思考は一瞬にして掻き消えた。 血泡の量が数瞬の内に膨れ上がり、死骸の周囲を埋め尽くしたのだ。 漆黒の泡は、成長する細胞群の如く爆発的に増殖、瞬く間に周囲の構造物を侵蝕し始める。 異様な刺激臭を放ちつつ、恐るべき速度にて溶解してゆく構造物。 その光景になのはは、崩落の原因は眼前の異形であると悟る。 異形の口腔より溢れ返る血泡は、恐らくは未知の極強酸性液体なのだ。 無数の血泡が弾ける音と共に、異形の口腔を中心として赤黒い塊が膨れ上がる。 前進の血が凍ったかの様な悪寒を覚え、なのはは2歩、3歩と後退さった。 レイジングハートの矛先は、血泡を吐き出し続ける口腔へと向けられている。 彼女には、予感が在った。 異形が何らかの攻撃行動を起こすという、確信めいた予感が在ったのだ。 そして、その予感は直後に的中する。 『起きた・・・化け物が起き上ったぞ!』 死骸が、その体躯を起こしていた。 頭部に穿たれた貫通痕から夥しい量の血液と脳漿を溢しつつ、尾のみを床面へと接した状態で佇んでいる。 否、それは立っているのではない。 何らかの方法、恐らくは重力制御によって、3mは在ろうかという巨躯を浮かばせているのだ。 だが、その現象は明らかに、死骸の意思によって制御されているものではない。 死骸の胸部に宿る、異形の寄生体によって操られているのだと、なのはは確信していた。 寄生体の口腔より溢れ返る血泡が、更にその量を増す。 赤黒い奔流は、今や通路の床面を覆い尽くさんばかりに拡がっていた。 そして数瞬後、血泡に覆われた範囲の床面が、音も無く溶解し崩落する。 反射的に身を強張らせるなのはの眼前で、微かな音と振動のみを残し、床面が跡形も無く消失したのだ。 その下の構造物を含めた何もかも、破片さえも残さずに全てが溶け落ちてしまった。 異様な光景を前に、湧き起こる怖気を抑え込もうと腐心するなのはだったが、新たに視界へと飛び込んできた異変が彼女の意思を挫く。 血泡が、球状に膨脹していた。 口腔より零れ落ちる事なく、その前面に止まり膨れ上がる、赤黒い球体。 注視すると、その球体は赤黒いだけでなく、黄金色にも似た色彩の水泡をも含んでいる。 それが、宛ら魔力集束時に形成される魔力球の様に、異形の口腔前の空間に浮かびつつ膨張しているのだ。 異形が、何をしようとしているのか。 この場に存在する誰もが、恐らくはなのはと同様の結論に至った事だろう。 『逃げて!』 砲撃だ。 『壁を!』 なのはを含めた数人の叫びと念話が、総員の間を翔け抜ける。 咄嗟に放ったショートバスターと、同じく他の面々が放った砲撃が壁面を破壊。 一同が飛翔魔法を発動させ、壁面に穿たれた穴へと飛び込むとほぼ同時、背後の通路を赤黒い奔流が埋め尽くす。 轟音、衝撃、異形の絶叫。 恐怖に抗うかの様に歯を食い縛りつつ、なのははベストラが幾度目かの悪夢に襲われている事を理解する。 飛び込んだ隣接する連絡通路、その薄闇の中に外殻へと続く扉の存在を願うも、視界へと映り込むは延々と続く通路壁面のみ。 背後、何かが蠢く異音。 『追ってきた・・・!』 『構えて! 此処で迎撃するよ!』 崩壊した壁面跡へと振り向き、レイジングハートの矛先を突き付ける。 壁面に穿たれた穴の奥から近付く、排水口が詰まった際にも似た耳障りな異音。 なのはは掌に滲む汗ごと、レイジングハートの柄を固く握り締める。 闇からの脱出口は、未だ見出せなかった。 * * 4体目の異形、その胸部にストラーダを突き立てた時、エリオはそれを目の当たりにした。 矛先に貫かれた寄生体の頭上、異形の頸部から胸部に掛けて、虫食い痕の様な無数の穴が開いている。 これまでに得た情報から推測するに、恐らくは極強酸性の体液を噴霧する為の器官であろう。 エリオはストラーダを引き抜く為の動作を中断し、即座にサンダーレイジを発動。 瞬間、ストラーダの矛先を中心として、雷の暴風が吹き荒れる。 否、それはもはや暴風などという生易しいものではなく、雷光の爆発と呼称するに相応しいものだった。 時間にすれば、僅か3秒足らず。 巨大な紫電の球体が掻き消えた後、其処にはエリオとストラーダを除き、何物も存在してはいなかった。 『Watch your back』 ストラーダからの警告。 エリオは咄嗟に、矛先を頭上へと向けて魔力噴射を実行する。 ブースターノズルより噴き出す圧縮魔力の奔流、視界の一部を埋め尽くす金色の閃光。 急激な加速により、弾かれた様に頭上方向へと移動するエリオ。 その足下の空間を、背後より飛来した2条の赤い奔流が貫いた。 泡状極強酸性液体による砲撃。 サイドブースター推力偏向、作動。 瞬時に後方へと振り向くエリオ、その視界に映り込む2体の異形。 四肢の無いそれらが、もがく様にして宙空を漂っている。 そして発せられる、聴く者の鼓膜を破壊せんばかりの絶叫。 金切り声と呼称するに相応しいそれを聴くエリオは、何をするでもなく無表情のまま。 彼の視界は既に、異形の背後より振り下ろされる巨大なハンマーヘッドを捉えていた。 直後、異形の1体が風船の如く弾け飛ぶ。 加速された大質量の鉄塊は、対象を吹き飛ばすだけに止まらず、その存在を微塵に打ち砕いたのだ。 大量の血飛沫と肉片とが、無重力の宙空内へと花火の如く拡がってゆく。 残る1体が背後の敵の存在に気付いたか、相も変わらず緩慢な動きで前後を入れ替えんとしていた。 だがそれよりも、ハンマーヘッドが横薙ぎに振るわれる動作の方が、圧倒的に早い。 1体目の異形に続き、2体目もまた鮮血の爆発となって消失する。 遠心力によってハンマーヘッドから振り払われる、大量の血液。 伸長した柄の先、それを振るっているであろう人物までを視界に捉える事なく、エリオは頭上へと視線を移す。 彼の視界に映るは、ベストラ第5層側面、外殻構造物。 表層には数十機の機動兵器が展開し、絶え間なく誘導型質量兵器と長距離砲撃とを放ち続けていた。 それらの攻撃はエリオ達から幾らか離れた空間を突き抜け、彼の足下に拡がる広大な闇の中へと消えてゆく。 その数瞬後、彼方にて無数の閃光が炸裂するのだ。 機動兵器群による長距離迎撃は、順調に機能している。 そして、エリオを始めとする魔導師達の任務は、迎撃を掻い潜って接近してきたバイド体の撃破だ。 『E-11より応援要請。複数のバイド体が外殻に取り付いている』 念話を受けた直後、エリオは金色の閃光と化した。 ブースターノズルより圧縮魔力を噴射、一瞬にして最大推力へ。 推進機関に火の入ったミサイルの如く、緩やかな曲線軌道を描きつつ加速する。 2秒と掛からずに音速を突破したエリオが向かうは、応援要請を発した外殻E-11。 ベストラは完全独立型自己推進機能を有する、超大型の宙間軍事施設である。 通常艦艇とは比べるべくもない鈍足ではあるものの、搭載された102基もの大規模ザイオング慣性制御システムにより、あらゆる空間中に於いて柔軟な機動を実行する事が可能だ。 施設内外に対して偏向重力場を発生させる機能をも有しており、施設中心から80km以内の空間に於ける重力作用は完全制御下となる。 更に、外殻には各種長距離迎撃兵器が無数に設置されており、それらの弾薬についても核弾頭を始めとする各種弾頭が供給されていた。 そして、施設は通常航行時に前方となる側面を北として、東西南北に区画が設定されている。 応援要請を発した部隊の位置は、第11層の西部区画だ。 目標地点到達までの所要時間、約60秒。 サイドブースターの間欠作動により進路を微調節するエリオの視界に、自身の後方より現れた複数の白い影が映り込む。 それらの影は一瞬にしてエリオを追い抜き、輝く青い粒子の尾を引いて彼方へと消えた。 一拍ほど遅れてエリオの全身を襲う、衝撃と轟音。 体勢を崩すという事はなかったが、当初の進路より僅かに軌道が逸れていた。 すぐさま進路を修正し、彼方へと消えた影に思考を巡らせる。 影の正体は、所属不明の機動兵器だ。 殆ど白に近い灰色の装甲に覆われた2機種の戦闘機、ランツクネヒトとの交戦中に突如として出現したそれら。 流石に警戒を解く事こそないものの、エリオ達がそれらを敵ではないと判断するに至るまで、然程に時間は掛からなかった。 戦闘機群は先ず地球軍とランツクネヒトが有するR戦闘機群へと襲い掛かり、圧倒的な物量を背景とする濃密な弾幕、そして魔力素と波動粒子とを用いた砲撃の一斉射によって、波動砲を放つ暇さえ与えずに潰走させたのだ。 恐らくは、ほぼ同時に被災者達がアイギスとウォンロンの制御を奪取した事も影響してはいたのであろうが、R戦闘機が為す術も無く逃亡する様は、俄には信じられない光景であった。 所属不明戦闘機群は更に、ベストラからの脱出を図るランツクネヒトと第88民間旅客輸送船団の艦艇、及び強襲艇群への攻撃を開始。 被災者達に奪取されたウォンロンに対する攻撃を阻止し、更に敵艦および敵機を瞬く間に殲滅して退けた戦闘機群は、その後もベストラ周囲に留まり続ける。 明らかにベストラを守護せんとするそれらの行動に、被災者達は不審を覚えつつも頼らざるを得なかった。 何よりも、蜂起に際して最大の障害となっていたR戦闘機群を排除した事実が在る為、味方であると断ずるには到らないが明確な敵でもない、との認識が被災者達の間に定着している。 更には不明戦闘機群が有する武装の性能が、被災者達が有する如何なる戦力のそれをも凌駕していた事も、判断に大きな影響を齎していた。 数千機の所属不明戦闘機群という、圧倒的な物量による強襲で以って排除された、ランツクネヒト及び地球軍艦艇、そしてR戦闘機群。 ウォンロンの制圧とアイギスの制御権奪取、更にはベストラ内部に於ける第97管理外世界人員の殲滅に成功した事も在り、状況は順調に推移しているかに思われた。 しかし、比較的優位であった状況は、実に呆気なく崩れ去る。 中央管制室に立て篭もっていたランツクネヒト隊員が、最後の抵抗として非常推進系を稼働させた上でシステムをロックしたのだ。 設定された進路は、あろう事かシャフトタワーを通じ、人工天体の更に深部へと向かうものだった。 自身等の敗北を悟ったらしきランツクネヒトは、被災者達をベストラ諸共バイドに喰らわせんと試みたのだ。 無論、被災者達は状況の打開を図った。 システムの再掌握、更にはウォンロンによる推進系の破壊まで、ベストラの航行を止める為にあらゆる手段を模索。 だが、それらの試みは、全て失敗に終わった。 システムの制圧は成らず、全102基ものザイオング慣性制御システムの内21基を破壊したところで、航行に微塵の支障も生じはしなかったのだ。 遂にはシャフトタワー侵入口の破壊による物理的阻止すら試みたものの、衝突の際にベストラが崩壊する可能性が在る為、結局は断念せざるを得なかった。 その後、ベストラは第4層を通過、第4空洞へと侵入。 更に第5・6・7・8・9層を通過した時点で、汚染された機動兵器が徐々にベストラへと群がり始めた。 だが、ベストラの航行阻止に際しては無力であったウォンロン、そして不明戦闘機群がそれらの接近を見落とす筈がない。 敵の大半が全領域対応型機動兵器「CANCER」を中核とした集団であった事もあり、迎撃は比較的容易に進行した。 敵機動兵器群による防衛線突破は成らず、ベストラは脅威を乗り切ったかに思われたのだ。 しかし、第12層通過直後。 シャフトタワー構造物が途絶え、ベストラが広大な空洞内部へと侵入した瞬間に、それは現れた。 彼方より放たれた無数の砲撃、瞬く間に400機前後の不明戦闘機を撃墜したそれら。 即座にウォンロンが反撃を開始し、闇に潜む何者かへと魔導砲撃を撃ち込む。 更に不明戦闘機群の砲撃が放たれ、彼方にて無数の閃光が炸裂した。 強烈な光を背に浮かび上がる、無数の小さな影。 そして、砲撃の合間を縫う様にして、それら影の内1つがベストラへと取り付いた。 四肢の無い胎児、奇怪な形状の頭部。 醜悪という言葉以外に表現する術の無い、おぞましい外観。 悲鳴の様な咆哮と共に極強酸性の体液を撒き散らし、更には胸部に宿した寄生体の口腔から、同じく極強酸性体液による砲撃を放つ異形。 周囲の構造物を溶解させつつ、のたうつかの様に荒れ狂うその異形の姿に、エリオは見覚えが在った。 今は無きリヒトシュタイン05コロニーにて、ランツクネヒトより提示された情報の中に、その存在についての報告が在ったのだ。 「BFL-011 DOBKERADOPS」 22世紀の地球に於いて対バイドミッションが発令された後、地球人類が最初に遭遇したA級バイド。 環境適応力および進化多様性に富み、これまでに14もの変種が確認されている。 無機物を素材として短時間の内に発生した個体も在れば、既に死滅した細胞群を再活性させた上で、腐食したまま活動を再開した死骸そのものの個体も在った。 そして、更には地球軍により撃破された個体の残骸を回収し、蘇生させた上で戦略級機動兵器として重武装化と機動力の付加を施された個体まで存在するという。 なのは達と交戦したという個体、即ち「ZABTOM」だ。 ベストラへと取り付いた個体もまた、大きさこそ3m程度とはいえ、外観の特徴からしてドブケラドプスの一種である事は疑い様が無かった。 施設に残されていた研究記録から、現在はドブケラドプスの幼体であろうと看做されている。 外殻へと取り付いた個体は19、その全ては機動兵器群および外殻へと展開した魔導師達によって、瞬く間に排除された。 しかし、その後も敵性体の飛来が止む事はなく、それどころか飛来数は秒を追う毎に増加し続けている。 必然的に、防衛線を突破し外殻へと到達する個体数も増加し、魔導師達と機動兵器群は休む間も無く戦闘を続行する事となった。 ベストラ外殻に配備された防御兵器群の起動に成功した事で、一時は窮地を脱したかに思われたものの、敵性体の飛来数が更に増加した事で結局は危機的状況が続いている。 不明戦闘機群とウォンロンも凄まじい迎撃戦闘を展開してはいるのだが、しかし全方位より飛来する敵性体群の殲滅には至っていない。 一方で、ベストラ内部では朗報も在った。 施設機能の完全奪取を模索していたチームが、コロニー航行機能の掌握に成功したのだ。 彼等は即座に航行設定を破棄し、ザイオング慣性制御システムを用いてコロニーの減速を開始した。 これ以上、人工天体内部へと進攻する事態を避ける為に。 しかし、その努力も完全に報われた訳ではなかった。 漸く減速を開始した矢先、進行方向上にて網目状に張り巡らされた、巨大有機構造体の壁面が確認されたのだ。 ベストラに搭載されたザイオング慣性制御システムは、大規模施設に搭載されるタイプとしては極めて柔軟かつ、大出力による機動を可能とするものである。 しかし、飽くまで大型艦艇にも及ばぬ機動性であり、当然ながらR戦闘機群のそれとは比較にもならない。 況してや、瞬間的な減速や静止など不可能である。 余りにも巨大な質量より発生する慣性を、瞬時に0へと引き戻す事など出来得る筈もない。 よってベストラは、衝突によって致命的な損傷を受ける速度ではないものの、北部区画より有機構造体へと突入する事態となってしまったのだ。 突入後に判明した事実だが、壁面はニューロン状の巨大有機構造体、腐食した肉塊の如き色のそれが無数に連なって形成されたものであり、更に幾重にも折り重なる様にして分厚い層構造を構築していた。 数十から数百mもの穴が至る箇所に開いてはいるものの、それらの奥には網目状に拡がる有機構造体、そして迫り来る無数のドブケラドプス幼体以外には何も確認する事ができない。 すぐにでも離脱したいところではあったが、しかし信じ難い事に有機構造体は既に外殻へと侵食を始めており、ザイオング慣性制御システムの最大出力を以ってしても引き剥がす事は叶わなかった。 そして、有機構造体は柔軟性と耐久性に富み、膨大なベストラの質量をいとも容易く受け止める程に強靭である。 更には常軌を逸した再生能力を有しているらしく、不明戦闘機群とウォンロンが幾度となく砲撃で以って破壊せんと試みてはいるものの、それらは損傷する端から高速増殖を繰り返しては、数十秒程度で構造体の修復を成し遂げてしまうのだ。 前方へと突破する事もできず、後方へと離脱する事もできず。 ベストラの機動を完全に封じられたまま、被災者達は決死の迎撃戦を展開する事となった。 際限なく押し寄せる敵性体の群れを前に、徐々に沈黙してゆく防御兵器群。 魔導師を始めとする人員の被害も、既に40名を超えた。 このままでは徒に戦力を消耗するばかりであり、何らかの方法で状況を打開せねば生存は望めないだろう。 しかし現状では、有効な打開策を見出すに至っていない。 『E-11、バイド体の殲滅を完了した。不明戦闘機群による攻撃だ』 『第1層上部外殻中央付近、敵性体と不明戦闘機が施設内部に突っ込んだ。約200秒前だ。仕留め損ねたのかもしれん』 状況の変化を伝える念話を受け、エリオはE-11へと向かう進路を変更、第1層を目指す。 現在位置から最大速度で向かえば、40秒程度で不明戦闘機の突入地点へと到達できるだろう。 ストラーダの矛先を足下へと向け圧縮魔力を噴射、再加速。 弓形の軌道を描き、金色の魔力残滓による軌跡を曳きつつ空間を引き裂くエリオ。 そして、第1層へと到達するや否や身体の上下を反転させ、足下を外殻へと向ける。 ストラーダを介し、不明機体突入地点を視界へと拡大表示。 第1層上部外殻中央付近、直径20mを超える歪な形状の穴が穿たれている。 不明戦闘機は高速かつ、何らかの方法で構造物を破壊しつつ突入したのだろう。 穴の縁は工作用機械で以って切り取られたかの如く、不自然なまでに整然としていた。 突入した不明戦闘機とは恐らく、特殊突撃機能を備えたタイプなのだろう。 三角翼と鋭利な針にも似た砲身を備えたその機体が高速で敵性体へと突撃し、体当たりで以って目標を完膚なきまでに粉砕する様子が、これまでに幾度となく確認されている。 その映像を確認した技術者達による解析結果は、機体表層部を高速振動させる事により攻撃対象の構成材質を分解しつつ破壊しているのであろう、との事であった。 そして、その報告こそがエリオに、とある確信を抱かせるに至ったのだ。 あれは、あの不明戦闘機群は、スバル達だ。 彼女達は見付けたのだ。 自身本来の肉体を奪われ、R戦闘機という歪な戦略級戦闘特化個体へと変貌させられながら、バイドと地球軍を打倒する術を見出したのだ。 不明戦闘機群を建造した存在とはバイドでも地球人でもなく、双方が有する技術を吸収したスバル達である可能性が高い。 突撃時に観測される機体表層部の高速振動は、恐らくはスバルのISである振動破砕を応用した技術であろう。 そして、不明戦闘機群の砲撃は波動粒子のみならず、それ以上に大量の超高密度圧縮魔力を用い放たれている。 間違いない。 彼女達は遂に、次元世界が生存する為の糸口を掴んだのだ。 『管制室よりライトニング01、現在位置を知らせよ』 『ライトニング01より管制室。現在位置、第1層上部外殻。不明機体突入地点へと向かっている』 『ライトニング、其処に魔導師の一団が居ないか? 厄介な連中が迷い出たかもしれん』 管制室からの念話。 エリオは突入地点の周囲に、複数の人影を認める。 不明戦闘機の突入跡から次々に現れ、20名前後にまで数を増すそれら。 魔導師だ。 『・・・確認した。第2シェルターの人員だ』 集団の中になのはとはやての姿を認め、居住区シェルターに隔離されていた一団が現状を認識したのだ、と判断するエリオ。 接近する彼に気付いたのだろう、集団の中の1名がこちらを指し、何事かを叫んでいる。 エリオはストラーダの矛先を後方へと向け、メインノズルより圧縮魔力を噴射。 自身の全身運動に急制動を掛け、集団から50m程の距離を置いて宙空に静止する。 『エリオ、聞こえてる? これはどういう事、何が起こっているの?』 『あの化け物と戦闘機は何だ? バイドの襲撃を受けているのか!』 『下に在った死体の山は、あれは何や! エリオ、答えんか!』 自身へと向けて放たれる複数の念話、その悉くを無視しつつ眼下の集団を見下ろすエリオ。 質問に答える暇も、状況を説明するだけの猶予も無い。 何より、説明を行ったとして、彼等がそれを受け入れるという確証すらも無い。 最悪、地球人に対する殲滅を実行したこちらに反発し、敵対を選択する事も在り得る。 此処は彼等からの呼び掛けを無視し、敢えて何も知らせぬまま敵性体との戦闘に引き摺り込む事が、最も望ましい展開だろう。 『エリオ!』 『エリオ、答えて! 聞こえているんでしょう!?』 眼下の一団から視線を外し、エリオはストラーダを介して周辺域に対する索敵を行う。 ドブケラドプス幼体は極強酸性体液による砲撃こそ脅威ではあるものの、それを除けば霧状体液の散布以外には、取り立てて見るべき攻撃手段を有してはいなかった。 不用意に接近すれば、噛み付かれるか尾に打たれる事も在り得るのであろうが、当然ながら無意味にそんな事を実行する者は居ない。 精々、エリオを含むベルカ式魔導師が、近接攻撃を繰り出す為に接近する程度のものだ。 そして、彼等が標的への接近に成功したのであれば、既に戦闘の趨勢は決している。 幼体は満足な迎撃も反撃も行えぬまま、アームドデバイスによる一撃を受けて絶命するのだ。 形勢は未だ予断を許さないものの、幼体に対する攻略法は既に確立しつつあった。 周囲に敵性体が存在しない事を確認し、エリオは再び眼下へと視線を落とす。 飛翔魔法を発動したなのは達が、すぐ其処にまで迫っていた。 その場より離脱すべく、エリオは幾度目かの魔力噴射を実行せんとする。 直前、管制室より念話が飛び込んだ。 『管制室より総員、緊急! 新たな敵性体と思しき複数の反応が接近中、北部区画外殻到達まで80秒!』 エリオは咄嗟に、ストラーダの矛先を北部区画の方角へと向け、メインノズルより圧縮魔力の爆発を推進力として解放。 驚愕の表情を浮かべるなのは達を置き去りにし、瞬時に音速を超え北部区画を目指す。 そんな彼の視界へと、ストラーダを介して表示される映像。 其処には、網目状に拡がる有機構造体の間を縫う様にしてベストラへと迫り来る、巨大な異形の全貌が映し出されていた。 未知の敵性体、全長200m前後の多関節生物型。 長大な体躯先端および尾部に、頭部らしき部位が存在している。 左右へと鋏状に位置する巨大な牙、上下に位置する複眼らしき一対の巨大な器官。 体躯側面には極端に小さな、多足類の脚にも似た器官が無数に並んでおり、その数は優に1000を超えるだろう。 蛇の如く身体を捩りつつ宙空を進むそれは、しかし然程に高速ではないらしい。 『バルトロより管制室、敵性体の排除に向かう』 『管制室よりバルトロ、攻撃は不許可。目標の詳細不明につき、接近を禁ずる。総員、現在位置にて待機せよ』 管制室からの指示。 妥当な判断だと、エリオは内心にて納得する。 バイド生命体の異常性には、これまでにも幾度となく辛酸を舐めさせられてきた。 確固たる対策も無いまま迂闊に手を出せば、こちらが多大な犠牲を払う事となる。 先ずは敵性体の特性を見極め、それを熟知してから反撃に臨むのだ。 約30秒後、第1層上部外殻北端付近へと到達するエリオ。 彼の視界には既に、網目状有機構造体の奥より接近する、複数の敵性体の全貌が映り込んでいた。 個体毎に大きさが異なるのか、全長30m程度の個体も在れば、優に400mを超える個体も存在している。 2箇所に位置する頭部の内1つをこちらへと向け、徐々にベストラへと接近してくるそれら。 自己保存など微塵も考慮していない突撃、施設への体当たりによる突入か。 『目標、体当たりを仕掛けてくる模様。遠距離攻撃手段を用いる様子は無い』 『接触時に特殊な攻撃手段を用いる可能性も在る。外殻への接触を待ち、攻撃行動を観察せよ』 周囲に現れる、複数の魔導師の姿。 後方を見やれば、其処には1km程の距離を置き、魔導師と機動兵器が続々と集結を始めている。 今頃は第17層下部外殻北端、そして東部および西部区画外殻にも、同様に魔導師と機動兵器が集結している事だろう。 更には、無数の白い影が周囲の空間を飛び交っている。 不明戦闘機群もまた、有機構造体の周囲へと集結しているのだ。 準備が整った事を確認し、エリオは前方へと視線を戻す。 敵性体は、数秒で外殻へと到達する位置にまで迫っていた。 『目標、接触!』 敵性体群の一部が、有機構造体に面した北部区画外殻へと喰らい付く。 僅かに遅れて届く、衝撃と振動。 上部外殻末端部はエリオの足下から緩やかな斜面となっており、其処彼処に各種センサー群を始めとする構造物が存在していた。 現在、迎撃機構は意図的に停止されており、兵器群は外殻内部へと収納されている。 それらは敵性体に対する情報収集が完了した後に展開され、一斉砲火による弾幕を浴びせ掛ける事だろう。 外殻装甲および封鎖されたハッチ等の上、数十体の異形が牙を突き立てている。 膨大な質量を活かした突撃は、しかし外殻を突破するには至らなかったらしい。 無数の鋭い脚による攻撃も、僅かに装甲を傷付ける程度だ。 予想外の光景に我知らず眉を顰めるエリオ、交わされる念話。 『何をやっている?』 『外殻装甲を突破できなかったんだろう・・・多分。こいつら、失敗作か?』 『こちら管制室。目標に特異な変化は見られるか』 『管制室、見ている通りです。連中、這いずり回るだけで特に何もしてこない。攻撃しますか?』 即答は無い。 管制室にしても、判断を下し難い状況なのだろう。 事実、エリオ個人の思考としても、眼前の光景は理解し難いものが在った。 これまでに遭遇してきたバイド生命体は、外観こそ醜悪なだけの歪な存在であったものの、一方で単一機能面を徹底的に突き詰めた非常に合理的な脅威でもあったのだ。 スプールスにて交戦した生命体群を例に挙げれば、攻撃を受ける事によって体内に存在する無数の寄生体を散布し、それらの物量で以って周囲の生命体群を圧倒し汚染するといった具合である。 よって、眼前にて外殻上を這い回る敵性体についても、何らかの特性を有していると思われた。 しかし、その特性が発現する様子、それが無い。 無様に外殻へと張り付き、牙と脚を忙しなく動かすだけのそれらは、とてもではないが脅威であるとは思えなかった。 『外殻に重大な損害は確認されない。目標、低脅威度と認識。距離を置き、長距離砲撃にて攻撃を実行せよ。管制室より総員、攻撃を許可する』 管制室、攻撃許可。 エリオの左右、砲撃魔導師達が自身等のデバイスを構える。 甲高い異音と共に集束する魔力素、魔法陣の中心へと形成され肥大してゆく魔力球。 様々な色の光球が膨れ上がる様を暫し見つめ、エリオは眼下の敵性体群へと視線を戻す。 相変わらず単なる蟲の様に這い回るそれらは、こちらへと接近するでもなく外殻への攻撃、意味の無いその行動を継続していた。 『・・・呑気な奴等だ』 エリオの右隣、念話にて呟きながらも照準を定める砲撃魔導師。 彼が手にしているデバイスの先端では、白色の光球が破裂せんばかりに膨れ上がっている。 視界の殆どが複数色の閃光に染め上げられる中、エリオの意識に攻撃の引き金となる言葉が木霊した。 『撃て!』 閃光。 衝撃と轟音が壁となって襲い掛かり、左右からエリオを圧迫。 思わず細めた目、狭められた視界の中で、胴部中央に砲撃の直撃を受けた敵性体が、体躯を半ばから切断される。 直後、砲撃そのものが分散炸裂し、無数の魔力爆発が外殻上を覆い尽くした。 外殻そのものを破壊せぬよう、貫通力に特化した砲撃魔法ではなく、範囲殲滅型のそれを選択したのだ。 数秒ほど爆発が続き、それらが発する閃光と轟音が掻き消えた後には、光り輝く魔力残滓のカーテンのみが残されていた。 業火の如く立ち上るそれらはエリオの視界を覆い尽くし、その先に拡がる光景を完全に遮断している。 だが、これ程の規模での一斉砲撃を受け、その上で敵性体が生存しているとは考え難い。 暫し無言のまま、眼前の光景を睨み据えていたエリオであったが、やがて緊張を解くと息を吐く。 『反応消失・・・敵性体は全滅だ。皆、良くやってくれた』 周囲の砲撃魔導師達が、大きく息を吐いた。 彼等もまた、緊張に曝されていたのだ。 構えていたデバイスの矛先を下ろし、周囲を見渡す。 幾ら索敵を実行しても、生存している敵性体を発見する事はできなかった。 僅かな痕跡すら残さず、消滅してしまったのだろう。 『管制室より総員、所定防衛地点に戻れ。北部区画外壁への配置については追って連絡する』 『第2シェルターの連中はどうする?』 自身の意識へと飛び込んだ問いに、エリオは後方の一団に紛れ込んだ、嘗ての上官達を見やる。 断片的にではあるが、状況を理解し始めているのだろう。 彼等は、困惑と猜疑の滲む表情を浮かべ、周囲を見回していた。 管制室は、其処に居るキャロ達は、如何なる対処を取るのか。 『管制室より総員、連中には手を出すな。状況説明も不要だ。ウルスラ、彼等をW-01物資搬入口へ誘導せよ』 『始末するのか? 今なら格好の状況だが・・・』 『いや、こちらから部隊を向かわせる。説得は彼等が行うそうだ』 説得とは何とも可笑しな話だと、なのは達を見据えつつエリオは思う。 その様な生易しい状況でない事は、誰の目にも明らかである。 デバイスの矛先と質量兵器の銃口、そして迎撃兵装の砲口を突き付けて行う状況説明を説得などとは、平時であれば口が裂けても言えはしまい。 だが今は、それが必要とされる状況なのだ。 『ライトニング01より管制室、S-04に・・・』 『管制室よりライトニング01、W-02へ向かえ。不測の事態に備え、指定地点にて待機せよ』 『・・・了解』 自身の所定防衛地点に戻ろうとするエリオへと、新たな指令が下される。 どうやら管制室は彼を、なのは達に対する説得時の保険として配備する心算らしい。 魔導資質強化の結果、現時点でエリオはオーバーSランクに匹敵する魔力保有量、瞬間最大出力、変換効率を備えるまでに至っている。 とはいえ、元々がオーバーSランクである上、極めて強力な砲撃魔法を有する魔導師が2名以上、それらを同時に相手取るのだ。 果たして、近代ベルカ式を用いる自身の戦術が、何処まで通じるものか。 冷静に思考しつつ現在位置を離れんとするエリオだが、すぐに動作を中断し有機構造体の方角を見やる。 危機的状況は、未だ過ぎ去ってはいないらしい。 『管制室より総員、警告! 新たな敵集団が接近中、警戒せよ!』 有機構造体の遥か奥、視界へと拡大表示される蠢く影。 また、あの敵性体だ。 多足類そのものの体躯を波打たせ、徐々にこちらへと接近してくる。 視認可能総数、約30体。 『またか。管制室、敵性体総数は?』 『総数183体。余り多くはないな、各地点に於いて多くても30体前後の計算だ』 『迎撃する』 『いや、こちらで高出力光学兵器による狙撃を行う。総員、現在位置にて待機せよ』 外殻各所にて、警告灯の黄色の光が明滅を始める。 開放されてゆくハッチ、迫り出す迎撃兵器群。 一見するとミサイルコンテナの様にも思える形状のそれらは、複数種の大出力光学発振機を内蔵している。 砲口となる前部装甲板上に照射用の力場を形成する事により、脆弱な内部機構を外部へと曝す事なく砲撃を可能とした超長距離狙撃型純粋光学兵器群。 そして数瞬後、有機構造体の方角へと向けられた兵器群の力場形成面に、微かな光が灯った。 超高出力光学兵器の砲撃は、余りにも強烈かつ一瞬である。 砲撃が実行された、その瞬間には焦点温度1400000Kの光条が目標を貫いているのだ。 砲撃対象は疎か、距離を置いて観測する第三者であっても、光条そのものを視認する事は不可能に近い。 攻撃照準波を検出する、或いは予測回避を実行する等の対策は存在するものの、実質的に完全な回避を確約する手段は存在しないのだ。 尤も、目標装甲素材の耐熱限界値が焦点温度を上回っていた事例、各種障壁からの干渉により光条が拡散してしまう欠点などが存在する為、今や純粋光学兵器の殆どは主力兵器の座から転落している。 事実、このベストラ外殻に配置された迎撃兵器群の主力は、純粋光学兵器ではなく電磁投射砲だ。 純粋光学兵器群が有する問題としては、アンチレーザー・コーティングが施されている目標に対しては殆ど無力、空間歪曲を用いた防御手段に対しては全く為す術が無いという点が挙げられる。 発振または集束時の触媒に波動粒子を用いる事で各種干渉手段の突破は可能となるものの、そんな対策を取るよりは初めから波動兵器を用いた方が効率も良い。 更に付け加えるならば、光学兵器による攻撃に波動粒子を付加するよりも、実体弾頭に対してそれを実行する方が遥かに容易かつ実用的である。 例外として、フォースを介しての出力増幅を用いるR戦闘機群が存在するが、あれらが実装する光学兵器は他のそれらとは根本的に異なる代物だ。 光としての性質そのものが変容する程の波動粒子を内包した光条と、通常の純粋光学兵器群より照射される光条が同一のものである筈がない。 ほぼ回避不能という攻撃能力を有しながらも複数の対策が存在し、それらを実装している目標に対しては徹底的に無力となってしまう兵器群。 それが、純粋光学兵器群だった。 だが、今回の様な有機敵性体に対しては、絶大な威力を発揮する事だろう。 『射線上からの人員離脱を確認。砲撃まで5秒』 背後に出現した砲台を一瞥した後、彼方の敵性体群を見据えるエリオ。 それらがベストラへと到達するまで、あと15秒というところだろうか。 どうやら、先程よりは速力を増しているらしい。 迫り繰るそれらが蒸発する様を観測せんと、エリオが微かに目を細めて。 『照射』 瞬間、後方へと弾き飛ばされた。 「ッ・・・!?」 肺より圧し出される空気、瞬間的に麻痺する感覚。 直後、更なる衝撃。 視界が赤く染まり、全身が激しく打ち付けられる。 四肢を引き裂かんばかりの強大な力、エリオの身体を翻弄するそれ。 数瞬か、或いは数秒か。 2度に亘り襲い掛かった衝撃を経て、エリオは漸く自身が静止した事を認識した。 視覚が、聴覚が機能していない。 身体の何処かしらを動かす事もできず、声を発する事すらできない。 唯、痛覚だけは徐々に回復していた。 全身を襲う、痺れにも似たそれ。 漸く回復した感覚に従い、エリオは身体を動かそうと試みる。 瞬間、全身を奔る激痛。 「ッぎ・・・!」 零れる呻き。 自身の声を認識した事で、エリオは聴覚の機能が回復した事を知る。 視界が閉ざされているのは、瞼を閉じている為だろう。 顔面の筋肉を引き攣らせつつ、エリオは閉ざされていた瞼を徐々に見開いた。 先ず、視界へと映り込んだものは、赤黒い液体。 視界の殆どを埋め尽くす、血溜まりだった。 何処からか溢れ返る血液は、黒に近い鈍色の構造物上にて不気味に波打っている。 自身が外殻上に、うつ伏せの状態で張り付いている事を、エリオは漸く理解した。 そして、身体の右側面に感じる、冷たく硬質な金属の感触。 外殻上に突出した、何らかの構造物か。 恐らくは、衝撃によって弾き飛ばされ外殻装甲へと打ち付けられた後、宙空へと放り出される途中で突出した構造物に衝突し、それが幸いして外殻上に留まる事ができたのであろう。 「ぐ、うッ!?」 外殻に手を突き、軽く力を込めるエリオ。 僅かな力ではあったが、低重力下ではそれで十分だった。 反動で身体を浮き上がらせると同時に、球状となった血液が周囲へと拡散する。 右手に、金属の感触。 視線を右手へと落とせば、其処にはストラーダの柄が確りと握り締められていた。 どうやら、衝撃に翻弄されながらも、自身のデバイスを手放す事態は避けられたらしい。 その事実に僅かな安堵を覚えつつ、エリオは周囲へと視線を巡らせる。 そして、絶句した。 「何だ・・・」 外殻が、抉れている。 否、抉れている等という、生易しい程度の破壊ではない。 外殻が、完全に崩壊していた。 クレーターに酷似した巨大な穴が其処彼処に穿たれ、それら全てから異様な白煙と、破壊された構造物の残骸が噴き上がっている。 視界を巡らせるも、人影は無い。 全員が退避したのか、或いは吹き飛んだのか。 周囲の空間は漂う無数の残骸に埋め尽くされており、それらの中を飛行できる状態ではない。 人間の頭部ほどの大きさも在るそれらは明らかに、飛翔魔法発動時に展開する障壁程度で弾ける代物ではなかった。 無論、それはエリオにとっても同様であり、現状ではストラーダによる高速移動など望むべくも無い。 そんな真似を実行に移せば、彼の身体は瞬く間に挽肉となる事だろう。 「くそ・・・!」 何が起きたのか。 全身を襲う激痛に呻きつつ、思考を加速させるエリオ。 新たに出現した敵性体について脅威度は低いとの判断が下された事、管制室により超長距離狙撃型純粋光学兵器群を用いての砲撃が実行された事は覚えている。 だが、其処までだ。 その後に何が起こったのか、全く理解できないのだ。 砲撃の瞬間、彼の身体は一切の前兆もなく、唐突に吹き飛ばされていた。 その事象が、強烈な衝撃波によって引き起こされたものであるとは理解しているが、では何処からそれが発生したのかが解らない。 何らかの攻撃が外殻に着弾したのか、或いは光学兵器群の異常か。 エリオは咳込みながらも、ストラーダのノズルより微弱な魔力噴射を行い、外殻へと降り立つ。 構造物表層から僅か2mの作用域とはいえ、外殻上には0.2Gの人工重力が存在していた。 エリオの脚部に掛かる荷重は、通常の20%程度。 しかし、明らかな重傷を負っている彼の身体にとっては、その程度の荷重でさえ危険なものであった。 「ぐ、あ!」 接地の瞬間、自重に耐え切れずによろめく身体を、咄嗟に突き出したストラーダの柄を杖とする事で支えるエリオ。 荒い呼吸を繰り返す彼の頭上を、衝撃波を撒き散らしながら通過する存在。 何とか持ち上げた視線の先、闇の奥へと消えゆく複数の白い影。 不明戦闘機群だ。 少なくとも数機は、先程の状況を掻い潜る事に成功していたらしい。 その光景を認識し安堵の息を漏らすと同時、エリオの意識へと飛び込む念話。 『・・・応答を・・・聴こえるか・・・誰か・・・』 「・・・管制室か?」 『被害状況・・・駄目だ、応答が無い・・・呼び掛けを・・・』 「こちら、ライトニング01・・・管制室、聴こえるか?」 『・・・応答せよ・・・状況不明・・・』 応答せよとの言葉、こちらからの呼び掛けに対する無反応。 エリオは、管制室が外殻の状況を把握していないと判断する。 先程の衝撃、恐らくは爆発によるそれが発生した際に、外部観測機器の殆どが沈黙したのだろう。 他方面の外殻でも、同様の事態が発生しているのだろうか。 「誰か、誰か居ないのか? 聴こえるなら応答を・・・」 エリオは自身の傍らへとウィンドウを展開し、音声にて全方位通信を試みる。 受信の確立を少しでも高める為、念話ではなくこちらを選択したのだ。 だが、ウィンドウ上に表示されるはノイズのみであり、音声に関しても正常に接続される様子は無い。 当然ながら、未だ呼び掛けを続ける管制室が、エリオからの通信に気付く様子も無かった。 回線は、受信のみが辛うじて機能している。 エリオは震える手で暫しウィンドウを操作し、やがて諦観と共にそれを閉じた。 管制室からは、変わらず呼び掛けが続いている。 恐らく彼等は、外殻の人員が全滅したのでは、との危惧を抱いているのだろう。 こちらの存在を知らせる術が無い以上、このまま現在位置に留まる事に意味は無い。 軽く外殻を蹴り、身体を浮かばせ重力作用域を脱した、その直後。 『撃つな!』 突如として意識へと飛び込んだ全方位通信に、全身を強張らせるエリオ。 知らず、彼は周囲を見回す。 人影は無い。 他方面の外殻より発せられたものか。 『攻撃中止! 攻撃中止だ! 総員、撃つな!』 再び飛び込む、全方位通信。 殆ど絶叫と化したその様相に、エリオは再び身体を強張らせる。 様子がおかしい。 攻撃を中止せよとの指示は、如何なる理由により発せられたものか。 恐らくは繋がるまいと思考しつつも、エリオは状況確認の為に呼び掛けを試みる。 「こちらライトニング01、応答を・・・」 『撃つなと言ってるんだ、撃つな! あれは生体機雷だ!』 唐突に意識中へと飛び込んだ聞き慣れない名称に、エリオは続く自身の言葉を呑み込んだ。 生体機雷。 言葉通り、生体組織を用いて形成された、炸裂式の範囲制圧兵器なのであろうか。 彼の思考に浮かぶ疑問を余所に、通信は続く。 『W-12、サルトンより警告! 敵性体、有機質機雷としての性質を有している! 起爆条件は頭部に対する攻撃だ!』 通信越しに放たれる、緊迫した叫び。 エリオは反射的に、そして無意識に周囲へと視線を巡らせている。 敵性体、視認できず。 『まるで地雷だ! 1発でも頭部に着弾すると、次の瞬間には体節が砲弾みたいに突っ込んでくる! 速過ぎて視認も回避もできない!』 「・・・畜生」 悪態を吐くエリオ。 彼方を睨む彼の視線の先に、複数の長大な影が蠢いていた。 先程の敵性体が群れを成し、三度ベストラへと接近しているのだ。 『射撃および単純砲撃による攻撃は避けろ! 範囲殲滅型魔法か、空間制圧型兵器による攻撃で消滅させるんだ! 体節の1つでも残ったら、それが突っ込んできて爆発するぞ!』 敵性体群、加速。 同時に、エリオの遥か頭上を翔け抜ける幾つかの光条、白亜の光を放つ砲撃魔法。 それらは高速にて敵性体群へと突入し、直後に閃光を放ち炸裂した。 無数の魔力爆発が連なり、空間を埋め尽くしてゆく。 恐らくは、古代ベルカ式直射型砲撃魔法、フレースヴェルグ。 少なくとも、はやては無事であったらしい。 かなり後方まで吹き飛ばされた様だが、直射型砲撃を放てる程度には健在なのだろう。 「流石・・・」 無数の白亜の爆発、瞬く間に視界を埋め尽くしたそれに、エリオは微かに声を漏らす。 はやても、先程の警告を受信していたのだろう。 その内容を直ちに理解し、範囲殲滅型砲撃魔法を放ったのだ。 指揮官という立場上、前線に出る事は稀である筈の彼女ではあるが、咄嗟の状況認識力と判断力は突出しているらしい。 しかし残念ながら、敵性体の殲滅には至らなかった様だ。 消えゆく魔力爆発、その先より迫り来る数十体の影。 「くそッ!」 悪態をひとつ、エリオはストラーダより魔力噴射を実行。 軋む身体を無視し、瞬時に200mほど上昇する。 眼下を見回すものの、周囲に他の人員は見当たらない。 遥か彼方で閃光が瞬いているが、あれらは不明機体群が敵性体との戦闘を行っているものであろう。 後方から砲撃が放たれる様子も無い。 はやてが砲撃を連射できる訳ではない事はエリオも承知しているが、なのはは何をしているのだろうか。 もしや、戦闘への復帰が不可能な程に負傷しているのか。 圧縮魔力再噴射、敵性体群へと向け加速を開始。 比較的小型の1体に狙いを定め、軌道修正と共に更に加速。 迫り来る異形の頭部、不気味に光を照り返す巨大な牙と複眼。 左右に開閉を繰り返す異形の顎部を見据えつつ、エリオは思考する。 頭部への攻撃は、致命的な反撃を誘発してしまう。 極めて強力な範囲殲滅型の攻撃で以って、跡形も無く消滅させてしまえば問題は無いが、自身はそれに分類される長距離攻撃手段を有していない。 しかし、後方から新たな戦術級砲撃が飛来する様子は無く、周囲に他の人員の存在を見出す事もできない。 不明戦闘機群は遠方にて大規模な戦闘を展開しており、こちらに対する支援は望むべくもないだろう。 だが、それでも眼前の敵性体群、それらとの交戦を回避する事はできない。 施設外殻は先程の爆発によって既に、其処彼処に巨大な穴が穿たれている。 それらの内の幾つかは、施設内部の大規模アクセスラインにまで達している事だろう。 其処に敵性体が侵入すれば、どれ程の被害が発生するであろうか。 間違い無く、凄惨な事態となるだろう。 仮に、敵性体の侵入後に施設内の戦闘要員が迎撃に当たったとして、攻撃が敵性体の頭部へと直撃してしまえば、更に凄惨な被害が齎される事となる。 最悪の事態を回避する為にも、自身が此処で敵性体群を排除せねばならない。 策と呼べる程のものですらないが、考えは在った。 頭部への攻撃が起爆の条件であるのならば、胴部へのそれはどうか。 1箇所を切断した程度で、バイド生命体が活動を停止する等という甘い思考は有していないが、ならば絶命するまで斬り刻むまでだ。 胴部の切断が起爆の条件を満たしてしまう虞は在るが、眼下の外殻上に人影が認められない以上、大して問題は在るまい。 精々、自身が消し飛ぶ程度のものだろう。 ブースター、出力最大。 メインノズル、最大推力へ。 対空気抵抗・対衝撃魔力障壁、展開。 あらゆる感覚が研ぎ澄まされ、急激に引き延ばされる体感時間。 加速する思考の中、エリオは改めて敵性体の胴部中央に狙いを定める。 「着弾」まで、1秒。 「・・・ッ!」 衝撃。 視界を埋め尽くすまでに接近した敵性体の体表面が、紫電を纏ったストラーダの矛先によって穿たれる。 異形の強固な体組織を瞬時に気化させ、分解してゆく鋼の牙。 瞬間、最大出力での放電。 リンカーコアの強化に伴い、劇的に増大した魔力容量および瞬間最大出力、機械の如く精密化した制御能力および変換効率。 それら全ての機能を限界まで発現させ、発生した膨大な電力を破壊槌と成し、敵性体へと打ち込む。 メインノズルより噴出する圧縮魔力は業火を発し、更に高圧の電流を帯びる破壊的な奔流と化していた。 エリオに纏い付くそれは周囲のあらゆる存在を瞬時に焼き尽くし、更に超高速機動に伴い発生する衝撃波が全てを粉砕する。 今やエリオは、標的へと向け飛翔するミサイルそのものであった。 防音障壁により無音となった意識の中、視界を遮る存在が消滅してなお、エリオが速度を緩める事はない。 急激な軌道修正を行い、魔力残滓による放物線状の軌跡を描きつつ、次なる標的へと向かう。 全身の負傷など、既に意識外へと追い遣られていた。 エリオの思考を埋め尽くすは、敵性体の排除という目的のみ。 業火と紫電を撒き散らし、往く手を阻むもの全てを滅ぼす、金色の魔弾。 巨大なバイド生命体でさえ、その進攻を止める事は叶わない。 全長数十mにも達する異形の体躯、それらの中央部を次々に貫き、蒸発させてゆくエリオ。 時に弧を描き、時に稲妻の如く折れ曲がる軌跡。 荒れ狂う雷撃による無慈悲な蹂躙が終焉を告げたのは、敵性体の全てが体躯を分断された直後の事であった。 「・・・ッく!」 ストラーダの矛先を進行方向の逆へと向け、メインノズルより圧縮魔力の噴射を行うエリオ。 急激な減速と共に、彼の全身を覆っていた魔力の暴風、業火と紫電によって形成されていたそれが、凄まじい衝撃波と化して拡散する。 膨大な量の圧縮魔力、極限まで凝縮されていたそれが一瞬にして開放され、炸裂したのだ。 エリオを中心として巻き起こる、巨大な魔力の爆発。 周囲に浮かぶ構造物、或いは敵性体の残骸が残らず消し飛び、後には高熱に揺らぐ大気のみが残された。 虚無と化した空間の中心、エリオは荒い呼吸を繰り返す。 手応えは在った。 ストラーダは確実に敵性体を穿ち、その体躯の一部を消滅せしめたのだ。 確認した敵性体の総数は34体。 その全てを貫き、引き裂き、焼き払った。 衝撃波による周囲への副次効果も考慮すれば、敵性体が生命活動を維持している可能性は極めて低い。 恐らくは、体躯の両端に位置する2箇所の頭部、その周辺を除く殆どの部位が消失している事だろう。 「ストラーダ!」 『Impossible to detect』 ストラーダに索敵を命じるエリオ。 しかし、高密度の圧縮魔力が炸裂した余波か、生体探知機能が動作しない。 魔力素を介して索敵を行うデバイス類に対し、魔力爆発は最も効果的な撹乱効果を発揮するのだ。 舌打ちをひとつ、エリオは周囲を見回し索敵を行う。 ある程度ベストラから離れた為か、周囲は薄暗く視界が利かない。 それでも彼は、無駄とは理解しつつも、敵影を探さずにはいられなかった。 せめて、自身が撃破した敵性体の残骸、その程度は確認したかったのだ。 「駄目か」 だが、それは叶わない。 先程の様に其処彼処に光源となる爆発が発生している訳でも、ベストラから照明弾が放たれている訳でもない。 外殻から2kmも離れてしまえば、其処はもう漆黒の闇の中だ。 現在位置からは外殻上の各種光源を薄らと視認する事が可能だが、更に500mほど離れれば完全にベストラを見失う事だろう。 これ以上の単独行動は危険であると判断し、エリオはストラーダの矛先をベストラへと向ける。 だが、直後。 「・・・これは?」 エリオの意識へと飛び込む、奇妙な異音。 鋏の刃を打ち鳴らしているか様な、金属的なそれ。 微かではあるが、その音が幾重にも連なり、周囲の空間に響いている。 デバイスによる集音機能が、微かな音を拾い上げているのだ。 咄嗟に周囲を見回すが、それらしき異音の発生源は見当たらない。 だが、この瞬間も耳障りな金属音は、確かに発せられ続けている。 そればかりか、徐々にその音量と数を増し続けているのだ。 「誰か・・・この音が聴こえるか? 誰も居ないのか!」 全方位通信。 だが、応答は無い。 闇より迫り来る音は、更にその数を増している。 湧き起こる焦燥感に圧され、知らず声を荒げるエリオ。 「こちらライトニング01! 誰でも良い、何か・・・!?」 しかしエリオは、その呼び掛けを中断した。 せざるを得なかったのだ。 彼の意識は、視界へと映り込んだ何かに集中していた。 「今のは・・・」 その輪郭を、明確に捉えた訳ではない。 だが、確かに見えたのだ。 闇の奥に蠢く、奇妙に歪んだ無数の影。 ベストラ外殻上より発せられる光、それを微かに照り返す褐色の生体表層。 金属音が更に数を増し、音と音の間隔までもが徐々に短くなる。 音源、接近中。 「ストラーダ!」 『Sonic move』 迫る危険を察知し、エリオはソニックムーブを発動。 下肢に奔る、微かな痺れ。 一瞬にして加速し、僅かに4秒前後で外殻へと到達する。 推力偏向ノズル稼動、逆噴射実行。 エリオは両脚部を進行方向へと突き出し、接地に備えた体勢を取ると同時、それに気付く。 「あ・・・」 彼の右脚、膝部から先が無かった。 『Watch out!』 「ッ!?」 ストラーダからの警告。 意識中に生じた空白は、瞬間的ながら致命的なものであった。 接地まで1秒、姿勢制御が完了していない。 最早、手遅れだった。 「ッ・・・ガ、ァ!」 残された左脚、そして左腕を突き出し、最低限の接地体勢を整える。 だが、それも衝撃を軽減するには、貧弱に過ぎるものだった。 接地の瞬間、エリオの全体重を受けてしまった左脚部は、一瞬の内に捩れて折れ曲がる。 足首が捩れ爪先と踵部の方向が入れ替わり、張り裂けた皮膚と筋肉から噴き出す血液。 三箇所で折れ曲がった下腿部、皮膚下から飛び出す骨格と筋組織。 膝部までもが可動範囲を大きく超えて捩曲がり、断裂した筋組織と粉砕された骨片が四散。 そして、瞬時に崩壊した左脚部を支点として、速度を保ったままにエリオの身体が前方へと倒れ込む。 突き出された左腕部。 左脚部の接触によって幾分か速度は落ちたものの、エリオの身体は未だ高速にて移動している。 そんな状態下で構造物へと接触した左腕部が、やはり左脚部と同様に折れ曲がった。 否、折れたのではない。 エリオの左腕部は、肘部から先が失われていた。 外殻表層に突出した無数の構造物、その内の1つへ接触すると同時に千切れ飛んでしまったのだ。 その際の衝撃により、エリオの身体は錐揉み状態へと陥る。 回転する視界、消失する平衡感覚。 直後、全身を粉砕せんばかりの衝撃。 数瞬か、或いは数秒か。 エリオの意識が、確かに闇へと沈んだ。 「う・・・」 開ける視界。 意識が、急速に浮かび上がる。 だが、身体を動かす事ができない。 仰向けのまま、全く動かせないのだ。 両脚部、左腕部が存在するべき箇所には微かな痺れが奔り、それ以外の一切の感覚が抜け落ちている。 「あ・・・」 しかし1箇所だけ、エリオの意思に従い稼動する部位が在った。 右腕部だ。 最早、痛覚とも呼べない微かな痺れに支配されたそれは、辛うじて未だ彼の制御下に在った。 震えるそれをぎこちなく動かし、掌部を構造物に突いて身体を傾ける。 鋭い痺れが全身を貫いたが、エリオは最早それを意にも介さなかった。 感覚の異常など、気に留めるだけ無駄である事は、既に理解していたのだ。 頭部から出血している事にも気付いてはいたが、無視して瞼を押し上げる。 低重力下である事が幸いし、血液が眼球上へと伝う事は無かった。 そしてエリオは、薄らと霞む視界の中に、無数の蠢く影を見出す。 「・・・蟲?」 放たれた呟き。 エリオの視界に映り込む存在について表現するならば、正しくその言葉こそが適当であった。 微細な脚部を無数に蠢かせ、高速かつ不規則な軌道を描く無数の生命体。 余りにも醜悪な外観を周囲へと見せ付けながら、巨大な顎部を打ち鳴らしつつ群れるそれら。 エリオは唐突に、その正体に気付く。 あれは、先程の敵性体だ。 自身は、致命的な反撃を誘発する敵性体頭部への攻撃を避け、目標の胴部を切断。 それでは飽き足らず、放電と推進炎による焼却までも実行した。 一連の攻撃により、敵性体群は残らず絶命したものと判断していたのだ。 甘かった。 敵性体は、生命活動を停止してなどいない。 胴部を幾箇所にも亘って切断され、それらの内の殆どを消滅させられてなお、生命活動を維持していたのだ。 そして今、敵性体群は信じ難い程におぞましい外観へと化し、自身の視界を埋め尽くしている。 「ッ・・・! 化け物が・・・!」 切断された敵性体は、絶命したのではない。 体節毎に複数の個体へと分裂し、1個の長大な個体から群体へと変態したのだ。 先程に自身が切断した敵性体、恐らくはそれらの内の殆どが。 「くそ・・・この襤褸め」 悪態を吐くと同時に右腕部に込められていた力が霧散し、エリオは身体を支え切れずに再び背を外殻上へと預けた。 見上げる彼の視線の先、切断された敵性体の一部が無数に、宛ら蜂の群れの如く密集している。 牙を有する個体、切断面から体液を撒き散らす個体、生体機能の維持限界を超えたらしく唐突に群れから遊離する個体。 既に痛覚すら麻痺した身体を横たえたまま、呆然とそれらを見つめるエリオ。 彼は自身が置かれた状況を客観的に、そして冷徹に分析していた。 自身がやれる事は、全てやり遂げた。 恐らくは他方面でも、敵性体の特性に気付いた事だろう。 これ以上にできる事は、何も無い。 キャロの事は気掛りだが、最早どうしようもないのだ。 自身の生命維持機能は、既に限界を迎えつつある。 今更、何をする程の事もない。 後の事はキャロが、彼女に賛同する者達が、上手く片付けてくれる事だろう。 考えてみれば、彼女と自身が離れる為にも、丁度良い機会だ。 このまま、意識を失ってしまえば良い。 体温が急速に失われていく事を、エリオは自身の感覚で察していた。 出血が激し過ぎる。 無数の小さな傷はともかく、四肢の内3箇所が失われているのだ。 今更、止血をしたところでどうにかなるものではないという事も、彼は既に理解していた。 幸運にも味方に発見され、AMTPへと搬入される事が在れば、或いは生き長らえる事も可能かもしれない。 だがエリオは、そんな幸運が起こる事を期待する程、楽観的な思考を有してはいなかった。 吐血混じりの激しい咳を繰り返しつつも、徐々に静かになってゆく呼吸音。 その変化を自身で認識しつつ、彼は静かに瞼を下ろす。 しかし、直後に意識へと飛び込んだ通信音声は、彼が安息の眠りに就く事を許しはしなかった。 『・・・展開を完了した。味方の姿は確認できない・・・外殻は酷く破壊されている』 『ライトニング02、我々は現状維持を?』 『こちらライトニング02。現在S-02第1予備アレイ・ハッチ、作業員運搬リフトにて移動中。外殻到達まで40秒です』 途端、エリオは瞼を見開く。 開かれた視界の中に、敵性体群の影は無い。 あれ程に群れていた蟲共が、1体すら残さずに姿を消していたのだ。 軋む身体に鞭打ち、頭部を回らせて南部区画方面へと視界を向ける。 渦を巻く様に蠢き、遠ざかりつつある異形の群れ。 敵性体群、南部区画へと向け進攻中。 「・・・馬鹿な!」 『こちらデニム、了解した・・・呼び掛けに対する反応が無い。誰も居ないのか』 「何を・・・何をやって・・・!」 『誰か応答を・・・聴こえますか? こちらライトニング02、外殻の状況を・・・』 咄嗟に右腕部を動かそうとするも、それが実行される事はない。 エリオの身体は、微かに揺れ動いただけだ。 霞み始めた視界は、彼に残された時間が余りにも少ないという事実を、雄弁に物語っている。 敵性体との交戦など、望むべくもない。 だからこそ、せめて敵性体の情報を伝えようと、エリオは念話の発信と共に声を振り絞る。 ベストラ内部から新たに展開したのであろう、キャロを含む友軍部隊。 考えたくもない事ではあるが、彼等は敵性体の特性を知り得ていない可能性が在る。 光学兵器群による狙撃実行後に発生した、敵性体の拡散と自爆。 それ以降、管制室が外殻からの情報を遮断された状態に在った事は、想像に難くない。 そして状況を確認する為に、キャロを含む新たな部隊が外殻へと展開する事も、予想されて然るべき事態であった筈だ。 だがエリオは、その可能性を失念していた。 敵性体の排除に意識を傾け過ぎ、外部情報を遮断された内部の人員が如何なる行動に出るか、その予測を怠ったのだ。 「来るな・・・来るんじゃない! 敵が向かってるぞ!」 『もうすぐ外殻です・・・こちらライトニング02、外殻の状況を・・・』 「来るなと言ってるんだ! 駄目だ、戻れ!」 『外殻に到達・・・ヴォルテール?』 『散れ!』 「ライトニング! 応答してくれ、ライトニング・・・キャロ!」 通信越しに飛び込む、ヴォルテールの咆哮。 記憶の中のそれとは異なり、明らかに苦痛の色を含んでいると判る。 続いて、困惑した様に自らの守護竜の名を叫ぶキャロの声、他の隊員達の絶叫。 『くそ、何なんだ! 総員、警戒せよ! 高速飛翔体多数、完全に包囲されているぞ!』 「撃つな、撃つんじゃない! 駄目だキャロ、逃げろ! 逃げてくれ!」 『信じられん、こっちの機動に・・・』 「交戦するな、逃げろ!」 『大型敵性体、接近!』 『頭部を狙え!』 「止せぇッ!」 『撃て!』 攻撃を止めるべく、エリオは絶叫する。 だが、その叫びは届かない。 轟音とノイズ、それらを最後に途絶える通信。 「あ・・・う、あ・・・!」 零れる声は、意味を成さず。 闇により視界が閉ざされゆく中で、エリオは全てが手遅れであった事を理解する。 キャロ達は敵性体への攻撃、何としても避けるべき頭部へのそれを実行してしまったのだ。 その結果として何が起きるか、起こってしまったのか。 エリオは、身を以って知り得ている。 「キャロ・・・返事を・・・キャロ・・・!」 救えなかった。 もう、手遅れなのだ。 衝撃波と異形の破片、襲い掛かるそれらの瀑布に、何もかもが呑まれて。 「畜生・・・畜生・・・ッ!」 呪いの言葉。 傷という傷から生命の証を止め処なく溢し続けながら、エリオは嗚咽と共に絶望の声を吐き続ける。 怨嗟の念を叫ぼうにも、最早それだけの力など残されてはいない。 死が、すぐ其処にまで迫っている。 「畜生・・・!」 闇に満たされゆく視界の中、虹色の光が弾けた様な気がした。 エリオはそれに対し、何ら関心を見出せない。 彼は、出来得る限りの事をやり遂げた、との納得を得たままに逝ける筈だった。 だが今や、その様な感情は欠片さえも残されてはいない。 「役立たずめ・・・!」 自身を罵倒しつつ、エリオは宙空を仰ぎ見る。 視線の遥か先、闇を引き裂く複数の白い影。 恐らくは不明戦闘機群だろうと、エリオは焦点が定まらぬ思考の片隅で推測する。 今となっては如何でも良い事と、その情報を意識の外へと押し遣らんとした、その時。 眩い2条の光線が、宙空より闇を切り裂いた。 「・・・っ!」 閃光は一瞬。 外殻の彼方、数瞬ほど遅れて噴き上がる、巨大な爆炎の壁。 約1秒後に到達した衝撃がエリオの身体を舞い上げ、続けて襲った轟音が聴覚と意識を苛む。 そのまま数十mを吹き飛ばされ、外殻上へと戻る事なく宙空を漂うエリオ。 彼の思考は既に、状況の変遷を理解していた。 奴等だ。 遂に、戻ってきたのだ。 地球軍。 先程に目にした白い影は、不明戦闘機群などではなかった。 あれは、R戦闘機だ。 不明戦闘機群の強襲により、ベストラから逃亡したR戦闘機群。 それらがバイドを、被災者達を殲滅すべく、この施設へと戻ってきたのだ。 「お終いか・・・」 無重力中を漂いつつ、エリオは瞼を下ろす。 地球軍が戻ってきてしまった以上、事態の好転など望むべくもない。 一時は状況を支配したかに思えた叛乱も、結局はバイドという強大かつ不確定な要素によって瓦解してしまった。 その後の混乱を打開する事も出来ず、しかもバイドの殲滅を旨とするR戦闘機群の襲来。 既にパイロット達にとっては、被災者の殲滅など二の次に過ぎないのかもしれない。 この場に存在するバイド生命体群の殲滅に成功したのならば、その時にはベストラなど塵も残さず消滅している事だろう。 深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。 失われた四肢からの激痛は、既にその殆どが薄らいでいた。 大量の失血に伴う、痛覚の麻痺だろう。 自身に残された時間は長くはないと、エリオは他人事の様に思考する。 そんな彼の意識へと、微かな音が飛び込んできた。 聴き慣れた魔力噴射音。 そして、エリオに残された唯一の四肢である右腕に、冷たい金属の質感が接触する。 そちらへと視線を遣り、エリオは息を呑んだ。 「・・・ストラーダ?」 其処に在ったそれは、彼の相棒。 先程の衝撃によって吹き飛ばされ、主から引き離されて尚、自らの意思でエリオの許まで戻ってきたのだ。 天体内部への転送以降、度重なる違法改造を経た鈍色のそれは全体に無数の傷が刻まれてはいるものの、機能に障害は生じていない。 そして、寡黙なそのデバイスとしては極めて珍しく、ストラーダは自ら言葉を発した。 『Watch this』 その言葉と共に、エリオの傍らへと展開されるウィンドウ。 其処から更に、ベストラの立体構造図が投影される。 恐らくは、ウォンロンのシステムを介しての、超広域魔力走査。 ベストラの異常に気付いたウォンロンが、自らの危険をも顧みずに直接支援を開始したのだろう。 そして、投影されたベストラ構造図の各所、表示される無数の魔力反応。 それらは不規則に、だが極めて激しく明滅を繰り返している。 エリオは双眸を限界まで見開き、友軍の魔力反応を示す光点、青色のそれらに見入っていた。 「生存者・・・まだ、残って・・・!」 『Watch』 再度に言葉を放つストラーダ。 拡大表示される画像、外殻S-02。 新たに生存者のコールサインが複数表示される中、その見慣れた名称が在った。 「キャロ・・・!」 ライトニング02。 他1名の反応と共に高速で以って移動しつつ、周囲に無数の直射弾を放ち続ける光点。 周囲では複数の反応が高速機動と攻撃を継続しており、更にそれらの反応は徐々に同一点へと集結しつつあった。 彼等は、まだ戦い続けている。 彼女は、今この瞬間も生きて、そして戦っているのだ。 ならば自身にも、まだやるべき事が在る。 『Get up Master. Go』 「ああ・・・行こう、ストラーダ」 その言葉と共に、エリオの右手がストラーダの柄を掴む。 相棒へと呟く彼の目には最早、諦めの色は無い。 既に痛覚が麻痺している事実でさえ、今となっては好都合とすら思えた。 ストラーダのサイドブースターを作動させ、姿勢を安定状態へと推移させる。 先程まで、僅かばかり身体を動かしただけでも全身を襲っていた激痛が、嘘の様に消え失せていた。 死が近付いている事の証明かとエリオは思考するが、それでも残された右腕、そして肘部から先が失われた左腕の名残は、異常など無いかの様に軽快に動く。 脚部も同様で、大腿部のみが残された右脚、膝部以下を粉砕された左脚も、残存する部位は問題なく動かす事ができた。 独りで立つ事も、満足に物を掴む事も不可能だが、どちらの行動も無重力中では然程に必要あるまい。 身体機能の確認を終え、エリオは独り宣言する。 「ライトニング01、これより生存者救援に向かう!」 爆発。 金色の魔力光が炸裂し、エリオとストラーダが雷光と化す。 光の尾を引き、魔力光の残滓を闇へと飛散させつつ、護るべき者の許へと突き進む金色の流星。 その往く手を阻む敵性体群が、雷光に触れるや否や欠片さえも残さずに消滅する。 身体、そしてリンカーコアに対するあらゆる負荷を無視し、闇を引き裂き翔けるエリオ。 微かな希望に、意識を奪われた彼は気付かない。 失われた四肢の断面からの出血が、既に止まっている事実に。 肘部が、膝部が、半ばまで再生されている事実に。 今この瞬間でさえ、リンカーコアの出力が増大している事実に。 生存者の情報を齎したウィンドウが、ウォンロンからの干渉によって展開されたものではないという事実に。 雷光の騎士にも、その相棒たる鉄槍にも気付かれる事はなく。 緩やかに、しかし確実に。 「現実」が、歪み始めていた。 * * 光学兵器群による狙撃を実行した直後、管制室を襲った微かな振動。 その瞬間から、外殻との連絡は完全に途絶えた。 回復を試みはしたものの、システムは沈黙したまま。 復旧には時間が必要であると判明した際に、偵察を目的とする部隊の編成が提案された事は、実に自然な流れであった。 そして、今回の武装蜂起に於ける事実上の指揮官であるキャロもまた、自身の外殻上への展開を望んだ。 無論の事、反対の声は大きかった。 指揮官が自ら前線に出る事は、可能な限り避けるべきであると。 それらの意見に対しキャロは、今となっては自身が指揮官たるべき理由は無い、と反論した。 武装蜂起は成功し、地球人とバイドの真実は生存者のほぼ全てに知れ渡った。 自身が担うべきは其処へと至るまで、そして至った後の責任を負う事であり、生存者全体の指揮を執る事に関しては自身以上の適任者が幾らでも居る。 そして自身は竜召喚士であり、絶大な火力を有する使役竜および真竜を使役できる、現状に於いては唯一の人材である。 その火力を死蔵するべきではなく、その余裕も無い筈。 外部に如何なる脅威が存在しているかを観測できない以上、現有の最大火力で以って事態の収拾に当たるべきではないか。 そうして反対の意見を封じたキャロは、すぐさま部隊を編成し南部区画へと向かった。 S-02外殻へと通じるアレイ・ハッチ、其処へと直結する大型リフト。 外殻への移動手段として其処を選択した理由は、ヴォルテールを外殻上に展開させる為だ。 ベストラ内部に待機していたヴォルテール、それを外部へと移動させる為には巨大なハッチが必要となる。 直径90mを超える、巨大な非常用星間通信アレイアンテナ。 それを外殻上へと展開させる為の大型リフトとハッチは、正にヴォルテールの移動に最適な設備だった。 他方面については、既に16名の魔導師から成る別動隊が、W-07外殻へと向かっている。 彼等はキャロ達よりも先に外殻へと到達し、外部状況に関する報告を齎す筈であった。 更にはフリードが、キャロの命によって彼等の援護に就いている。 いずれにしても、偵察隊としては規格外の戦力だ。 アクセスラインを通じてヴォルテールを移動させ、大型物資搬入口を通じてリフトまで誘導。 アレイアンテナ未搭載のリフト上、ヴォルテールを配置。 だが此処で、予想外の問題が発生した。 リフト上に防護服を着用していない人員が存在する状態で上昇を実行すると、システム全体が強制的にシャットダウンされてしまうのだ。 アンテナからの輻射による健康被害を避ける為の措置なのだろうが、バリアジャケットを纏った魔導師達からすれば無用の措置でしかない。 仕方なく、キャロ達はヴォルテールのみを大型リフトで外殻上へと運搬させ、自身等は隣接する作業員運搬用リフトへと移動した。 幾分かは簡潔であるこちらのシステムへとオーバーライドし安全回路をキャンセル、先行して上昇中のヴォルテールを追い掛ける形で上昇。 既に外殻への展開を終えた別動隊からは、味方の姿が確認できないとの報告が齎される。 キャロもまた、自身の声と念話で以って呼び掛けを行うも、ウィンドウ越しに返されるのは沈黙のみ。 最悪の事態を想像しつつも、彼女は外殻への展開を止めようとはしなかった。 止めた処で、事態が好転する訳ではない。 「もうすぐ外殻です・・・こちらライトニング02、外殻の状況を・・・」 そしてヴォルテールに遅れる事4秒、キャロ達は外殻上へと到達した。 リフトを降りエアロックへと侵入し通過、次いで外殻上へと繋がる耐爆扉を開放。 鼓膜へと突き刺さる真竜の咆哮、同時に彼女達の視界へと映り込んだそれは。 「外殻に到達・・・ヴォルテール?」 怒り狂う「右前部翼の無い」ヴォルテールの姿だった。 「散れ!」 誰かが叫ぶと同時に、キャロの身体は抱え上げられ、強制的に移動を開始していた。 回転する視界、金属の構造物を削る凄絶な異音。 何が起きているのかを理解するよりも早く、全方位へと放たれた念話が意識中へと飛び込む。 『くそ、何なんだ! 総員、警戒せよ! 高速飛翔体多数、完全に包囲されているぞ!』 其処で漸く、キャロは気付いた。 自身等の周囲、無数の「何か」が渦を巻く様にして飛び交っている。 それらは高速かつ不規則な機動で飛翔している為、その姿を鮮明に捉える事はできない。 だが、少なくとも敵性存在である事だけは確かだ。 『蟲だ、蟲共が・・・!』 『信じられん、こっちの機動に喰らい付いてくる! 』 散開した隊員達より飛び込む、緊迫した様相の念話。 彼等は、飛翔体からの攻撃を受けているらしい。 すぐさまキャロは、自らの使役する真竜へと呼び掛ける。 『ヴォルテール! 空間制圧、無制限!』 400mほど離れた地点、爆発する紅蓮の光。 ヴォルテールによる砲撃、ギオ・エルガ。 閃光が宙空を埋め尽くし、一瞬ではあるが周囲に存在する異形群の影を浮き上がらせた。 「何、これ・・・!」 多過ぎる。 砲撃の瞬間、ヴォルテールの周囲に位置していた無数の影が、魔力爆発の余波によって跡形も無く消し飛んだ。 しかし、ヴォルテールを中心とした約200m以内を除く、ほぼ全ての空間が飛翔体の影によって埋め尽くされていたのだ。 そして、断続的に鳴り響く、無数の金属音。 『来やがった!』 キャロを抱える隊員、彼が念話を発するとほぼ同時、再度に視界が激しく揺さ振られる。 急激な加速、回避行動。 慣性により上下左右へと振り回される感覚の中で、キャロは自己の内に沸き起こる焦燥を抑え込む事に必死だった。 ヴォルテールが上げる苦痛の咆哮が、彼女の内で絶え間なく響き続けているのだ。 そして、その咆哮はヴォルテールの身に起きている異常を余す処なく、詳細にキャロへと伝えていた。 ヴォルテール、右前翼部喪失。 更に右脚部および左腕部切断、脱落。 直立姿勢保持不可、宙空浮遊状態へと移行。 『大型敵性体、接近!』 『頭部を狙え!』 至近距離から響く金属音の破壊音、ほぼ同時に飛び込む念話。 キャロは必死に視界を廻らせ、周囲の状況を把握せんとする。 輪郭を鮮明に捉える事はできないが、何やら蟲にも似た異形が飛び交っているらしい。 更に遠方へと目を凝らせば、薄闇の奥からはより大型の異形が接近中であると判る。 だが既に、散開した隊員達は迎撃態勢を整えていた。 そして、攻撃。 『撃て!』 直後、一切の前触れ無く襲い掛かってきた衝撃に、キャロの身体は木の葉の如く吹き飛ばされていた。 強烈な圧力により、肺の内より圧し出される空気、暗転する視界。 微かに意識へと響いた念話は、自身を抱える隊員のもの。 『畜生!』 どうやら彼は、あの衝撃の中でもキャロの身体を離す事なく、吹き飛ばされるままに回避行動へと移行したらしい。 身体に掛かる圧力の方向が、不規則かつ連続的に変化している事を認識しつつ、キャロは反射的に閉じられていた瞼を開く。 眼前、凄まじい速度で以って視界の下方へと流れゆく、外殻構造物の壁。 回避行動継続、高速飛翔中。 『今のはやばかった! 何だ、何が爆発しやがった!?』 『クリン03より全調査隊員! 誰か、無事な者は居る!?』 爆発。 意識中へと飛び込んできたその言葉に、キャロは何が起きたのかを悟る。 敵性体からの反撃、広範囲爆撃だ。 『こちらライトニング02。クリン03、敵による攻撃がどんなものだったか、分かりますか?』 キャロは、念話を発した隊員へと問い掛ける。 彼女の位置からは、反撃の詳細が掴めなかったのだ。 しかしながら、ある程度の予想は付いていた。 『ライトニング02、これは自爆攻撃です! 敵は攻撃を受けた直後に外殻へ突入、爆発しました!』 そして報告の内容は、彼女の予想と殆ど違わぬもの。 では、起爆条件は何か。 直前までの情報を纏めつつ、総数16もの高速並列思考によって、キャロは瞬く間に解へと辿り着く。 『起爆条件は、頭部への被弾である可能性が高いですね』 『恐らくは。大型の敵性体は、生体機雷の様な役割を果たしているのでしょう』 『待て、小型の奴と大型の奴は、同類じゃないのか? 全長が異なるだけで、外観もそれ以外のサイズも殆ど同じ・・・』 『前方、敵性体14!』 念話を交わしつつ、進路上に敵性体を確認したキャロ。 咄嗟にウイングシューターを放ち、敵性体の撹乱を試みる。 しかし、彼女の意思の下に放たれた直射弾幕は、当人の想定をも超えた閃光の瀑布となって敵性体を呑み込んだ。 小型敵性体14、殲滅。 自らが為した事ながら、俄には信じ難い光景に唖然とするキャロ。 霧散してゆく魔力残滓の中心を貫いて飛翔した後、確認の意味を込めて念話を発する。 『また、出力が増大している・・・何処まで上がるの?』 『有り難い事じゃないか、バイドの仕業でなければ』 念話を返しつつ、キャロを抱える隊員が更に飛翔速度を上げた。 外殻壁面が視界中を流れゆく速度が増し、自身等を覆う対風圧障壁が更に堅固となった事を実感するキャロ。 そんな彼女の意識に、自身の守護竜と使役竜からの念話が飛び込む。 ヴォルテール、部位欠損の重大損傷を受けるも、戦闘継続に問題なし。 フリードリヒ、友軍と連携し周囲の敵性体を殲滅中。 そうして念話を交わす間にも、多方面から次々に報告が飛び込んで来る。 『やっぱりだ、小さい奴は起爆しない。自爆するのは大型だけだ』 『ニンバニより総員、緊急! ウォンロンが此方の事態に気付いた! 不明戦闘機群の増援と合流、ベストラへ急行中!』 『良い知らせだ、気付いてくれたか!』 『こちらメレディン02、生存者との合流に成功しました。総数17名、現在は敵性体群と交戦中です』 『ボルジア、負傷者を収容した。現在、最寄りのハッチへ向かっている。此処に来るまでにも、幾つかのグループと遭遇した』 『良いぞ、生存者の数は予想より遥かに多い。大多数が爆発から逃れている』 遠方、巨大な魔力爆発。 ヴォルテールが再び、ギオ・エルガを放ったのだ。 闇の中、照らし出される敵性体群の影。 周囲に群がりつつある無数の小型敵性体を確認し、キャロは直射弾幕を間断無く展開し続ける。 その間にも乱れ飛ぶ、無数の念話。 並列思考の半数を念話の傍受、そして分析思考へと傾けつつ、キャロは戦闘を継続する。 だが、それらの論理的思考とは別に、どうしても削除できない感情的思考が在った。 ともすれば、他の並列思考をも喰い尽くしかねない、半ば制御下を離れつつある思考。 キャロは冷静を装いつつも、しかし全霊を以ってしてその思考を抑え付けていた。 暴走させてはならない、そんな事を考えている暇は無い、現状でそんな思考を持つ事に意味は無いのだと、必死に自身へと言い聞かせる。 だが、唐突に飛び込んできた1つの念話が、そんな彼女の努力をいとも容易く打ち砕いた。 『第1層上部外殻、生存者と合流。爆発の直前まで同地点に居た、ライトニング01の消息が不明との事だ』 瞬間、キャロの意識を支配した思考は、唯ひとつ。 エリオ・モンディアル。 自身にとって最大の理解者、唯1人のパートナー。 何物にも代えられず、他の何よりも大切な存在。 彼は無事なのか、生きているのか。 「ライトニングは・・・!」 思わず口を突いて出そうになった言葉、それを強引に中断し呑み込むキャロ。 辛うじて、周囲から敵性体の影が消えた事を確認すると、彼女は我知らず俯いて唇を噛み締める。 微かに震える、固く握られた小さな拳。 キャロとて、疾うに理解している。 エリオは、彼女のパートナーであった少年は、その言葉が発せられる事を望んではいない。 彼女が彼の身を案じる事など、欠片も願ってはいないのだ。 否、或いは心の内で、それを望んでいてくれるのかもしれない。 だが、少なくとも表面的にはそれを窺わせず、更には彼の身を案じるキャロに対して憤りを、それ以上に不快感を抱くのだろうと。 彼女は、そう確信していた。 スプールスを襲った、バイド生命体種子の落着に端を発する悪夢。 醜悪な汚染生命体へと成り果てたタントとミラ、そして彼等の子供、未だ胎児であったそれを含む3人。 彼等であったものを殺めた彼に対し、理不尽な恨みと憤りを抱き、歩み寄る事を拒んだのは自身だ。 一方的に距離を置き、道を分かったのも自身である。 それでも彼は、自身への批難は疎か、弁解さえもしなかった。 自身が突き付けた心無い無言の拒絶を、ただ静かに受け入れたのだ。 そうして、漸く自身の間違いに気付いた時には、既に2人の間には歩み寄りなど望むべくもない距離が存在していた。 歩み寄ろうと試みる自身を、今度は彼の方から拒み始めたのだ。 分かっている。 彼が自身の心を気遣う余り、傷付けまいとして距離を置こうとしている事も。 恐らくはタントとミラ、更にその子供を殺めたとの自責から、自身と距離を置こうとしている事も。 武装蜂起直前にセインへと語った通り、彼は此方への配慮と自責の念に基き、更に自身から離れてゆく事だろう。 以前の様に共に歩む事など決して望みはせず、自身とは完全に異なる道を選択し歩んでゆくのだ。 分たれた線は、二度と交わりはしない。 交わる事すら、望んではいないのだ。 一方の線がそれを望んでも、残る一方はより離れる事をこそ望んでいるのだから。 『・・・生存者の探索を続行。大型敵性体に対しては、範囲殲滅型の攻撃のみで対処を』 だからキャロは、彼の名を呼ばなかった。 彼がそれを望まない、望んではいけないと考えているからこそ、呼ばないのだ。 キャロの為であれ、或いは彼自身の為であれ、それが彼の選択であるからこそ尊重する。 彼女にとって他の何物よりも彼が大切であるからこそ、彼女と離れる事を選んだ彼の意思を尊重するのだ。 パートナーとして、或いは家族として。 そして、彼に対して好意を寄せ、叶うならば未来を共に歩みたいとまで望んでいた、最も近しい異性として。 彼が何よりも救いを必要としていた時期、自身にはできる事が、すべき事が幾つも在った筈だ。 それにも拘らず彼を避け、その心を癒すどころか引き裂いてしまった自身に、彼の選択を批難する権利など在りはしない。 どれ程までに狂おしく想おうとも、自身が彼の傍に寄り添う事はできない。 それは決して叶わない望み、それ以前に許される事のない望みなのだ。 エリオが、自身に望んでいる事。 それはパートナーとして共にある事ではなく、有能な指揮官として状況の推移を掌握し続ける事だ。 生存者を導く者として、敵対勢力に損害を与える者として。 エリオは自身に、有能な「機構」たれと望んでいるのだ。 それ以外には、何も必要ない。 必要とされてはならない。 彼の本意がどうであろうとも、自身は「それ以上」を望んではならないのだ。 そんな事を望む権利は疾うに、自ら放棄してしまったのだから。 『良いのか?』 『何がです。それより周囲を警戒して下さい。敵性体は、まだ残存しています』 キャロを抱える隊員、彼が気遣う様に放した念話。 彼女は即座に、それを刎ね付ける。 その思考に迷いは、既に存在しない。 『ヴォルテールを、敵性体の密集地に移動させます。各員、周囲の状況を確認後・・・』 『逃げろ!』 それは、突然の事だった。 キャロの念話は、味方の発したそれによって遮られ、次いで閃光と衝撃が全身を襲う。 全身が硬い物質に叩き付けられる感覚、激しく揺さ振られる脳と臓器。 数瞬ほど意識が闇へと沈み、次いで覚醒する。 何も見えず、何も聴こえない。 だが、全身を襲う激痛と共に回復した感覚から、自身が中空を漂っている事だけは理解できた。 視覚および聴覚、未だ回復せず。 『誰か・・・おい、誰か! 聴こえるか? 今の爆発を見たか!?』 『ミサイルだ、今のはミサイルだぞ! ウォンロンのじゃない、速度が速過ぎる! 敵性高速誘導弾、S-04に着弾!』 『E-08、レーザーの連続照射を受けている! 現時点で東側外殻の47%が融解、爆発!』 飛び込む念話、加速する思考。 回復しつつある視界の機能を確かめつつ、キャロは現状の把握に努める。 バイドの新手が出現したのか、或いは。 『バイドじゃない、地球軍だ! R戦闘機を視認した! R-11Sだ!』 『有機構造体、爆発炎上中! ヤタガラスです! R-9Sk2 DOMINIONS、確認!』 地球軍。 その名称を認識すると同時、全ての感覚機能が正常化される。 再び、全身を襲う激痛。 身体を見下ろせば、バリアジャケットの其処彼処が赤く染まっている。 そして彼女の胴部、抱え込む様にして回された右腕。 バリアジャケットの一部を掴む掌から上部へと視線を辿らせれば、その先には上腕部の断面が露となっていた。 恐らくは先程の衝撃によって、キャロを抱えていた隊員の腕部が千切れてしまったのだろう。 鮮血を噴き出す腕部の断面を、暫し呆然と見つめるキャロ。 次いで彼女は、何時の間にか自身の傍らへと展開されていたウィンドウ、その存在に気付いた。 反射的に目を凝らせば、視界を通じて飛び込んでくる生存者の位置情報。 恐らくはウォンロンから直接、ケリュケイオンへと干渉し表示されたものだ。 生存者を示す無数の光点、そしてコールサイン。 それらの内、自身を抱えていた人物のバイタルが健在である事を確認し、キャロは知らず安堵の息を吐いた。 しかし直後、別の疑問と焦燥が彼女の思考を支配する。 1度は完全に抑制した筈のそれ。 未だ燻り続け、ともすれば容易く燃え上がる感情。 それに流されるがまま、キャロはその言葉を口にせんとして。 「エリオ君・・・ライトニング01は・・・ッ!?」 直後、キャロの身体は紙の如く吹き飛ばされた。 彼女の華奢な身体に掛かる、明らかに負荷限界を超えた風圧、そして遠心力。 突然の事態に思考が停止するも、視界の端に映り込んだ光景がそのまま記憶へと焼き付く。 青白い閃光の爆発、恐らくはR戦闘機の波動砲による砲撃。 キャロは、その砲撃の余波を受けたのだ。 そうして数秒、或いは後十秒後。 飛翔魔法により漸く身体の回転が収まった頃、キャロの身体は其処彼処に深刻な損傷を負っていた。 右上腕部、感覚麻痺。 胸部に鈍痛、呼吸困難。 咳込むと同時に口部へと当てた掌には、瞬く間に鮮血が溢れ返る。 臓器損傷、それもかなり深刻な度合いらしい。 折れた肋骨が、肺に突き刺さっている可能性が高い。 「は・・・あ、が・・・!」 言葉を口にしようとするも、声を出す事ができない。 そればかりか呼吸を繰り返す度、徐々に胸部が内側より圧迫されてきている。 間違い無い。 肺に開いた穴から空気が胸腔内へと漏れ出し、他の臓器を圧迫しているのだ。 緊急性気胸。 再び咳込むキャロ。 その際の苦しさは、先程の比ではなかった。 呼吸ができない。 喉の奥から血が溢れ、赤黒い飛沫となって無重力中へと吐き出される。 苦しさの余り、何時しかキャロの双眸からは、涙が止め処なく零れていた。 明確に迫り来る、死という終焉。 だが状況は、彼女がショック死するまでに要する僅かな時間、それすらも与えてはくれなかった。 閃光に照らし出される闇の奥、群れを成し渦と化した、数十体もの小型敵性体の影が浮かび上がる。 巨大な挽肉機と化したそれが、キャロを呑み込むべく徐々に迫っていたのだ。 彼女はしかし、十数秒後には自身を微塵と化すであろう刃の壁を、回避する素振りすら無く諦観と共に見詰めていた。 キャロは冷徹に、回避の為の行動を起こすには、既に手遅れであると判断。 飛翔速度は負傷により大幅に減ぜられ、縦しんば回避を実行したとしても、敵性体群は軌道を僅かに修正するだけで事足りる。 逃れる術など、もう残されてはいない。 「エリオ、君・・・」 期待に、応えられなかった。 共に在る事が許されないのならば、せめて期待された役目は果たさねばと誓っていた。 なのに、それさえも果たせなかった。 何処までも惨めで、無意味で、愚かしい。 笑える程に滑稽な最期だ。 パートナーに対する裏切者には、相応しい終わり方かもしれない。 でも、これだけは。 せめてこれだけは、祈らせて欲しい。 大切な人に全てを押し付けてしまった、馬鹿な自分に残された、たった1つの願い。 どうか、幸せになって欲しい。 全てが終わったならば、役立たずの事など忘れて。 今度こそ、本当に信頼できるパートナーと共に。 そして、出来得るならば直接、自らの口で伝えたかった言葉。 「ごめんね・・・」 眼前まで迫った、敵性体群の渦。 キャロは咳込みながらも、静かに瞼を下ろす。 そして衝撃、閉ざされた視界の内に白い光、次いで雷鳴の様な轟音。 自身が吹き飛ばされている事を実感し、考えていた程のものではないな、と訝しく思うキャロ。 身体は、まだ激しく揺さ振られている。 だが、胸部と背面に何かが触れている事を感じ取れた。 知らず安堵を覚える温かさを備えたそれは、宛ら人の身体であるかの様に感じられた。 流れ出た血液の温度を誤認しているのかと、キャロは僅かに瞼を押し上げる。 「・・・え?」 そして、開かれた視界に映り込んだもの。 見慣れたバリアジャケットの肩口、鮮血に塗れ、黄金色の魔力残滓を纏ったそれ。 自身が目にしているものを信じられず、キャロは驚愕に目を瞠った。 同時に、心底より湧き上がる仄かな期待と、それを遥かに上回る恐怖。 相反する2つの思考が、彼女の意識内で鬩ぎ合う。 これは、きっと彼だ。 本当に、そうなのだろうか。 このバリアジャケット、間違いない。 彼が来る筈がない。 来てくれた、嬉しい。 共に在る事など許されないと、そう自身に誓った癖に。 もう一度、最期にもう一度だけ、彼の顔を。 止めろ、見るな、もし彼でなかったら。 「キャロ」 その声が聴覚へと飛び込んだ瞬間、其処が限界だった。 堪え切れず、キャロは顔を上げる。 果たして其処には、此方を見下ろすエリオの顔が在った。 声にもならぬ震えた吐息を漏らすキャロに、エリオは感情に乏しい眼差しを向けている。 そして、続く言葉は。 「ごめん」 直後、キャロの胸部には、ストラーダの矛先が突き立てられていた。 「エリオ・・・」 「ごめん、キャロ」 軽い衝撃、そして胸部から拡がる鈍い痛み、鉄の臭い。 だがキャロは、安堵と共にエリオの名を呼び、その顔に淡い笑みを浮かべる。 同時に彼女は、エリオが満身創痍としか形容できない、余りにも凄惨な傷を負っている事に気付いていた。 左右の脚部が半ばから切断、或いは原形すら残さずに破壊されている。 背面に回されている左腕も、感触からするに半ばより先が失われているのだろう。 それに気付いたからこそ、彼の行動を僅かな疑問すら無く受け入れる事ができたのだ。 エリオは、これ程までに傷付きながらも、自らの任務を放棄しなかった。 なのに、自身は役目を果たせず、こんな処で死の淵に瀕している。 そんな役立たずは、必要無いという事だろう。 否、彼の事であるから表層は兎も角として、内心はそうではないだろう。 恐らくは此方を放っておけず、しかし救う手段も無い事から、せめて苦しまずに逝かせるべきと考えたのかもしれない。 どちらにせよ、有り難い事だ。 バイドや地球軍に殺される事に比べれば、何と幸せな最期だろうか。 どうせ、数分の内に消える生命なのだ。 報いを受けられた事は、望外の幸運である。 このまま、意識を閉じて、そのまま。 「もう大丈夫」 エリオの声。 ふと、キャロは違和感を覚えた。 胸腔内部より生じていた圧迫感が、唐突に消え失せたのだ。 胸部の鈍痛こそ残ってはいるものの、既に呼吸の際に伴う苦痛は大分に薄れている。 「・・・手荒なやり方でごめん。ストラーダで胸部穿孔をやったんだ。大丈夫、臓器は外してる・・・素人治療だけど、他に方法が無かったから」 「何で・・・」 「喋らないで、まだ胸に穴が開いてる・・・小指くらいの。医療魔法で、傷を塞いで。今なら瞬きする間に治る」 エリオの言葉に従い、霞み掛かった意識ながらも医療魔法を発動させるキャロ。 但し、医療対象は自身ではなかった。 彼女が対象と定めた存在は、満身創痍のエリオ。 キャロは自身の治療よりも、エリオの負傷を癒す事を優先したのだ。 だが、その結果は全く予想外のものとなった。 「あ・・・」 「凄いな」 エリオ単体に対して発動した筈の医療用結界が、完全に2人の周囲を覆ってしまったのだ。 結果、完治はしないまでも、急速に癒えてゆく双方の身体。 やはり、異常な治癒速度だ。 数秒の内に胸部の鈍痛、そして違和感までもが消え去り、全身の細かな傷までもが忽ちの内に癒える。 リンカーコアの出力が増大している、それだけでは説明の付かぬ現象だ。 だが、如何なる理由であろうと、身体の違和感が大幅に減じた事だけは確かである。 微かに咳込み、口許の血を拭うと、キャロは改めてエリオを見やる。 自然と零れる、疑問の言葉。 「どうして・・・此処に?」 「管制室との連絡が途絶えてから、外部の状況が其方に伝わっていない可能性を考えたんだ。あの敵性体の情報も伝える必要が在る、と思ったんだけど」 エリオは言葉を切り、視線を上げる。 つられて彼と同じ方向を見やれば、闇の彼方に浮かび上がるベストラの外殻。 闇の中で巨大構造物を照らし出す光源は、外殻の至る箇所より撃ち上げられる直射弾と魔導砲撃、更には無数の質量兵器群が放つ砲火、そして無数の爆発。 その中でも一際巨大な紅蓮の閃光は、ヴォルテールが放つギオ・エルガだ。 だが直後、外殻から幾分手前の空間で、紫電の光が爆発する。 衝撃、そして防音結界が意味を成さない程の轟音。 エリオがストラーダによる姿勢維持を行っている為か、2人は僅かな距離を吹き飛ばされる程度で済んだ。 再度に視線を向けた外殻上では、撃ち上げられる攻撃の密度が明らかに低下している。 先程の閃光、恐らくは波動砲による砲撃であろうが、外殻を狙ったものではなかったらしい。 しかし、その余波は外殻上に展開する此方の戦力、それらを害するには十二分なものであったのだろう。 直接的に狙われたのであろう敵性体群は、文字通り塵すらも残されてはいまい。 「思い上がりだったみたいだ。これ以上なく上手くやっているよ・・・地球軍さえ出てこなければ、もっと良かったんだけど」 「どうして?」 「だから、情報を・・・」 「どうして・・・?」 其処で漸く、エリオも気付いたのだろう。 キャロが、今にも泣き出しそうな表情をしている事に。 余程に想定外の事であったのか、戸惑いの表情を浮かべるエリオ。 だがキャロには最早、彼の動揺を気遣うだけの余裕は無かった。 どうして、来てしまったのだ。 共に在れないから、傍には居られないから、自らの意思で歩み寄る事を諦めたというのに。 どれ程に望んでも叶わぬ願いだから、二度と陽の当たらぬ奥底へ封じ込めてしまおうと思っていたのに。 彼と共に在れない事を考えるだけで、彼の心を踏み躙ってしまった事を思い出すだけで。 それだけで、死んでしまいたいとまで思った事すら在るけれど。 それでも、如何なる形であれ、彼が自身に生きる事を望んでいるのだから。 せめて、彼の望むキャロ・ル・ルシエとして。 自身の生命すら秤に掛ける事のできる、優秀で冷徹な指揮官であろうと誓ったのに。 「キャロ・・・?」 「どうして・・・っ!」 今なら、間に合う。 一言、たった一言。 自身が望む言葉を、言ってくれるだけで良い。 否、同じ意味なら、どんな言葉でも良い。 指揮を執れ、味方と合流しろ、竜達を動かせ、迎撃を続行しろ。 此処に居るな、戦場に向かえ。 そう言ってくれれば、1人でも戦える。 彼がそう言ってくれるのならば、たった独りでも歩んでいける。 彼が、そう願うのならば。 「どうしてッ!」 「キャロ」 頭頂部に置かれる手。 エリオの右手だ。 思わず言葉を止めるキャロの目前、困った様な笑みを浮かべているエリオ。 そして、彼が告げた言葉。 「間に合って、良かった」 滲み、ぼやけるエリオの顔。 もう、耐えられなかった。 大粒の涙が頬を伝い、零れ落ちている事を感じながら、キャロは声を上げて泣く。 戦場の直中に在りながら、周囲は異様なまでに静かに感じられた。 無数の閃光が爆発し、リンカーコアに異常な負荷が掛かる程の魔力の余波を感じ取りながらも、それら全てが存在しないかの様に泣き続ける。 自身が何かを叫んでいる様にも思えたが、如何なる言葉を紡いでいるのかは当のキャロにも分からない。 ただ、胸中に渦巻いていたあらゆる感情、その全てをぶつけているのだという事だけは理解していた。 エリオは、何も言わない。 彼は無言のまま、自身の胸に顔を埋めて叫び続けるキャロ、その髪を撫ぜ続けていた。 何時かのスプールス、タントやミラと共に過ごした優しい時間。 その時に触れたものと寸分違わぬ、優しい手。 だからこそキャロは、更に声を上げて叫び続ける。 彼の表情、彼の目、彼の言葉、彼の声。 其処に込められた真意を理解してしまったからこそ、更に増す涙と共に泣き続ける。 彼は、自身が指揮官である事など、望んではいない。 殺し合いの直中に身を置く事など、望んではいないのだ。 彼が望んでいる事は、余りにも優しく、しかし余りにも残酷な事。 生きていて欲しい。 それがキャロに対する、エリオの願い。 出来得るならば戦いの場を離れて、幸福に生きて欲しい。 何ともありふれた、しかし如何にも彼らしい、優しく温かい願い。 何時か2人が共に願った、何時か未来に訪れるであろう日々を想う、幸せな祈り。 嘗てと同じそれを、彼は今も願い続けていてくれたのだと、キャロは悟った。 だが、その願いは優しくも、同時に最も残酷な形へと変貌を遂げていたのだ。 エリオが思い描く、自身の幸福。 その傍には、彼が居ない。 彼の存在が、何処にも無いのだ。 此方の幸せを願いながら、その隣に彼自身が寄り添う事など有り得ないと、そう結論付けてしまっている。 それが、此方を疎ましく思っての結論ならば、どれ程に救われた事か。 此方を見やる、彼の目。 その眼差しは嘗てと何ら変わり無く、未だに自身を、護るべき人、大切な人として捉えているそれ。 それ程に此方を想ってくれている癖に、此方が彼を想っている事すら知っている癖に。 彼を傷付けてしまった事を悔いている事にさえ、疾うに気付いている癖に。 彼は、それを受け入れられない。 彼は、恐れている。 共に在る事を受け入れてしまえば、二度と槍を振るう事など出来ぬと。 タントやミラ、その子供の生命を奪いながら、それを悔いる事も出来ぬ自身。 家族同然であった人々の死を悼む事すらできぬ自身が、大切な人の想いを受け入れる事が出来ようか。 縦しんば想いを受け入れ、自身が彼等の生命を奪った事を悔いてしまったならば、それ以後に槍を振るう事など出来る訳がない。 そうなれば自身は、間違い無く過去の罪に押し潰される。 自身の槍を振るい、大切な人を護る事すら出来なくなる。 その恐怖に、彼は全霊を以って抗っているのだ。 だからこそ、彼は。 護る為に。 只管に、護る為に。 「キャロ・ル・ルシエ」を護る槍、それを振るい続ける意思を失わないが為に。 「エリオ・モンディアル」はいずれ、自分の傍から消える心算なのだ。 「・・・ごめんね、キャロ」 優しい声。 これまでの距離を埋めようとするかの様に、キャロはエリオの胸で泣き続ける。 不思議と彼女には、今のエリオの胸中が我がものであるかの様に理解できた。 そして同時に、エリオもまた自身の心を覗いているのだと、そう確信している。 理由は解らないが、知ろうとも思わない。 離れていた心は繋がった。 だが、其処に浮き彫りとなったものは、決して共に歩む事の出来ぬ未来だけ。 2人が離れる未来を、エリオは納得尽くで受け入れているのだ。 だが、キャロはそうではない。 納得などしておらず、する心算もない。 2人の想いは、擦れ違ってなどいないのだ。 ならば何故、離れなければならないというのだ。 そんな答えなど、納得できる筈がない。 だからこそ、彼女は誓う。 波動粒子にも似た青い光の粒子が舞い踊る中、言葉にならない嗚咽を零しながらも、涙に濡れた目で以ってエリオを睨み据えるキャロ。 そうして、驚いた様な表情を浮かべる彼に向かい、宣言する。 声と、念話と、繋がった心と。 それら全てで以って「宣戦布告」を行うのだ。 「槍なんて振るわなくていい! 護る事だってしなくていい! ただ傍に居てくれれば、それだけでいい!」 「キャロ・・・?」 「エリオ君は何も悪くない! タントさんやミラさんの事だって、誰の所為でもない! 何もかもみんな、あの星と管理世界から始まった事なのに! ずっと未来の、まだ生まれてもいない人達から始まった事なのに!」 「キャロ、落ち着いて・・・!」 『離れなきゃ護れないのなら、護らなくていい! そんな幸せ要らない! 貴方を傷付けながら生きて往くくらいなら、此処で死んでしまった方がいい!』 双方の声は次第に、音とは異なるものへと変貌してゆく。 だがキャロは、気付かない。 熱に浮かされた様に叫び続ける彼女は、周囲の空間そのものが歪み始めた事ですら、知覚の外へと追い遣っている。 急激に高まる、空間中の魔力密度。 火花の如く弾ける、青い魔力素の光。 『そうでなければ駄目なの!? 誰かが戦わなければ、他の誰かが幸せになる事すら許されないの!?』 『キャロ、止めるんだ!』 『そんな世界なんて要らない! 誰かが不幸にならなきゃ存続できない世界なんて、護りたくない! そんな世界、私は絶対に認めない! そんな、そんな・・・!』 其処で、何かに気付いたのだろう。 エリオは、その表情に焦燥の色を浮かべ「両手」でキャロの肩を掴んだ。 彼が目にしている光景、それはキャロにも「伝わって」いた。 彼の視覚が、聴覚が、意識が。 余りにも鮮明に、宛ら我がものであるかの如く、キャロの意思へと投影されている。 より広範囲に亘り可視化する空間の歪み、キャロの周囲へと集束する青い光の粒子。 何らかのエネルギーが、彼女を中心として集束を始めていた。 周囲を埋め尽くす、青白い光。 その光景は、余りにも似過ぎている。 波動砲、波動粒子の集束。 此処だけでなく、背後のベストラ外殻上、その其処彼処でも同様の現象が起こっているらしい。 外殻上の数十ヶ所で、青白い光が膨れ上がっている。 異常な光景を視界へと捉え、驚愕と焦燥の念を抱くエリオ。 そしてキャロもまた、エリオの意識を通じて、その光景を認識していた。 それでも、彼女の言葉は止まらない。 彼女の「願い」は止まらない。 そして、極限まで圧縮された魔力素、無数の青い魔力球が周囲の空間を埋め尽くした、その瞬間。 『そんな世界、壊れてしまえばいい!』 閃光と共に、世界が「壊れた」。 * * 閃光と共に消滅する、ドブケラドプスの幼体。 自身の背後に位置していたその個体は、遠方より放たれた直射魔導砲撃の直撃を受け、僅かな塵すら残さずに消失したのだ。 光条が消え去った後、残されたものは僅かに漂う魔力素の粒子のみ。 僅か1秒にも満たぬ事態の推移を、彼女は咄嗟に背後へと振り返ろうとした姿勢のまま、呆然と見つめていた。 『・・・大丈夫だったか?』 意識へと飛び込む念話。 砲撃を放った魔導師からのものだ。 此方を気遣いつつも何処かしら戸惑いの色を含んだそれに、彼女もまた若干の混乱を滲ませた念話で以って返す。 ただ、その内容は問い掛けに対する返答ではなく、相手に対する新たな問い掛けだった。 『どうやって、気付いた?』 それが彼女、ヴィータの脳裏に浮かんだ疑問。 急激な魔力出力の上昇、それに伴う一時的な感覚の混乱。 その現象は、彼女に致命的な隙を生じさせるには、十分に過ぎるものであった。 そうでなくとも、ベルカ式魔法の使い手であるヴィータは、高速にて飛翔する小型敵性体群への対処に手間取っていたのである。 僅かな集中の乱れは、遂に最悪の事態を招いてしまったのだ。 背後、排水口が詰まった際のものにも似た、不快な異音。 頭部を廻らせ、視界の端にそれを捉えた時には、既に事態は手遅れだった。 ドブケラドプス幼体、背後に占位、砲撃態勢。 しかし、極強酸性体液の奔流が、ヴィータを襲う事はなかった。 突如として空間を貫いた、直射魔導砲撃。 なのはのディバインバスターにも匹敵するそれが2発、僅かに数瞬の差異を以って飛来したのだ。 幼体は先ず下半身を、次いで残された上半身を消し飛ばされて消滅。 そうして、ヴィータは砲撃が飛来した彼方へと視線を遣り、今に至る。 気付く筈がないのだ。 ヴィータは念話を発しつつ戦闘を行っていた訳ではなく、咄嗟に援護を求める事など不可能であった。 そして、周囲の其処彼処で戦闘が行われてはいたものの、混乱の中で味方との連携など保たれてはいなかった。 偶然にヴィータの危機を目にしたのだとしても、それこそ彼女と殆ど同時に敵性体の存在に気付かなければ、あのタイミングでの砲撃など不可能である筈だ。 だが、彼は気付いた。 信じ難い事ではあるが、彼はヴィータとほぼ同時に敵性体の存在を察知し、反射的に砲撃を放つ事で彼女を危機的状況より救い出したのだ。 本来であれば、戦闘の最中に起こった幸運な偶然で片付けられる、その程度の出来事。 しかし、それが決して偶然などではない事に、ヴィータは気付いていた。 『お前、さっき「避けろ」って言ったか?』 『アンタ「ヤバい」って叫ばなかったか?』 双方より同時に発せられる問い。 その内容に、ヴィータは独り納得すると同時、驚愕を覚える。 やはり、気の所為などではなかった。 砲撃の主はヴィータの意識を読み、ヴィータもまた相手の意識を読み取っていたのだ。 『何だ、こいつは。念話の術式が暴走でもしたか?』 『そんなの聞いた事も無い。やっぱり、この青い魔力素が原因か』 念話を交わしつつ、ヴィータは周囲へと視線を奔らせる。 自身の周囲へと纏わり付く、青白い光を放つ魔力素の粒子。 何時からか身体へと帯び始め、次第に密度を増しゆくそれに対し、しかし何故か警戒感を抱く気にはなれなかった。 それどころか、密度が高まるにつれリンカーコアの魔力出力は更に増大し、更には全身の傷までもが癒え始めたのだ。 『本当に何なんだ、コレ・・・リンカーコアの出力増大も、ひょっとしてコイツが原因なのか』 『知るか、そんな事。大体、悪影響どころかこっちが有利に・・・敵機、接近!』 瞬間、またしても混濁した意識中に映り込む、白い機体の影。 「R-11S TROPICAL ANGEL」 ランツクネヒトの機体、ヴィータの背後から突進してくる。 「くそッ!」 悪態をひとつ、反射的に飛翔魔法を発動、瞬時に20m程を移動し衝突を回避するヴィータ。 巨大な風切り音と共に、宙空を突き抜けてゆくR戦闘機。 ヴィータは衝撃に吹き飛ばされながらも、咄嗟に鉄球を構築しグラーフアイゼンを叩き付ける。 シュワルベフリーゲン。 常ならば4個までである鉄球の同時構築数は、瞬間的な生成にも拘らず30を優に超えていた。 それらの鉄球はハンマーヘッドが打ち付けられるや否や、ライフル弾の如き速度で射出されR戦闘機を追う。 R戦闘機群の機動は、妙に鈍い。 真相は定かではないが、何らかの制約が掛かっているかの様に、以前の常軌を逸した機動性が鳴りを潜めている。 しかし、如何にR戦闘機群の機動性が異様なまでに落ち込んでいるとはいえ、鉄球の速度はR-11Sへと追い縋るまでには到らない。 瞬間的に亜光速へと達するような異常極まる機動こそ行わないものの、閉所ですら音速の数倍で飛行可能という信じ難い速度性は未だに健在なのだ。 鉄球が苦も無く引き離され、瞬く間に振り切られた事を確認するや否や、再度ヴィータは悪態を吐いた。 「くそったれ!」 『諦めろ。あれを撃ち墜とすには最低でも極超音速クラスのミサイルを用意するか、さもなきゃクラナガンみたいに砲撃魔法の乱れ撃ちでもするしかないぜ』 「じゃあやれよ! お前も砲撃魔導師だろうが!」 『たった1人で乱射なんぞできるか。こっちは機械じゃないんだ、タイミングを合わせるのだって一苦労なんだぞ』 「だからって・・・ああ、クソ!」 またもや、闇の彼方に白い影。 防音結界をも無効果する程の轟音が周囲を埋め尽くし、至る箇所で波動粒子と魔力素の青い光が爆発、明滅を繰り返している。 どうやらR戦闘機群は有機構造体の奥より押し寄せる無数のバイド生命体群を殲滅しつつ、折を見てベストラへと攻撃を加えているらしい。 詰まる所、此方との交戦は片手間で事足りると判断されているのだ。 その事実が、ヴィータには面白くない。 「畜生どもめ・・・」 忌々しげに呟き、自身の頭部を上回る大きさの鉄球を構築する。 コメートフリーゲン。 炸裂型の大型鉄球を打ち出し、制圧攻撃を行う中距離射撃魔法。 だが、嘗てはあらゆる敵に対し暴威を振るったこの魔法も、R戦闘機が相手では分が悪い。 幾らリンカーコアが強化されていようとも炸裂範囲の拡大には限界が在り、それこそ超高速性と高機動性の双方を有するR戦闘機群に対しては、半ば運任せで起爆する以外には運用の手立てなど無いだろう。 「もっと派手に吹っ飛ばせりゃあ・・・」 知らず、零れる呟き。 更なる爆発力、効果範囲が欲しい。 巨大な、それこそ空間を埋め尽くすほどの爆発を起こせるのならば、撃墜には到らずとも1機か2機の敵機に損害は与えられるだろうに。 「え・・・?」 瞬間、自身の周囲、膨大な量の魔力が集束する感覚。 突然に襲い掛かった異常な感覚に驚き、ヴィータは周囲を見回す。 何も変わりは無い、阿鼻叫喚の戦場。 今の感覚は何だったのかと、視線を正面へと戻す。 「何だ・・・」 それは、気の所為であったのか。 宙空に浮かぶ鉄球、自身が生成したそれが、青白く発光していた様に見えたのだ。 しかし、それも一瞬の事。 幾ら凝視しても、其処には何の変哲もない黒々とした鉄球が浮かんでいるだけだ。 「まさか、だよな・・・?」 恐る恐る、自らが生み出した鉄球へと触れる。 冷たい。 その単なる鉄球からは、自身が込めたそれ以外には魔力を感じ取る事ができなかった。 次の瞬間、頭上から襲い掛かる爆音。 反射的に上を見やれば、どうやら第17層外殻周辺にミサイルが着弾したらしい。 外殻上から噴き上がる業火、散発的な魔導弾の応射。 そして、外殻上を舐める様にして飛行し、次いで離れゆく白い影。 その光景を目にし、ヴィータは自身の迷いを強引に振り払う。 「あの野郎ッ、逃がすか!」 瞬時に鉄球から距離を置きつつ、グラーフアイゼンをギガントフォルムへと移行。 闇の奥に浮かび上がるR戦闘機の機影は、再び外殻上へと接近しようとしている。 此方の行動に気付かない事など有り得ないのだが、特に回避行動へと移行する様子は無い。 直撃などする筈もなく、縦しんば炸裂型であったとしても、効果範囲に捉えられる虞は皆無。 そう、判断されたのだろう。 ヴィータの意識を塗り潰す、憤怒と殺意。 彼女は、その負の感情に駆られるがまま、圧倒的質量の鉄槌を振り被る。 そして、咆哮。 「くたばれぇぇェェッ!」 魔力により強化された渾身の力で以って、巨大なハンマーヘッドが振り抜かれる。 大気を押し退けて空を引き裂いたそれは、鉄球を打撃面の中心へと的確に捉え、火花と轟音とを撒き散らしつつ砲弾の如く打ち出した。 ヴィータの魔力光による赤い光の尾を引き、闇の彼方へと消えゆく鉄球。 しかし、質量兵器の弾速には到底及ばぬ速度のそれを、R-11Sらしき影は苦もなく回避し、更に爆発効果範囲より容易に脱してしまう。 判り切っていた結果とはいえ、悔しさに表情を歪めるヴィータ。 その、直後。 「な、うあッ!?」 核爆発もかくやという閃光が、ヴィータの視界を完全に覆い尽くした。 「うあああぁッ!」 意識を破壊せんばかりの爆音、襲い来る巨大な衝撃と圧力の壁。 ヴィータは数百mに亘って吹き飛ばされ、漸く姿勢の安定に成功する頃には、既に意識が朦朧としていた。 だが、その意識を覆う霞さえも異常な治癒速度によって、身体異常と共に数秒で拭い去られてしまう。 そうして、再度に覚醒したヴィータは、改めて眼前に出現した爆発の残滓へと意識を向けた。 其処で、気付く。 「おい、まさか・・・」 視界を覆い尽くす、爆炎の残滓。 それは、想像していた様な紅蓮の炎ではなく、波動粒子にも似た青白い炎によって形成されていた。 そして、物理的な痛覚すら伴ってリンカーコアを圧迫する、余りにも膨大に過ぎる量の魔力素。 時折、残された業火の間を奔る紫電の光は、炎と化した青白い魔力素が結合して発生した魔力性の放電らしい。 そして、何よりも信じ難い事実。 周囲へと拡散する爆炎の一部、青白い光を放つ魔力残滓。 それらは紛れもなく、ヴィータ自身の魔力を内包していた。 青白い光を放つ粒子が消えゆく際に、明らかにヴィータの魔力光と判る、赤い光の残滓が拡散しているのだ。 「アタシが・・・やったのか? あの爆発が?」 呆然と、周囲を見回すヴィータ。 明らかに混乱していると分かる念話が間を置かずに飛び交い、現状を把握しようと各方面から報告が押し寄せる。 全方位へと発せられるそれらを拾いつつも、ヴィータは行動を起こすでもなく硬直していた。 『今の爆発は魔力か、誰がやったんだ!?』 『R戦闘機が爆発に巻き込まれたぞ! 誰か、敵機の状態を!』 『報告! R-11S、1機の撃墜を確認! バラバラだ、跡形も無い! もう1機が爆発に巻き込まれた様だが、そっちは逃げられた!』 R-11S、1機を撃墜。 その事実が、混乱へと更に拍車を掛ける。 だが状況はヴィータに、何時までも呆けている事を許しはしなかった。 『後ろだ、馬鹿!』 三度、意識の混濁。 ヴィータの背後、R-11S接近中。 相も変わらずの高速性だが、先程と比較すると幾分か遅く感じられる。 装甲の破片を撒き散らしている事から推測するに、恐らくはコメートフリーゲンによる爆発に巻き込まれたという、もう1機のR-11Sなのだろう。 幾分か速度が落ちている事から、回避は可能であろうと思われた。 だが、飛翔魔法を発動した直後に、予想外の衝撃がヴィータを襲う。 「あ、がッ!」 『おい!?』 電磁投射砲だ。 R戦闘機に標準装備されている、機銃型兵装。 波動砲への警戒が先行し、この兵装の存在を失念していたのだ。 そう思い至った時には、ヴィータの背面はバリアジャケットごと切り裂かれていた。 直撃ではなく、弾体通過の余波によるものだ。 縦しんば弾体が直撃していれば、今頃ヴィータの身体は粒子にまで細分化されていた事だろう。 「う・・・う・・・!」 『後ろに飛べ!』 念話での警告。 ヴィータは背面の激痛に呻きながらも、警告に従い咄嗟に後方へと飛ぶ。 直後、眼前を掠める、余りにも巨大な青い砲撃。 轟音に聴覚が麻痺し、撒き散らされる衝撃波によって更に後方へと弾かれつつ、ヴィータはそれが波動砲による砲撃であると判断する。 しかし、違和感。 何故、R-11Sとは反対の方向から、波動砲が放たれたのか。 他のR戦闘機による砲撃であったとして、波動粒子弾体が突き進む方向には、先程ヴィータを攻撃したR-11Sが飛行中である。 これでは、宛らR戦闘機を狙っての砲撃ではないか。 心中に浮かんだ疑問にヴィータが行動を起こすよりも早く、その答えは味方からの念話によって齎される。 『R-11S、更に1機の撃墜を確認! 今の砲撃は何だ、誰が放ったんだ?』 『さっきの爆発と同じ魔力光だ!』 『魔力残滓が緑色よ。爆発の時とは別人だわ』 それら念話の内容にヴィータは数瞬ほど呆け、次いで砲撃が飛来した方向へと視線を向けた。 その方向には、先程からヴィータとの間で意識の混濁を生じている砲撃魔導師、彼が居る。 推測ではなく、確信だ。 意識の混濁は続いており、半ば混乱している彼の思考までもが、この瞬間もヴィータの意識中へと流入しているのだから。 『・・・今の、お前の砲撃か?』 『その言葉からすると、さっきの爆発はアンタで間違い無いんだな?』 交わす念話は、それだけで済んだ。 同時に互いが、一連の現象について確信を得た事を知る。 コメートフリーゲンの爆発も、先程の砲撃も。 第三者からの介入によって、本来ならば有り得ない爆発力の付与、射程および破壊力の増大が為されていたのだ。 あの大量の魔力素、誰のものでもない青白い魔力光。 『・・・もう退がった方が良い。背中をやられてるんだろ? 治癒能力が向上しているとはいえ、医療魔法も無しじゃ遠からず死ぬぞ』 『要らねえよ。アタシは他人とは、ちょっとばかり身体の造りが違うんだ』 『成る程。ヴォルケンリッター、魔法生命体か』 自身の正体に関する発言。 だが、ヴィータは動じない。 意識の混濁が更に深部へと及び始めている現状、いずれは知れる事と予測していたのだ。 更に言えば、相手の素性もまた、ヴィータの知る処となっている。 隠蔽しようと望めば、恐らくは可能なのだろう。 だが、相手は特に隠す処も無く、情報を曝け出している。 ならばヴィータも、自身に関する情報を隠す気にはならなかった。 何より、この状況下で互いの素性を知った処で、其処に何の意味が在るというのか。 『そういうお前は、反管理局組織か。潜入工作とは恐れ入るぜ』 『元、だけどな。今となっては宿無しだよ。それよりアンタの身体、今じゃ殆ど人間と同じになってるんだろ。さっさと戻って治療を受けろよ』 『要らねえって言って・・・おい、どうした?』 突然、相手の意識がヴィータから逸れる。 互いの意識が剥離した事から推測するに、どうやら高次元での意識共有を維持する為には、常に互いの存在を認識しておかねばならないらしい。 そして数秒後、再度に意識が共有される。 『ああ、その・・・たぶん、問題発生だ』 『何がだ・・・いや、いい。こっちにも見えてる。確かに大問題だ』 『だろ?』 ヴィータは背後へと振り返り、巨大有機構造体の壁を見やった。 共有される視界、総合的に齎される各種情報。 無数の念話が、慌しく奔り始める。 『あれは・・・嘘だろ、何でこんな時に!』 『警告! 総員、直ちに北部外殻近辺より退避せよ! 未確認大型敵性体、接近中!』 『未確認? 新種の敵性体か?』 闇の中に蠢く、赤い光。 鋼色の異形が時折、構造物の陰より覗く。 ヴィータは、確かにそれを見た。 何かが、此方を覗き込んでいる。 有機構造体の奥、得体の知れない存在が、此方の動きを窺っているのだ。 『おい、何なんだ!』 『分からない。だが、あの奥に何かが居る・・・くそ、幼体だ! 幼体の群れが出やがった!』 『私達にも見えています! 砲撃が来る!』 『射線上の連中、こっちの考えは通じているよな? 其処を退け、撃つぞ!』 無数に交わされる念話、それらの内容。 やはり其処彼処で、味方間での意識共有が発生しているらしい。 そして、外殻上より放たれる、無数の魔導砲撃。 それら全てが青白い光を放ち、Sランクの砲撃魔導師ですら在り得ない程の、魔導兵器による砲撃にも匹敵する魔力の奔流となって、敵性体群へと襲い掛かる。 更に数秒後、着弾した砲撃が連鎖的に炸裂。 信じ難い範囲での魔力爆発が、有機構造体すらも細分化してゆく。 その光景を前に、ヴィータは堪らず叫んでいた。 「何なんだよ、これは! アタシ達に何が起こってるっていうんだ!?」 『知らねえよ! クソッたれ、身体が魔力炉にでもなった気分だ!』 『敵性体、更に接近中・・・駄目です、多過ぎる!』 魔力爆発によって殲滅された幼体群。 だが構造体の奥からは、更なる敵性体群が迫り来る。 その総数は、これまでに撃破した敵性体の総数、それすらも上回るだろう。 バイドが有する、無尽蔵の模倣能力。 その脅威が、眼前へと迫り来る。 R戦闘機群は2機が撃墜された事により、バイドと此方を潰し合わせる方針へと移行したのか、何処かへと消え事態を傍観しているらしい。 魔導資質が強化されているとはいえ、既に状況は生存者の手による対応が可能な範囲を逸脱していた。 『退却だ! 総員、ベストラより離脱しろ!』 『それで何処へ行けっていうんだ? ウォンロンはどうした、外部からの救援は?』 『ウォンロンは後方より出現した敵性体群と交戦中、外部艦隊による救援は絶望的だ!』 『おい、聞いてなかったのか? 向こうは駄目だ、挟み撃ちになってしまう!』 『それなら何処へ!?』 ヴィータは、ハンマーフォルムとなったグラーフアイゼンを肩に担ぎ、深い溜息を吐く。 彼女は、疲れていた。 これからどうすべきかと思考し、主の許へと戻ろうかと思い立つ。 事態が好転する様子など無く、この場を生きて切り抜けられる可能性は限りなく低い。 ならば最後くらいは、はやてと共に在ろうかと考えたのだ。 だが、その思考は思わぬ声によって中断する事となった。 「随分と悲観的な考えですね、副隊長」 背後から響いた声に、ヴィータは咄嗟に振り返る。 其処に、彼女は居た。 無重力中に漂う、赤味掛かった栗色の髪。 右手には拳銃型のデバイス、白と黒の配色が施されたバリアジャケット。 醒めた様に此方を見つめる、紺碧の瞳。 「気弱になっているんですね。似合いませんよ」 嘗ての部下、ティアナ・ランスターが其処に居た。 「ティアナ、お前・・・」 「ああ、キャロから聞いているんですね。御蔭さまで無事、戦線に復帰できました」 ヴィータの声に対し、身動ぎすらせずに答えるティアナ。 彼女の素振りに重傷を負っている様子は無く、キャロから聞かされていた負傷は既に完治しているものと思われた。 だが、それとは別の違和感が、ヴィータの胸中へと生じている。 「お前、何で・・・」 「私の意識が読み取れない理由ですか? 簡単です。この現象を起こしているのは、他ならぬ「私達」だからです」 「私達?」 轟音、絶叫。 有機構造体の方向へと振り返るヴィータ。 先の砲撃によって構造体の一部が千切れ、其処から無数の敵性体が此方へと押し寄せて来る。 宛ら洪水の様に迫り来る敵性体群の影に、ヴィータは他の念話を全て無視してティアナへと叫ぶ。 「訳の解らない事ばかりだけど、話は後だ! とっとと此処からずらかるぞ!」 「いいえ、その必要は在りません」 思い掛けない否定の言葉。 思わずその場に留まり、ティアナの顔を見つめるヴィータ。 相変わらず、感情の読めない瞳で以って此方を見やるティアナは、何処かしら作り物めいて見える。 余り愉快ではない想像を振り払おうとするヴィータに対し、ティアナは続けて言葉を紡いだ。 「そうですね、ある意味では作り物といえるかもしれません。私自身はもう、これがハードウェアという訳ではありませんから」 「お前、さっきから何を言ってるんだ? 良いから逃げろ、死にたいのか!」 此方の思考を一方的に読みつつ、現状を無視するかの様な発言を繰り返すティアナに、ヴィータは苛立ちと不安感を募らせる。 目前の人物は、本当に自身が知るティアナ・ランスターなのか。 そんな疑問が、脳裏へと浮かんでは消えてゆく。 だが、彼女はそんな思考を振り払うと、強引にティアナの腕を掴んだ。 「来い! はやて達と合流して逃げるぞ!」 「ですから、必要ないと言っているんです。救援は、もう到着していますから」 救援は到着している。 その言葉を耳にし、ヴィータは一瞬ながら動きを止めた。 ティアナの言葉、その意味する処を理解する事ができなかったのだ。 そして直後、視界の全てを埋め尽くす、白光の爆発。 「があッ!」 全身が砕けんばかりの衝撃。 奪われる視界、麻痺する聴覚。 数秒、或いは十数秒後であろうか。 漸く視覚が回復してきた頃、ヴィータは目元を覆っていた手を退かし、周囲を見渡す。 そして目にしたものは、信じ難い光景。 「何が・・・どうなってんだ?」 ベストラの周囲を埋め尽くす、100隻を優に超えるXV級次元航行艦。 「言ったでしょう。「救援」だって」 「まさか・・・救援要請は・・・」 「ええ、成功しました。彼等は本局の防衛に就いていた、管理局の艦隊です。救援要請を受けて、被災者を救助する為に此処まで来たんです。本来は合流まで、あと数時間は掛かる筈でしたが」 完全に消失した巨大有機構造体、そして敵性体群。 つい先程までそれらが存在していた空間を見据えつつ、ヴィータは何が起こったのかを理解した。 先程の閃光、恐らくはアルカンシェルによる戦略魔導砲撃だ。 あんなものを受ければ、バイド生命体とて一溜まりも在るまい。 接近中であったドブケラドプス幼体群は、文字通りに塵も残さず消滅したのだ。 飛び交う念話、歓喜に満ちたそれら。 だがヴィータには、喜びを分かち合う事よりも、更に気に掛かる事柄が在った。 「ティアナ。お前、アタシ達に何が起こっているのか、知っているのか」 「ええ」 「それは、お前がやっている事なのか」 「はい。「私達」がやっている事です」 「「私達」ってのは、誰の事だ」 「私とスバル、ノーヴェの3人・・・「3機」の事です」 ティアナへと視線を移すヴィータ。 彼女は相変わらず、無表情のままに其処に在る。 歯軋りをひとつ、ヴィータは更なる問いを投げ掛ける。 「艦隊の到着は、本来ならあと数時間は掛かると言ったな。あれはどういう意味だ」 「そのままの意味です。彼等はまだ、第10層を通過している最中だった。それを、貴方達が此処へ「呼んだ」んです」 「・・・さっきから訳が解らない事を。呼んだってのはどういう事だ、何を意味してる? お前等は私達に、いいや・・・「何に対して」何をしたんだ!?」 ティアナの眼を正面から鋭く睨み据え、幾分か声を荒げるヴィータ。 ティアナとスバル、そしてノーヴェは「何か」をしている。 その「何か」は個人の魔導資質および魔導機関を無差別に強化し、魔法技術体系にとって有利な状況を作り出しているのだ。 だが、如何にしてそれを成し遂げているのか、そして「何か」とは具体的にどの様な事なのか、核心たる情報が一切に亘って齎されていない。 心強さよりも不信感が勝る事は、自然な成り行きと云えた。 だからこそ、自身の胸中に蟠るそれを払拭しようと、ヴィータは更に問いを投げかけようとして。 「少し、世界に干渉しただけです。皆の「願い」が叶う様に」 ヴィータは、続く言葉を呑み込んだ。 「願い」。 そのティアナの発言に、彼女は呆気に取られて黙り込む。 だが、続くティアナの言葉は、忽ちの内にヴィータを覚醒させた。 「ジュエルシードって、御存知ですよね?」 「・・・ああ、勿論」 「所有者の「願い」を叶える宝石。スクライア族が発掘し、次元航行艦の事故によって第97管理外世界へと拡散した後、次元犯罪者プレシア・テスタロッサ・・・フェイトさんの実母によって奪取されたロストロギア」 「お前・・・ッ!」 何故それを、何処まで知っているのか。 激昂し掛けるヴィータであったが、何とか今にも掴み掛かろうとしていた自身の手を下ろす。 無駄だと悟ったが為の、諦観を含んだ抑制。 恐らくティアナは、此方の記憶を仔細漏らさず把握しているのだろう。 ならば、何を知っていても不思議ではない。 「プレシアは、娘であるアリシア・テスタロッサの死体を蘇生する為に、ジュエルシードを欲した。彼女の「願い」を叶えようとしたんです。結局は邪魔されて、実現されなかったけれど」 「・・・アイツ等が間違っていた、とでも言うのかよ」 「まさか。どんな要因が絡んだのであれ、プレシアは制御に失敗した。それだけが事実です」 ティアナが頭部を傾け、背後の管理局艦隊へと横目に視線を投じる。 同じくヴィータも其方を見やれば、XV級に紛れた数隻の支局艦艇から無数の魔導師が飛び立ち、此方へと向かっていた。 その中に、見慣れた黒いバリアジャケットと赤い髪を見出し、彼女は僅かな安堵と共に息を吐く。 接近する魔導師達へと視線を固定したまま、言葉を紡ぐティアナ。 「僅か9個のジュエルシードでは、直接的に彼女の「願い」を叶える事はできなかった。では逆に21個のジュエルシード、その全てが彼女の手元に在ったのなら? 彼女の「願い」は、問題なく叶えられたと思いませんか?」 「・・・いい加減に黙れよ、テメエ。それとも」 「全てのジュエルシードが在れば、リインフォースを救えたとは思いませんか」 瞬間、ティアナの頭部付近から、甲高い衝突音が響く。 無表情のまま微動だにしないティアナ、驚愕に眼を瞠るヴィータ。 ティアナの左側頭部を狙って振り抜かれたハンマーヘッドが、一切の前触れ無く空間中に現れた、青い薄層結晶構造体によって進行を遮られていた。 衝突音は、結晶構造体とハンマーヘッドが接触した際に発せられたものだ。 想定外の事態に硬直するヴィータを余所に、ティアナは表情を変えないまま左耳部に掌を当てる。 「非道いですね。鼓膜が破れましたよ」 「お前っ、それ・・・!」 「気付きましたか。そうです、これはジュエルシードですよ」 言いつつ、ティアナはグラーフアイゼンによって砕かれた薄層結晶構造体の一部、指先ほどの大きさとなった欠片を手にした。 それを、ヴィータへと差し出す。 呆然と、思考すら殆ど停止したまま、それを受け取るヴィータ。 次いで、自身の手の内に在るそれへと視線を落とし、彼女は背筋に怖気が奔った事を自覚する。 間違い無い。 オリジナルより遥かに小さく、また不格好ではあるが、紛れも無くジュエルシードだ。 この瞬間でさえ、自身のリンカーコアへと圧力を掛ける、指先ほどの大きさしかない青の結晶体。 ティアナはジュエルシードの薄層構造体を「発生」させ、それを防御壁としてグラーフアイゼンの一撃を防いだのだ。 そして、彼女の一連の発言。 その意味が、不鮮明ながらも理解できた。 彼女は、彼女達は、恐らく。 「お前等、ジュエルシードを・・・!」 「はい、複製しました」 どうやって、という問い掛けは発せられなかった。 その問いを発する以前に、ヴィータは現状に対して答えを導き出してしまったのだ。 そして、そんな彼女の思考を読んだのか、ティアナが言葉を繋げる。 「私達のシステムが本格的に起動した直後、誰かがこう願った。「地球軍のインターフェースに匹敵する、瞬間的な情報通信技能が欲しい」と。システムはその「願い」が有用であると判断し、それを叶えた」 2人の周囲、幾人かの魔導師が集まり始めた。 ヴィータを含む、それら全員の意識が共有され始める。 これが「願い」の結果。 「次に、彼女が願った。「大切な人が傷付く世界なんか要らない、壊れてしまえ」と。不利な制約を壊して再構築する事は既に始めていたので、システムは負傷者の治癒能力を例外なく向上させる事で、別方向からその「願い」を叶えた」 自身の肩に手をやるヴィータ。 背面の負傷は、何時の間にか痛覚が消失していた。 感覚が麻痺したのではなく、完全に治癒してしまったのか。 これも「願い」の結果。 「そしてこれは、魔法技術体系に属する、あらゆる人々が願った。「もっと出力を、容量を、射程を、威力を」。既にシステムはそれを成すべく活動していましたが、更にジュエルシードの魔力を供給する事で「願い」を叶えた」 波動粒子にも似た、青い光を放つ魔力素。 だがそれは、波動粒子などではない。 ヴィータは気付く。 これは、ジュエルシードの色だと。 これもまた「願い」の結果。 「それでも、押し寄せる敵性体群を前に絶望した人々が、救援の手を求めた。「救援を、1秒でも早く救援の到着を」。システムは緊急性の高い案件と判断し、人工天体内部の管理局艦隊をベストラ周辺にまで転移させる事で「願い」を叶えた」 周囲の管理局艦隊を良く見やれば、全ての艦艇が青い光を放つ魔力素の残滓を纏っていた。 恐らくは転移の際に、ジュエルシードより供給される魔力によって、機関最大出力を数十倍にまで増幅されたのだろう。 艦隊に纏う魔力素は、その際にバイド及び地球軍からの干渉を避ける為に展開されたのであろう、大規模次元障壁の残滓らしい。 この信じ難い現象もまた「願い」の結果。 「一体・・・どれだけのジュエルシードを・・・」 「数を訊いても、意味は在りません。恒久的に動作する「願い」を叶え続ける為のシステムですから」 「その、システム・・・ってのは、ジュエルシードの事じゃないのか?」 ヴィータは、それが気になっていた。 周囲の魔導師達も、同様なのだろう。 疑問が渦となり、共有された意識へと浮かび上がる。 「少し違います。全てのジュエルシードを統括する存在、世界への干渉を制御する中枢機構です」 「その、中枢ってのは、何処に?」 『後ろだ!』 突然の念話、警告。 ヴィータは周囲の魔導師が、一様に此方へとデバイスを向けている事に気付く。 だが、彼等の狙いはヴィータではない。 彼等は彼女の背後、其処に忽然と出現した「何か」に驚愕し、各々のデバイスを向けているのだ。 そして、ヴィータの背後より叩き付けられる、余りにも強大な魔力。 徐々に呼吸が乱れ、全身の感覚が麻痺してゆく。 視界の端で明滅する、青い光。 ティアナが右腕を上げ、徐にヴィータの背後を指した。 「「それ」が、システムの中枢」 錆び付いた機械の様に緩慢な動きで、ヴィータは背後へと振り返る。 徐々に視界を埋め尽くしてゆく、青く眩い魔力光。 そして数秒後、漸く「それ」を視界の中心へと捉えた瞬間、ヴィータの意識へと膨大な量の情報が流入する。 その結果、彼女は眼前の存在、その「異形」の正体を、正確に理解した。 理解してしまった。 否、させられたのだ。 青い魔力光を放つ、その巨大な結晶体。 余りにも異様かつ、決して許容できぬ存在としての外観を備えた、その「異形」。 「「それ」が、皆の「願い」を叶えてくれる「魔法の宝石」です」 ジュエルシードによって構築された、R戦闘機。 「そして、今の「私達」の中枢でもある」 反射的に、ティアナへと振り返る。 同時に、空間中へと響く、異様な咆哮。 全ての人員が視線を前方へと投じる中、ヴィータはティアナと向かい合ったまま、ガラス球の様に無機質な彼女の瞳を見つめていた。 怖いと。 恥じる事もなく、ヴィータは思う。 目の前に居るティアナが、とても怖い。 恐ろしく無機質、恐ろしく冷徹、恐ろしく希薄。 その身に纏うのは、人間としての温かみではなく、機械の様な冷たさ。 しかし圧迫感を感じる訳ではなく、それどころか眼前に佇んでいるというのに、其処に何も存在していないかの様に希薄な気配。 実態ではなく、立体投写画像であると言われれば納得してしまいそうな、得体の知れない存在。 それは僅かに視線を上げ、実際の発声であるのかすら疑わしい、音としての言葉を紡ぐ。 「私達は、この奥へと進む必要が在ります。其処に、バイドの中枢が在る」 「バイドの?」 「ええ。バイドが宿る殻、単一個体として完成された存在「R-99」が」 飛び交う無数の警告。 艦隊の全艦艇が、一斉に魔導砲撃を放つ。 青と白の光の奔流が、轟音と共に「何か」へと殺到。 だが、ヴィータは振り返らない。 砲撃が着弾したのか、魔力爆発の光が周囲を埋め尽くし、爆音が響く。 支局艦艇からの報告、攻撃失敗。 大型敵性体、健在。 目標、急速接近中。 「此処は、バイドにとっての最終防衛線です。此処を突破すれば、空間歪曲を利用して一気に中枢まで肉薄できる」 「正念場、って事か」 「ええ。当然、バイドも必死です。此処を通過する為には、防衛の要となっている敵性体を撃破する必要が在る」 ティアナが、視線でヴィータを促す。 徐に振り返り、魔力爆発の中心を見やるヴィータ。 そして、その異形を視界へと捉えた。 息を呑むヴィータ、無感動に言葉を紡ぐティアナ。 「可能かどうかは、また別の話ですが」 異形が再度、咆哮を上げる。 コロニーで提示された記録映像、なのはのレイジングハートに記録された映像。 いずれの外観とも異なる、更なる進化を遂げたらしきそれ。 節足動物のそれと酷似した下半身は脚部を取り払われ、慣性制御機構らしき5基のユニットが連なった、昆虫の幼生の如き外観へと変貌している。 片部から背面に掛けては、後方へと伸長する3連ユニット。 肩部からは前上方へと伸長する、左右対称のポッド型構造物。 主腕部の他に追加された、胴部に2対、脚部ユニットに1対の副腕。 上半身と下半身の接続部左右側面、突き出した1対の砲身。 修復された頭部装甲、更に巨大化した額のレリック。 周囲に纏う、虹色の魔力の暴風。 聖王の鎧、カイゼル・ファルベ。 此方を見据えるかの様に、空間中の一点へと留まる、その存在。 「今度ばかりは、データは在りません。全てが未知数ですので、其処は覚悟して下さい」 「BFL-011 DOBKERADOPS TYPE『ZABTOM』」 「・・・クソッたれが」 吐き捨て、グラーフアイゼンをギガントフォルムへ。 ザブトムの周囲、転移によって無数のドブケラドプス幼体が出現する。 恐らくザブトムは、同種生命体群の中枢として機能しているのだろう。 推測に過ぎないが、これまでに得られたバイド生命体群に関する情報を基に判断すれば、的を射ている可能性は高い。 バイドの適応能力を考慮すれば、中枢たるザブトムを撃破したところで種全体の絶滅には到らないであろうが、数時間に亘ってドブケラドプス種の戦力を大きく殺ぐ事ができるだろう。 数十名と共有された意識の中、結論は下された。 この場に於いて、ザブトムを撃破する。 それ以外に、選択肢は存在しない。 「やるしかねえんだろッ!」 咆哮。 2個の大型鉄球を生み出し、頭上の宙空へと放る。 ヴィータはグラーフアイゼンを振り被り、身体全体を大きく傾けて宙空の鉄球を睨み据えた。 共有意識を塗り潰す、壮絶な殺意。 もはや抑制など叶わず、その必要性すらも感じない。 意識の奥底より沸き起こる、漆黒にして激烈なる感情。 諦観、嫌悪、哀情、憎悪。 視線の先の存在、そして背後に位置する存在。 巨大なバイド生命体、そして嘗ては「ティアナ」であった、理解し難い存在に対するそれ。 強烈な衝動によって突き動かされるがまま、彼女は叫ぶ。 「要は、アレをぶっ殺すしかねえって事だろ!? ティアナ・・・いいや!」 己が否定と拒絶とを形と成し、決して認められぬそれらへと叩き付けんが為に。 決して相容れぬ異質なる存在、その全てを否定せんが為に。 有らん限りの殺意を爆発させ、破壊の象徴たる鉄槌を振り抜く、その直前。 ヴィータは、あらゆる負の感情を込め、絶叫した。 「この「化け物」め!」
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ノーヴェは戸惑っていた。 彼女の眼前で炎を噴き上げる、比較的大型の自律移動型反重力浮遊砲台。 砲撃魔法を撃ち込まれ上部砲塔を失ったそれは、砲塔基底部跡より火山の如く業火を吐き続ける。 縦幅・横幅共に8m四方、全高は約2m、吹き飛んだ砲塔を含めれば4m。 ほぼ正方形、大型装甲車両の車体を思わせる反重力式駆動部上方に全方位旋回砲塔を備えたそれは、攻撃隊との合流直後にノーヴェ達へと襲い掛かってきたのだ。 頭上で瞬いた光に、攻撃隊は咄嗟に散開。 その素早い行動が幸いし、隊員が砲弾の直撃を受ける事はなかった。 しかし、床面への着弾と同時に発生した爆発の余波までは回避し切れず、続く砲弾の連射も相俟って攻撃隊は散り散りとなる。 ところが、敵もまた標的が散開した事によって、決定的な隙を作り出す事となった。 意図して離脱を遅らせたノーヴェへと砲塔の照準が合わせられるや否や、高速直射弾と砲撃魔法が異形の浮遊砲台へと殺到。 頭上より放たれ続ける砲弾の雨を、ノーヴェはジェットエッジとエアライナーにより巧みに躱し、ガンナックルより放たれる高速直射弾にて敵を撹乱する。 四方より包囲射撃を受けた異形は忽ちの内にその装甲を剥がされ、更にはウイングロードにて急速に接近したスバルが放った魔力スフィアによる打撃、ディバインバスターA.C.Sにより内部より爆発、上部砲塔が完全に吹き飛び機能を停止した。 建設者の正気を疑う程に広大な物資輸送路、床面より50mはあろうかという高度から、炎を噴き上げつつ落下する駆動部。 床面へと接触したそれは激し衝突音と火花を撒き散らし、一度だけ僅かに跳ね返ると再び落下、そのまま静止した。 迂闊に再接近する事を避け、幾度か射撃魔法を撃ち込んで反応の有無を確かめる。 完全に沈黙した事を確認し、漸く残骸へと歩み寄る攻撃隊。 其処で上方を見上げた彼等は、奇妙な事に気付いた。 異形が潜んでいたと思われる場所が、無い。 上部構造物の至る箇所を見渡しても、この浮遊砲台が出現したと思しき通路、或いは視認を妨げる可能性のある箇所が何処にも見当たらないのだ。 単に攻撃隊が見逃していた、という可能性はない。 彼等は合流までの十数分間、この場に於いて常に厳重な警戒態勢を維持していたのだ。 そんな彼等が頭上に潜む異形の存在に気付かない、等という事はある筈がない。 だとすれば、この浮遊砲台は如何にしてその存在を隠匿していたのか。 魔力による認識阻害か、光学迷彩か、或いは管理局が与り知らぬ何らかの科学技術による隠蔽か。 誰もが砲台の出現経緯に気を取られ議論する中、ノーヴェは全く別の事に意識を奪われていた。 それは、彼女の眼前で業火に包まれゆく異形、其処から漂う異臭である。 高熱に歪む鉄塊から放たれるそれとは別に、もうひとつの臭いが周囲へと漂い始めていたのだ。 ノーヴェは、その臭いに覚えがあった。 最近の事だが、何処かでその臭いを嗅いだ事がある。 一体、何処か。 次の瞬間、ノーヴェの脳裏へとフラッシュバックの如く押し寄せる、記憶の奔流。 それは衝撃となり、彼女の意識を揺さ振った。 決して忘れられない、忘れてはならない記憶。 そうだ。 自身は、この臭いを知っている。 クラナガン西部区画、今は第9・第10廃棄都市区画と呼称される其処で、嫌という程に味わった空気。 瓦礫の下、生命を失い、或いは生きながらにして紅蓮の波に呑まれていった、30万人の命の臭い。 都市を覆い、大気を歪ませ、局員・民間人を問わず無数の人々の精神を蝕んだ異臭。 蛋白質の、有機物の焦げる臭い。 「・・・ノーヴェ」 背後より掛けられた声に、ノーヴェは振り返る。 其処には、彼女と同様に表情を強張らせたスバルの顔があった。 その後方には、やはり同様のセインも。 恐らく2人も、この臭いに気付いたのだろう。 攻撃隊の幾人かも手で鼻を覆っては、微動だにせず異形の残骸を見詰めていた。 彼等はあの日、クラナガン西部に居たのだろうか。 「スバル・・・セイン・・・」 「ノーヴェも・・・気付いたんだね? この臭い・・・」 「・・・当たり前だ」 言葉を返しつつ、ノーヴェは異形の全貌を見やる。 立ち込める異臭は、更に強くなっていた。 『スバル、ノーヴェ、セイン。こっちに来て。始めるわよ』 『何を?』 ティアナからの念話。 スバルが念話を返す様を、ノーヴェは何とはなしに聞いていた。 『取り敢えず、可能な限り広範囲までサーチャーを飛ばすわ。生命反応を探ってみる。その砲台は半有機体みたいだから、同型が存在するなら多かれ少なかれ反応は出る筈よ。取り敢えず反応数を減らしたいから集まって』 『了解』 やり取りが終わると、3人は即座に攻撃隊の面々の許へと走る。 彼女等と入れ替わる様にして複数のサーチャーが放たれ、広大な物資輸送路の奥、薄闇の先へと消えた。 全てのサーチャーが視界から消えると、ノーヴェはサーチャーを操る最寄りの隊員へと声を掛ける。 「反応は?」 「取り敢えず、通過経路は全てサーチしているけど・・・妙ね」 ノーヴェの問いに対し、訝しげに表情を歪める隊員。 その様子を疑問に思ったのか、今度はセインが問い掛けた。 「どうしたの?」 「おかしいのよ・・・生命反応はあるのだけれど、位置が特定できないの。反応が周囲の構造物に伝播している・・・まるで通路全体が生命反応を放っているみたい」 「そんなばかな・・・」 セインの呟きを意に介する事もなく、彼女はサーチャーを展開する他の隊員へと念話を送る。 だが皆、一様に首を横に振ると、同様の結果が得られた事だけを念話として返してきた。 「どういうこと・・・?」 「ジャミングか・・・それとも反応が余りにも微弱で捉え切れないのか・・・」 「おい皆、ちょっと来てくれ」 すると突然、別の隊員が声を上げる。 そちらへ目をやると、彼はデバイスを通じて展開した端末へと向かって手を伸ばし、何やら操作を行っていた。 デバイスから1本のコードが延び、その先端は床面の解放された小さなパネル内のジャックへと差し込まれている。 皆がその隊員へと向き直るや否や、彼は声を発した。 「この施設の構造図をダウンロードしたが・・・どうも妙だ。サーチャーの探索結果と、構造図のサイズが一致しない。輸送路の横幅は最大で12m前後、高さは9mほど構造図を下回っている。此処も例外じゃない。上下の空間に8mほど差異がある」 「・・・何かの間違いでは?」 「この構造図が現状の施設と異なっているのか、或いはサーチャーの方に問題があるのか・・・いずれにせよ、輸送路に関しては規模以外に大した差異はない。400m先、反重力カーゴ待機所のゲートを潜れば連絡通路がある。後は200mほど進めば八神二佐達と合流だ」 端末を閉じ、コードを回収する隊員。 ノーヴェ等は一様に己が武装・デバイスを構え直し、輸送路の奥を見据える。 「・・・行きましょう」 この場を纏める隊員の声に、皆が応を返した。 周囲を警戒しつつ、400m前方に位置する反重力カーゴ待機所を目指す。 しかし重苦しい沈黙に耐え兼ねたのか、直にセインの念話がノーヴェの意識へと飛び込んだ。 『ねえ』 『何だよ』 『あの砲台さ・・・何か、変だよね?』 『この施設に変じゃないところなんかあるもんか』 『そうじゃなくてさ・・・あれ、蛋白質の焦げる臭いがしたけど、どう見ても金属だったよね?』 『セイン、何が言いたいの?』 セインとノーヴェの念話に、ティアナが割り込む。 どうやら彼女も、2人の間で交わされる念話に興味を抱いたらしい。 見れば他の隊員も、興味深げに彼女等の様子を窺っていた。 『いや、ひょっとするとさ・・・あれって、構成組織を有機物・無機物の両方にシフトできるんじゃないかって・・・』 『・・・何、言ってるんだ?』 『セイン、どういう事?』 自身へと向けられる複数の視線に、セインは何処か戸惑った様子で首を振る。 どうやら彼女も、確信を持って言葉を紡いだ訳ではないらしい。 『いや、さ・・・あたしが皆を見付けた時、潜れない壁があったって言ったでしょ?』 『そういえば・・・そんな事、言ってたね。それで?』 『あたしのISはさ、特殊な処理の施されていない無機物への潜行だって事は知ってるよね? 逆に言えばそれ以外のもの、有機物とか障壁の張られた物質への潜行はできない訳』 『そうだな』 『それでさ・・・さっきの構造図の話だけど、実際にはその図面より通路が狭いんだよね?』 『ああ、そうだが・・・』 セインの問いに、施設構造図をダウンロードした隊員が答える。 未だ殆どの隊員が疑問を表情へと浮かべる中、ノーヴェを含む数人がセインの言わんとする事柄に気付いた。 『まさか・・・』 有機物と無機物、双方の性質を併せ持つ異形の砲台。 輸送路全体から検出される生命反応。 構造物とサーチャーの探索結果との間に生じた差異。 ディープダイバーによる潜行を阻む壁。 『あの敵は、この施設の・・・』 『前方600、魔力反応!』 続くセインの言葉は突如として放たれた警告と、前方から響く轟音に掻き消された。 咄嗟に構えを取ったノーヴェ等の視線の先、闇の奥に大量の火花が散り、魔力光が迸る。 数百mに亘って分厚い合金製の壁面を打ち破り、輸送路へと押し寄せる褐色の波。 その中心、暗黒の光を放つ巨大な球体の中から、全てを呪わんとするかの如き咆哮が響き渡った。 次の瞬間、球体は急激に膨れ上がり、周囲へと闇色の波動が零れ出す。 そして、一瞬にして倍近い大きさにまで膨張したそれは、僅かな綻びを見せ。 直後、7条の光が球体を撃ち抜いた。 球体周囲の構造物が文字通りに「石化」してゆく様を呆然と見つめながら、ノーヴェは破裂する球体の内に宿った存在の影へと視線を釘付けにされる。 巨大な顎に並んだ牙、頭部を囲む巨大な紅い4本の角、鋼色の装甲に覆われた巨大な四脚と両腕、機械的な胴部、漆黒の翼。 そして、その頭部に半ば埋め込まれる様にして存在する、女性の上半身。 鋼色の髪を振り乱し、紅い光を放つ双眸を攻撃隊へと向ける「彼女」を前に、ノーヴェは自身を襲う感覚に慄く。 心臓を鷲掴みにし、脊髄を駆け上がるそれの正体を、彼女は知っていた。 押し込めようとも際限なく沸き起こり、しかし無視する事もできない感覚。 それが今、ノーヴェを襲っていた。 そして、「彼女」はそれを知っているかの如く、ノーヴェへとその双眸を向ける。 「彼女」が機械の瞳の奥に何を見たのか、それを知る術はない。 しかし「彼女」は、確かにノーヴェのそれを読み取った。 彼女の怯み、そして全ての攻撃隊員の怯みを。 合金製の壁面に開いた巨大な穴、新たにその奥より飛来した石化の光すら、「彼女」の注意を引くには値せず。 悲鳴とも、雄叫びとも取れる甲高い叫びと共に「彼女」は、その膨大な魔力を解き放つ。 破壊と混乱の最中、輸送路上部構造物表面が不自然にざわめいた事に気付いた者は、誰1人として存在しなかった。 * * 巨大な攻性バイド体と交戦する、管理局部隊の一団。 その反応を捉えつつも、彼等はその場を動こうとはしなかった。 周囲を警戒しつつ、インターフェースを通じて視界へと拡大表示された巨大なゲート、その表面に刻まれた名称を眺める。 「MPN134340-Orbital BIONICS LABORATORY」 小惑星134340号。 嘗ては太陽系第9惑星と呼称されていた準惑星、冥王星の衛星軌道上に建造された大規模軍事技術研究施設。 当初は衛星カロン上に建造される筈であったそれは、対バイド戦線の余波によってカロン崩壊の可能性が浮上するに当たり、軌道上に浮かぶ巨大な研究コロニーとして計画を修正された。 西暦2163年、第一次バイドミッション終了直後に構築が始まったそれは、火星軌道上で建造されていた各ブロックを自律推進機能にて移動、冥王星軌道上で合体させる事により僅か2ヶ月で完成。 以降、施設は増築を繰り返し、民間都市コロニーに匹敵する程の規模を誇るまでに至る。 規模が膨れ上がるにつれ、それに比例するかの様に研究速度は飛躍的な向上をみせ、軍へと齎される対バイド兵器はより強大なものへと移行していった。 その進化速度は留まるところを知らず、一時はNGC5139戦線全域に於いて、攻性バイド体の89%が殲滅された程だ。 対バイドミッションそのもの成否が、この施設の研究結果に懸かっているとまで謳われた事も、強ち大袈裟とは言えない。 しかし、軍からの賞賛を欲しい侭にしたその栄光の歴史も、施設の完成から僅か5年後に幕を閉じる事となる。 2168年1月17日、午前2時05分。 有機質兵器研究区にて、システム凍結状態にあった第6世代メタ・ウェポノイド群が起動、暴走を開始。 それらは施設内の人間には目も呉れず、只管にバイド生命体の反応源へと攻撃を繰り返した。 培養槽、除染システム、資材搬入路、最終処分場。 人類が施したプログラム通り、メタ・ウェポノイド群は忠実にバイドを攻撃した。 通常の機器では検出できない、極僅かな残滓でさえ見逃さずに。 それが除染し切れなかった単なる残存反応であるのか、意図せず起こった漏洩であるのかさえ区別せずに、完全に消失するまで。 たとえ目標が居住区に近かろうが、攻撃の射線上に研究者の一団が存在しようが、外部宇宙空間との隔壁に損傷が及ぼうが、決して殲滅行動を中断する事はなく。 狂乱の宴は、破壊された培養槽より漏洩したバクテリア型バイド体が、施設を汚染し尽くすまで続いた。 汚染拡大に対し、メタ・ウェポノイド群は炉心暴走による施設の物理的完全消去を選択。 メインシステムに対する強制介入を開始するも、強固なプロテクトにより炉心制御システムへのハッキングは成功しなかった。 そして、その間にもバクテリア型バイド体は世代交代を重ね、爆発的進化及び増殖を遂げる事となる。 それらはあろう事か、メタ・ウェポノイド群への侵蝕を開始し、メインシステムに対する電子戦闘に追われるその制御中枢を次々に汚染、同化していった。 午前5時18分。 メタ・ウェポノイド群、沈黙。 施設内の生命維持装置がダウンし、僅かに汚染状況下にて生き長らえていた研究員達も、残らず死亡した。 犠牲者数、6083名。 脱出に成功したかにみえた186名も、汚染された迎撃システムにより脱出艇ごと宇宙の藻屑と消えた。 同年2月28日、軍は施設に対する強襲作戦を決行。 しかし汚染されたメタ・ウェポノイド群は、施設構造物と同化・擬態した状態にて強襲隊を迎撃。 突入した8機の「R-9K SUNDAY STRIKE」及び4機の「R-9DV TEARS SHOWER」の計12機は、突入から約4時間に亘る熾烈な戦闘の果てに全滅した。 強襲隊の全滅を確認した第22深宇宙遠征艦隊は、施設に対する核攻撃を実行。 ところが、艦隊より発射された8基の中距離星間巡航弾は、施設を防衛する攻撃衛星群から放たれた陽電子砲により悉くが撃墜されてしまう。 仕舞いには異層次元航行巡航弾による弾頭の施設内部への直接転送すら試みたのだが、40基を超える攻撃衛星群からの苛烈な陽電子砲の砲火と、施設内部から溢れ返るメタ・ウェポノイド群の急速接近により、攻撃は遂に実行へと至る事はなかった。 包囲網を構築する第22深宇宙遠征艦隊、その目前で施設そのものが異層次元へと消えてしまったのだ。 結局、施設が制圧されたのは、翌2169年7月9日。 第三次バイドミッション「THIRD LIGHTNING」の最中であった。 異層次元に於ける殲滅対象となった同施設は、R-9/0 RAGNAROK-ORIGINALによる突入を受け、内部に巣食うメタ・ウェポノイド群及び自己進化促進により発生した制御系統括体を交戦の末に喪失。 制圧後、強襲連隊が内部へと突入し、可能な限り研究データを回収した。 その後、軍は同施設をTHIRD LIGHTNING最終作戦領域、電界25次元へと転移させる。 そしてミッション終了直後、同異層次元が次元消去弾頭により破壊されると同時、施設もまた完全に消滅した筈であったのだ。 ところが今、その施設は彼等の目前に存在していた。 隔離空間内、人工天体内部。 其処に取り込まれた、数多の巨大施設のひとつとして、彼等の前に。 この施設は次元消去弾頭の炸裂により、電界25次元と諸共に消滅したのではなかったか? まさかバイドが、弾頭炸裂前に再度の転移を実行したというのか。 施設内部のメタ・ウェポノイド群は、制御系統括体は健在なのか? 今この瞬間、管理局部隊が交戦しているのは、あの「悪夢」なのだろうか。 と、インターフェース越しに、僚機からの通信が入る。 発声を介さずして送られたそれは、目標バイド体が管理局部隊に対する攻勢を開始したとの内容だった。 無視するか、それとも介入するか。 意見を求められた彼は、暫し黙考する。 仮に介入を選択したとして、こちらに齎されるメリットとは何か。 一時的ではあるが、管理局との和解・交渉に至る糸口。 A級バイド生命体の排除による、後続部隊の安全確保。 同時攻撃個体数の増加による、被攻撃リスク拡散。 では、デメリットは? 管理局部隊に対する存在隠匿の破棄。 A級バイド生命体による、管理局部隊排除の阻害。 管理局部隊からの被攻撃リスク発生。 管理局か、バイドか。 バイド殲滅と後続部隊の安全確保だけを優先するのならば、管理局部隊の全滅後に突入する選択が最良だろう。 しかしクラナガンでのケースと同じく、此処で一時的にでも共闘態勢を取る事ができれば、少なくとも行く先々で管理局部隊と砲火を交える事態は回避できるかもしれない。 だからといって、彼等が健在である内に介入する必要性は皆無。 彼等の戦力がある程度に消耗された状態で、不意を突き突入する事が望ましい。 数秒の思考の後、彼は返答となる指示を発した。 やはりインターフェースを通じ、発声というプロセスを省いて。 『突入に備えろ。カウント120』 6つのロックオンマーカーが、標的を求めて視界内を翔け始めた。 * * 無数の触手、それらの先端に備えられた巨大なレンズから、光圧縮魔力の光線が放たれる。 空間を薙ぎ払う数十条のそれを、ある者は躱し、またある者は障壁を以って受け止めた。 そんな中、はやてはザフィーラを含む数人の隊員による鉄壁の防御の中、詠唱を紡ぐ。 「仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ」 立方体方のスフィアが4つ、はやての頭上へと展開。 左手に夜天の書を、右手にシュベルトクロイツを携え、眼下の「彼女」を見据える。 膨大な魔力を感知したか、「彼女」ははやてへとその双眸を向けると、数本の触手を夜天の王へと向けた。 しかし次の瞬間、それらのレンズに緋色の魔力弾が直撃、集束中の魔力が暴発する。 爆音と共に弾け飛ぶ触手を無感動に見つめつつ、はやてはシュベルトクロイツを「彼女」へと突き付けた。 「来よ、氷結の息吹。アーテム・デス・アイセス」 その瞬間、4つのスフィアは流星と化し、「彼女」の周囲へと突き刺さる。 そして、炸裂。 白亜の爆発が全てを呑み込む中、攻撃隊員達は「AC-47β」による強化を以って展開された障壁によって自身を護る。 障壁を展開しているのは、はやての防御を解いた腕利きの結界魔導師達だ。 彼等は見事に氷結の爆風を防ぎ切り、次いで瞬時に攻撃のバックアップに移る。 周囲全ての構造物までもが凍り付く中、それでもはやては、そしてヴォルケンリッターを含む攻撃隊は、「彼女」を打倒できたと考えてはいなかった。 そして、その思考を裏付ける様に、冷気の中から甲高い「声」が響き渡る。 「撃て!」 「ォオオオォォッ!」 「ぅりゃああぁぁぁッ!」 「ッあああぁぁぁッ!」 瞬時に高速直射弾の弾幕が冷気の中心へと撃ち込まれ、スバル、ノーヴェ、ヴィータの3名が、各々に雄叫びを上げつつ突進を開始。 凍り付いた触手を弾幕が砕きゆく中、3人は僅かに揺らめいた人影、即ち「彼女」へと全力の一撃を打ち込んだ。 しかし。 「な・・・ッ!?」 「障壁!?」 「やっぱりか・・・ッ!」 拳、脚、戦槌。 それら全てを受け止め遮る、半球状の巨大な障壁。 魔力・物理複合障壁。 『離れて下さい! あれは4重の複合障壁です!』 『障壁を破壊する! 巻き込まれるな!』 シャマル、そして攻撃隊員の警告。 スバル達が後方へと飛び退いた直後、複数の砲撃が放たれると共に、それぞれ槍と剣のアームドデバイスを構えた2名の隊員が障壁へと走る。 氷結した触手の森を鋼色の光が薙ぎ払い、複数発の砲撃が2層の障壁を貫通・破壊し、残る2層の内1層を近代ベルカ式の隊員2名が一撃の下に破壊。 更には後退したヴィータが、一瞬にしてギガントフォルムへと変貌させたグラーフアイゼンを振り被り、「彼女」の直上へと打ち下ろす。 「ッらああぁぁぁッ!」 巨大なハンマーヘッドが障壁を打ち据えた、その数瞬後。 分厚いガラスが砕け散る様な音と共に、最後の1層が粉砕された。 同時に、集束を終えていた2名の砲撃魔導師が、2方向から交叉する様に砲撃を放つ。 射線上の全てを抉り、消し去りつつ、2条の砲撃は「彼女」の胸部、そして下部の巨大な顎の中心へと突き立った。 「彼女」の身体は文字通りに消滅、口部は大量の魔力素を撒き散らしつつ苦痛の咆哮を放つ。 そして、「彼女」のその様を見やりつつ、はやては最後の一手を繰り出すべく詠唱を紡いだ。 「響け、終焉の笛」 『総員、退避!』 再び、シャマルの警告。 攻撃隊は直ちに後退、結界魔導師の展開する障壁の後方へと滑り込む。 直後、最後のトリガーボイスが紡がれた。 「ラグナロク」 閃光。 貫通属性を付与された3条の光が放たれ、それらは着弾地点を違える事なく「彼女」を撃ち貫いた。 膨大な魔力の奔流は「彼女」のみならず、その向こう、氷結或いは石化した施設の構造物までをも貫きゆく。 凄まじい轟音と振動、そして砲撃の余波が攻撃隊をも襲う中、はやては吹き上がる粉塵と魔力炎の向こう、「彼女」がその身を置く空間を見据えていた。 「・・・シャマル」 「反応、ありません。コアの存在すら、もう・・・」 「さよか」 はやてとシャマル、共に抑揚のない声で確認を済ませると、2人は沈黙のままに揺らめく魔力炎の壁を見つめる。 攻撃隊は警戒を解く事なく各々の得物を爆炎の中心へと向けていたが、やがて目標を排除したと判断したのか、緊張を緩めた。 はやての脳裏に、ヴィータからの念話が響く。 『えらく・・・呆気なかったな』 『・・・そやな』 『あの時とは状況が違う。我々は「AC-47β」による魔力増幅を受けているし、そもそもあれが「オリジナル」と同等の能力を有していたとは限らんだろう』 はやての傍ら、ザフィーラが無機質に言い放つ。 彼は守護獣としての姿のまま、「彼女」へと相対していた。 まるで「彼女」が、自身の知るそれではないと云わんばかりに。 そしてはやて自身、同じ思考を抱いていた。 何もかもが劣化している。 バイドの侵食が結果として劣化を誘発したのか、単に虚数空間での消耗を回復する術が無かったのか。 或いは粗悪な「模造品」だったのかもしれない。 あの、本局とクラナガンを襲った、2隻のゆりかごの様に。 それとも、単純戦力としての機能など、端から想定されてはいなかったのか。 ただ単に、こちらの精神的動揺を誘発する為だけに「彼女」、闇の書の「防御プログラム」を復活させたというのか。 「はやてちゃん・・・」 「シャマル、索敵」 気遣う様なシャマルの声を遮り、はやては周囲警戒を促す。 何処までも空虚な瞳。 抑制された感情を僅かたりとも面へと表す事はなく、淡々と指示を下し始める。 今は、余計な事を考えたくはなかった。 意味の無い恨み言、泣き言ばかりが脳裏へと浮かび続けている。 多少は無理をしてでも抑え込まねば、周囲を憚らずに叫び出してしまいそうだった。 自分は指揮官なのだ。 今この状況に於いて、仮初めとはいえ20名超の命を預かっている。 決して、指揮官が取り乱す訳にはいかない。 シャマルの視線、そして同じくはやてを気遣うヴィータの念話を、意図的に無視するはやて。 そんな彼女の内心を理解したのか、2人からの念話はそれきり途絶えた。 ザフィーラは沈黙しているが、はやてはその態度こそが彼の気遣いなのだと理解していた。 ティアナ達は次の指示を仰ぐまでもなく、周囲警戒に移行している。 そして攻撃隊に集合を促し、サーチャーを飛ばすよう命じた、次の瞬間。 「主ッ!」 「なッ!?」 瞬時に人型となったザフィーラが、はやてを押し倒す様にしてその場へと伏せる。 衝撃。 直後、彼女は自身の身体が、ザフィーラもろとも宙を舞っている事に気付く。 巨大な空気の振動に鼓膜が機能を放棄し、不気味な静寂が聴覚を満たす中、激しく乱れ動く視界の中に幾つもの顔が映り込んだ。 ティアナ、スバル、ノーヴェ、セイン。 シャマル、ヴィータ、その他の攻撃隊員達。 皆一様に、驚愕と戦慄が綯い交ぜとなった表情を浮かべていた。 一体何が、等と考える間もなく、はやては吹き飛ばされ、更に床面へと叩き付けられる。 そのまま十数mを転がり、視界が暗転。 しかしザフィーラが身を以って彼女を庇った為か、数秒で闇が晴れる。 身を起こそうと試みるが、身体が上手く動かない。 脳裏では、悲鳴の様なリィンの声が響き続けていた。 『はやてちゃん! はやてちゃんっ!』 『リィン・・・何が起こったん・・・?』 問い掛けようとした声は音にならず、念話として発せられる。 何とかゆっくりと動き始めた自身の腕を他人事の様な感覚で見つめながら、はやては自身の状態を確認しようと努めた。 と、彼女の腕を掴み引き上げる、誰かの存在を感知。 ザフィーラだった。 視界に映る褐色の肌に、はやては彼の無事を確認し安堵の思いを抱く。 しかし数瞬後、その思いは完膚なきまでに砕かれた。 「ザフィーラ・・・?」 「主、暫く」 はやての声に対し短く返し、「何か」との交戦に入った攻撃隊の許へと、彼女を抱えたまま疾風の如く走るザフィーラ。 その身体が揺れる度に、はやての顔へと熱い液体が降り掛かる。 濃密な鉄の臭い。 視線を上げた彼女は、その先に余りにも凄惨な光景を捉え、引き攣った悲鳴の様な声を上げる。 「・・・ッ! ザフィーラッ!」 はやての視界に映り込む、紅い飛沫を噴き上げる傷。 ザフィーラの左側面、そのほぼ全てを覆い尽くすそれは、通常であれば即座に死へと至っても不思議ではない程のものだった。 皮膚が、無い。 肩口から指先まで、ほぼ全ての皮膚が破れ、皮下組織が剥き出しとなっている。 それだけに留まらず、少なくとも3つの裂傷が腕を走り、左耳は顎下からこめかみに掛けての皮膚もろとも、跡形も無く剥がれ落ちていた。 にも拘らず、彼は一切の苦痛を表す事なく、はやてを抱えたまま走り続ける。 「ザフィーラッ! もうええ! もうええからっ! 自分で飛べる! 下がって・・・」 「敵は粉塵と魔力炎に紛れ、目視する事は叶いません。現在、ヴィータとナカジマ、ノーヴェが撹乱を、射撃魔法に特化した者達が攻撃を担当していますが、包囲を破られるのは時間の問題です。主、御指示を」 「そんなッ・・・!?」 彼を気遣う言葉は、他ならぬ彼自身により斬り捨てられた。 自身の負傷を意に介する素振りなどまるで無く、只管に交戦中の攻撃隊を目指す。 もはや我慢ならず、はやては三度叫んだ。 「無茶や! そんな怪我で動き続けたら死んでまう! もうええから・・・」 「主はやて!」 これまでに聞いた事がない程に苛烈なザフィーラの叫びに、はやては思わず身を竦ませる。 しかしその声とは裏腹に、彼は穏やかさえ感じられる目を以って彼女を見つめていた。 そして彼は、はやてへと語り掛ける。 「皆が、貴女を待っています」 その言葉にはやては息を呑み、そして理解した。 彼は、彼自身の惨状と不意を打っての強大な攻撃に、一時的にとはいえ萎縮したはやてを、彼なりの言葉で以って激励しているのだと。 応えない訳にはいかなかった。 自身は彼等の主、夜天の王なのだ。 命を掛けて自身を護り続ける、守護騎士にして家族たる彼等、ヴォルケンリッター。 ザフィーラは重度の負傷を押して自身を助け守り、ヴィータは最前線にて戦い続け、シャマルも敵に対する捕捉と解析を行っているだろう。 そして、彼女。 シグナムもまた、戦っている。 白亜のベッドの上、無数の機器に繋がれ治癒結界に覆われ、死という絶対的な概念と戦い続けているのだ。 此処で自身が、王たる者が戦いを放棄する事など、如何してできよう。 「シャマル!」 はやては叫ぶ。 答えは、念話としてすぐに返った。 ただ彼女の名を叫んだだけの声に対し、最も適切な情報を以って。 『魔力反応なし、リンカーコアも確認できません。敵性体、詳細不明。狙いは不正確ですが、電磁投射砲と思われる高火力兵装による弾幕を形成しています。攻撃隊は射界外へと逃れていますが、施設の破壊に伴う粉塵と爆発の為、敵の全貌を窺う事ができません』 『了解! ザフィーラ!』 その念話の指示せんとするところを正確に理解したザフィーラは、応を返しつつ更に速度を上げる。 はやては顔に当たる風が更に勢いを増す事を感じつつ、今更ながらに自身とザフィーラが百数十mにも亘って吹き飛ばされていた事を知った。 恐らくはシャマルの言う電磁投射砲、所謂レールガンの弾体通過に際しての衝撃波を受け、吹き飛ばされたのだろう。 本来ならば全身を引き裂かれていてもおかしくはないのだが、それは全てザフィーラがその身を持って受け止めていた。 ならば、はやてのするべき事はひとつ。 『撹乱担当は後退! 砲撃魔導師は集束砲撃の準備を! 露払いは私がやる!』 「鋼の軛ッ!」 はやてを抱えていた腕が離れ、閃光と共に鋼色の大蛇が粉塵と魔力炎の中心へと突き立った。 それらが圧倒的弾速を誇るレールガンの弾幕によって破壊される様を見届ける事も無く、はやては自身の詠唱を紡ぐ。 「刃以て、血に染めよ・・・穿て、ブラッディダガー!」 魔力炎の壁、その周囲へと具現化する、無数の真紅の短剣。 次の瞬間、それらは放たれた矢の様に飛翔し、炎の向こうへと突き立った。 爆発。 総数30超の実体を持つ剣が、「何か」への接触と同時に炸裂する。 「彼女」の叫びが聴こえてくる事はない。 あの炎の向こうに存在するものは、「彼女」ではない。 「今や!」 念話、そして発声の双方にて叫ぶはやて。 直後、7条の砲撃が宙を翔け、更には無数の高速直射弾が「何か」へと叩き込まれる。 壮絶な余波に魔力炎が掻き消えたのも一瞬の事、次の瞬間には更なる爆炎と衝撃波が発生し、轟音が聴覚を埋め尽くした。 振動、更に爆発。 もはや輸送路壁面には、防御プログラムの出現時に開けられたそれを上回る巨大な穴がもうひとつ出現し、直径が60mを超えるそれは火口の如く炎を噴き出し続けている。 相変わらず炎に沈む目標の姿は窺い知れないが、これ以上は行動する余力もあるまい。 『シャマル、確認!』 『反応、全種失索。魔力反応も変わらず、一切検出されません』 『砲撃魔導師各位、再攻撃準備!』 しかし思考とは裏腹に、はやては再度の攻撃を命じていた。 砲撃魔導師が順次「AC-47β」の強制排出機構を作動させ、圧縮魔力を放出。 はやても同様に腰部のポーチから圧縮魔力を放出、それが止み次第、再度ラグナロクの詠唱に入る。 得体の知れない目標を、確実に打倒する為。 「響け、終焉の笛・・・」 そして、シュベルトクロイツが頭上へと掲げられ、トリガーボイスが紡がれる。 白き破滅の雷光が、巨大な正三角形のベルカ式魔方陣より放たれんとした、その時。 「ラグナ・・・ッ!?」 「主ッ!?」 青い燐光を纏った矢が、魔力炎の壁を打ち破り飛来した。 辛うじて視界へと捉える事のできたそれは瞬時に爆発的な加速を得ると、あまりの接近速度に満足な回避手段も取れないはやての側面、数mの空間を貫いて飛翔する。 残されるは強大な衝撃波と大音響、矢より噴き出す紅蓮と白の尾だけ。 ミサイルだ。 不幸中の幸い、未だ加速段階にあった事もあり、吹き飛ばされるだけで済んだはやては、しかしすぐさま飛翔魔法により体勢を立て直すと、ミサイルの特徴を脳裏で反芻する。 弾頭が、光っていた。 波動砲のそれに酷似した、青白い燐光。 それが、ミサイルの弾頭を覆っていたのだ。 何だ、あれは。 まさか、波動砲に準ずる戦術兵器なのか? 数瞬後、はやてはミサイルに対する考察を中断し、あれを放ったであろう炎の奥の存在へと向き直る。 あのミサイルの正体がどうであれ、今この瞬間に於ける最大の脅威は炎の奥に潜む「何か」なのだ。 どの道、本体さえ叩けば、ミサイルによって狙い撃たれる心配はない。 ミサイル自体も、最大速度に達するまで数秒の時間を要するらしい。 優先すべきは飽くまで本体だ。 その時、はやての背後より轟音が響いた。 ミサイルが着弾したのだろうと結論付ける彼女であったが、しかし何かがおかしい。 堅い壁面を削るかの様な音と、金属の拉げる異音。 これは、爆発音ではない。 再度、後方へと振り返る。 「・・・何や?」 其処には、「穴」があった。 直径4m前後、各所から火花を散らす漆黒の「穴」。 金属製の壁面に、巨大な砲弾が貫通したかの様なそれが口を開けていた。 あれは、何なのか。 考えている暇はなかった。 次の瞬間、穴の穿たれた壁面が強烈な閃光を発し、内部より巨大な爆発を起こしたのだ。 その規模は、これまでの戦闘を通じて起こったものとは比べ物にならない。 壁面のみならず、床面、上部構造物をも巻き込み崩壊させゆくそれは、膨大な熱量と大気の歪みとなって可視化した衝撃波の混成となって攻撃隊へと襲い掛かった。 瞬間的に齎された破滅の津波に、はやては反応すらできずにまたも宙を舞う。 彼女だけではない。 ヴォルケンリッターを含む攻撃隊の殆どが、良くて数十m、悪ければ200m近い距離を吹き飛ばされていた。 「ッあ・・・!」 姿勢を立て直そうと飛翔魔法による制御回復を試みるも、それが成功するより遥かに早く、はやては床面へと叩き付けられる。 肺の中の空気が、根こそぎ吐き出されるかの様な衝撃。 だがそれでも、幾分かは影響を緩和できたらしい。 意識が混濁する事はなく、視界へと映り込む2つの人影をすぐさま捉える事ができた。 スバル、そしてティアナだ。 「はやてさんッ!」 「八神部隊長、ご無事ですか!?」 はやてへと駆け寄り、その腕を取って助け起こす2人。 見る限り、どちらも軽傷で済んでいる様だ。 はやては安堵し、同時に自身の身を気遣う2人に言葉を掛ける。 「私は大丈夫や。スバル、ティアナ、今の攻撃は・・・」 その時だった。 彼女達の頭上から、重々しく、不気味な駆動音が響きだしたのは。 「なに!?」 「この音・・・機械?」 「上だ、ティア!」 咄嗟に頭上を見上げる3人。 その視線の先、未だ燃え盛る魔力炎の光に霞むその空間を、何か巨大なものが移動していた。 滲む焦燥と言い知れぬ「何か」からの威圧感に、はやては反射的に指示を下す。 『目標、頭上や! 砲撃魔導師、再度砲撃準備に入れ! 他の者はこれを援護・・・!?』 不意に、視線の先、鈍い光が瞬いた。 遅れて耳へと届く、鈍く重い炸裂音と機械的な高音。 その異様な音に、誰もが動きを止める。 ふと、目を凝らせば頭上に点る、青白い光。 次の瞬間、それは紅蓮の尾を吐き出し加速、僅かに遅れて爆発音と衝撃波を引き連れ、散在する攻撃隊のほぼ中央へと突き刺さる。 はやては見た。 青白い光を放つ、ミサイル先端。 弾頭部に備えられた、何らかのエネルギーを纏う回転式掘削機構。 耳障りな異音を発しつつ、高速で回転するそれを。 ミサイルは床面へと着弾すると同時、接触面より瞬間的に膨大な量の火花を発生させた。 それらが燐光の尾を引きつつ周囲を埋め尽くし、金属製の構造物を抉る異音・轟音が鼓膜を破らんばかりに反響する。 数瞬後、ミサイルは床面に直径4m程の穴を残し、その姿を完全に消失させていた。 その瞬間、はやては悟る。 あのミサイルが、どの様に運用されるものかを。 「逃げてッ!」 絶叫。 指揮官としての威厳、隊員の心理に対する配慮。 全てをかなぐり捨てて、はやては叫んだ。 猶予はない。 すぐにでも退避しなければ、全てが吹き飛ぶだろう。 しかし、予想した衝撃と轟音は足下ではなく、彼女の背後より襲い掛かった。 衝撃波、そして爆発音。 後方からのそれに、はやては反射的に振り返る。 後方、上部構造物。 先程のミサイルによる爆発では破壊される事のなかった部位が、またもや内部より吹き飛んでいる。 直後、粉塵と爆炎の向こうから、紅蓮の炎と白煙の線が数条、想像を絶する速度で飛来した。 ミサイル、計6発。 「ッ・・・!」 はやての頭上の空間を貫いたそれは、「何か」が放ったそれとは比べ物にならない速度より発生する衝撃波を以って、小柄なはやての身体、そしてスバルとティアナをも木の葉の様に吹き飛ばした。 竜巻に巻き込まれた紙切れの如く翻弄され、全身がバリアジャケットごと引き裂かれてゆく様を、はやては衝撃として感じ取る。 しかしその感覚は、何処か他人事の様なものとして認識された。 彼女の意識は、自身の状況とは別な物へと向けられていたのだ。 はやては見た。 業火と共に崩れ落ちる上部構造物の向こう、粉塵と爆炎の中。 褐色の装甲と、青いキャノピー。 僅かに離れた地点に浮かぶ、橙色の光を放つ球体。 R戦闘機。 直後、更なる衝撃・轟音。 あの6発のミサイルが着弾、起爆したらしい。 その衝撃により空中で翻弄されるはやては、内臓が破裂せんばかりの衝撃の後、自身が一瞬前までとは逆の方向へと吹き飛ばされている事を認識した。 余りにも大規模な爆発の衝撃によって、空中で吹き飛ぶ方向が変わったのだ。 無論の事、人間の身体がその様な急激な機動に耐えられる訳もなく。 はやては自身の身体の中に、何かが弾ける際の衝撃を感じ取っていた。 しかし、このはやての意思すら介在しない急激な方向転換が、彼女へと思わぬ幸運を齎す。 続いて発生した、更に大規模な爆発。 先に床面へと撃ち込まれていたミサイルである。 それの齎す破滅的な爆発の範囲より、完全にとはいかないまでも逃れる事ができたのだ。 はやての身体は衝撃により更に加速され、更に遠方へと弾かれる。 その進行方向が輸送路の構造に沿っていた事は、より幸運だった。 壁へと激突し、元の背丈より大分に小さい、真紅のオブジェと化す事だけは避けられたのだから。 だからといって、全く被害がなかった筈もなく。 はやての意識は全てが白く染まり、脳髄すら破壊せんばかりの衝撃と轟音とが全身に襲い掛かる。 瞬間、意識が暗転。 数秒か、数十秒後かは定かではないが、唐突に意識が回復する。 そして覚醒とほぼ同時、はやての頭上を突き抜ける巨大な機影。 やはり、誤認などではなかった。 褐色の装甲、これまで目にしてきたR戦闘機と比較し、二回り以上も大型の機体。 機体後部、複数個所の部位より次々にミサイルを放ちつつ、攻撃隊の布陣していた地点を高速にて通過する。 どうやら、あの機体が狙う目標、「何か」は此処から移動したらしい。 「は・・・ッ・・・ッ・・・!」 床面に右手を突き、身体を起こす。 右腕が血塗れだ。 力が入らない。 頬を、額を、鼻を、顎を伝って、熱い液体が流れ、滴り落ちる感触。 床面に突いた右手の傍らに、紅い水滴痕が点々と現れる。 その増加速度は次第に勢いを増し、ものの数秒で水滴群は小さな水溜りとなった。 半ば呆然と、自らの身体より流れ出た紅い液体の溜りを見つめつつも、はやては念話により攻撃隊の面々との交信を試みる。 しかし、誰にも繋がらない。 彼女の内で、焦燥が募る。 その時、またも巨大な衝撃と振動とが、轟音と共にはやてへと襲い掛かった。 見れば、輸送路の其処彼処で上部構造物が剥がれては床面へと落下、接触と同時に衝撃と轟音を周囲へと撒き散らしている。 千切れた配線やパイプの断面を無残にも曝すそれらが無数に降り注ぐ光景に、あの下に攻撃隊員が居るとすればまず助かるまい、との絶望がはやての内で首を擡げ始めた。 片膝を突き、どうにか全身を起こす事に成功。 直後、数m後方への構造物落下による衝撃を受け再度、自らの流した血溜りの中へと倒れ込むはやて。 もはや痛覚さえ存在しない血塗れの腕を小刻みに震えさせつつ、それでも諦めるという選択を頑なに否定し身を起こそうとする。 しかしその時、彼女の意識に背後からの異音が飛び込む。 「・・・は・・・はぁ・・・」 か細い吐息が、知らぬ間に荒くなっていた。 度重なる爆音と衝撃に麻痺した聴覚。 だがはやては、背後より響いたその音が幻聴などではない事を確信していた。 床面を介して脚部へと伝わる爆発と崩壊の振動に紛れ、異様な、そして得体の知れぬ音が肌へと伝わる。 それは例えるならば、有機生命体の骨格を、生体組織との癒着面より力任せに引き剥がすかの様な音。 そして、無数の蟲が蠢き、体表を擦り合わせる様を思わせる音であった。 「はッ・・・はッ・・・」 はやては振り返る。 警鐘を鳴らす理性、逃避を叫ぶ本能を捻じ伏せ、決して肉体的な損傷が要因ではない震えをその身に纏い、慎重に、ゆっくりと。 「は・・・あ・・・」 果たして、其処には巨大な金属の構造物が鎮座していた。 無数のケーブル、そしてパイプが、皮膜を突き破って現れた骨格の様に飛び出している。 「あ・・・あ・・・」 そして、はやての眼前。 その醜い鉄塊は、其処彼処より軋みを上げつつ変態を始めていた。 千切れたパイプが更に捻じ曲がり、原形を留めぬ個体となって変色を始めた金属に呑み込まれる。 ケーブルは表層面へと徐々に沈み、今や皮下を走る毛細血管の如き紋様と化していた。 泡が急激に噴き出す際にも似た異様な音と共に、鉄塊の其処彼処から灰色の組織が湧き出しては急激に体積を増しゆく。 良く目を凝らし見れば、それは正しく肉塊だった。 機械兵器には、そして通常有機生命体にも有り得ない、鈍色の金属光沢を放つ細胞群。 それら肉腫が至る箇所より噴き出しては増殖し、急激に鉄塊の全体を覆いゆくその光景に、はやては云い様のない生理的嫌悪感を覚える。 そして何より、嫌悪感を含め他のあらゆる感情を上回る恐怖。 反射的に、はやては自身のデバイスを探していた。 シュベルトクロイツ、夜天の書。 11年前より常に自身と共にあった戦友にして、家族と親友達に匹敵する信頼を置く杖と魔導書。 手を伸ばせば、常に其処に控える筈の相棒。 その感触は、何処にも無かった。 咄嗟に、周囲へと視線を走らせる。 黄金の輝きを持つ剣十字の杖と魔導書が、はやての視界へと映り込む事はなかった。 身体の震えが、より一層に激しさを増す。 心の臓の奥、最も深き箇所より拡がりだす、冷たい感覚。 それが全身へと徐々に拡がり行く様を、はやては酷く懐かしい感覚として捉えていた。 「ああ・・・あああ・・・」 そうだ、この感覚。 両親が死んだ時の感覚。 そしてあの日、クリスマス・イヴ。 未だ足が不自由だった自身の目の前で、「家族」が次々に消えていった時と同じ感覚。 また、この身体を蝕んでゆく。 周囲へと響き渡っていた異音が、止んだ。 はやては最早、デバイスを探す事さえしなかった。 否、できなかった。 そんな猶予はない、するだけ無駄だと理解してしまったのだから。 はやての眼前、金属製の鉄塊が鎮座していた、その場所で。 反重力式駆動部上に搭載された旋回砲塔が、その直径10cmを優に超える砲口を、彼女へと向けているのだから。 直後。 はやての視界は、発砲炎の閃光に埋め尽くされた。 * * 僚機による奇襲が成功した事を確認し、彼は別の侵入点より侵攻を開始した。 途端に周囲の構造物から変貌を始めるメタ・ウェポノイド群に対し、オールレンジ・モード及びリバース・モードの対空レーザーを徹底的に叩き込むと、未だ擬態を解かぬ敵に対しガイド・モードの対地レーザーとノーロック状態のミサイルを撃ち込む。 施設構造物に沿って這う様に滑り行く数条のレーザーと目標も定めずに発射されたミサイルは、その超高熱の焦点温度と僅かながら含有される波動エネルギー、そして暴力的な運動エネルギーによって、擬態を解かずに待機状態にあったメタ・ウェポノイド群を殲滅。 周囲の反応が途絶えた事を確認し、彼は目標へと向かうべく機体をバンクさせる。 同時に目標との交戦に突入する事を避けたのは、この施設内に蔓延るメタ・ウェポノイド群の殲滅に当たる為だ。 それらを制御・統括する目標は、たとえR戦闘機が2機同時に交戦したとしても、そう易々と撃破できる相手ではない。 事実、第三次バイドミッションでは、あの当時に於いて最強の機体と謳われたR-9/0 RAGNAROK-ORIGINALであっても、その装甲の大半と引き換えに漸く撃破できた程の存在である。 況してや、後方よりメタ・ウェポノイド群による挟撃を受ける等という状況に至れば、もはや打つ手はなくなってしまう。 「デルタ・ウェポン」を発動すれば状況の好転に繋がる可能性はあるが、もしそれで目標を撃破し損なえば、残されるのはフォース諸共の撃墜と死だ。 如何に無敵とまで謳われる防御兵器とはいえ、フォースとは決して破壊されない訳ではない。 人類がバイドを破壊し殺戮する術を無数に保有している事実と同様に、バイドもまたフォースを含む人類の戦力を鏖殺する術を持ち得ている。 何よりも、純粋バイド体を素にするフォースである。 バイド体を、末端とはいえ破壊する事が可能である事実からして、現実にフォースが無敵である筈がない。 その常軌を逸した防御能力に錯覚しがちではあるが、フォースとて所詮は単なる兵器なのだ。 敵性体に対する攻撃と、敵性体からの攻撃。 その双方によってフォースへのエネルギー蓄積を実行するドース・システムは、打撃力の爆発的増大により敵性体の速やかな殲滅を可能とする事によって、機体生存率を大幅に押し上げる。 エネルギー蓄積率が100パーセントとなり、オーバー・ドースへと移行すれば、それこそフォースを介しての攻撃性能はまるで別物とすら思えるまでになるのだ。 そのエネルギーを解放する事によって発動するデルタ・ウェポンは破滅的な戦略兵装ではあるが、それを使用する事は同時にオーバー・ドースによるアドバンテージを放棄する事に繋がる。 故にパイロット達は、余程に危険な状況にない限り、デルタ・ウェポンの使用を避けるのだ。 そんな事を考えつつ、機体を輸送路に沿って滑らせる彼の意識に、目標までの距離が10000を切ったとの情報が飛び込む。 瞬時に、遮蔽物越しのロックオンマーカーに視線を合わせ、武装選択を実行。 対空レーザー、オールレンジ・モード。 ミサイル、ロック。 フォース、シャドウユニット、ビット、スタンバイ。 波動砲、チャージ開始。 一連の作業をこなしながら、皮肉な話だ、と彼は思う。 5年前、この施設内部に蔓延る存在を蹂躙し、殲滅したのはR-9/0 RAGNAROK-ORIGINALだ。 現在、施設内部に存在するメタ・ウェポノイド群とその制御統括体は、オリジナルであるか、さもなくばバイドによって再生されたコピーである可能性が高い。 言い方を変えれば、今この施設内のメタ・ウェポノイド群を制御・統括している存在は「偽者」の可能性があるという事だ。 正しく、皮肉以外の何物でもない。 何故なら、彼の愛機もまた「偽者」なのだから。 前方7000、壁面構造物が爆発し崩落する。 其処から、目標が出現した。 オートスキャン、終了。 敵性体判別結果「UNKNOWN」。 類似型バイド攻撃体、情報検索・照合開始。 照合終了。 目標、バイド攻撃体識別名称、表示。 「BPA-105 LARGE-SCALE RESOURCE TRANSPORTATION SYSTEM『RIOS』」 巨大な大型資源輸送システムの成れの果てが、弾幕の如くミサイルを吐き散らしながら迫り来る。 更に数瞬後、その後を追う様にして、6発のミサイルと1機のR戦闘機が、急激な戦闘機動を取りつつ現れた。 「TL-2B HERAKLES」 多目的大型ミサイル運用の為に開発された、変形機構搭載型戦術支援機。 高火力・超高速の大型ミサイルを、最大6発まで同時発射する怪物だ。 2種類の波動砲を搭載し、更には輸送艦にも劣らぬ程の重装甲を備えた、「飛行するミサイルサイト」とも呼称される機体。 高速接近するその機体を認識しつつ、彼はチャージを終えた波動砲のゲージ、その隣に表示された「HYPER DRIVE MODE-Connected」の一文を見やる。 そして直後、スラスター出力を最大へと叩き込んだ。 「偽者」のバイドに「偽者」のR戦闘機。 とんだ茶番、だが命懸けの茶番の始まりだ。 青白い光の爆発痕を残し、模造品たる「R-9/0 RAGNAROK」は巨大なバイド攻撃体へと突撃する。 宛ら、5年前の「ORIGINAL」同士の戦いの様に。 神々の黄昏、幻影の細胞。 両者が繰り広げた、悪夢の戦闘を再現するかの様に。 此処に「偽者」同士の奇妙な、しかし壮絶な戦いの幕が上がった。
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間に合った。 血塗れの小柄な身体に腕を回し、施設構造物内を泳ぎながら、セインは内心で安堵の声を洩らした。 彼女に抱えられたその女性が纏う衣服は、ほぼ全ての部位が真紅に染まっている。 バリアジャケットではない。 彼女が纏っていた純白と漆黒のそれは既に、維持すら儘ならずに解除されていた。 危険な事だが、そうでなければセインが彼女を救出する事はできなかったであろう事を考えれば、バリアジャケットの解除は幸運だったといえるかもしれない。 構造物の内、安全な地点を目指して、セインは只管に前進し続ける。 幾度か、感覚が麻痺せんばかりの衝撃が周囲に反響し彼女を襲ったが、多少に気が遠くなる事を除けば特に被害は無い。 本来ならば最も被害を受けていたであろう聴覚は、R戦闘機より放たれたミサイルが爆発した時点で、その正常な機能を喪失していた。 鼓膜が破れたのだ。 念話がある為に隊員との意思疎通に問題はないが、しかし状況把握には幾許かの支障が生じるだろう。 耳の奥を襲う激痛を堪えながらも、機械的強化を施された三半規管を襲う衝撃に耐えながら、セインは120秒程で安全圏へと離脱した。 浮上しつつ、念話を送る。 『ティアナさん、聞こえる?』 『セイン! 何処なの!?』 『今、そっちへ向かってる! 重傷者1名確保! 出るよ、医療魔法の準備を!』 直後、セインは構造物内より床面上へと躍り出た。 彼女の纏うスーツは至る箇所が破れ、そのほぼ全てから血が流れ出している。 荒く息を吐き佇む彼女を気遣ってか、すぐさま数名の攻撃隊員が駆け寄ってきた。 彼等は何事かを叫ぶが、鼓膜の破れたセインがその声を拾う事はない。 すぐさま、彼等にも念話を送る。 『ごめん、聴覚をやられてる。念話でお願い。それと・・・』 言葉を紡ぎつつ、セインは腕の中の女性を彼等の眼前へと突き出し、その身を委ねた。 零れ落ちる雫が床面に紅い模様を描きゆく中、彼等は一様に表情を凍らせて息を呑む。 セインは、言葉を続けた。 『すぐに、手当てを』 微かな悲鳴。 口元を押さえる女性隊員の眼前、セインの腕に力なく抱えられている血塗れの女性は、数分前まで事実上の指揮官として指示を下していた人物。 八神 はやて、その人であった。 「ッ・・・はやてッ!」 「はやてさんッ!」 全身を文字通りに引き裂かれたはやての姿に、同じく全身に無数の傷を負ったヴィータとスバルが、悲鳴の如き声を上げつつ駆け寄る。 その後方ではティアナがクロスミラージュを手に、少なくとも外面は冷静さを保ちつつ無残なはやての姿を見つめていた。 視線を少しばかり右へとずらせば、意識の無いザフィーラとシャマルが、2名の隊員による医療魔法を受けつつ血溜まりの中に横たわっている。 2人共に、意識は無い。 更に少し離れた地点では、ノーヴェが別の隊員と共に治療を受けていた。 その左腕は肘の辺りが大きく抉れ、大量の血液を噴き出している。 彼女は零れそうになる悲鳴を歯を食い縛って堪え、急速に再生してゆく有機組織を睨み付けていた。 彼女達を含め、この部屋には18名の隊員が存在する。 内3名は、セインが運搬した。 程度の差こそあれ、皆一様に全身へと傷を負っている。 R戦闘機より放たれた6発のミサイルと、「何か」が床面へと撃ち込んだ1発のミサイル。 それらの炸裂によって、攻撃隊は甚大な被害を受けた。 少なくとも2名が死亡し、更に4名が行方不明となっている。 生存している隊員も、はやて等を含め5名が意識不明の重体だ。 つまり、実質上の現有戦力は13名となる。 R戦闘機と正体不明の怪物を相手取るには、余りにも心許ない戦力だ。 「・・・大丈夫? 聴こえる?」 「・・・うん、治った。ちゃんと聴こえる・・・有り難う」 鼓膜が再生された事を確認し、セインは自身へと医療魔法を掛け続けていた傍らの隊員へと礼を言う。 彼女はその言葉に軽く首を振って応えると、すぐさまはやての治療へと加わった。 回復した聴覚に、悲鳴とも怒号とも付かぬ声が幾重にも響く。 どうやら、はやての容態は予想以上に危険な状態にある様だ。 「セイン・・・」 「・・・至近距離から砲撃される直前だったよ。間一髪で床に引き摺り込んだけど、砲撃の余波と砲弾の衝撃波までは回避できなかった。デバイスは・・・」 気遣わしげに語り掛けてくるティアナに、セインは脇の下に抱え込んでいた魔導書と一振りの杖を差し出す。 それらを目にし、ティアナが息を呑んだ。 「・・・この通り」 それは、はやての力の証、その成れの果て。 どす黒い血に塗れ、元の装飾すら判別不能となった魔導書。 煤け、捻じ曲がり、柄の半ばより先が融け落ち、原形すら留めてはいない騎士杖。 それらの持ち主が如何に凄惨な状況に曝されたのか、それを窺わせる程に変わり果てた2つのデバイスだった。 「・・・酷いわね」 「添え木代わりには使えるかもね。骨折してる人は?」 「1人、居るけど・・・」 ティアナが振り返り、セインも釣られてその方向を見やる。 其処には、隊員の1人が仰向けに横たわる別の隊員の顔に手を翳し、その瞼を閉じている場面があった。 ティアナは数瞬ほどその光景を見つめ、次いでセインへと向き直ると、何かを堪えんとしているかの様に低い声を放つ。 「・・・今、必要なくなったわ」 その言葉にセインは天井を仰ぎ、額を掌で覆うと息を吐いた。 そして自らの吐息の音が僅かに震えている事を自覚し、彼女は内心にてうろたえる。 どうやら自身でも気付かぬ程に、この異常な状況に心身を蝕まれているらしい。 「それで、どうするの? 化け物はR戦闘機と交戦しているけど」 「何とかこの施設を脱出して、他の攻撃隊員と合流したいところだけれど・・・」 轟音。 周囲の構造物、その全てを通して衝撃が走り、室内の誰もが体勢を崩す。 幾つかの悲鳴が上がり、身体が床面へと倒れ込む鈍い音が鼓膜を震わせた。 すぐさま体勢を立て直したセインとティアナは周囲を見回し、視線を合わせるや軽く息を吐く。 「・・・負傷者を抱えて通路に戻るのは自殺行為ね」 「化け物と擬態する砲台の群れ、おまけにR戦闘機を何とかしないといけない訳か・・・」 諦観の滲む言葉と共に、セインは壁際へ歩み寄ると腰を下ろし、その背を壁面へと預けた。 極度の緊張と急激な運動、更には激痛に耐える事を余儀なくされていた身体は、速やかな休息を要求している。 今にも闇へと沈みそうになる意識を辛うじて繋ぎ止めるセイン。 瞼を下ろし、代わりにより鮮明となった聴覚に複数の声が飛び込む。 「駄目・・・傷が深過ぎる・・・このままじゃ、とても・・・」 「そんな・・・! おい、何とかならねぇのかよ!」 「外傷と臓器の損傷は修復したけれど・・・血液の流出が激しい。2時間以内に処置を行わなければ」 「じゃあ!」 「相応の機器がある医療施設での話よ。此処では無理」 微かな鈍い音。 瞼を見開くと、血溜まりに横たわったはやての傍ら、ヴィータが放心した様に床面へと膝を突いていた。 グラーフアイゼンは彼女の手より滑り落ち、今は床に倒れている。 その隣ではスバルが立ちながら俯き、硬く握った拳を震わせていた。 両者ともに自らの無力さに打ちのめされ、絶望している様がありありと伝わってくる。 しかし、その2人より数mほど離れた位置に佇むティアナの反応は、彼女達のそれとは懸け離れたものだった。 「つまり、猶予はいいとこ1時間ってところね」 その言葉が響き渡るや否や、意識を保っている隊員の全てが、一斉にティアナへと視線を注ぐ。 彼女は十数分前に別の隊員がしていた様に、クロスミラージュから延びるコードの先端を開かれた床面のパネル内ジャックに差し込み、空中に展開した端末を操作していた。 表示されているのはやはり、この施設の構造図。 ティアナはその一画、巨大な貨物用エレベーター、そして上層階の物資二次集積所、両者の表示を見据えている。 そんな彼女の様子をどう捉えたのか、スバルが掠れた声を掛けた。 「ティア・・・何を・・・?」 その声には答えず、ティアナは声を張り上げる。 諦観と死の気配に満ちた室内に、力強い声が響き渡った。 「誰か、さっきのR戦闘機の映像を記録した人は!?」 数秒後、2名の隊員が戸惑いつつも答え、自らのデバイスからデータを呼び出す。 ティアナの行動が何を意味するのか、漸く気付き始めたらしいスバルは驚愕の面持ちも露わに、再度彼女へと声を掛けた。 「ティア、まさか・・・」 「どの道、あの化け物を片付けない限り此処から出るのは不可能よ。それに・・・」 言葉を紡ぎつつ、クロスミラージュを手の中で回転させるティアナ。 その瞳には怯えでも諦めでもなく、苛烈なまでの闘志と、冷徹なまでの策謀の光が灯っていた。 離れた位置よりその瞳を視界へと捉えたセインは、思わず息を呑む。 そうして、クロスミラージュの回転を止めたティアナは、ゆっくりと周囲の面々を見渡した。 「やられっぱなしってのも、面白くないでしょ?」 彼女は腕を伸ばし、銃口を突き付ける。 構造図の一画、奈落の底へと。 「教えてやるのよ」 無機質な殺意を壁の、構造図の向こうに蠢く異形へと向け。 ティアナは報復の始まりを告げる。 「どんな存在に喧嘩を売ったのか。嫌ってほど思い知らせてやる」 鈍色の銃身が、薄暗で無慈悲に光った。 * * 6発の大型ミサイルが着弾すると同時、目標が爆炎と粉塵に呑み込まれる。 間髪入れずに3条の雷光が粉じんの中心へと撃ち込まれ、再度強烈な爆発が発生。 しかしその爆発は、目標の無力化を示すものではなかった。 粉塵の中、青い光が瞬く。 緊急回避。 電磁投射砲弾飛来、数十発。 フォースすらも容易く貫くそれらは、目視による回避など不可能だ。 亜光速の砲弾が発射される際に観測される複数種の反応を、第17世代量子コンピューター2基が各種センサーを用いて認識。 砲弾が発射口より射出される前に予測飛来軌道を割り出し、機体を射線より外すべく機動を開始する。 パイロットがすべき事は回避への尽力ではなく、回避後に取る次の行動の決定だ。 3段階に分けての回避行動が終了するや否や、彼は即座にトリガーを引く。 電子化された視界の中で、光が爆発した。 ハイパードライブモード、第一段階。 充填された波動粒子の一時解放、再凝縮。 周囲の粉塵、破片の一切合切が消滅する。 「STANDBY」の表示が浮かぶと同時、彼は再度トリガーを引いた。 全ての表示が赤く染まり、文字が「DRIVE」へと変化する。 直後、振動と轟音が連続して機体を揺さ振った。 ハイパードライブモード、第二段階。 スタンダード波動砲、即ち通常タイプの波動砲の約70%程度に凝縮された波動粒子砲弾が、機銃の如く連射される。 砲弾と砲弾の間隔すら判別不能なまでの濃密な弾幕が、粉塵の中に潜む目標へと襲い掛かった。 小爆発が連鎖して起こるが、それらは目標体そのものの破壊によるものではなく、砲弾炸裂の余波に過ぎない。 事実、爆発に際して起こる発光は、全て波動粒子の青い光だ。 彼はトリガーを引く指の力を緩める事なく、掃射を継続する。 しかし数瞬後、コックピット内に警告音が鳴り響いた。 被ロック警告。 波動粒子砲弾の弾幕を擦り抜ける様にして、2基のミサイルが迫り来る。 彼は、退かなかった。 逆に前進し、目標との距離を詰め、更に弾幕の密度を高める。 ミサイルが接近、キャノピーへの直撃コースに入った。 しかしそれらは、機体の周囲を高速にて旋回する2基の防御機構によって迎撃される。 波動粒子を纏った、2基のビット。 ハイパードライブモード、第二段階の発動と同時に展開された高速旋回するビットの壁は、迫り来るミサイルを鋼と波動粒子の暴風へと巻き込み引き裂いた。 弾頭炸裂の余波ですら、壁を越える事もできずに掻き消される。 直後、彼は更に攻勢を激化させた。 フォトンASM発射、支援兵装シャドウユニット再展開、オールレンジ・レーザー掃射開始。 白光を放つフォトンミサイル2発、そしてフォースとシャドウユニットより連続して掃射される、数条の青い光線。 未だ続く波動砲の連射とも併せ、破滅的な砲火の嵐が粉塵の中へと降り注ぐ。 更に僚機よりミサイルと波動砲が撃ち込まれ、直後に視界の全てが白く爆発を起こした。 ホワイトアウト、センサーダウン。 システム、強制冷却モードへ移行。 通常モード移行まで4秒。 コンマ数秒後、センサーが機能を回復。 即座に機体を後退させ、施設構造物の陰へと身を潜める。 まるで人型機動兵器の如き戦術機動だが、第8世代重力制御機構と量子コンピューターによる高度な姿勢制御を可能としたR戦闘機にとっては、戦場に於いて高頻度で使用されている戦闘技術だ。 巨大施設内部での戦闘も多々ある為、こうした機動は必須技能である。 そのまま、彼は全てのセンサー感度を最大まで引き上げ、目標の観測を開始した。 更に僚機と交信し、より高精度の情報を得るべく言葉を交わす。 しかしやはり、其処に発声という人間本来のプロセスが介される事はない。 静寂のままに、精密機械の如き無音の意志のみが交わされる。 『「ホルニッセ」より「パルツィファル」、目標の状態を確認できるか』 すぐさま、応答が入った。 彼の僚機であるTL-2B HERAKLES、コールサイン「パルツィファル」からの返信だ。 『こちらパルツィファル。目標は外殻装甲に重大な損傷を・・・』 『パルツィファル、どうした』 途切れる言葉。 次いで返されるであろう報告の内容を半ば予想しつつも、彼は状況を問い質した。 そして、予想に違わぬ報告が意識へと飛び込む。 『目標健在、移動再開を確認した・・・熱源感知。ミサイル、来るぞ』 『回避する』 フロント・サイドスラスターを稼働、一瞬にして400mを後退。 波動砲、再充填開始。 しかし直後、前方より明らかに異質な反応が検出される。 魔力素反応、増大。 『こちらホルニッセ、目標近辺より魔力素を検出。パルツィファル、そちらの・・・』 その交信が完了する事はなかった。 前方、粉塵の壁を突き破って出現する、褐色の機体。 TL-2B HERAKLES。 全く予期しなかった僚機の機動に面食らう彼を置き去りにし、傍らの空間を突き抜け飛び去る巨大な機体。 しかし、真に彼を混乱させたのはその機動ではなく、センサーとレーダー、双方に存在する2つの反応だった。 『・・・ホルニッセよりパルツィファル、貴機の位置を確認したい』 『こちらパルツィファル。現在位置、第4カーゴ待機所。目標より500mだ』 彼は電子的に高度並列化された思考の一部を以って、後方へと飛び去ったTL-2Bの反応を分析する。 程なくして、異常が発覚した。 機体より高濃度魔力素検出。 該当データあり。 コールサイン「ベートーヴェン」による交戦記録、時空管理局諜報活動結果。 ティアナ・ランスター執務官補佐。 魔法によるデコイ・ユニットの複数同時展開を可能とし、同時にそれらデコイに対し質量すら付与させる事ができる、正に規格外の存在。 機器による解析こそ可能ではあるが、その為に費やされる一瞬にも満たない時間こそが戦場では命取りだ。 彼等パイロットにとっては、行儀良く足を止めてから砲撃を放つ魔導師達よりも、こういった撹乱系の能力こそが警戒の対象だった。 そもそも、生身の人間が質量を持つデコイを発生させるという現象そのものが、地球軍からすれば理解の範疇を超えた異常な事象なのだ。 彼等が同じ現象を人為的に発生させようとするならば、最低でも大出力ジェネレーター1基、波動粒子制波装置2基、量子コンピューター3基が必要となる。 それら機器の総重量は20tに達し、もはや大型生体兵器を除けば生命個体が単体にて運用できるものではない。 事実、デコイ・ユニット発生兵装を搭載したR戦闘機は、TL-2Bにも匹敵する巨体を持つ事を余儀なくされた。 それ程までに実現困難な現象を、生身の人間が自身の意思で自在に操れるというのだ。 情報を各自分析したパイロット達は驚愕し、次いで恐怖した。 幻術魔法と呼称される、管理世界においても希有な魔導スキル。 この魔法を修めた魔導師が戦域に1人存在するだけで、相対する勢力は常に対象が幻影であるか否かの警戒を余儀なくされる。 彼等は、特に戦闘機動が制限される閉鎖空間に於いて、地球軍に対し最悪の脅威となり得る存在なのだ。 しかし、彼はどうにも理解できなかった。 あのTL-2Bのデコイを形成していた魔力素は、紛う事なくベートーヴェンと交戦した魔術師、ティアナ・ランスターのそれと合致するパターンを示していたが、何故彼女はこの場面で幻影魔法を使用したのか? 管理局本局艦艇内部に於ける戦闘により、幻影がベートーヴェンによって解析済みである事は、彼女も承知の筈である。 或いは、こちらの解析能力を過小評価しているとでもいうのだろうか。 確かにパターンの細部は変更されているものの、それが解析過程に及ぼす影響は微々たるものだ。 事実、デコイであるとの認識に要した時間こそ5秒程であったが、パターン解析自体に要した時間は2秒に満たない。 不意を突いての攻撃であるならば十分に有効かもしれないが、唯こちらの側面を通過しただけという機動についての説明がつかないのだ。 一体、彼らは何を企んでいるのか? 『パルツィファルよりホルニッセ、目標がそちらへ向かっている』 考える暇はなかった。 目標が、彼の機体を目指し迫り来る。 咄嗟に機体を横に滑らせ、主要輸送路から研究区搬入口へと侵入。 即座に各種撹乱装置の出力を最大まで引き上げようとして。 『ホルニッセ、待て!』 僚機よりの警告に、プロセスを中断した。 ほぼ同時、巨大な鋼の怪物が、主要輸送路を轟然と振動を響かせて通過する。 目標、資源輸送システム改修型大型機動兵器「RIOS」。 正確には、それを模した超高度擬態型生態兵器統括機構体。 識別コード「BFL-209『PHANTOM-CELL』MODE『RIOS AIRBORNE-ASSAULT』」。 第三次バイドミッションに於いて、R-9/0 RAGNAROK-ORIGINALを撃墜寸前にまで追い詰めた、最悪の敵。 有機物・無機物を問わず数々のバイド体へと擬態し、その攻撃能力までをも完璧に模倣する、幻影の細胞。 今現在その悪魔が模している存在は、第二次バイドミッションに於いてR-9C WAR-HEADに対し、絶望的な追撃戦を展開する事を強要した、悪夢の鉄塊。 その絶望的なまでの戦闘能力を誇る怪物が、こちらに見向きもせずに主要輸送路を通過してゆく様に、彼は思わず呆気に取られた。 明らかに、目標はデコイのTL-2Bを追撃している。 管理局にとっては幸運な事に、バイドは未だ幻影魔法への対処機能を獲得してはいなかったらしい。 では、管理局部隊は何をするつもりなのか? まさか、目標を撃破するつもりなのか。 一体、どうやって? レーダーを確認。 メタ・ウェポノイドの反応はない。 擬態型生態兵器群、殲滅。 『ホルニッセ、応答しろ。ホルニッセ』 僚機からの問い掛けに、彼は数瞬ほど返信を躊躇い、しかし次いで明確に意思を示した。 猜疑と警戒と、しかしそれらを上回る程の好奇の思考を秘めて。 『こちらホルニッセ。管理局部隊が、目標に対する何らかの作戦行動に出た。目標を追跡し、これを観測する』 * * 『目標、ポイントBまで10秒!』 『了解!』 幻影のR戦闘機より、同じく幻影のミサイルが射出される。 サイドスラスターより噴き出す青い炎までをも忠実に再現されたそれは、射出直後に180度反転するや否や、輸送路上部構造物へと突進を開始。 そして着弾と同時、轟音と共に上部構造物が崩れ落ちる。 直後、念話がティアナの意識へと飛び込んだ。 『ポイントB、爆破! 目標、崩落物と接触! 進行速度低下!』 その言葉通り、後方より新たに轟音と震動が響き渡る。 ティアナは別の隊員が操る人員輸送用小型反重力カートの上で、後方を飛ぶ幻影のR戦闘機を必死に制御しつつ、計画が今のところ順調に推移している事を確認した。 目標は幻影をR戦闘機と誤認し、こちらを追跡している。 バイドが既に幻影魔法を解析しているのか否か、それは危うい賭けだった。 ティアナが作戦を実行するに当たって問題となったのは、これまでに幻影魔法とバイドが相対したケースが存在したか否か、そして地球軍の情報管理体制は強固か否か、この2つ。 幻影魔法が既にバイドによって解析されているのならば、考えるまでもなく作戦は失敗する。 地球軍の情報管理が甘く、バイドに情報が奪取されているならば、やはり本局での交戦データから幻影魔法の詳細が漏れていると考えたほうが良い。 しかし、考えている暇は無かった。 一刻も早くこの施設を脱し医療体制の整った場所へと搬送しなければ、はやてを含めた重傷者達の命はない。 R戦闘機に任せておけば良いとの意見もあったが、しかしティアナを含め攻撃隊の半数以上がその意見に反対した。 地球軍の連中はまともではない。 こちらを対等な人間として捉えてはいないし、それを積極的に改める事もないだろう。 このままバイドが撃破され彼等がこの施設を制圧したならば、こちらの存在を完全に無視して戦域を離脱すると考えられる。 非常に不本意ではあるが、ティアナとしては彼等に負傷者移送への協力を求めたかった。 R戦闘機の戦闘能力は、この状況下では非常に魅力的だ。 彼等を護衛にこの施設を脱し、管理世界の施設を捜索し転送ポートを見付け出す。 ポートを起動し、負傷者を支局艦艇へと転送した後、地球軍との非敵対的接触を開始。 でき得る限りの情報を引き出し、更には地球軍艦隊との直接交渉を狙う。 それが、考え得る限り、最も理想的な展開だ。 その為にも、R戦闘機のパイロット達に示す必要がある。 管理局魔導師が交渉に値する存在である事、その力が強大なバイドを打倒し得るものである事を。 尤も、非敵対的接触が叶わなかったとして、それはそれで構わなかった。 ティアナとしては地球軍を出し抜く手段も構築済みである上に、必要とあらばバイドの撃破後にR戦闘機を排除する事も視野に入れている。 彼等はこちらを対等に捉えてはいないが、こちらも彼等を対等の存在と捉えてなどいない。 その必要性があるとは思えなかったし、そもそも過去にそんな意志が自身あったとしても、それはクラナガンの惨状を目にした瞬間に消え失せている。 今この瞬間に思考すべきは、彼等との和解ではない。 この状況下に於いて、2機のR戦闘機をどう利用し、どう生き延びるか。 それこそが最も重要な問題なのだ。 『こちらポイントC、接触まで10秒!』 再び、幻影のミサイルが放たれる。 着弾、爆発。 構造物、崩落。 『ポイントC、爆破! 目標速度、更に低下!』 何故、幻影である筈のミサイルが爆発するのか。 答えは、実に単純だ。 上部構造物を破壊しているのは、各ポイントに控える隊員達であった。 予め構造物を崩落寸前にまで破壊し、幻影の着弾と同時に最後の仕上げを行う。 芸術的なまでの破壊により上部構造物は、ほぼ原形を保ったまま落下。 後方より迫る目標と接触し、その進行を遮る。 こうして、圧倒的に劣る速力にも関わらずティアナ等は目標との距離を稼ぎ、同時に目標の追跡行動を誘発していた。 『ポイントDまで10秒!』 果たして、バイドが幻影を解析するまでに要する時間は如何程か。 ティアナは本局でのR戦闘機との交戦経験から、4分前後と予測した。 既にフェイク・シルエット展開より、190秒が経過している。 残り、約50秒。 『目標、ミサイル発射!』 ポイントDからの警告。 咄嗟にR戦闘機の幻影を急速上昇させ、次いで急降下させる。 ミサイル、飛来。 視認すら困難な速度で接近したそれは幻影のR戦闘機、その背面を掠めて遥か前方へと飛び去った。 幻影、消滅。 即座に新たな幻影を生み出すものの、一瞬後に襲い掛ったミサイル通過の余波に制御が乱れる。 幻影に不自然な乱れ。 修復、通常機動へ移行。 「まずい・・・」 思わず口を突いて出る、苦渋の言葉。 先ほど幻影に生じた乱れは、目標による解析を加速させるかもしれない。 そうなれば、作戦の遂行はより困難となる。 果たして、目標地点まで誘導できるだろうか。 『ポイントE到達まで10秒!』 三度、幻影のミサイルが発射される。 数秒後に後方より響く轟音、そして振動。 目標、減速しつつポイントEを通過。 同時にカーゴは3つの輸送路が交差する地点へと到達し、その内の1つへと侵入。 そのまま500mほど前進。 『止まって!』 ティアナ、カーゴを操縦する隊員へと停止を命じる。 反重力カーゴ、停止。 ティアナは降機し、後方を見据える。 念話を用い、目標の状態を確認。 『ポイントF、目標は?』 『こちらポイントF、目標が下方を通過! いいぞ、そちらの軌跡を追っている!』 直後、周囲一帯に振動が響きだす。 地鳴りの様な、それでいて遥かに凶暴な力による振動。 それは次第に大きくなり、遂には姿勢を保つ事すら困難なまでに達した。 ティアナは額に薄らと汗を滲ませ、目標の出現を待つ。 そして遂に、それは現れた。 巨大な無限軌道、幅数十mはあろうかという巨体。 壁の様にも、戦車にも見える異形の機動兵器。 中央部に位置する電磁投射兵装、外殻装甲上に設置された無数のレール上を動き回るミサイル発射機。 少なくともティアナが知る限りの、如何なる分類上にも位置しない未知の巨大兵器が、其処にあった。 その装甲はR戦闘機との交戦によってか、一部がひどく破損している。 『来やがった・・・!』 カーゴを操縦していた隊員が呻く。 ティアナは答えず、目標機動兵器を睨み据えていた。 さあ、来い。 そのままだ、そのまま前進すれば良い。 お前が撃破すべき目標は此処だ。 さっさと前進し、止めを刺せ。 ミサイルを撃て、その巨体で押し潰せ、確実に撃破する為に距離を詰めろ。 相手はR戦闘機だ、慎重に越した事はない筈だ。 さあ、距離を詰めるが良い。 『早く来い・・・!』 ティアナの思考を代弁するかの様な言葉が、隊員より発せられる。 目標は無限軌道の位置を器用に調節し、中央本体の水平を保ちつつ高速で接近していた。 幅15mはあろうかという無限軌道が側面方向に2つ並んだユニットが通過した跡からは、破壊された壁面の破片が雨の様に降り注いでいる。 本能的に沸き起こる恐怖を堪えつつ、ティアナは機動兵器の目標地点への到達を待った。 しかし。 『・・・そんな!』 機動兵器は、唐突にその進行を止める。 忽ちの内に速度を落とし、遂には完全に停止してしまった。 ティアナの脳裏に、最悪の予想が過ぎる。 『・・・解析された!』 遂に、恐れていた事態が発生してしまった。 目標地点への到達を待たずして、バイドは幻影魔法を解析してしまったのだ。 最悪の事態に舌打ちするテァイナ。 その視線の先、機動兵器の外殻装甲上でミサイル発射機が稼働し、ある地点で停止した。 発射態勢だ。 「逃げてッ!」 叫ぶティアナ。 直後、2発のミサイルが発射された。 一瞬にして超音速を突破し、人間には反応など到底不可能な速度で以って、幻影のR戦闘機とティアナ等へと突進する。 回避の試みを行う暇さえ、僅かなりとも存在しなかった。 そして、2本の鋼鉄の矢が、無慈悲に彼女を襲う。 1発目。 それは幻影を貫き、遥か後方の壁面へと着弾した。 合金製の構造物が吹き飛び、炎と破片が輸送路を埋め尽くす。 2発目。 それはティアナともう1人の隊員へと襲い掛かり、その身が僅かに後退する暇すらも与えずに吹き飛ばした。 常軌を逸した弾速の為か、2人の身体は一瞬にして消し飛び、次いで炸裂する弾頭の炎と衝撃に呑まれて完全に消失する。 幻影と魔導師、双方の撃破を確認した為か、機動兵器は後退を開始した。 無限軌道が不気味な音を周囲へと撒き散らしつつ、これまでとは逆方向へと回転を始める。 そうして、機動兵器が20mほど後退した、その時。 『今よ!』 「ティアナ」の念話が、待機中の隊員たちの間へと走った。 『爆破しろ!』 機動兵器の後方より、上部構造物内で続け様に爆発が発生する。 多種多様な光を放つそれらは、魔力による破壊の証。 上部構造物が次々に崩落し、機動兵器の後方より金属の雪崩となって襲い掛かる。 機動兵器、後退中断。 無限軌道、逆回転。 前進を再開。 崩落は見る見る内に加速し、巨大な金属の怪物を呑み込まんとする。 しかし機動兵器は瞬く間に速度を上げ、崩落を上回る速度で安全圏へと脱した。 左右両壁面へと接した無限軌道が、僅かに回転速度を緩める。 そして400mほど前進し、崩落が収まった、その瞬間。 唐突に、機動兵器は「落下」していた。 壁面という支えを失い、無限軌道の回転が空しく空を切る。 駆動ユニット可動部を最大幅まで展開するも、その金属の爪が本来あるべき合金の壁に触れる事はない。 そればかりか、何時の間にか床面すらも消え失せ、下方には漆黒の闇が巨大な口を開けていた。 大質量の金属が擦れ合う異音を周囲へと響かせながら、鋼鉄の怪物は全てを冥府へと誘う闇の底へと墜ちてゆく。 巨大な全貌が完全に闇の中へと沈んだ、その数秒後。 衝撃が全てを揺るがし、闇の奥より雷鳴の如き音が轟いた。 『目標落着!』 『スバル! ノーヴェ!』 『任せてッ!』 直後、頭上の構造物に開いた巨大な穴より、轟音が連続して響く。 そしてティアナ達の眼前を、無数のタンクやコンテナが落下し、奈落の底へと消えていった。 上層階、物資二次集積所にてスバル達が確保した、ありとあらゆる爆発性の物資だ。 『退避!』 爆発音。 無数に連なり、施設を揺るがす。 開口部より噴火の如き爆炎が噴き上がり、上部構造物を舐め尽くした。 咄嗟に床面へと伏せていたティアナ達であったが、余りの大音響と衝撃に一瞬ながら意識が掻き消える。 それでも何とか身を起こし、背後の巨大な縦穴へと振り返るティアナ。 其処からは未だに業火が吹き出し、宛ら悪夢の如き光景が拡がっていた。 ゆっくりと立ち上がり、噴き上がる炎を見つめる。 『やったか!?』 ノーヴェからの、歓声混じりの念話。 テァイナは答えない。 幻影魔法の複数同時使用によって、臨界点にまで達した「AC-47β」内部のエネルギーを排出する事もなく、クロスミラージュの銃口を炎の壁へと向ける。 衝撃、轟音。 炎が膨れ上がり、次の瞬間には穴の奥底より巨大な影が現れる。 全体を業火に覆われ、にも拘らず未だに健在である機動兵器だ。 どうやら駆動ユニットには、反重力発生機構が組み込まれていたらしい。 電磁投射兵装部の装甲が開き、発射口に光が宿る。 だが、それを目の当たりにしても、ティアナが動揺する事は僅かなりともありはしなかった。 ただ一言、短く念話を発しただけ。 『副隊長』 その瞬間、巨大なハンマーヘッドが、炎の壁を突き破って振り下ろされる。 唯のハンマーヘッドではない。 一方の面には高速にて回転する鋭利な衝角が出現し、残る一方からは、推進機構より魔力が噴射剤として爆発的な勢いで噴き出されている。 グラーフアイゼン・ツェアシュテールングスフォルム。 現状で攻撃隊が有する最も破壊的にして、装甲目標に対し最も有効な攻撃手段。 それが炎の壁を割り、真上から機動兵器へと襲い掛かる。 そして、激突。 周囲に閃光が走り、鼓膜が破れんばかりの衝撃音が空間を震わせた。 衝角の先端は、R戦闘機の攻撃により傷付いた装甲に、僅かながら食い込んでいる。 それは機動兵器の機能に重大な損傷を齎すものではなかったが、しかしその攻撃行動を中断させ、巨体を穴の縁へと叩き付けるだけの威力は十二分にあった。 またも周囲一帯を巨大な衝撃が襲い、施設の全体を揺るがす。 しかし、ティアナはそれを堪え、冷徹に標的へと銃口を向けた。 レーザーサイトの赤い光が、電磁投射兵装発射口の表面へと小さな光点を走らせる。 「ファントムブレイザー」 銃声。 直射弾と見紛わんばかりに圧縮された砲撃が、クロスミラージュの銃口より放たれた。 タイミングをずらし、2発。 砲撃魔法をすら上回らんばかりの弾速を以って、全く同じ箇所に続けて着弾する。 1発目が着弾し、間髪入れずに2発目が着弾。 電磁投射兵装が、大量の火花と僅かな破片を散らして沈黙した。 直後、ティアナは念話を発する。 『今よ!』 幾度目かの振動。 数瞬後、上部構造物の穴の奥から、耳障りな金属摩擦音が響きだす。 機動兵器は再び、反重力発生機構により穴の直上へと浮かび上がっていた。 誘導システムに異常が発生したのかもしれない。 ミサイル発射機が稼働し、その発射口が直接ティアナ等へと向けられる。 だが、彼女はうろたえない。 クロスミラージュの銃口を下げ、醒めた目を機動兵器へと向けるだけだ。 異音が徐々に大きくなる。 そして、遂にミサイルが発射されんとした瞬間。 幅80m、厚さ30mはあろうかというエレベーターユニットが、機動兵器を押し潰していた。 「ッ・・・!」 衝撃、振動、轟音、大量の破片。 襲い来るそれらを身を屈めて耐え抜き、ティアナは10秒ほどその場を動かずにいた。 金属構造物が崩壊する異音は、未だに周囲へと響き続けている。 漸く立ち上がり視線を向けた先では、落下してきたエレベーターユニットによって寸断された機動兵器の一部が、完全に沈黙した状態で火花を散らしていた。 全ては、ティアナの計画通りだったのだ。 幻影が解析された事も、機動兵器が目標地点を前に停止した事も、爆発物による攻撃で目標を破壊できなかった事も。 そのいずれの事態も、彼女の予測を上回るには至らなかった。 ティアナは初めからバイドを二重三重に欺き、着々と罠の中へと誘っていたのだ。 幻影魔法は被使用者による解析に対応する為に、幾つかの対抗手段を持つ。 その中でも最も単純にして効率的な方法が、魔力組成のパターン変更による時間稼ぎだ。 根本的な解決には至らないものの、パターンを変更するだけで、解析に要する時間を大幅に増す事ができる。 今回、ティアナが用いた方法もそれだった。 幻影のR戦闘機を構築し、更に自身等にオプティックハイドを掛け光学的・熱力学的に姿を消し、R戦闘機とは異なるパターンを用いて構築された自身等の幻影を150m前方に配置する。 バイドはR戦闘機の幻影を解析する事に成功したものの、残る一方の解析には至らなかった。 それを為すには時間が圧倒的に不足していた上、早々と攻撃してしまった為に解析自体が行われたか否かも怪しい。 こうして、バイドはティアナの掌の上で踊り続ける傀儡と化した。 後は単純だ。 上部構造物内にて待機していた隊員達の手により崩落が発生、バイドは前方へと追い遣られ、貨物用エレベーターのシャフトへと近付く。 幅80m、長さ140m、厚さ30mのエレベーターユニットは最上層部へと上げられており、床面のシャフト開口部にはやはりティアナ等の幻影と同パターンの幻影魔法による疑似床面が形成されていた。 更に両側面の壁は砲撃魔法により抉られ、本来の輸送路より30mほど横幅を増している。 その抉られた壁面は幻影魔法によって正常な壁面へとカモフラージュされ、其処へと至った機動兵器は機動ユニットが壁面を離れ、シャフト内へと落下するという訳だ。 更には上層部よりスバル等が爆発物を投下し、それでも這い上がってくるであろう機動兵器にヴィータがツェアシュテールングスフォルムを叩き込む。 止めにエレベーターユニットのブレーキを破壊し、大質量物体落下による致命的な攻撃を実行。 機動兵器は床面とエレベーターユニットの間へと挟まれ、既に外殻が酷く損傷していた事もあろうが、結果的に中央部から寸断され機能を停止、撃破へと至った。 常に数手先の状況を想定した上で、作戦を立案したティアナ。 「AC-47β」による魔力増幅、そして並列思考能力の強化があってこそ可能となった荒業ではあったが、しかしそれすらも彼女の計算の内であった事は言うまでもない。 作戦開始後の状況は全て彼女の手の内にあり、ただ一度たりとて其処から脱する事はなかった。 「ティア!」 背後より掛けられる声。 その声の主が誰かを知るティアナは振り返ろうとしたが、その行動よりも早く抱き付かれ振り回される。 目まぐるしく動く視界に酔いそうになりながらも、彼女は上機嫌な相棒へと苦言を呈する事を忘れなかった。 「ッ・・・この、馬鹿スバル! 急に抱き付くんじゃない!」 「やった! やったやったやったぁ! ティア、凄いよティア! 本当にあの化け物をやっつけちゃった!」 「いいから落ち着きなさい、この馬鹿!」 ティアナとスバル、2人がじゃれている間にも、他の隊員達が集まってきては歓声を上げる。 皆が皆、強大なバイド攻撃体を打ち滅ぼしたという実感に酔い痴れ、各々が勝利の歓喜に沸いていた。 ティアナはスバルに振り回されつつも、何処か遠くその光景を見つめていたが、暫くして漸く実感が湧くと、勝利の笑みが表情へと浮かぶ。 「・・・やったんだ」 自身が、他ならぬ自身が立案した作戦が、強大な敵を打倒した。 皆がそれに従い、完全な戦果を齎してくれた。 指揮官として、現状で最大の戦果を導き出す事ができた。 嬉しい。 こんなに嬉しい事はない。 「ティアナさん!」 「やったな、おい!」 思わず感慨に浸るティアナに、セインとノーヴェが走り寄る。 彼女等はスバルと同様にティアナの首に腕を絡めると、喜びもそのままに3人掛かりで彼女を振り回した。 ティアナは幾つか文句を零したが、その表情は笑みを浮かべたままだ。 だがそんな騒ぎも、ヴィータの言葉と負傷者を乗せたカーゴの到着によって収まる事となる。 「早く此処を出ようぜ! ポートを探さねえと!」 「・・・八神二佐、他1名の容体が急変。もう一刻の猶予もないわ」 隊員達が、一様に静まり返った。 カーゴの上には、医療結界に覆われた4名の姿。 内2名には、更に二重の結界が掛けられている。 全体を覆う結界と比較して更に強い光を放つそれは、重傷者の生命活動を強化する為のブースターだ。 それが用いられているという事は、彼等の容体は既に生命維持の限界点にまで近づいていると推測できた。 ティアナは施設構造図を開き、指示を飛ばす。 「エレベーターシャフトを伝って最上層部まで行く。負傷者1名につき2名で運搬に当たって。残りは結界の維持に・・・」 「ティアナ!」 ヴィータの声。 彼女が何を言わんとしているのか、ティアナは尋ねるまでもなく理解した。 耳障りな高音、デバイスを構える隊員達。 クロスミラージュを手に、素早く後方へと振り向く。 「・・・畜生」 「御出座しって訳ね」 攻撃隊より200mほど前方。 2機のR戦闘機が、空中に静止していた。 1機は褐色の機体がフォースの陰より大きく覗いており、残る1機は緑の光を放つ見慣れないフォースを装備している。 両機共にキャノピーはフォースの陰に隠れているが、向こうからはこちらが鮮明に見えているのだろう。 油断なく銃口を両機へと向けつつ、ティアナは最善の行動を思考する。 どう行動するか、どう利用するか、どう排除するか。 既に完成している複数の計画の内より、最適と思われるものを取捨選択してゆく。 そして数秒後、結論は導き出された。 彼等は、こちらの戦闘を観測していた。 ならば、こちらがバイドを打倒し得る戦力を有している事実を、その身で理解した事だろう。 此処からは武力による思想の対立ではなく、相互理解による意思疎通を行うべき局面だ。 即ち交渉、言葉による戦闘の開始である。 クロスミラージュの銃口を下ろし、ティアナは前へと進み出た。 スバルを含む幾人かがそれを止めようとしたが、逆に彼女はそれらを抑えて歩み続ける。 そうして、20mほど前進した地点で足を止め、彼女は口を開いた。 状況を新たな局面へと進行させる、力ある言葉を紡ぐ為に。 そして。 「こちらは、管理局・・・!?」 言葉は、其処で途切れた。 「な・・・!?」 後方より襲い来る衝撃と轟音。 体勢を崩しつつも背後へと目をやったティアナの視界へと飛び込んだ光景は、倒れ伏す隊員達と奇妙な物体だった。 「なに・・・?」 それは半ばより千切れた、元は球体であったのであろう、奇妙な有機体。 その灰色の物体は、1本だけ巨大な触手が伸び、先端のレンズ部をこちらへと向けている。 どうやら先程の衝撃は、レンズより放たれた砲撃によるものであったらしい。 しかし、ティアナの意識を捉えたのは砲撃されたという事実ではなく、その触手の外観そのものだった。 「あれ、は・・・!」 その触手は、はやて等によって撃破された筈のバイド体、あの女性型の上半身にも似た部位を持つ、異形のもの。 それだけではない。 見ればその物体の各所に、先程の機動兵器のミサイル発射機や数珠繋ぎに連なった10基前後の砲、更には巨大な蛇の様な生物を半ばまで呑み込んだ有機質器官までもが存在していた。 それらは各々に蠢き、のたうち、周囲を無差別に攻撃し始める。 ティアナは咄嗟に、エレベーターシャフトの縁へと視線を向けた。 機動兵器の残骸が、無い。 その瞬間、彼女は理解した。 「擬態・・・生物や、兵器に・・・能力まで・・・!」 直後、青い光が視界の中で爆発する。 それが波動砲による砲撃であると理解した時には、ティアナの身体は宙を舞っていた。 視界の端、砲撃を受けた物体が爆発・四散する。 床面へと叩き付けられ、かなりの距離を転がるティアナ。 その動きが停止した時、彼女は身体を動かす事こそできなかったが、意識は保っていた。 口の中に滲む鉄の味と、胃の奥より込み上げる鉄の臭い。 不快だ。 とてつもなく不快だ。 だが、それを吐き出す事ができない。 咳き込めば吐き出す事もできるだろうに、身体はその欲求に従おうとしないのだ。 意識が朦朧とする。 どれだけの時間が経ったのだろう。 1分? 2分? それとも5分? 10分は経っていないだろう。 靴音が聴こえる。 誰かが自身の傍に歩み寄ってきたようだ。 隊員の誰かか? 『こちらニコルス。デコイ・メーカーを発見した』 くぐもった声、電子的発声。 その声が紡いだ言葉が意識へと飛び込むや否や、ティアナの意識は唐突に覚醒した。 脳裏を占める思考は、唯1つ。 これは「地球軍」だ。 「ぁ・・・つ、あッ!」 反射的に身を起こそうとするも、途端に走った激痛に全身が硬直する。 此処で漸くティアナは、自身がかなりの重傷を負っている事を自覚した。 それでも身を起こそうと試みる彼女の姿をどう捉えたのか、再び音声外部出力装置を通してのくぐもった声が響く。 『意識がある様だ・・・デバイスよりバイド係数検出。射殺許可を』 ティアナは鉛の様に重い瞼を上げ、自身の傍に立つ人物の全貌を視界へと捉えた。 霞む視界に映り込む全貌は、黒い。 全身を漆黒のアーマーに包み、その手にある物体は恐らく質量兵器。 輪郭より推察するに、銃口はこちらへと向けられているのだろう。 先程の言葉通り、射殺するつもりか。 ティアナの脳裏に、恐怖が宿る。 しかし直後、目前の兵士は銃口を下ろし、アーマーの肩部より小さな金属筒を抜き出した。 『・・・了解、確保する』 「う・・・あ・・・ぁ・・・」 その兵士は金属筒の底部を捻り、ティアナの傍らへと膝を突くと、その先端を彼女の首筋へと宛がおうとする。 ティアナは自身の意思に従わない身体を必死に動かして逃れようともがくが、実際には僅かに身動ぎする程度が精々であった。 当然ながら突き出される手より逃れる事など叶わず、冷たい金属の感触が首筋へと生じる。 合金製の床面を削る耳障りな異音、そして聴き慣れた叫び声がティアナの意識へと飛び込んできたのは、その時だった。 「ティアに・・・触るなああぁぁぁッ!」 兵士が金属筒を棄て、質量兵器を構えつつ背後へと振り返る。 その瞬間、彼の身体は宙を舞った。 視界に映る、見慣れた相棒のデバイス、リボルバーナックル。 スバルだ。 「ティア、起きて!」 彼女は拳を振り抜いた体勢から屈み、ティアナの腕を取る。 体を引き起こされると同時に、またも全身を衝撃にも似た痛覚が襲うが、ティアナはスバルに余計な心労を掛けまいと、零れそうになる悲鳴を堪えた。 スバルはティアナの肩の下から腕を回して担ごうと試みたが、唐突に聴覚へと飛び込んだ銃声と同時に振り返る。 そして、悲鳴を上げた。 「ノーヴェ!?」 ティアナからは、何が起こったかを窺い知る事はできない。 頸部を動かす余力も無ければ、身体ごと振り返る事も不可能。 故に、聴覚より状況を察する他なかった。 しかし彼女は既に、十二分に状況を理解している。 銃撃だ。 ノーヴェは地球軍に、質量兵器によって攻撃されたのだ。 「スバル・・・アタシは、良いから・・・逃げ・・・」 「嫌だ!」 俯きがちな視界の中に、青い光が拡がる。 ウイングロード、展開。 背後より響く断続的な銃声が、鼓膜を叩き続けている。 「安全な場所へ! ティアナを移したら、すぐに戻る!」 「馬鹿な事・・・言ってんじゃ、ないわよ・・・すぐに・・・逃げ・・・」 「嫌だ! 置いてくもんか! 置いてなんか・・・」 その瞬間、ティアナは空中へと放り出された。 何が起こったのか、全く理解できない。 ウイングロードの展開されていた3m程の高度から、彼女は金属の床面へと叩き付けられる。 衝突の瞬間、テァイナの意識は漆黒に覆われた。 肩から落下したのだが、痛覚が無い。 余程に酷く打ち付けた為だろうか、遂に感覚すら無くなってしまった様だ。 そして、ティアナは思い至る。 スバルもまた、後方より銃撃されたのだと。 『・・・3名を射殺、鎮圧した。なお、生態兵器と思われる個体を3体確保。内2体は敵対行動に移行した為に破壊、機能停止状態・・・』 あの靴音が、また近付いてくる。 金属音、そして小さな電子音。 やがて地球軍兵士の全貌が、視界へと浮かび上がった。 金属筒を片手に、残る手で油断なく銃口をこちらへと向けている。 そしてティアナの傍へと至ると、彼女の手元に転がるクロスミラージュを蹴り飛ばした。 耳障りな音を立てつつ、2つのデバイスが床面を滑りゆく。 ティアナは最後の力を振り絞って頭部を動かし、クロスミラージュの行方を目で追った。 其々5m程で停止する2つのデバイス。 しかし、その後を追っていたティアナの意識を捉えたのは、全く別の光景だった。 「・・・スバル?」 それは、微動だにせず横たわる親友の姿。 その周囲には紅い光沢が徐々に拡がり、少しばかり離れた位置には彼女のデバイス、リボルバーナックル、そしてマッハキャリバーの一方が転がっている。 だがそれは、デバイスだけが転がっているのではなかった。 「え・・・?」 無骨な手甲の装着部から、白い肌が覗いている。 同性の自身ですら羨む程の、純白の肌が。 常ならば健康的な白さを誇っている筈のそれは、飛沫の様に噴き掛かった真紅の斑点によって汚されている。 ローラーブレードも同様で、履き口からは引き締まった脚が伸び、膝上の辺りで唐突に途絶えていた。 こちらは全体が更に赤く塗れ、不気味な痙攣を続けている。 そして、スバルは。 「嫌・・・」 スバルはこちらへと背を向けたまま、微動だにしない。 その右腕は肘の先で途切れており、右足に至っては大腿部の先が無く、其々の断面より大量の血液が吹き出していた。 傍らには1人の兵士が立ち、大型の散弾銃と思しき質量兵器を手に警戒を行っている。 「嫌ぁ・・・!」 ティアナは必死に、まるでスバルを引き寄せようとするかの様に手を伸ばした。 無論の事ながら、届く筈もない。 だが今のティアナには、理性的な判断をする余裕など無かった。 親友が、目の前で死に掛けている。 自分の所為だ。 自分を助けようとしたから、彼女は死に掛けているのだ。 助けねば。 絶対に助けねば。 「ぎ・・・あ、が・・・ッ」 ティアナの指が床面を引っ掻き、少しでも身体を移動せんと奮闘する。 しかし無情にも、彼女の全身は僅かなりともその場から動きはしない。 そして、漆黒のグローブに覆われた手が、ティアナの頭部を押さえ付けた。 触れられた箇所を襲う異様な感触は、何らかの人工素材による分厚いグローブだ。 その手は頭部を固定し、首筋を露わにさせる。 先程と同じく、金属筒が押し付けられる冷たい感触。 ティアナは恐怖と絶望、そして無限とも思える敵意と憎悪を以って、頭部を固定するグローブの持ち主を睨んだ。 憤怒か、屈辱か、諦観か。 いずれとも付かぬ感情が溢れ、熱い雫となって瞼の内より零れ出す。 頬を伝うそれを拭う事もできない己が身体に、ティアナはより絶望を深めるだけ。 それでも、最後の抵抗を試みる。 無意味な行動だとは知りつつも、それをせずにはいられなかった。 視線をずらし、何時の間にか輸送路に展開している地球軍兵士達、その更に奥の空間に浮かぶ、白色と褐色の機体を視界へと捉える。 碌に動かず震える指を動かし、拳を形作ると中指を立て、狂い猛る意思に反して震える声で以って言い放った。 「くた・・・ばれ・・・!」 首筋で起こった小さな電子音と共に、ティアナの意識は闇へと沈む。 最後に意識へと飛び込んだ音声は、変わらず無機質な響きを保っていた。 『デコイ・メーカー、確保』
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結論から云えば、投降を促そうとするギンガの目論見は失敗した。 目前の武装勢力人員へとデバイスを突き付け、その罪状を告げる。 其処までは良かった。 何も問題はなく、状況は彼女の望むままに進行する筈であったのだ。 だがひとつ、彼女は見誤っていた。 否、彼女のみならず、管理局員の全てが見誤っていたのだ。 彼等が、第97管理外世界の人間が、どれ程までにバイドに対する恐怖を抱いているか。 どれ程の敵意を、そして憎悪をバイドへと向けているのか。 ギンガは、そして攻撃隊は、それを見落としていた。 「AC-47β」起動の直後、目前の人物より僅かに声が発せられる。 ただ一言、忌まわしき存在の名称。 『・・・バイド』 「・・・え?」 その瞬間、ギンガの視界が白い光に覆われ、聴覚が轟音に満たされた。 スタングレネードと呼称される、非殺傷型質量兵器か。 炸裂地点はギンガよりも攻撃隊に程近かったらしく、彼女への影響は微々たるものだった。 眩む視界、麻痺する聴覚。 数瞬後、機能回復。 同時に鈍い衝撃がギンガを襲う。 朧気な視界の中に浮かび上がる、彼女に向かって脚を突き出すアーマーに身を包んだ人物の姿。 どうやら彼女を蹴り付けようとして、バリアジャケットに阻まれたらしい。 一瞬ながら怯んだその人物は、しかし次の瞬間にはギンガの鼻先へと銃口を突き付けていた。 咄嗟に身を逸らし、ブリッツキャリバーでの蹴りを放つ。 発砲はほぼ同時。 3発の銃弾が、ギンガの肩を掠め飛ぶ。 切り裂かれるバリアジャケット。 同時に蹴りを放った脚が目標人物へと接触、防御の為に翳された腕、その骨を砕く衝撃がギンガへと伝わる。 異様な感触に顔を顰める彼女であったが、直後に放たれた再度の銃撃に反応、瞬間的に爆発的な加速を行い目標人物の懐へと入り込むと、リボルバーナックルの一撃を見舞った。 加減こそされてはいたものの、戦闘機人の膂力で殴り飛ばされた彼の身体は約10mにも亘って宙を舞い、更に地面へと叩き付けられた後に数mを転がって漸く停止。 動き出す様子が無い事を確認し、次いでギンガは周囲から無数の銃声が鳴り響いている事に気付く。 攻撃隊及び武装勢力、交戦中。 「・・・しまった!」 小さく己へと毒吐くと、ギンガはブリッツキャリバーによって駆け出した。 拠点外部、闇の向こうからは無数の誘導操作弾、高速直射弾が撃ち放たれ続けている。 同時に拠点内からは質量兵器による応射が始まっており、状況が完全な戦闘状態へと移行した事が見て取れた。 最悪の展開に歯噛みしながらも、ギンガは思考を廻らせる。 あの時、目標人物は「AC-47β」の起動に反応しバイドの名称を口にした。 恐らくは活動を開始した「AC-47β」内部のバイド体からの反応を検出し、こちらを汚染体と判断して攻撃行動を実行したのだろう。 明確に人間である事を確認しておきながら、反応検出と同時に射殺を試みる武装勢力。 正しく異常としか云い様がない。 しかし、少なくとも他の武装勢力人員は、バイドの反応を検出しつつも攻撃を躊躇っていた様だ。 だが先程の銃声が、戦闘の引き金を引いてしまった。 スタングレネードを使用したのは攻撃隊に近い武装勢力人員であったが、その後に戦闘を展開する意思があったか否かは定かではない。 戦闘が開始された決定的な要因は、間違いなく自身へと向けて放たれた銃撃だ。 ギンガは自身の肩部、銃弾に切り裂かれたバリアジャケットへと触れた。 無残に千切れたそれは、銃弾に秘められた恐るべき威力を如実に表している。 対人用の銃弾ならば十分に防げると踏んでの攻撃実行だったが、予想に反して銃撃は容易くバリアジャケットの防御を貫いた。 弾頭に特殊な処理が施されていたのか、それとも単に貫通力が高過ぎるのか。 いずれにしても、危険な事には変わりがない。 攻撃隊は今まさに、その弾雨の前へと曝されているのだ。 可能な限り速やかに、武装勢力を背後より強襲しなければ。 ギンガは更に加速、風の様に武装勢力の一団を目指した。 彼等は4つか5つの天幕の向こうに布陣し、遮蔽物に隠れながら質量兵器により攻撃隊へと応戦している。 天幕を迂回しようと進路を変更するギンガであったが、その動きが唐突に停止した。 上空、耳障りな高音。 反射的に見上げた視線の先を、白と黒、2つの機影が過ぎる。 「・・・ッ、あれは・・・!」 漆黒の影は強襲艇、そして白い影は見覚えのあるものだった。 決して忘れ得ない、記憶の深層までへと刻まれた機影。 「R戦闘機・・・!」 機首に左右一対の先尾翼を備えたその機体は、強襲艇と共にギンガの頭上を低速で通過。 しかし直後、大気の壁を打ち破る轟音と共に、その姿が掻き消える。 R戦闘機、超高速戦闘機動。 衝撃波がギンガの身体を打ち据え、後方へと弾き飛ばす。 「く・・・ッ!」 地面へと叩き付けられる直前、ギンガは体勢を立て直し着地。 攻撃隊の交戦域へと目を遣ると、丁度その上空にてハッチを開く強襲艇の姿が視界へと飛び込んだ。 すぐさま地上より直射弾が放たれるが、彼方より飛来した2発のミサイルが攻撃隊の布陣する地点へと着弾。 直撃こそしなかったものの、強大な炸裂の余波が攻撃隊を散り散りに吹き飛ばす。 直後、ミサイルを発射したと思しきR戦闘機が、再び上空を突き抜けた。 地上から撃ち上げられる弾幕が途絶え、その隙に強襲艇は機首を回頭させて離脱を図る。 その陰から、ひとつの人影が空中へと躍り出た。 「・・・え?」 瞬間、ギンガは駆け出そうとしていた事も忘れ、食い入る様にその人影を凝視する。 呆然とした声を洩らし、強化された戦闘機人の視力を以って対象を拡大。 しかし、その結果は理解できない現実をギンガへと叩き付ける。 それは、有り得ない人物。 此処に存在する事、それ以上に武装勢力の強襲艇より降下する、その事実こそがあってはならない人物。 嘗ての戦友にして、弟の様な、しかし1人の戦士として肩を並べ戦った人物。 「何故・・・!?」 薄汚れた白色のロングコート。 嘗てとは異なり、踝までを覆うスラックス。 2年前より僅かに伸びた深紅の髪、既にギンガをも追い越さんばかりに伸びた背丈。 その手に握られた、記憶の中のそれよりも更に長大となった、白亜と群青の槍型アームドデバイス。 瞬時に深紅の稲妻と化した、その人物は。 「何で貴方が其処に・・・!?」 エリオ・モンディアル二等陸士。 「エリオッ!」 混乱のままに叫ぶギンガを余所に、エリオは空中にて身を翻すと頭部を地表へと向け、そのままストラーダの矛先をも下方へと向ける。 直後、爆発音といっても過言ではない程の凄まじい推進用魔力噴射音と共に、エリオの身体が地表へと突撃を開始。 武装勢力の機体より現れた、バリアジャケットに身を包んだ人物の姿に、唖然と頭上を見上げるばかりの攻撃隊、その中央にエリオは「着弾」する。 付近に展開していた局員4名が振動と粉塵に怯んだのも束の間、直後に彼等の身体は横薙ぎの一撃によって、宛らボールの如く吹き飛ばされた。 薄れゆく粉塵の中央には、ストラーダを振り抜いた体制のまま佇むエリオの姿。 その凶行にギンガを含め、攻撃隊員が息を呑む暇さえなく。 ストラーダより生み出される爆発的推進力によって、エリオの姿が掻き消える。 ギンガが我へと返った時には既に遅く、新たに6名の局員がストラーダによる強烈な打撃を受け昏倒していた。 同じく我へと返った周囲の局員達が、エリオの影を追う様にして射撃魔法を展開するものの、誰1人としてその速度を捉える事ができず、逆に1人ずつ着実に人数を減らされてゆく。 更に武装勢力、そして三度上空に現れたR戦闘機による激しい質量兵器の弾幕が攻撃隊の行動を阻み、彼等はまともな抵抗も許されずに無力化されていった。 「どうして・・・どうしてッ!」 そして、約2分後。 総数20名を超える攻撃隊はギンガを残し、完全に制圧された。 揺らめくミサイルの爆炎、その周囲には意識の無い局員達が、ある者は眠る様に、またある者は吹き飛ばされた先で構造物に叩き付けられて、死んだかの様に横たわっている。 しかし質量兵器による直撃弾は皆無であったらしく、全員が五体満足のままに地へと伏せていた。 武装勢力は、意図して直撃を避けたのか。 いずれにせよ、残るはギンガ唯1人。 「エリオッ! どうして・・・どうしてこんなッ!」 絶叫するギンガ。 その声に気付いたか、倒れた局員達の間に佇むエリオが、ゆっくりと彼女の方へと顔を向けた。 燃え盛る炎を背後にしたエリオの表情を窺う事はできず、ただ躊躇う素振りすらなく構えられたストラーダの矛先が、ギンガの叫びに対する彼の答えを表している。 「AC-47β」、出力最大値へ。 左腕のリボルバーナックルが唸りを上げ、ブリッツキャリバーが突撃の瞬間を待ち受ける。 獲物へと飛び掛からんとする猛獣の如く身を屈め、全ての力を標的へと叩き付けんと構えるギンガ。 最早、彼女の視界にはエリオの姿しか映り込んではいない。 頭上のR戦闘機も、質量兵器の銃口を彼女へと向ける武装勢力も、エリオ以外の一切が意識より除外されている。 今やギンガのその瞳は生来の澄んだ碧ではなく、戦闘機人の証たる金色の光を放っていた。 そして、数瞬後。 「ッエリオオオオォォォォッ!」 その膂力・魔力の全てを用いて、ギンガはエリオへと突撃を開始。 ブリッツキャリバーが火花を散らして地を削りつつ、凄まじい加速で彼女をエリオの許へと導く。 振り上げられた左腕、リボルバーナックルが破滅的な力の解放に備え、その唸りを増した。 幾重もの思考の壁がギンガの意識を阻み、しかし彼女はその全てを粉砕しつつ突撃を継続する。 何故、エリオが此処にいるのか。 何故、武装勢力の側に付いたのか。 何故、自分達を襲うのか。 そんな事は、最早どうだって良い。 唯、殴る。 殴らねば気が済まない。 全力で、有りっ丈の力で殴り、その目を覚まさせてやらねば気が済まない。 「ッアアアアァァァァァッ!」 咆哮と共にエリオへと襲い掛かるギンガ。 その視界の端で、無数の光が瞬いた。 武装勢力、発砲。 無数の銃弾がギンガの足下を穿ち、その数発がブリッツキャリバーのローラーを弾く。 ギンガは体勢を崩し、しかし即座にそれを立て直すと、先程を上回る速度で突撃を再開した。 エリオは動かない。 今度は前方、視線の先で光が炸裂する。 噴射炎。 何時の間にか、R戦闘機がエリオの頭上へと移動していた。 機体下部よりミサイルが放たれ、ギンガが反応する間もなくその側面の空間を貫き後方へと着弾、天幕の1つを完全に吹き飛ばす。 ミサイルが通過した際の衝撃波、そして後方からの爆風にギンガは、今度こそ体勢を立て直す事もできずに前方へと倒れ込んだ。 それは、エリオから僅か数mの距離。 それでも何とか、彼へと渾身の一撃を叩き込もうとして。 瞬間、掬い上げる様に振るわれたストラーダの柄の先端が、彼女の顎を捉えていた。 「が・・・ッ!」 脳を揺さ振られ、ギンガの意識が混濁する。 余りの衝撃に跳ね上げられた身体は、戦闘機人の耐久力を以ってしても動かす事は叶わなかった。 仰向けに地へと倒れ全てが逆さまとなった彼女の視界に、後方より歩み寄る武装勢力人員の影と、ホバリングするR戦闘機の側面に刻まれた「POLIZEI」の文字が飛び込む。 突然、その眼前にデバイスの矛先が突き出された。 ストラーダ。 事故修復機能を備えている筈のそれは、表層に無数の深い傷が刻み込まれ、更に白亜の塗装は殆どが剥げ落ちてしまっている。 しかし、それを目にしたギンガの脳裏を過ぎったものは、どれ程に酷使すればこの様な状態になるのかという疑問ではなく。 眼前のデバイスが彼女の額を掠めた際に、その肌を「物理的」に切り裂いたという事実に対する戦慄だった。 熱い液体が自身の額を伝い落ちる感覚に、ギンガは身震いする。 ストラーダ、非殺傷設定解除状態。 「な・・・ぜ・・・」 声を振り絞るギンガの周囲を取り囲む、複数の武装勢力人員。 何とか頭を持ち上げ、彼女は自身にデバイスを突き付けるエリオの表情を視界へと捉える。 そして、ギンガは息を呑んだ。 作り物じみた無表情。 感情の窺えない双眸。 ガラス球を思わせる程に冷淡な2つの眼球が、無機質にギンガを見下ろしていた。 直後、ストラーダから一筋の電流が迸る。 衝撃が全身を駆け巡ると同時、僅かな抵抗すら許されず、ギンガの意識は闇へと沈んだ。 * * 強烈な青い光の奔流が、拡散しつつゆりかご前部を襲う。 ゆりかごは艦体外殻及び断裂面の至る箇所で爆発を起こし、無重力空間内に無数の破片を飛び散らせて炎を噴き上げた。 無重力であるため炎はすぐに掻き消えるが、連鎖的に発生する爆発により、結果として巨大な炎の壁がゆりかごを取り巻いている。 しかし、爆発によって崩壊してゆくゆりかごを目にしてもなお、魔導師達は攻撃の手を緩めはしない。 誘導操作弾を、高速直射弾を、砲撃を爆炎の中心部へと叩き込み、より一層その密度を増しゆく。 そして同時に、爆炎の中から放たれる弾幕も、魔導師達の攻撃密度上昇に合わせるかの様に激しさを増すのだ。 脅威は、未だ消え去ってはいない。 「スターライト・・・ブレイカー!」 他の攻撃隊員によりなのはの正面へと張られていた障壁が、異形より放たれ続ける弾幕によって破られる。 しかしその瞬間、桜色の光が爆発し、迫り来る弾幕をも呑み込んで集束砲撃がゆりかごの断裂面、異形の存在へと向けて放たれた。 「ブレイク・・・シュート!」 直線上の空間に存在する全てを呑み込み、粉砕し、轟然と突き進む5条の光。 巨大なゆりかごの破片をも貫通したそれは異形の額、巨大なレリックへと突き立つかに見えたが、その直前に現れた虹色の魔力光によって形成された壁が砲撃を掻き消す。 「また・・・!」 『DOSE 70%. Danger』 「・・・ッ! 排出実行!」 『Exhaust DOSE』 ブラスタービット4基を用いての砲撃すら容易く防がれ、苦しげに声を洩らすなのは。 しかし、次いで発せられたレイジングハートからの警告に、致し方なく「AC-47β」内に蓄積されたエネルギーを圧縮魔力へと変換・放出するプロセスの実行を命じる。 「AC-47β」より噴き出す圧縮魔力の残滓を空間に引きつつ、なのははブラスタービットを引き連れ後退。 排出実行の間は他の局員が魔力弾の迎撃と援護に当たり、強制排出が終了するや否や彼女は再び前進し異形と対峙する。 なのはを含め、主力となる砲撃魔法を使用する5名の攻撃隊員は、数分前からこの行動を繰り返していた。 巨大な異形の甲冑、その攻撃は凄絶の一言に尽きる。 低速ではあるが、それでも魔導師の飛翔速度を大幅に上回る、無数の誘導操作弾。 額のレリックより間断なく放たれる、低誘導性ながら高速の大威力エネルギー弾。 そして胸部装甲の内に格納された黄金色の球体、時折展開されるそれより放たれる、虹色の魔力光を放つ大規模砲撃。 砲撃は誘導性能が無い為、攻撃隊を襲うのは専ら誘導操作弾と高速弾ではあったが、その密度が尋常ではない。 そもそも回避自体が困難であり、現状では攻撃に当たる者を他の攻撃隊員が防御魔法でバックアップし、「AC-47β」内のエネルギー蓄積率が臨界に近付くと控えの人員と入れ替わり強制排出、といった手段を採る他ないのだ。 そうして目標へと撃ち込まれた集束砲撃の数は、既に10発を超えている。 しかしそれらの砲撃の内、有効打は唯の一撃も無かった。 その全てが虹色の魔力光「カイゼル・ファルベ」によって掻き消され、霧散してしまったのだ。 『一尉! 前方、約3000!』 隊員からの念話に、なのははレイジングハートを構えつつ、遥か前方を飛翔する白い影を睨む。 突如として現れ、ゲインズを消滅せしめたR戦闘機。 その機体が放つ波動砲は想像を絶するものであり、光の雪崩と呼称しても遜色のないものであった。 既に3度ほどその砲撃を目にしてはいたが、無数の光弾が拡散しつつ巨大な壁となって目標へと襲い掛かる様は、単一の戦闘機が独自に実行した攻撃とは思えぬ、正しく戦略攻撃と呼ぶに相応しいものだ。 それが発射される度に、ゆりかごの艦体は大きく抉られ、その巨体の其処彼処から爆炎を噴き上げる。 しかしそれでも、決定的な打撃を与えるには至らないのが現状であった。 外殻を破壊しても、艦内へと砲撃が届かないのだ。 それにはカイゼル・ファルベによる自動防御だけでなく、もうひとつの要因があった。 R戦闘機を執拗なまでに狙う、機動兵器の大群である。 「うじゃうじゃと・・・何処から湧いたんスか!」 なのはの隣、バックアップに就いているウェンディが吐き捨てた。 ランディングボードの砲口より放たれる光弾は誘導操作弾を迎撃する合間に、R戦闘機を包囲せんとする機動兵器をも攻撃する。 着弾と共に巨大な爆発が連続して起こるも、機動兵器の数は一向に減りはしない。 否、寧ろ増加してすらいた。 周囲の艦艇群の陰、そしてゆりかごの断裂面より際限なく現れ続ける機動兵器の総数は、既に数百を数えている。 それらは魔導師の攻撃、そればかりか存在すらも完全に無視し、只管にR戦闘機へと集中砲火を浴びせ掛けているのだ。 無論、R戦闘機も幾度か反撃を試みている。 フォース先端より連続して放たれる弾頭が凄まじいまでの炸裂を起こし、膨大なエネルギー輻射と衝撃波が空間を埋め尽くす度、数十機の機動兵器が跡形もなく爆散していた。 しかし全方位より撃ち掛けられる弾幕と、圧倒的物量による完全包囲を打ち破るには到らず、敵中枢らしき異形に対する砲撃の狙いも定まらぬまま、フォースを盾に空間を縦横無尽に翔け続けている。 それでも先程の様に、ゆりかごの異形に対する砲撃を敢行してはいるのだが、それらの攻撃は直前に放たれた機動兵器の砲火を躱す為の機動により狙いを逸れ、いずれも外殻に着弾して減衰した後、カイゼル・ファルベにより掻き消されていた。 何故、機動兵器は攻撃隊を放置してまで、R戦闘機を執拗に狙うのか。 恐らくは異形に対し、あの波動砲を撃たせない為だろう。 今のところ直撃はしていないが、単一目標に対する至近距離からの砲撃が実行されれば、カイゼル・ファルベとて耐え切れるものではない。 事実、ゲインズ撃破に続く波動砲の発射直後、明らかに低集束の砲撃が放たれたが、それはカイゼル・ファルベの防御を突破し、異形の頭部へと着弾している。 流石に打撃力は不足であったか、目標を撃破するには至らなかったそれではあるが、結果としてひとつの事実を攻撃隊へと認識させる事となった。 高集束波動砲による極近距離砲撃。 カイゼル・ファルベを突破し、更に巨大な異形を滅ぼし得る、最も確実にして唯一の手段。 自らが持ち得るあらゆる攻撃を試し、その全てが通用しないと判明した今、面白くはないがそれだけが攻撃隊に残された現状打破の方法であった。 事実、R戦闘機が繰り返し目標への接近を試みている事からも、その推測は的を射ていると考えられる。 よって、目標への直接攻撃を繰り返しつつも、同時にR戦闘機を狙う機動兵器群の排除に当たる攻撃隊ではあったが、しかしその異常な物量と目標からの激しい弾幕により、状況の進行は順調とは云い難い。 機動兵器群からの反撃が無い事は救いではあったが、しかし攻撃隊の半数は常に目標に対する牽制と迎撃に当たらねばならない為、戦力は絶対的に不足していた。 「ッ・・・スターライト・・・ブレイカー!」 幾度目かのスターライトブレイカーが放たれ、R戦闘機へと照準を合わせていた機動兵器群を呑み込む。 直線上の30機前後が撃破された筈だが、しかし残る機動兵器群は高速にて飛翔するR戦闘機を追撃するばかりであり、背後より空間を貫く集束砲撃魔法を意に介する様子すら無い。 「ブレイク・・・シュート!」 直後に砲撃の規模が膨れ上がり、更に20機前後の機動兵器が光の中へと消える。 しかしそれでも周囲の機動兵器群は、なのはへと警戒を向ける事さえしなかった。 只管に質量兵器を乱射し、R戦闘機との距離を詰めんとする。 『馬鹿にしてッ!』 攻撃隊を完全に存在しないものとして対応するその機動に、念話を通じて隊員の悪態が放たれる。 なのはとしてもそれは同意であったが、言葉にはせず続けて直射砲撃の発射体勢に入る事で応えた。 しかし、当の砲撃が放たれる事はない。 なのはは途絶える事のない機動兵器群の増援、そして無尽蔵の魔力弾を放ち続ける異形を前に、次の行動を選択し倦ねていた。 「何処を・・・何処を狙えば・・・!」 呟き、周囲の状況を再確認する。 数百機の機動兵器はR戦闘機との交戦状態にあり、時折放たれる波動砲と炸裂弾により大きく数を減らすも、すぐさま現れる増援により損失を補う為、戦況は膠着状態にあった。 R戦闘機は機動兵器群への対処に追われ、ゆりかごの異形に対する砲撃を実行できない状態にある。 攻撃隊は異形への攻撃を試みているが、いずれは弾幕と砲撃に押し潰される状況が目に見えていた。 況してや、この状況下でR戦闘機が撃墜される様な事があれば、機動兵器群の砲口は攻撃隊へと向けられるだろう。 異形よりの砲撃と、数百機の機動兵器群からの一斉射撃。 その悪夢の様な事態を回避する為には、一刻も早く機動兵器群を排除するか、ゆりかごの異形を攻撃隊の独力で撃破する必要があった。 「高町一尉、ちょっと良いッスか」 「何、ウェンディ?」 バックアップのウェンディから掛けられた声に、なのはは視線を機動兵器群より逸らさないままに答える。 ウェンディはランディングボードに乗りなのはの横へと移動すると、再び射撃体勢を取り言葉を繋げた。 「ゆりかごを見るッス。あの前半部分、今は緊急用の補助ブースターで姿勢を制御してるッスよね?」 「・・・そうだね」 ウェンディの言葉通り、異形を内包したゆりかご前部は、艦体各所のブースターにより姿勢を制御し、その断面を攻撃隊へと向けている。 その事実を確認し、なのはは続く言葉を待った。 「で、ゆりかごの武装はその運用理念上、艦体後方と下方が死角になってるッス。つまり、あのブースターでやっと動いてるポンコツの下に回り込めれば・・・」 「外殻を破壊して、後方から目標を襲撃できる・・・!」 思わぬところから齎された妙案に、なのはは僅かに興奮した声を零す。 ウェンディの言葉通り、ゆりかご下方からの艦体越しの攻撃は、現状で採り得る最良の手段に思えた。 もし、カイゼル・ファルベによって砲撃が掻き消されようと、ゆりかご自体に打撃を与える事は無駄にはならない。 上手くいけば、艦内からあの異形に対する、何らかのエネルギー供給を絶つ事も可能かもしれないのだ。 「ウェンディ、何処からそんな策を?」 「えへへ・・・伊達に更生施設で戦術を勉強してた訳じゃないッスよ!」 「成程・・・!」 言葉を交わしつつも、機動兵器群へと砲撃を叩き込む2人。 ある程度、機動兵器の数を減らす事で道を作り、あわよくばR戦闘機をもゆりかご艦体への攻撃へと誘導しようと考えたのだ。 更に、2人は攻撃隊へと念話を送り、作戦の内容を伝える。 『こちら高町。皆、少しで良いから目標の注意を引き付けて! 私とウェンディはゆりかご下方へと回り込んでの攻撃を行います!』 『チンク姉、負傷した人達を頼むッス! アタシはちょっくらデカブツに嫌がらせをしてくるッス! 行くッスよ、一尉!』 全方位への念話を発し、返答を受け取るや否や、2人はゆりかごへと突撃を開始した。 2人の目前へと迫る弾幕の悉くが、後方より飛来した高速直射弾と数条の砲撃魔法によって消滅する。 異形もまた2人の思惑を察知したのか、ゆりかご各所よりバーニアの噴射炎を煌かせ、何とか死角を補おうと巨大な艦体を振り回し始めた。 しかしそれでも、メインエンジンを内蔵する艦体後部を失った巨大艦艇が、機動力に優れた空戦魔導師の追撃を振り切れる筈もなく。 弾幕を潜り抜けた2人は、数分と掛からずにゆりかご下方へと滑り込む事に成功した。 なのはは艦体へと向き直りレイジングハートを構え、ウェンディは彼女をバックアップすべくランディングボードを手に周囲を警戒する。 「敵影なし! それじゃ一尉、ゆりかごの姿勢が変わる前にブチ抜くッスよ!」 「分かってる!」 ゆりかご艦底と平行に身体を浮かべ、なのははレイジングハートを振り被った。 彼女の正面、そしてブラスタービットへと桜色の光が集束を始め、周囲を眩く染め上げる。 膨れ上がる5つの光球。 「スターライト・・・」 その1つ、一際巨大な光球へと、レイジングハートの先端が突き付けられる。 眼前では、ゆりかごが艦体を側転させ回避行動を開始していたが、もう遅い。 爆炎と射撃・砲撃魔法の光に照らし出される濃紺青の艦体を見据え、なのはは幾度目かのトリガーボイスを紡いだ。 「ブレイカー!」 爆発。 そう形容するのが相応しいまでの閃光、そして轟音の炸裂と共に、5条の砲撃が1つの巨大な奔流と化してゆりかごへと襲い掛かった。 それは一瞬にして艦体外殻を貫き、内部構造物を根こそぎに破壊しつつ異形へと向かう。 そしてなのはは、更なるトリガーボイスを発した。 「ブレイク・・・シュート!」 瞬間、砲撃の出力が増大し、更に大規模な破壊がゆりかごへと齎される。 内部構造を呑み込みつつ膨れ上がる砲撃は遂に異形の背面へと到達し、その鋼色の装甲を打ち破らんと魔力の牙を突き立てた。 レイジングハートを介してその様を捉えたなのはは、カイゼル・ファルベの発生が一瞬ながら遅れた事を確認する。 勝機が、見えた。 ヴィヴィオの時には確認する余地など無かったが、あれの発動には何らかの認識が必要であるらしい。 否、自動防衛機構ではあるのだろうが、それでも魔法である以上、対象を術者が認識しているか否かによって、発動までのタイムラグが大幅に異なるのだ。 あの異形の認識能力が人間と同様のものか否かは判然としないが、少なくとも不意を突かれれば認識に遅れが出る事はあるらしい。 ならば、採れる手段はひとつ。 異形の前後より挟撃を仕掛け、カイゼル・ファルベを打ち破るのだ。 こちらは、直接的に異形を狙う必要はない。 異形の背面より伸びる、無数のケーブル及びパイプ。 この角度より観察して気付いたが、それらはゆりかごの艦内、その深部にまで張り巡らされているようだ。 即ちそれらは、あの異形の活動維持に、何らかの形で密接に関わっていると推測できる。 その推測が正しければ、異形は艦体への被害拡大を無視できる筈がない。 しかし、如何にカイゼル・ファルベといえど、異形とゆりかご艦体の双方を同時に防御する事は難しいだろう。 必ず、いずれかの防御に綻びが生じる筈だ。 その瞬間こそが、勝機。 『こちら高町、奇襲成功! 目標に攻撃を集中して!』 『了解した!』 念話を終えるや否やゆりかご断裂面の方角にて、凄まじい魔力と爆炎の光が炸裂し、轟音が響き渡る。 それを確認し、なのはとウンディは再びゆりかごへと向き直り、各々の得物を構えた。 狙うは異形の背面、そして其処より伸びる無数のケーブルを呑み込む艦内構造物。 機動兵器群は未だにR戦闘機を追撃している為か、周囲にその姿は見当たらない。 2人は集束を開始し、照準を合わせる。 「骨董品はそろそろ退場するッスよ・・・!」 「スターライト・・・」 膨れ上がる光球群。 そして遂に、それらが解き放たれようとした、その瞬間。 『危ない!』 攻撃隊からの念話と共に、衝撃と轟音が2人を襲った。 堪らず吹き飛ばされ、悲鳴を上げるなのは、ウェンディ。 「くあッ!?」 「ッ・・・ぅああぁぁぁッ!?」 回転しつつ吹き飛ぶ身体の制御を漸く取り戻した頃、なのははウェンディと共に再度ゆりかごを視界へと捉えた。 同時に、彼女等は己が目を疑う。 「なん・・・スか? これ・・・」 「何が・・・」 彼女達の眼前に拡がる、常軌を逸した光景。 それは。 「冗談じゃないッスよ・・・!」 メインエンジンを点火し、ゆりかごの「前部」へと衝突した「後部」、そして衝突の反動によって弾き飛ばされる「前部」、双方の巨体だった。 「そんな・・・完全に割れているのに・・・!?」 「・・・こいつ、戦艦のゾンビッスか? 流石にもう笑えないッスよ!」 『一尉、ウェンディ! 無事か!?』 異常な状況に混乱する2人の脳裏へと、チンクからの念話が飛び込む。 焦燥の滲むその思念に対し、2人はほぼ同時に答えを返した。 『チンク姉、無事ッスか!?』 『チンク、そちらの状況は!?』 すぐさま、チンクからの返信が入る。 しかしその思念は、やはり隠し様もない焦燥と混乱とに満ち満ちていた。 『くそ・・・気付くのがもう少し遅ければ全滅していた! 突然、ゆりかご「後部」が突進してきたんだ! 負傷者が4名、衝突面に巻き込まれた! あれでは・・・』 念話が、唐突に途絶える。 同時に周囲へと轟き始める、不気味な炸裂音。 何事か、と周囲を見回す2人の脳裏に、再びチンクからの念話が飛び込んだ。 『聞こえるか・・・一尉、ウェンディ、応答を!』 『チンク、何があったの?』 瞬間、2人の頭上より轟音が響く。 彼女達が反射的に視線を跳ね上げると同時、チンクが状況の更なる悪化を告げた。 『ゆりかご「前部」・・・兵装が稼動を始めた! 全兵装、オンライン!』 その言葉を聞き終える前に、なのはとウェンディは全速力でその場を離脱する。 直後、彼女等が身を置いていた空間を、無数の光弾が貫いた。 「な・・・!」 2人の視線の先、ゆりかご「前部」。 それは、衝突のエネルギーとブースターの推進力を用い、ほぼ垂直に90度回転。 艦首を2人の方向へと向け、艦体上部に配置された魔導兵器及び質量兵器を乱射していた。 辛うじて射角外へと逃れる事に成功した2人であったが、次いで飛び込んだ攻撃隊からの警告に、自身等が未だ危機を脱してはいない事を理解する。 『ゆりかご「後部」、再突撃! 回避!』 2人の視界、その端へと映り込むゆりかご「後部」の巨体。 断裂面を進行方向へと向け、メインエンジンの大出力を以って高速で突撃してくるその艦影を捉えるや否や、2人は死に物狂いで宙を翔け、攻撃隊との合流を目指す。 そして数秒後、巨大な衝突音と衝撃波が、背後より彼女等を襲った。 またも吹き飛ばされる2人。 それでも体勢を立て直し飛翔し続けた結果、彼女等は数十秒後に攻撃隊生存者との合流を果たす事ができた。 数を減らした負傷者と戦闘継続可能な隊員達は皆が皆、蒼白な面持ちで2人を迎える。 彼等は2人が無事に帰還した事に対する喜びを口にするでもなく、ただ沈黙のままにその背後を見据えていた。 なのは、そしてウェンディもまた、自身の背後で起こっている事態を突如として轟いた爆音から察し、戦慄をその表情へと浮かべつつ後方へと振り返る。 「・・・次は、何?」 爆発。 なのはの視線の先、攻撃隊の目前で、「前部」と接触した「後部」上方が内部より爆発し、その構造物の大部分を吹き飛ばしていた。 無数の破片が攻撃隊を襲い、しかし片端から射撃魔法により迎撃されてゆく。 漸く破片の飛来が収まった頃、ゆりかご「後部」は劇的なまでにその姿を変えていた。 「あれは・・・?」 「・・・何のつもりだ、化け物が」 上部構造物の殆どが消滅し、内部へと大きく陥没した異様な全貌を曝す「後部」。 その巨体の影から、メインエンジンの青白い光とは異なる、真紅の光が漏れ出している。 徐々に光度を増すそれは、やがて同色の光弾による周囲への無差別攻撃を開始した。 その光弾の数、もはや人間の認識が及ぶものではない。 壁としか云い様のない密度を以って放たれる弾幕は、R戦闘機を追う機動兵器群、衝突により離れ行く「前部」、果ては光弾を放つそれを搭載する「後部」自体をも破壊しつつ、あらゆるものを排除すべく空間を埋め尽くす。 そして、3度「前部」と「後部」が接触し、それらの角度に変化が生じた瞬間。 攻撃隊は、光弾を放ち続けるそれの正体を目の当たりにした。 ほぼ立方体の形を取る、真紅の光を内包した巨大な結晶体。 本来は強固な防御区画に護られていたであろうそれは、今やその全貌を外部へと曝し、外敵は疎か自身を内包する構造物に対してまでも破滅を齎す、完全な殲滅機構と化していた。 古代ベルカの民が生みし、究極の質量兵器「聖王のゆりかご」。 その巨躯へと膨大な量の魔力を供給する心臓、ゆりかごを究極たらしめる力の集束体。 本来ならば決して、敵に対する攻撃手段とはなり得ない、なる筈のない機関。 ゆりかご「駆動炉」。 「自分から心臓部を曝すなんて・・・まともじゃない!」 「まともな戦艦は真っ二つになった時点で轟沈してるさ! あれはもう戦艦ですらない!」 「ゆりかご、発砲!」 攻撃隊員達が口々に罵倒の言葉を叫ぶ中、4度目の接触を起こした「前部」及び「後部」は其々、艦体上部と駆動炉を攻撃隊へと向け、質量兵器と光弾の弾幕を放つ。 轟音と共に空間を貫くそれらを、攻撃隊は各々が出し得る最高の速度を以って飛翔し回避。 しかし「前部」が更に回転し、その断裂面が攻撃隊へと向くや否や、隊員の1人より警告が飛ぶ。 『砲撃、来るぞ!』 攻撃隊の方角から見て、上下真逆となった異形。 その胸部より黄金色の球体が覗き、周囲には虹色の魔力光が吹き荒れている。 直後、散開した攻撃隊の間を突き抜ける様にして、虹色の大規模砲撃が空間を貫いた。 回避行動も空しく、1人が砲撃範囲外への離脱叶わず、光の奔流へと呑み込まれる。 肉体がデバイス諸共に消滅し、砲撃跡には僅かな虹色の魔力残滓のみが残された。 残存攻撃隊員、11名。 「くぅ・・・!」 『駄目だ! 一尉、此処は退こう! このままでは全滅だ!』 隊員からの念話に、なのはは判断を余儀なくされる。 飽くまで戦闘を継続するか、この場を脱し安全圏へと退避するか。 この場に残れば? 恐らくはそう遠からぬ内、高密度の弾幕と砲撃により全滅する事となるだろう。 魔導・質量兵器を満載した「前部」と、暴走する駆動炉を搭載した「後部」、そして「前部」断裂面へと露出した異形。 これらを同時に相手取り、生還する術など想像も付かない。 では、退却を選べば? 先ず、何処へ逃げるというのだ? 周囲の広大な空間には、無数の次元航行艦が漂っている。 上手くいけば、それらを盾に離脱する事ができるかもしれない。 しかし同時に、それらの機能がオンラインにならないとも限らないのだ。 第一に、ゆりかごの攻撃を掻い潜って遠距離へと脱する事、それ自体の成功が疑わしい。 一体、どちらの選択こそが最善なのか? 「どうする、一尉?」 傍らより、チンクが問い掛ける。 すぐには答えず、なのはは視線の先に集束する虹色の光を見据えた。 そして数秒後、遂に彼女は決断する。 「・・・撤退します! 次の砲撃を回避後、後方の次元航行艦へと向かって飛んで! 艦艇を盾に、この空間を離脱します!」 異形の胸部装甲が解放されると同時、攻撃隊はなのはの指示を実行した。 散開し砲撃を回避するや否や、後方へと飛翔を開始。 「AC-47β」より齎される魔力の幾許かを自らのリンカーコアへと供給し、出し得る限りの速度を以って次元航行艦を目指す。 後方からの追撃はない。 このまま離脱できるか。 『振り返るな、飛べ!』 『行け、行け、行け!』 飛行速度の遅い者、「AC-47β」によって飛行が可能となってからの時間が短い陸士などの3名には、高速飛行可能な者が2人ずつ飛行補助に就く。 結果として時速200kmを超える速度での移動を可能とした攻撃隊であったが、翔けども翔けども目標艦艇へと辿り着けない。 実際にはかなりの速度で近付いているにも拘らず、既に数十分も飛翔している様な感覚に襲われるなのは。 しかも2つに割れているとはいえ、其々の全長が優に3kmを超えるゆりかごである。 その巨体から見れば、時速200kmばかりの速度で飛翔する魔導師の一団など、地を這う蟻に等しいだろう。 それでも漸く、目標艦艇まで数kmの位置にまで接近する事に成功した、その時。 『A dimension quake is detected! Evade!』 レイジングハートが警告を発すると同時、目標艦艇が爆発した。 「・・・ッ!」 襲い掛かる衝撃波と炎熱に、なのはは満足に悲鳴を上げる事もできずに吹き飛ばされる。 やや後方を飛んでいたウェンディと隊員の1人が彼女を受け止めたものの、3人はそのまま制御を失い数百mに亘って無重力空間を舞った。 暫しの後に漸く体勢を立て直し、衝撃に霞む視界もそのままに目標艦艇を探すものの、その艦影は忽然と消え失せている。 奇妙な事に、十数秒前に視界を埋め尽くしていた筈の爆炎も艦艇の破片も、その一切が消失し、無だけが空間を支配していた。 其処で漸く、なのはは目標艦艇爆発の直前に発せられた、レイジングハートからの警告へと思い至る。 「次元・・・震・・・?」 背後へと振り返るなのは。 ゆりかご「前部」は、ゆっくりと垂直方向へ回転している。 「後部」は艦底をこちらへと向けたまま、特に動きはない。 しかし数秒後、その陰より禍々しい真紅の光が漏れ出す。 光は際限なく膨れ上がり、やがてゆりかごの2つに割れた艦影すらをも呑み込まんとした頃。 「前部」艦首が閃光を発し、同時に周囲の艦艇が次々に爆発、四散した。 「な・・・!」 驚愕と共にその光景を見つめるなのは、そして攻撃隊員。 彼等の視線の先では爆発した艦艇群の破片と爆炎が、視認すら可能なまでに具現化した空間歪曲へと呑み込まれ、消滅してゆく。 何が起きているのか、それを理解したなのはの隣で、チンクがその思考を代弁した。 「次元跳躍攻撃・・・こんな至近距離で・・・!」 呆然と周囲を見やる間にも、次元震は続々と周囲の艦艇群を破壊してゆく。 ひとつの次元震が収束するや否や、新たな次元震が発生。 既に周囲の空間は、常時40を超える数の次元震が絶えず発生し続け、汚染艦艇群すら無差別に消滅してゆく危険空域と化していた。 次元震発生の間隔は衰える事なく、そればかりか徐々に時間を短縮すらしている。 これが、これこそが。 古代ベルカが生みし、禁断の質量兵器。 「聖王のゆりかご」が秘めし真の力、「戦船」の真の姿か。 「危ない!」 意識すら引き裂かれんばかりの異音。 脳髄を揺さ振る高音は、至近距離にて空間歪曲が発生した事を示す。 辛うじて影響範囲からは外れていたらしいが、攻撃隊員は一様に肝を冷やした。 即座に隊員の1人が、数分前に発せられたなのはのそれとは相反する指示を飛ばす。 『戻れ! ゆりかごから距離を離すと危ない! 次元跳躍攻撃の最小射程より内に入るんだ!』 反論の声はなかった。 このままゆりかごより距離を取り続ければ、次元跳躍攻撃の最小射程内へと到達してしまう。 先程とは反対に、攻撃隊は必死にゆりかごへと追い付くべく宙を翔けた。 しかし。 「・・・ッ! こっちの思惑はお見通しか・・・!」 『畜生、離されるな! これ以上距離を取られたら死ぬぞ!』 そんな彼等の行動は予測済みであったのか、ゆりかごは「前部」及び「後部」共に、其々メインエンジンと補助ブースターにより、攻撃隊とは反対の方向へと加速を始めたのだ。 双方の距離は縮まる事なく、それどころか攻撃隊は徐々にゆりかごから引き離されてゆく。 『速い・・・!』 『後方、次元震接近! 影響範囲到達まで70秒!』 隊員からの念話に後方を見やれば、その言葉通り次元震が徐々に接近してきているではないか。 虚数空間より零れ出す異様な光と、歪んだ空間場景が迫り来る様に、なのはは脊椎を氷の手によって掴まれたかの様な錯覚を起こす。 同様に後方を振り返っていたウェンディが表情を青褪めさせ、なのはと共にチンクの身体へと回していた腕により一層の力を込めると、更にランディングボードの速度を上げた。 同じくチンクの飛行補助に付いているなのはもまた速度を上げ、攻撃隊はゆりかごから距離を取る際、それ以上の速度を以って濃紺青の艦体を目指す。 だが、間に合わない。 次元震が迫る。 悲鳴。 微かに漂っていた艦艇の破片が、空間歪曲に飲み込まれる。 その距離、後方僅か300m。 更に速度を上げる。 しかし、ゆりかごもまた加速。 背後より迫る次元震の接近速度が、更に跳ね上がる。 影響範囲到達まで200m。 ゆりかご「前部」より光学兵器、「後部」駆動炉より光弾、飛来。 簡易砲撃魔法、5発。 弾雨の壁を貫き、攻撃隊の道を切り開く。 影響範囲到達まで100m。 「前部」及び「後部」衝突、「前部」断裂面が攻撃隊へと向く。 2秒後、砲撃。 攻撃隊、散開によりこれを回避するも、飛翔速度は大幅に低下。 影響範囲到達まで50m。 「駄目・・・!」 これ以上の加速は不可能だ。 迫り来る空間歪曲を振り返りつつ、なのはは自身の胸中を絶望が覆い始めた事を自覚する。 最早、打つ手はない。 見れば、ウェンディやチンク、他の隊員も同様の認識らしく、恐怖と諦観の入り混じった表情を浮かべていた。 そうして遂に、万物を虚数空間へと誘う奈落の穴が、魔導師達を捉えんとした、その時。 レイジングハートが三度、警告を発した。 次元震の接近とは異なる、異常な警告。 『Warning! A high energy reaction is detected! It distinguished from the nuclear fusion reaction!』 瞬間、ゆりかごの更に前方、闇に閉ざされた空間にて、轟音と共に光が爆発する。 脳髄による精確な理解が全くできない、異常な音。 次元跳躍攻撃のそれとも異なる、人間の意識には決して解析できない異音。 しかし、唯ひとつ。 唯ひとつだけ、理解できる事がある。 あれは「破滅」の音だ。 「破滅」そのものが放つ、魂それ自体をも侮辱し破壊する、虚無の音だ。 あれの発生源に近付く事は、それ即ち存在の「消滅」を意味する。 青白い雷光と爆発が、2つに割れたゆりかごを単なる漆黒のシルエットと化した。 余りにも巨大な青き爆発は、周囲に残る艦艇を次々に呑み込み、その悉くを消滅させてゆく。 爆発はひとつではなく、広範囲に亘り連鎖的に発生しているらしい。 約4秒間に亘り続いたそれは、発生時と同じく唐突に収束した。 「な・・・今のは・・・!?」 「核融合・・・ですって・・・?」 呆然と呟くなのは、そして隊員。 彼等の視線の先では、ゆりかごがその艦体各所より爆炎を噴き上げ、質量兵器と光弾の弾幕を周囲へと展開しつつ急激な戦闘機動を開始している。 「前部」及び「後部」が互いに接触を繰り返しつつ、何かから逃れようとするかの様にあらぬ方向へと進路を変更。 気付けば、攻撃隊へと迫っていた次元跳躍攻撃までもが、何時の間にか完全に停止していた。 そして、その殲滅行為を為した存在は、レイジングハートからの4度目の警告と共に姿を現す。 『Annihilation that all reactions of Mobile Arms disappear』 「殲滅された!? あの機動兵器群が!?」 「一尉、あれを!」 ゆりかごの向こう、闇の中より現れ出でる、白き影。 過度な進化を遂げた科学技術と、未知なる強大な存在への恐怖から生み出された、狂気の翼。 鈍いオレンジの光を放つ球状兵装を機首へと接続し、高速にて割れた艦体へと突撃する、忌まわしき質量兵器。 「R・・・戦闘機!」 攻撃隊が行動を起こすより遥かに早く、R戦闘機はゆりかご「前部」へと肉薄、フォースより十数発の弾頭を発射する。 それらはゆりかご外殻へと接触すると同時、炸裂する無数のエネルギー爆発と化して上部14箇所の砲門を破壊し尽くした。 速度を緩めぬまま外殻に沿って飛び続け、断裂面へと至るやミサイル2発を同時発射。 発射直後に急激な方向転換を行ったミサイルは、そのまま断裂面に佇む異形の頭部へと着弾。 僅かに残った装甲が跡形もなく吹き飛び、膨大な量の赤い血が噴き出すと同時、異形の絶叫が空間へと響き渡る。 更にR戦闘機はフォースを射出、「後部」駆動炉へと直撃させた。 フォースは駆動炉へと激しく衝突、その強固な結晶体へと罅を刻む。 直後、フォースと駆動炉の双方から、凄まじい弾幕が放たれ始めた。 零距離より駆動炉へと猛烈な連射を叩き込むフォース、抗うかの様に真紅の弾幕を以ってフォースを呑み込まんとする駆動炉。 一切の防御行動が存在しない熾烈な衝突はしかし、フォースが赤い光を放った事で唐突に終わりを告げる。 急激な機動で駆動炉より離れ、「後部」の周囲を旋回するR戦闘機の許へと飛翔するフォース。 先程とは異なり赤い光を纏ったそれには、損傷らしき損傷を負った形跡すら無い。 対照的に駆動炉は、結晶体の表面へと無数の罅を走らせ、内部よりガス状の高圧縮魔力を漏出させていた。 「一尉、好機だ!」 呆然と、R戦闘機とゆりかごの交戦を見やっていたなのはは、横合いより掛けられたチンクの声に我へと返る。 見れば、彼女とウェンディ、そして攻撃隊員の殆どがデバイスを構え、攻撃の体勢へと入っているではないか。 なのはは瞬時に彼等の言いたい事を理解し、レイジングハートを構えると同時に宣言する。 「・・・総員、突撃!」 その言葉が放たれると同時、魔導師達は雷管に撃鉄を打ち込まれた弾丸の如く、弾かれた様に目標へと向かって飛び出した。 ゆりかごはR戦闘機との交戦に全力を注いでいるのか、接近する攻撃隊への迎撃を行う様子はない。 狙うは「後部」、傷付いた駆動炉。 「構えてッ!」 そして、遂に。 遂に彼等は、真紅の結晶体を射程へと捉えた。 R戦闘機は「前部」と交戦中、当の「前部」は補助ブースターを破壊され、最大の打撃力を有する異形を攻撃隊へと向ける事ができない。 砲撃魔導師が集束砲撃の準備へと入り、他の魔導師が防御体勢へと移行する。 駆動炉は彼等を排除すべく、これまでを超える密度にて弾幕を形成。 重い振動音と共に、空間に赤いカーテンが出現する。 発射弾数が多過ぎるだけでなく発射点との距離が近い為、光弾と光弾の間隙が見えない。 しかし魔導師達は、ほぼ完璧とも云える連携によって強固な防壁を築き、その全てを遮断する事に成功していた。 それでも次々に粉砕されゆく複数の結界を見やりつつ、なのはは集束を終える。 「これで・・・終わらせるッ!」 5名の砲撃魔導師。 なのはの5つを含め、総数18もの魔法陣と魔力集束体が解放の時を待ち望み、その暴発せんばかりの魔力の矛先を駆動炉へと突き付けていた。 やがて、駆動炉より放たれる弾幕を受け止めていた結界が、最後の2つを残して消滅する。 「スターライト・・・」 更に1つが消滅し、駆動炉が更に輝きを増した。 内部にて暴走する魔力に耐え切れないのか、結晶体は徐々に崩壊を始めている。 しかし、このまま自然崩壊を待つつもりなど、攻撃隊には欠片もありはしなかった。 「ブレイカー!」 そして遂に、光は解き放たれる。 ゲインズとの戦闘では放たれる事のなかった、5名の砲撃魔導師による全力での集束砲撃。 弾幕を掻き消し、空間に存在する全てを呑み込みながら結晶体へと直撃する18条の光。 それらは結晶体の罅を突き破り、内部の魔力集束体へと突き立つ。 瞬間、暴力的としか云い様のない圧力が砲撃を押し返し、一瞬ながらなのはを怯ませた。 しかし彼女は、そして4名の砲撃魔導師達は、すぐさまトリガーボイスを紡ぐ。 全ては目前の脅威を打倒する為、古より蘇りし亡霊、憐れなる船を冥府へと葬り去る為。 「ブレイク・・・」 希望の、正義の光は放たれた。 「シュート!」 そして、絶望と憎悪の光もまた、同時に。 「ぎッ・・・ああぁああぁぁぁッ!?」 轟音。 視界を埋め尽くす、虹色の光。 全身を焼く魔力の熱に、なのはは絶叫した。 腕を誰かが掴んでいる様に感じたが、それすらも夢か現か判然としない。 何が起こっているのかは理解できないが、やがて回復した視界へと映り込んだものが何かは、辛うじて認識できた。 駆動炉を含め、構造物の殆どが消滅したゆりかご「後部」。 そして直上よりそれを見下ろす「異形」。 巨大な赤と碧のオッドアイが、冷然となのはを見下ろしていた。 そして彼女は、意識が完全に覚醒すると同時に、更なる絶望を目撃する。 それは、異形の全貌。 安穏なる「ゆりかご」より完全に剥離したそれは、常軌を逸した狂気そのものの造形を現していた。 四肢が存在しないと思われたそれは、胴部と同色の装甲に覆われた左右一対の巨大な腕部、そして節足動物を思わせる無数の体節と腹脚を併せ持った下半身を備え、轟然と無重力空間を漂っている。 下半身の全長は70mにも達するだろうか。 腹脚の数は最早数え切れず、それらが忙しなく蠢いては体節を上下左右へと揺らしている。 そして、それら体節の間隙より、血液の飛沫が噴き出すと同時。 解放と真の生誕に、異形は歓喜と怨嗟の咆哮を上げた。 未完の悪夢が、9年の時を経て蘇る。
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銃声に次ぐ銃声。 薄闇の中より迫り来る異形の影が、その奇怪な形状の頭部へと銃撃を受け、苦痛による絶叫を上げる。 その更に後方よりもうひとつの影が現れるが、頭部やや右側面へと銃撃を受け、傷を庇う様に右へと回頭。 しかし直後、今度は頭部左側面の視覚器官らしき部位へと連続して3発の銃撃を受け、こちらも絶叫を上げつつ銃撃から逃れようと回頭を続行する。 そして前後2体、異形の影が重なった瞬間、1発の多重弾殻魔導弾が両者の頭部を撃ち抜いた。 巨大な爪が上部構造物より離れ、緑の蛍光色を放つ体液を周囲へと撒き散らしつつ、力なく落下しゆく2体の異形。 それらが暗く淀んだ水面へと叩き付けられ、暗黒の水底へと沈みゆく様を見届けた後にディエチは一言。 「・・・凄い」 ただ1発の砲撃さえ放つ事のなかったイノーメスカノンの砲口を下ろし、半ば呆然と呟いた。 彼女の数m横では、先程の銃撃の主であるヴァイスが射撃体勢を解き、ストームレイダーを手に周囲へと視線を走らせている。 やがて、周囲に敵影が存在しない事を確認したのか、彼はディエチへと歩み寄りつつ呟いた。 「ツイてないな。よりにもよって陸戦型、しかも機動性ほぼ皆無の2人が」 一旦、言葉を止め、もう一度周囲を見渡す。 漆黒の闇の中に、照明により施設の全貌が浮かび上がっていた。 人工地下水路に面した小規模輸送物資集積施設。 「空戦魔導師と逸れた上、同じ場所に転送されちまうとは」 そして言葉を続け、溜息を吐く。 ディエチは言葉もなくそんな彼を見つめていたが、やがてこちらも溜息をひとつ、感嘆の念と若干の呆れを込めて声を発した。 「・・・あれだけ巨大な生命体を11体も、しかも接近すら許さずに射殺できる貴方が、それを問題にするんですか?」 その言葉にヴァイスが肩を竦めるが、ディエチとしてはそれが偽らざる本心である。 転送直後、未確認生命体による上方からの襲撃を受け、即座に反応・迎撃を行ったヴァイス。 1体を撃破するや否や、地下水路の奥より迫り来る生命体への群れに対する狙撃を開始、ディエチがISヘヴィバレルによるイノーメスカノンへのチャージを終える猶予すら与えず、瞬く間に殲滅。 その間、僅か1分足らず。 「AC-47β」による魔力増幅の結果、弾体形成時の集束所要時間短縮により速射性が向上している事実を考慮に入れても、異常としか云い様のない腕前である。 牽制として放った魔導弾により生命体の行動を制限・誘導し、射線上に複数体が重なった瞬間に高圧縮多重弾殻魔導弾を撃ち込んで止めを刺す。 戦闘機人たる自身であっても容易ではない一連の過程を、この短時間に5回に亘って繰り返し、しかし微塵の疲労も窺わせる事のないこの人物。 旧機動六課に於いてはヘリのパイロットを務めていたという話ではあったが、その狙撃手としての腕はディエチから見ても遥かな高みにあった。 そして狙撃の腕だけではなく、魔力による弾体形成技術も相当なものだ。 保有技能は高速直射弾形成及び多重弾殻射撃のみであるとの事だが、しかし弾体毎の魔力圧縮率が尋常ではない。 単発の威力・貫通力だけに着目するならば、それこそ並みの集束砲撃魔法すら凌駕する程の高圧縮魔導弾。 非殺傷設定という縛めより解き放たれたそれらが、全長10mを優に超える異形の生命体を次々に射殺してゆく様は、何処か薄ら寒いものをすら感じさせる。 もし2年前、この男性と戦う事となっていたならば。 同じ狙撃手としての立場から、銃火を交えていたならば。 敗れていたのは、恐らく自分。 一方的に狙撃され、自らが敗れた事にも気付かずに、戦線から退く事となっていたに違いない。 そして、オーバーSランク相当の砲撃と、Bランク魔導師による直射弾。 常であれば考えるまでもなく砲撃が勝るであろうが、この男性の放つ銃弾はその常識を覆す。 単発の弾体としては考えられないまでの魔力密度、それに伴う弾速・貫通力。 こちらと正面から撃ち合ったとして、恐らくは砲撃の中心を貫き突破してくるであろう、緑光の銃弾。 射程・速射性・精密性・威力、いずれの面から見ても、自身からすれば高町 なのは以上に分が悪い相手だ。 それは高町 なのはにとっても同様である筈で、移動しつつ使用できる長距離攻撃魔法を有していない以上、防御をほぼ無効化できる弾体による狙撃を駆使するこの男性は、エースオブエースを墜とし得る数少ない人物の1人であるといえるだろう。 魔導師ランク、そして魔力保有量が全てではない、実戦の恐ろしさを体現するかの様な存在である。 「しかし・・・何だ、コレ?」 思考に沈むディエチを余所に、当のヴァイスは集積区のほぼ中央、転送直後に射殺した未確認生命体の死骸へと歩み寄り、銃口でそれを指した。 ディエチもまた死骸へと目をやり、蛍光色を放つ体液に沈む異形の全貌に眉を顰める。 胴部全長、凡そ10m。 4mを超える巨大な前脚。 背面に浮き出した、人間の肋骨にも似た骨格。 胴部へと覆い被さる様に伸びた、ほぼ同じ全長の巨大な頭部。 無数の複眼が寄り集まった、何処か幾何学的な模様にすら思える視覚器官。 全体を覆う部位の無い口部に、ずらりと並んだ巨大な歯牙。 全身の複数箇所に埋め込まれた、鈍色の光沢を放つ機械部品。 「これが、汚染体・・・?」 「だと思うんだがなぁ・・・」 嗅覚を苛む異臭に顔を顰めつつ、2人は注意深く死骸の観察を始めた。 とはいえ、生物学の専門家でもない2人に詳細な分析などできる筈もなく、外観から探れる事は探ろうという程度のものである。 しかし彼等の予想に反し、然程に時間を掛ける事もなく、複数の異常な点が浮かび上がった。 光沢がありながらも、腐乱した死体の様な色の外皮。 前脚と比較して、余りにも小さ過ぎる後脚。 胴部下方へと折り畳まれた、無数の副脚。 如何なる目的かも判然としないながら、しかし完全に生体組織と融合した機械部品。 「人工生命体・・・?」 「・・・汚染体だろ? そんなもの、誰が弄るっていうんだ」 「でも、このインプラントは・・・」 戦闘機人と同じ、機械部品による生体強化ではないのか? そう言い掛けて、ディエチは云い様のない嫌悪感を覚えた。 自分と、この化け物が同じ? 冗談ではない。 死人の肌の様な外皮を纏い、異臭を放つ粘液に塗れた蟲か爬虫類かも判然としないこの生命体が、強化されているとはいえ人としての意思と肉体を併せ持つ自身ら姉妹達と同類である筈がないではないか。 自らの思考を、理性と感情の両面から否定するディエチ。 彼女の内面にて沸き起こる葛藤に気付く事もなく、ヴァイスは死骸の各部より覗く機械部品へと顔を近付け、呟いた。 「・・・どうも端から移植を目的として製造された物じゃないらしいな。ほら」 ヴァイスに促され、ディエチもまた死骸の一部へと顔を寄せる。 生体組織の合間から覗く機械部品の表面には、僅かな錆と黒い油、そしてミッドチルダ言語の羅列があった。 その文字列を目で追い、彼女は訝しげに声を発する。 「LD-3304・・・加重限界5000kgまで・・・?」 「はっきりとは解らないが・・・これ、汎用ロボットアームか何かの部品じゃないか? 骨格の間にあるやつは多分、小型水上船のシャフト基部だ。それもかなりボロボロ、ゴミ同然のやつ」 「廃棄物を取り込んでいる・・・?」 「多分な」 言葉を返しつつ、ヴァイスは死骸の後方へと回り込んだ。 ディエチは前方へと歩を進め、改めて後部に並ぶ歯牙へと注目する。 やはり、似ている。 遥かに巨大ではあるが、この汚染体らしき異形の歯牙は、人間のそれと余りにも酷似しているのだ。 何らかの原住生物を基に発生した事は疑い様が無いが、しかし此処まで人類に酷似した歯牙を有する生物が、果たしてこの隔離空間内へと取り込まれた世界のいずれかに存在していただろうか? まさか。 まさか、この生命体は。 この汚染体の素体となった「生物」とは。 「おい、大丈夫か?」 掛けられる声に、ディエチはふと我に返った。 目前には、何処か気遣わしげな表情のヴァイスの顔。 思わず後退り、意味の無い声を洩らしてしまう。 「あ・・・え?」 「何か思い悩んでいたみたいだが・・・問題ないか?」 「あ、はい・・・」 何とか答えを返すディエチ。 そんな彼女の様子に未だ納得しかねているらしきヴァイスであったが、ややあってディエチに背を向けると、何処かへと向けて歩み始めた。 戸惑うディエチに、次の行動を促す声が掛かる。 「取り敢えず、此処の管制ログを調べてみようぜ。此処の連中が何処に消えたのか、って事だけでも明らかにしなきゃあな」 言いつつ、ストームレイダーの銃口を管制塔へと向けるヴァイス。 その言葉に納得し、ディエチもまたイノーメスカノンを担ぎ直し歩き出す。 管制塔まではそう距離がある訳でもなく、数分で到達できるだろう。 巨大なコンテナの間を歩きつつ、2人は現状についての意見を交わし合った。 「しかし、本当に人っ子1人居やしねぇ・・・この1ヶ月の間に、何があったんだ?」 「まず此処が何処の世界かも判りませんし・・・少なくとも第61管理世界ではなさそうですが」 「隔離空間内のどれかではあるんだろうけどな。まあ、それもログを見れば判るだろ。ついでに此処で何があったのかも」 「・・・あまり良い事態ではなさそうですが」 唐突に足を止め、コンテナが積み重なる集積区の一画を指すディエチ。 同じく足を止めたヴァイスも、それを目にするや否や諦観の滲んだ溜息を吐く。 「・・・納得」 2人の視線の先には、数十個の潰れたコンテナと無数の車両、そして夥しい量の血痕が残されていた。 「・・・10人や20人じゃないな。100人・・・いや、それ以上か」 「抵抗した形跡が無い・・・一般人だった様ですね」 完全に圧壊した自家用車及び輸送車両、コンクリート舗装面に撒き散らされた黒ずんだ液体の染み。 それはこの場所に於いて、凄惨な殺戮が繰り広げられた事実を示していた。 既に相当の時間が経っているのか、本来ならばこの場に漂う筈の鼻腔を突く鉄の臭いも、既に掻き消えている。 臭いだけではない。 本来ならば此処に存在する筈のものが、1つとして見当たらないのだ。 「死体は・・・?」 「死体」が無い。 犠牲者達の亡骸だけが、忽然とこの場より消え失せている。 圧壊した車両の隙間を覗いても、人体の欠片すら見付ける事はできなかった。 「捕食されたのでしょうか?」 「・・・ま、全滅したと決まった訳じゃない。生存者が居るかどうかも調べりゃ判るだろ」 再び歩き出すヴァイス、そしてディエチ。 やがて管制塔へと辿り着いた2人は、コンソールを操作し過去1ヶ月のログを確認。 表示される記録は、そのいずれもが絶望的な状況を物語っていた。 第151管理世界、総人口4900万のこの世界を襲った惨劇。 人工衛星の消失より始まった一連の事態は、生態系の激変という通常では考えられない現象へと加速し、遂には地表域に於ける次元断層の連続発生による他世界との空間干渉及び接続という、最悪の事態が発生。 電子制御系の暴走、電力供給用魔力炉の爆発、変異生態系による都市部への生体汚染拡大。 都市及び主要施設間の長距離移動は不可能となり、各地では集団消失現象が多発、逆に他世界の住民が突如として出現する事態も発生し、既に隔離空間内に於ける各世界の区別は無きに等しいとの事。 地上にて観測された人工天体は日を追う毎に巨大化し、それが各世界の人工建造物を取り込んで形成されている事が判明した数日後には、この施設までもがその天体内へと転移していたのだという。 つまり此処は人工天体の複合建造物内部であり、既知の座標は機能しない。 次元間転移事故被災者を保護し、調査隊を編制して施設周囲の調査を行ったものの、その殆どが行方不明となってしまう。 更には未知の生命体群により度重なる襲撃を受け、6度目の交戦では集積区の車両内にて生活していた206名の被災者が全滅する事態となった。 そして遂に、戦闘可能な魔導師が10名を切る状況へと至り、遂には施設の放棄を決定。 地下水路を8kmほど進んだ地点に発見された、廃棄物処理場への移動を敢行。 汚染物質の流出を避ける為の多重隔壁と強固な施設外壁を頼りに、管理局の救出部隊が駆け付けるまでの篭城戦を行うとの事。 幸いにして輸送用小型次元航行艦2隻を確保できた為、艦体ごと処理場内部へと侵入し汚染を避ける事ができる。 食料も1ヶ月分は貯蔵があり、救出部隊の到着までは耐えられると判断したらしい。 最後に、施設を訪れるであろう管理局部隊へのメッセージを残し、ログは途絶えていた。 「廃棄物処理場・・・」 「嫌な予感しかしないな」 ログの確認を終え、溜息を吐く2人。 一連の事態による被害は、管理局の予想を遥かに上回っていた。 この状況では、現時点に於いて要救助者の何割が生存している事か。 「・・・取り敢えず行ってみるか。御誂え向きにボートもある」 「でも、ヴァイス陸曹。このログ・・・」 「解ってる」 そして、常軌を逸した数々の現象が綴られるログの中、明らかに際立って異常と解る2つの記録。 人工天体への転移直前、そして転移6日後。 他の現象とは異なる、奇妙な記録。 「俺達や汚染体以外にも、招かれざる客が居るみたいだな」 そう言うと、ヴァイスはコンソールへと背を向けた。 ディエチもそれに倣う。 要救助者が存在しない以上、此処に留まる意味は無い。 入手した情報に基づき、彼等が身を潜めているであろう廃棄物処理場へと向かうだけだ。 管制塔を出る2人の背後、コンソールの僅かな明かりだけが、無人の室内を淡く照らし出す。 モニターに表示された無数のログの中、2つの記録だけが他とは異なる赤い色を放っていた。 「77.12.22 施設地上部より緊急連絡。2251時、東部地平線に複数の強烈な閃光を確認したとの事。直後、震度6相当の揺れを感知。2時間後、隣接する管理局拠点より入電。首都方面にて高濃度の放射能検出との事。警報発令。地上部より職員を退避させ、隔壁を封鎖」 「77.12.28 調査隊、水路内にて所属不明の小型船艇と遭遇。接触を試みるも、不明生命体群の襲撃を受け交戦。戦闘中、所属不明船艇は質量兵器と、複数の小型無人兵器を用いていたとの事。 戦闘終了後、船艇は高速にて当該域を離脱。船体が宙に浮いていた事から、反重力駆動方式と推定」 * * 金色の閃光が空間を薙ぎ、異形の頸を切り飛ばす。 瞬間、宙を翔ける漆黒の影。 降り注ぐ血の雨をも掻い潜らんとするかの如き速度で突き抜けたそれは、上方へと6つの光弾を放つ。 遥か上方へと撃ち上げられたそれらは放物線を描き、一拍の後に砲弾の如く汚染生命体群の頭上へと降り注いだ。 連なる6つの爆発音、そして無数の絶叫。 『DOSE 50%』 粉塵と血煙の中から、数体の異形が血液を振り撒きつつ金切り声と共に影へと突進を開始する。 しかし、生存本能によって突き動かされるがままに開始された突進も、高速にて飛翔する影と擦れ違った、その瞬間に終わりを告げた。 閃光。 上下に二分される、13体の異形。 『DOSE 60%』 血が、内臓器官が、異形の体内に存在する無数の寄生体が、豪雨となって回廊へと降り注ぐ。 その惨状を尻目に、影は中空へと制止。 同時に巨大な魔法陣が展開され、黄金の光が周囲を埋め尽くす。 そして響くは、凍て付く感情を秘めし声。 『Phalanx Shift』 「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」 影の周囲へと浮かぶ、38の光球。 余りにも眩いその閃光に反応したか、薄闇の奥から無数の叫びと異音が多重奏となって空間へと響く。 蚊のそれにも似た羽音、無数の脚が擦れ犇く音、枯れ枝を踏み折る様な音。 闇より迫り来るそれらの一切を無視、影の腕はゆっくりとその先を指し。 「フォトンランサー・ファランクスシフト」 そして、トリガーを引いた。 「ファイア」 瞬間、全ての光球が射撃を開始する。 単発ではなく、連射。 全てを埋め尽くさんばかりの弾幕が、闇の先に犇く異形の群れへと襲い掛かった。 着弾、炸裂、絶叫、破裂音、水音、爆発音。 それら全てが混然となり、空間を支配する。 炸裂する光の中に浮かび上がる、焼かれ、貫かれ、引き裂かれ、打ち砕かれ、断末魔を上げる無数の生命体の影。 その光景を前にしながら、僅かながらの揺らぎも見せずに人形の如く佇む人物。 左手に携えられた、黄金の刃に雷纏う片刃の長剣。 刃の周囲を旋回する、一筋の赤い光。 『Caution. DOSE 70%』 「排出実行」 『Exhaust DOSE』 刃の付け根、歪に突き出したドラム型マガジンから、高圧蒸気にも似た圧縮魔力が噴出する。 響き渡る噴射音、約8秒間。 それが止んだ時、長剣は戦斧状の杖となって其処にあった。 『・・・ハラオウン執務官』 『汚染体は殲滅しました。前進します』 後方に待機するディードからの念話。 ただ簡潔に敵の殲滅完了を伝え、前進する旨を告げる。 彼女からの反論は、特に無い。 意見しても無駄であると理解しているのだろう。 XV級次元航行艦が余裕を持って通過できる程の、広大な金属回廊。 その壁面は得体の知れぬ生体組織に侵されており、鈍色の光を放つ壁面の隙間からは黒ずんだ肉腫が覗いている。 鋼鉄の殻に覆われた肉壁、その合間から無数の汚染体と思しき生命体が湧き出したのが数分前。 ディードの他にオットー、そして他の攻撃隊員4名が居たのだが、大群を相手取る戦いには不利と判断、生体組織による侵蝕の及んでいない区画にて待機させていたのだ。 『無理はなさらないで下さい。敵の力は未知数です』 『分かってる』 続くオットーからの念話に答えを返しつつ、彼女、フェイトは己がデバイスへと目を落とす。 バルディッシュ・アサルトフォームの側面、カートリッジシステムから突き出したドラム型マガジン。 それを見つめつつ、彼女は思考する。 ライオットブレードの状態でファランクスシフトを展開したというのに、違和感が一切存在しない。 身体への負担も、それ以上に魔力の消耗感すら感じられないという、異常な感覚。 魔力消費量が段違いであるライオットブレードを常時展開して尚、リンカーコアによる魔力素吸収速度が消費量を上回るという信じられない状態。 「AC-47β」。 あの憎むべきR戦闘機群によって齎された、禁断の技術。 次元世界の理を外れた、歪な技術体系によって構築された魔力増幅触媒。 「・・・大丈夫」 呟き、バルディッシュの柄を強く握り締める。 それは、自己に対する暗示だった。 これなら、勝てる。 必ず、必ず打倒できる。 忌まわしき漆黒の番犬、雷光を纏う悪魔の機体。 エリオを、キャロを、家族を取り戻し、脱出する。 そして、ユーノから四肢を奪った罪人に、然るべき報いを与えるのだ。 その為に、自身はこのシステムを受け入れた。 管理局の理念に相反する思想の下に生み出された技術、それを応用し構築されたシステム。 常ならば決して認めはしなかったであろうそれを受け入れた理由は、敵の強大さも然る事ながら、贖罪の意味合いもある。 自身が判断を誤ったが為に、ユーノの四肢、延いては幾多の可能性を奪ってしまった。 彼は今も意識の戻らぬまま、本局医療区の一画にて自らの生命を脅かす死の足音と戦っている。 自身が彼の為にできる事は、怨敵を打ち倒し、その報告を彼へと捧げる事だけだ。 フェイトには確信があった。 バイド鎮圧後、地球軍との交渉の場を設ける事を望む上層部。 彼等の見解とは異なる、独自の確信が。 22世紀の地球は、決して管理世界と同じテーブルに着く事はない。 感じるのだ。 あの漆黒の機体から、捕えられたR戦闘機パイロット達から。 管理世界の人間を、決して自らと同じ存在とは看做していない事を。 ケージ内のモルモット、或いは路傍の石を見るかの如き、無感動な視線を。 彼等が管理局に対し、積極的敵対行動を取る事はない。 彼等にとって、管理局には敵対する程の価値など存在しないのだ。 R戦闘機群が管理局部隊と遭遇したとして、あちらから戦闘を仕掛ける事はないだろう。 彼等は、管理局の一切を無視する。 目前で汚染体と魔導師が戦闘を行っていようと、彼等にしてみれば割り入るべき理由が存在しないのだ。 彼等が管理局部隊に対し戦闘を展開するとなれば、それはこちらから仕掛けた場合に他ならない。 本局及びクラナガンを襲撃した際とは異なり、既に彼等は十分な情報を得ているだろう。 こちらがバイドではないと知り得ているのならば、可能な限り交戦を避けようとする筈だ。 それは人道的な面からの配慮などではない。 不必要な戦力の消耗と、管理局による地球軍に対する情報収集を避ける為だ。 即ち、全ての行動が自らの生存の為であり、管理世界の人間に対する配慮の一切が欠落している。 彼等は未だに、こちらを「人間」であるとは捉えていないのだ。 恐らくは、義母や義兄も気付いている。 彼等の異質な認識、人間としての共通意識の欠落に。 地球軍にとって、管理世界の住人は「人」ではない。 だがそれは同時に管理世界の住人にとっても、地球軍を構成する人員は「人」ではないとの証明に他ならないのだ。 共存など以ての外、相互理解の構築など決して実現し得ない「未知」の存在。 ならば、自身がすべき事はひとつだ。 彼等の「本性」を暴き、管理世界全ての目前へと曝せば良い。 決して解り合えぬ存在であると、知らしめれば良い。 彼等の目的はバイドの「殲滅」。 管理局が「制圧」及び「確保」を目的として行動する限り、いずれは敵対する事となるのだから。 そして、その時こそ。 自らの雷光にて、漆黒の番犬へと「断罪」を下すのだ。 『ハラオウン執務官、応答を!』 突然の念話。 その焦燥を含んだ念に、フェイトは我へと返る。 『どうしたの?』 『回廊の奥から巨大な・・・巨大な浮遊体が、高速にて接近してきます!』 瞬間、フェイトはバルディッシュをライオットブレードへと変貌させた。 身を翻し、ディード等の待機地点へと向かうべく、高速で宙を翔ける。 『浮遊体の特徴は? 機械? 生命体?』 『何らかの機械です! 大きさは・・・15m!』 その報告に、フェイトは僅かに眉を顰めた。 敵が大き過ぎる。 15mといえば、R戦闘機以上の大きさだ。 クラナガンを襲った、ゲインズとかいう人型機動兵器だろうか? 『浮遊体、頭上を通過!』 『特徴は?』 『塗装は黄色、後部に重力制御機関らしき赤いコアを確認! そちらに向かいました!』 新たな報告も終わらぬ内、フェイトの視界に巨大な鉄塊が映り込む。 成程、黄色の塗装を施された全高15m、全幅9m程の浮遊体が、高速でこちらへと突進してくるではないか。 その速度は、並みの空戦魔導師に勝るとも劣らない。 ライオットブレードの柄を握り直し、フェイトもまた突進を開始した。 「はッ!」 裂帛の気合と共に、擦れ違い様に一閃。 浮遊体の下部が切り裂かれ、轟音と共に回廊床面へと落下する。 しかし。 「ッ・・・!」 下部を切り裂かれた浮遊体は減速する事もなく、空気を押し退ける轟音と共に回廊の奥へと消え去った。 闇の中に消え往く赤いコアの光を呆然と見送りつつ、しかしフェイトは奇妙な事に気付く。 何故、攻撃が無かった? あれだけの速度で突進してきて、何もせずに彼方へと飛び去った巨大な浮遊体。 弾幕を張るなり誘導兵器を放つなり、幾らでも手はあるだろうに、何故? よもや、戦闘を目的としたシステムではないとでもいうのだろうか? 『執務官!』 そんなフェイトの予想を裏付けるかの様に、またも念話が飛び込む。 オットーだ。 彼女らしからぬ焦燥の感じられるそれに、フェイトが警戒を強めた、直後。 『浮遊体接近・・・総数18! 回廊を塞ぐ様に・・・』 巨大な影が、彼女の側面を掠め飛んだ。 「な・・・!」 驚愕と共に、全身を襲う風圧に抗い姿勢を立て直す。 背後より襲い掛かったそれは、確かに先程の浮遊体と同型のものだった。 回廊の奥へと消え往く赤い光を見据えながら、フェイトはディード等へと念話を繋げる。 『こちらも接触した! そちらの状況は?』 『何とか回避しました・・・しかし第2波が接近中、数が多過ぎます!』 その報告に対し新たな指示を出そうとしたフェイトであったが、彼女の視界に先程切断した浮遊体下部構造物が映り込んだ事により、それを中断した。 彼女の意識を捉えたのは、塗装面の一部に刻まれた第97管理外世界の言語。 「LV-220 Resource mining colony Transport System D-7.885」 「輸送・・・システム?」 呆然と呟くフェイトの背後、薄闇の中から、無数の重々しい風切り音が轟きだす。 11年間の時を経て、侵入者を悪夢へと誘う鋼鉄の行進曲、鋼鉄の回廊が、再びその鼓動を響かせ始めた。 * * 「止まらないで! 突き当たりまで走って!」 「一尉、後ろです!」 咄嗟に振り返り、狙いも定めずにショートバスターを放つ。 光の奔流が闇を貫き、その先に潜む機械仕掛けの魔物へと突き刺さった。 爆発。 グレーの装甲が四散し、周囲に展開する同型機、そしてガジェットの装甲へと傷を刻む。 即座に爆炎の向こうから応射が返され、質量兵器の弾体が周囲の壁面へと弾痕を刻んだ。 煉瓦の様に砕け散る灰色の壁面は、魔力による多重コーティングを施された特殊防御壁である。 Sランク攻撃魔法の直撃にも耐え得るそれが、一切の魔力を含まぬ砲弾によって抉られてゆく様は、なのはの胸中に云い様のない悪寒を呼び起こした。 「一尉!」 叫びと共に数本のナイフが宙を翔け、なのはと敵の間にて爆発を起こす。 その粉塵に紛れ、身を翻して敵から距離を取るなのは。 目前へと現れた角に飛び込み、通路の奥に蠢く異形の様子を窺う。 それは、奇妙な造形を持つ機動兵器だった。 反重力駆動式の台座に人型の上半身を備えた、全高8m程の機体。 しかしその頭部は、御世辞にも人に近いとは言えない。 前後へと伸長したそれは、バイザー状の視覚装置と相俟って、第97管理外世界での映画に描かれる異星の生命体を思わせる。 両腕部の肘より先は連射型の質量兵器となっており、攻撃隊は転送直後より容赦の無い弾幕に曝されているのだ。 外観に反し装甲が薄く、撃破が容易であった事は不幸中の幸いであったが、しかし通路を塞がんばかりの巨体と閉所での弾幕射、行く先々で現れるグレーの装甲とカメラアイの赤い光は、攻撃隊の精神を徐々に圧迫してゆく。 既に20機近くを撃破しているにも拘らず、未だに出現を続ける機動兵器。 其処から導き出された量産機であると予想も、なのは達の不安を煽る要因であった。 「一尉、高町一尉」 「チンク」 背後からの声。 息を潜める様に発せられたそれに、なのはは振り返る。 其処には、銀髪の小さな影。 戦闘機人が1人、チンクだ。 先程、ISランブルデトネイターにより、なのはが後退する為の隙を作った人物でもある。 「ウェンディが非常通路を見付けた。周囲の機動兵器とガジェットは、既に砲撃魔導師により排除済みだ」 「解った。こっちは敵が多過ぎる。スターライトブレイカーで一掃するから、チンクは先に行って」 「了解だ」 会話を終え、なのはは通路の先へと向き直った。 敵が前進する様子はない。 しかし此方を排除するべく、前進の機会を窺っている事は明らかだ。 レイジングハートの柄を握り締めるなのはであったが、しかし未だ背後に佇むチンクの存在に気付き、再び振り返る。 「どうしたの?」 皆の許に戻ろうとしない彼女に、なのはは訝しげに声を掛けた。 チンクは何処か躊躇う様に、何かを言い掛けては口を閉じるを繰り返す。 しかしやがて、意を決したかの様に声を発した。 「高町一尉・・・貴女は、どう考える?」 「・・・何を?」 「この船・・・「聖王のゆりかご」についてだ」 沈黙。 なのはは押し黙り、チンクの隻眼を見つめる。 その瞳は、困惑と不安に揺らいでいた。 常日頃の彼女からは考えられない、弱々しい姿。 チンクの言葉通り、なのは等が転送され、異形の機動兵器群と戦闘を繰り広げるこの空間は、嘗て彼女自身が突入した古代の戦船、聖王のゆりかご内部であった。 2年前と寸分違わぬ内装とガジェットの群れ、そして自動防衛機構。 何もかもが模造され、オリジナルとの区別が付かぬまでの存在として空間を支配していた。 否、或いはこの船こそが、2年前に虚数空間へと消えたオリジナルであるのかもしれない。 「続けて」 「・・・従来のアルカンシェルに欠陥があった事も、虚数空間へと跳ばされたゆりかごがバイドに汚染されたのだという事も解っている。しかし、そのゆりかご自体を模造するなど、余りに異常だ。この船は唯の戦艦ではない。 古代ベルカの技術の粋を集めて建造された、世界を支配する為の船だ」 「・・・そうだね」 「だからこそ、彼等は聖王なき状態ではこの船を起動できぬよう、幾重にもプログラムの防壁を築いた。私達は聖王のコピーにレリックを埋め込み、起動の為の鍵としたんだ。だが・・・」 なのはに促され、途切れた言葉を再開したチンクであったが、しかし再び途中で声を区切り、沈黙する。 だが、彼女が何を言わんとしているのか、なのはは正確に理解していた。 「・・・ヴィヴィオ、だね?」 チンクは頷く。 クラナガンでの戦闘後、本局医療区にて目覚めた瞬間から、その疑問はなのはの脳裏にも燻っていた。 「鍵となる聖王が存在しなければ、ゆりかごは起動しない。無論、ゆりかごのプログラムを意のままに改変できるだけの技術力があれば、そんな問題は如何様にもできる。だが、最も効率が良いのは・・・」 「聖王を複製し、玉座に据える事」 「そうだ。聖王のコピーさえ制御下に置けば、間接的にゆりかごの全てを支配できる」 「つまり今、玉座の間には・・・」 爆音。 即座にレイジングハートを構え、通路の奥へとショートバスターを撃ち込む。 爆発、そしてまた爆発。 2機の機動兵器が数十体のガジェット共々、爆炎の中へと沈む。 「一尉・・・」 「行こう、玉座の間へ」 レイジングハートの矛先を下ろし、なのはは言い放った。 その目に浮かぶは、母としての毅然とした光。 玉座の間。 其処に、未だ見ぬヴィヴィオの妹、もしくは弟が居る。 邪悪な存在に操られるがまま、意に沿わぬ力を振舞い続けている。 救わねば。 必ず、救い出さねば。 ヴィヴィオの姉妹・兄弟ならば、我が子も同然だ。 子を救えずして、何が母か。 『Starlight Breaker』 レイジングハートから発せられた音声と共に、桜色に輝く魔法陣が展開され、4機のブラスタービットがなのはの周囲へと布陣される。 集束する光。 嘗ては自らの命さえ賭して放たれた希望の光は、その身体へと一切の負担を強いる事なく破滅的な魔力を球状集束体として形成。 5つの魔力球が玉座への道を切り開くべく、より一層に眩い光を放つ。 クラナガン西部区画、鋼鉄の巨獣を討った際と同じく、レイジングハートを振り被り。 「スターライト・・・」 空間を薙ぎ、魔力球の中心へと突き付けられる矛先。 周囲の全てが桜色の輝きに支配された、その瞬間。 「ブレイカー!」 なのはの声と共に、砲撃は放たれた。 終結するガジェットと機動兵器を次々に飲み込み、突き当たりの壁へと衝突する5条の光。 しかし、Sランク攻撃魔法にさえ耐え得るそれすらも、「AC-47β」による無尽蔵の魔力供給を受けるなのはにとっては障害たり得ない。 「ブレイク・・・」 そして、立ち塞がる全てを排除せんと、なのははトリガーボイスを紡ぐ。 悪しき者を打倒し、未来へと進む為のトリガー。 「シュート!」 一際巨大な魔力の奔流と共に、大規模砲撃が放たれる。 幾重もの防御壁を貫通し、群れ為すガジェットを蹂躙し、立ちはだかる機動兵器を粉砕し。 玉座の間へと到る扉へ着弾したそれは数瞬、強固なる多重防御結界と拮抗し、魔力光を迸らせ。 「いっけぇぇぇぇッ!」 なのはの叫び、そして無意識の内に零れたチンクの声と共に。 「・・・ッ!?」 「な・・・!?」 結界の内側、突如として迸った「虹色」の魔力光によって、跡形もなく掻き消された。 「馬鹿な・・・!?」 絶句するなのは。 チンクもまた驚愕に目を瞠り、呆然と呟く事しかできない。 2人の視線の先、「虹色」の魔力光は渦を巻き、扉へと溶け込む様にして消え去った。 後には、何も残らない。 「・・・うそ」 なのはは知っている。 あの「虹色」の光を、「虹色」の魔力光を。 2年前、ゆりかごの玉座の間、其処で目にした圧倒的な輝き。 新たに結ばれた絆と共に、自らの記憶へと刻まれた鮮烈な光。 愛しき我が子の光。 「カイゼル・・・ファルベ・・・!」 轟音。 スターライトブレイカーによって抉られた、巨大な破壊の傷跡。 その半ば、下部構造物が吹き飛び、周囲へと無数の破片を飛散させる。 我に返り身構えるなのはとチンクの視線の先で、全高18m前後の人型機動兵器が姿を現した。 恐らくは艦内の被害拡大に伴い、大型の機動兵器による侵入者撃退実行を、防衛機構が許可したのだろう。 それは即ち、艦の機能維持態勢を半ば放棄したと同義だ。 玉座の間を守りつつ、しかしゆりかごそのものを犠牲にしてでも侵入者を排除せんとする、矛盾したプログラム。 これが、バイドによる汚染の結果という事か。 「チンク!」 「解っている、ゲインズだ! 波動砲がくるぞ!」 なのはもチンクも、パイロットの尋問により齎された、敵兵器に関する情報は聞き及んでいる。 ゲインズ。 R戦闘機群とほぼ同等の威力を持つ波動砲を装備し、複数のバーニアによる優れた姿勢制御と高機動、内蔵された大型ジェネレーターによるエネルギー供給を受けての波動砲の連射、両者を用いての戦術攻撃を行う機体。 クラナガン西部区画を襲い、新たな廃棄都市区画へと変貌させた兵器のひとつ。 大型波動砲を肩に担いだ旧型、波動砲を陽電子砲へと換装した戦略型、波動砲が左腕部と一体化した新型など、複数の型が存在するとの情報もある。 しかし現在、彼女達の眼前に出現したゲインズは、そのいずれにも当て嵌まらぬ外観を持っていた。 なのはは思考を満たす困惑を、そのまま声に乗せる。 「波動砲が、無い・・・?」 内部構造物を破壊し躍り出た、漆黒のゲインズ。 その外観には何故か波動砲が見当たらず、両腕部には盾の様な機構が備えられている。 一体、この機体は何なのかと警戒するなのはとチンクの目前で、右腕部の盾から3m程の突起が出現。 そして、一瞬の後。 「・・・ッ! そういう事・・・!」 突起の両側面から、全長20m以上ものエネルギーの刃が2つ、並行して展開された。 「接近戦型・・・!」 呻き、レイジングハートを構えるなのは。 その隣では、チンクがスティンガーを構えている。 2人の背後からは、ウェンディと攻撃隊の皆の声 どうやら状況を察し、加勢の為に引き返してきたらしい。 そんな彼女達を嘲笑うかの様に、漆黒のゲインズは脚部と背面のバーニアを一瞬だけ煌かせ、ブレードを展開した右腕部を腰溜めに構え。 直後、その背後で、バーニアの青い光が爆発した。 爆発的な推進力により突進してくる漆黒の巨躯を、無数の魔導弾と砲撃が迎え撃つ。 古の戦船、その腹の中で、侵略者たる魔導師と王を守護せし騎士による狂宴が幕を開けた。 * * 「メタ・ウェポノイド・・・またけったいなもの研究しとったもんやなぁ」 目前のコンソールを操作しつつ、はやては呟く。 転送直後に目覚めた其処は、巨大な施設の内部。 ヴォルケンリッターの3人はすぐ傍に居たものの、他の攻撃隊員の姿はなく、孤立したかと肝を冷やしたのが30分ほど前の事だ。 幸運な事に同施設内に転送されていたセインにより発見され、自身等の他に20名ほどの攻撃隊員、そしてティアナとスバル、ノーヴェ等が付近に存在する事が確認された。 すぐに合流できるかと思われたのだが、各所に存在するゲートの解放に手間取り、攻撃隊は未だ複数のエリアに散開している状況である。 しかし、ザフィーラが発見した壁面のナビゲーションシステムを起動したところ、第4管制室と表記された部屋が付近に存在する事が判明した。 それを受け、はやては独自に情報収集を行う事を提案。 結果として融合を解いたリィンを含む5人は、管制室にてコンソールと向き合う事となった。 引き出されてゆく情報。 強固なプロテクトの存在が予想されたのだが、何故かそれらは既に解除されていた。 この施設の職員達がプロテクトを解いたらしいが、当の彼等が何処へ消えたのか、各管制室への入室ログが無いにも拘らず如何にしてDNAによる認証をパスしたのか等、プロテクト解除までの経緯に不可解な点が余りにも多い。 兎にも角にも、ログの解析と情報収集は順調に進んだが、しかし得られた情報の内容は到底、はやて達にとっては理解し難いものであった。 「有機質兵器開発・・・ヒトDNAの軍事利用・・・クローン胚の大量生産・廃棄・・・胎児レベルに於けるインターフェース移植経過観察・コントロールロッド応用理論・・・」 「・・・墜ちる所まで墜ちたって事やな」 「・・・狂ってる」 余りにもおぞましい言葉の羅列。 人としての倫理、その一切を切り捨てた、正しく「人でなし」による悪夢の研究。 無数の生命を侮辱し、尊厳を踏み躙るその所業。 理解などできない、できる筈もない。 やはり、彼等は。 「地球人」は、自らの知るそれからは懸け離れた存在となってしまったらしい。 「この施設1つで、最終処分場も兼ねていたみたいですね。隣接するバイド生命体研究所から比較的大型のバイド体を運搬し、実戦形式での有機質兵器運用試験を行った後に、実験兵器もろとも殺処分していた様です」 「酷い・・・」 「兵器やバイド体だけではない様です、主。西暦2166年8月に、バクテリア状のバイド体による汚染が発生。272名の職員が隔離調査の後、処理場にて処分されています」 呻き声。 振り返れば、ヴィータがコンソールの前で俯いている。 その右手は口元に当てられ、肩は小刻みに震えていた。 彼女の隣に浮かぶリィンもまた、コンソール上の空間ウィンドウから目を逸らし、両の掌で口元を押さえている。 はやては2人へと歩み寄ろうとしたが、それより早くウィンドウ上に何かを見出したザフィーラがコンソールへと歩み寄り、全ての表示を閉じた。 ウィンドウ、消滅。 ヴィータの背を撫ぜつつ、ザフィーラははやてとシャマルへ視線を送る。 「主、シャマル」 「・・・リィン、おいで」 「はやてちゃん、リィンちゃんをお願いします。私は有機質兵器の詳細について、もう少し探りを入れてみます」 「分かった、宜しゅうな」 はやてはリィンを連れ、管制室を出た。 この施設は大型物資輸送用の巨大な通路が縦横無尽に張り巡らされてはいるが、研究区等の生身の人間が立ち入る区画の設計は管理局本局と大差ない。 長く続く通路の奥へと目をやった後、はやてはリィンの小さな背を優しく撫ぜ始めた。 「大丈夫か、リィン? 落ち着いて深呼吸するんや。何にも心配要らん」 「・・・はやてちゃん」 自身の名を呼ぶ声に、はやてはリィンへと耳を寄せる。 すると彼女ははやての髪を掴み、震える声で以って語り始めた。 「・・・怖いです」 髪を通して伝わる、微かな震え。 何時になく弱々しいリィンの様子に、はやては穏やかに彼女の名を呼ぶ事で応えた。 「・・・リィン」 「此処、怖いです。きっと此処に居た人達は、リィンには解らない思考を持った人ばかりだったんです」 「リィン」 「あんな、あんな事・・・「人」にできる筈がありません。今まで見てきた次元犯罪者だって・・・あんな事、してる人達なんて、居なかった」 「リィン」 「「人」じゃない。「人」があんな事、できる訳がないんです。できちゃいけないんです。そうじゃないなら、リィンは「人」じゃないから理解できない・・・」 「私にも解らへんよ。墜ちた人間の思考なんか、解りたくもない」 はやての言葉に、リィンは俯いていた顔を上げる。 その涙に濡れた顔を見つめつつ、はやては自身が今どんな顔をしているのだろうと考えた。 恐らく、侮蔑と嫌悪に歪んだ表情をしているに違いない。 「はやてちゃん・・・?」 「解らんでええ。解る必要なんて無いんや。「人」としての尊厳を捨てた連中の思考なんか、理解の仕様がない。そんな事、するだけ無駄や。私達自身がそうならん様に、心に刻んでおくしかないんや」 リィンが何を見たのか、はやてには分からない。 しかし今、リィンにそれを思い出させるつもりはない。 どの道、収集した情報は事態の収束後に目にする事となるであろうし、緊急を要する事象についてはシャマルが調査している。 リィンの口から引き出すべき理由など、存在しない。 何より、態々訊ねずとも想像は付く。 この施設にて行われていた数々の研究は、そのいずれもが常軌を逸した非人道的なものばかりである。 ヒト・クローン胚を大量生産し「研究資材」として扱うに止まらず、胎児レベルにまで育成した個体を観察対象とする実験、そして「解体」による生体部品摘出など、目を覆いたくなる程の凄惨な研究・実験が行われていたのだ。 それら全ての研究目的は、突き詰めれば2つの存在へと集約される。 新たなフォース・コントロールシステム、そしてメタ・ウェポノイドと呼称される有機質兵器の開発。 これらの研究区は各々に独立しており、しかし制御系の相似から共同開発に到る事も多く、隣接する区画へと創設された。 各々の研究により得られたデータ及び技術を自らのそれへとフィードバックし、それを繰り返す事によって更なる技術躍進が起こる。 そうして数々の有機制御系及びフォースを生み出した両機関であったが、西暦2168年1月、有機質兵器研究区にて汚染体漏洩事故が発生、全施設が緊急閉鎖されるという事態が発生。 汚染は隣接区にまで及び、職員の殆どは退避する暇もなく施設内へと隔離された。 脱出艇の殆どは使用されないままに施設内へと残され、しかし目立った混乱の形跡もない。 殲滅戦が行われたのか、施設構造物の被害は甚大なのだが、その中に取り残された職員の混乱によるものと思える被害が存在しないのだ。 より大規模な異常事態に呑み込まれたか、或いは混乱する間もなく汚染されたのか。 いずれにしても、はやてからすれば因果応報としか思えなかった。 「はやてちゃん」 「・・・シャマル」 背後からの声に、はやては振り返る。 其処にはログの解析を終えたらしきシャマル、そしてザフィーラに付き添われたヴィータが佇んでいた。 「どうやった?」 「駄目です。どういう訳か、有機質兵器の詳細に関する情報だけが、完全に削除されているんです。現存する研究ログでは2167年11月19日のものが最後ですが、その時点での研究対象がメタ・ウェポノイドと呼称される存在である事、それ以外は全く・・・」 「さよか・・・」 その報告を受け、暫し黙考するはやて。 しかし現状では結論を導き出す事は不可能との判断に至り、決断する。 「一先ずは此処までや。攻撃隊との合流を第一に行動、合流後に改めて施設内の探索を行う。質問は?」 「ありません」 「同じく」 「分かったよ」 「了解です」 全員からの答えにはやては頷き、自らの騎士服、その腰部に固定されたポーチ状の装備品へと目を落とした。 「AC-47β」。 はやてやシャマル、ザフィーラといった、カートリッジシステムまたはデバイスを使用しない魔導師の為に開発された、魔力増幅機構・デバイス非介在型。 増幅された魔力をリンカーコアへと直接供給するという、少なからず危険を伴うシステムではあるが、敵の強大さを考えれば許容範囲内のリスクであるとはやては考えている。 何よりこのシステムが無ければ、AMF展開状況下に於ける行動は著しく制限されてしまうのだ。 この施設の所有者達である、22世紀の第97管理外世界に於いて開発された技術を用いて製造されたという事もあり、はやて個人としては受け入れがたいものではあったが、AMFによる行動の阻害と魔力の枯渇という最大の懸念を回避できる以上、強行に拒む事もできなかった。 しかし同時に、それが齎す絶対的な力はバイド・地球軍の区別を問わず、敵に対する脅威となり得る事を彼女は理解している。 要は、使いこなせるか否かだ。 「リィン」 「はいです」 再びリィンと融合し、シュベルトクロイツ、夜天の書を手にはやては凛と告げる。 一切の淀みなく澄んだ、青い瞳。 騎士達が、呼応するかの様に姿勢を正す。 「行くで、皆」 夜天の王としての号令。 漆黒の翼を翻し、通路の先へと振り返った、その先に。 「・・・ッ!?」 「はやてッ!?」 巨大なレンズが、無機質にはやてを見つめていた。 「おおああぁぁッ!」 雄叫び。 その場の誰よりも早く動いたのは、ザフィーラだった。 一瞬ではやての前面へと躍り出ると、その研ぎ澄まされた爪を以ってレンズ、そして後方へと続く長大な胴へと襲い掛かる。 しかし、振り抜かれたザフィーラの爪が胴を断ち切らんとする寸前、先端のレンズから眩い光が迸った。 「くっ・・・!」 「あああッ!?」 線状に射出された高圧縮魔力。 ザフィーラの胴を薙ぎ、更にははやてをも射界に収めたそれ。 しかし純魔力攻撃であった事が幸いし、「AC-47β」からの膨大な魔力供給により鉄壁の防御を更に強固なものとしたザフィーラ、そして攻撃の大部分を彼によって遮られたはやてには、傷ひとつ刻まれてはいなかった。 直後、2人の後方よりヴィータが飛び出し、気合の叫びと共にグラーフアイゼンを振り被る。 「らああぁぁぁッ!」 全力を以って振り下ろされたハンマーヘッドは、しかし目標を打ち据える事はなかった。 間一髪で身を引いたそれは激しくのたうち、轟音と共に通路の到る箇所を破壊しつつ遥か先の闇へと引き込まれてゆく。 淡いレンズの光がひとつ瞬き、通路には静寂と破壊の跡だけが残った。 誰も、口を開こうとはしない。 はやては呆然と佇み、ヴィータは床面へと叩き付けたグラーフアイゼンもそのままに殺意を滾らせて通路の奥を睨む。 ザフィーラは一切の感情が抜け落ちたかの様に佇み、シャマルは驚愕に口元を覆いつつ目を見開いている。 それ程までに彼等は、今しがた自身が目にしたもの、その存在が信じられなかった。 褐色の表皮。 有機物としての動きを見せながら、無機物としての特徴をも併せ持つ外観。 先端部に備えられた巨大なレンズ。 有り得ない、あってはならないのだ。 「あれ」が未だ健在である事態など、決して許されない。 許してはならないのだ。 「ザフィーラ、シャマル、ヴィータ」 感情の感じられない、冷徹な声。 未だ嘗てはやての口から発せられた事など無かった、合成音の様に無機質な声が通路に響き渡る。 3人の騎士は微動だにせず、続く言葉を待っていた。 「今の、見たか?」 「ええ、主。はっきりと」 「間違いありません。私も・・・見ました」 「・・・忘れるもんかよ」 常より更に無機質な声、そして明確な負の感情を内包せし声。 各々より返されるそれらに、はやては俯いた。 何故、「あれ」が此処に存在する。 あの時、確かに消滅した筈なのに。 皆と共に、悪夢を終わらせた筈なのに。 「彼女」が、あの優しい魔導書が、その身を犠牲にしてまで、「あれ」の復活を防いだのに。 「なんで・・・なんで・・・ッ」 小さな、消え入るほど小さな声で、ヴぃータが呟く。 その声を耳にしつつ、自身も驚く程に醒め切った思考の中、はやては事実に思い至った。 アルカンシェルの欠陥。 対象の反応消滅ではなく、虚数空間への強制転送を以って破壊と為していた事実。 もし「あれ」が、虚数空間にてバイドによって回収されていたのであれば。 その消滅を待たずして、汚染されたのだとすれば。 「何処まで・・・」 何処まで、一体何処まで。 地球軍もバイドも、何処まで「彼女」を侮辱すれば気が済むのか。 どれほど「彼女」の決意を辱め、嘲笑えば満足するというのか。 「彼女」の死を、意思を、その記憶を。 全てを否定して、なお足りぬというのか。 「リィン・・・」 『分かっています、マイスター。許すつもりはありません』 鉄槌の騎士が、憤怒と共に立ち上がる。 湖の騎士が、怜悧なる光を瞳に宿して下命を待つ。 盾の守護獣が、無機質な殺意を宿して闇の果てを見据える。 彼等を従え、夜天の王は「戦」の始まりを告げる。 「夜天の王が命じる。「あれ」を生かしておく事は許さん。何としても討ち滅ぼせ」 応を返す騎士達。 足が床面を離れ、宙へと浮かび上がる白き影。 薄闇の通路に、王の声が朗々と響き渡った。 「「リインフォース」の遺志を穢した、その罪。死を以って償わせたる」 通路の奥、闇の中に、無数の光が点る。 禍々しき光、穢れた魔力の光。 耳障りな破壊音と共に、先端にレンズを備えた無数の巨大な触手が、周囲の構造物を破壊しつつ我先にと押し寄せ、王と騎士達を目掛け襲い来る。 「防御プログラム」。 度重なる改変により異常変質、遂には暴走した憐れなる存在。 全てを喰らい尽くさんと、津波となって王の許へと向かう。 宛ら、12年前の様に。 12年前のあの日、曇り空の下。 彼女、リインフォースと共に戦った、最初にして最後の日。 12月24日、あのクリスマス・イヴの様に。 八神 はやては、「闇」との再会を果たした。
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型番 B-Brks 名称 バラカス 種別 浮遊生命要塞 HP 290 索敵距離 6 燃料 100 スピード 0 チャージ -- 回避性能 10% weapon 名称 弾数 威力 射程 命中率 用途 分類 備考 AcePilot(威力) バイドバリア弾 3 60 2-4 85% 迎撃 偏向光学兵器 71 特性・搭載 なし 解説 バイド体で満たされた液体に浮かぶ、巨大な水棲生命。 時折、蓄積したエネルギーを放出する。 急所をしばしば液体に付け、潤いを保っている。 型番 B-Brks 名称 氷弾発射口 種別 浮遊生命要塞 HP 160 索敵距離 6 燃料 100 スピード 0 チャージ -- 回避性能 10% weapon 名称 弾数 威力 射程 命中率 用途 分類 備考 AcePilot(威力) 高速氷弾 99 60 3-5 45% 攻/反 直進ミサイル 71 解説: バラカスの体内で生成された圧縮ドライアイスを放出する穴。 型番 B-Brks 名称 高出力エネルギー放電器 種別 浮遊生命要塞 HP 160 索敵距離 6 燃料 100 スピード 0 チャージ 3ターン 回避性能 10% weapon 名称 弾数 威力 射程 命中率 用途 分類 備考 AcePilot(威力) 高出力放電エネルギー -- 125 -- 100% 攻撃 粒子兵器 チャージ武器 148 特性・搭載 チャージ武器装備 解説: バラカスの肩部辺りにある放電機構。 形状 通常時(◎:氷弾発射口 /△:高出力エネルギー放電器) △+△ □◎□□◎□ □□□□□□□ □□□□□□ □□ □□ 高出力放電エネルギー攻撃範囲 × × × × × × × × × × △+△ □◎□□◎□ □□□□□□□ □□□□□□ □□ □□ 後編No.11に満を持してボスで登場。ガスダーネッドの親玉。 マトモに戦うとそれなりに強いのだが、潜水艦を量産しておくと簡単に撃破出来る。 氷弾が強く2発食らったら壊滅するので、 バラカスを視認出来たら射程を確認しながらこちらの攻撃を撃ちこもう。 なお、本体はバイドバリア弾で迎撃するしか能が無いので周りを潰せばただの的と化す。 レーザーや波動砲で一気に蹴りを付けるか、弾道弾迎撃ミサイルを射程外から撃ち込み続けるか、 それともわざとミサイルを撃ち続けて弾切れを起こした後でゆっくり料理するかはプレイヤー次第。 今作の3Dモデルでは肩と言われている所が伸縮を繰り返し淫猥さが増している。アイレム自重汁! 更になんとギャラリーで怒張して堂々と反り返っているバラカスさんの一枚絵まで貰える。アイレム自重汁! なお、前作のゴマンダーは搭載能力を持っていたのに、バラカスはそれすらない。やはり搭載するための穴が無いせいだろうか? 初出 R-TYPEII (AC) R-TYPEをR-TYPEたらしめている由縁のボスの一つ。皆大好きバラカス。 モチーフになった元、同じ2面ボス、弱点に波動砲を叩きこむとイっちゃう瞬殺できる……あらゆる意味でゴマンダーと対になっている。 R-TYPEシリーズ2面ボス=エロ担当という流れを決定的にしたと言える。 本編では左右に動き回りながら4つある発射口の内2つから放電攻撃を行う、放物線軌道を描く弾を両肩辺りから発射する、押しつぶす等の攻撃を行う難敵。 また、怒張弱点のコアは常時露出しているが、上下に動かして攻撃をいなすため若干当て難い。